#102 そして狩猟期は始まった
ガチャガチャという音で目が覚める。
隣で眠る姉貴はまだ夢の中だ。
姉貴を起こさないようにベッドから抜け出ると、籠に入れた衣服を着込む。
梯子を下りると、リビングにはアン姫と嬢ちゃんずが装備の最終調整をしている最中だった。
「おはよう…。」
彼女達に挨拶して外に出る。
井戸から水を汲んで、顔を洗い眠気を落とす。
タオルで顔をゴシゴシ擦ると、何時ものようにアクトラス山脈の峰々を見上げる。
そして、その峰の高所が白く覆われている事に気が付いた。
季節は晩秋である。冬はもうすぐ駆け足でやってくる。
家に戻ると、嬢ちゃんず達はジュリーさんの準備した朝食の最中だった。
「アキト様もお座りください。直ぐに準備しますから。」
「まだ、姉貴が寝てますから…。後で頂きます。ジュリーさんこそ先にどうぞ。」
俺は、そう言うと投槍の束を持って家の外に出る。
投槍を扉の傍に立て掛けて、銀のケースから1本取出しジッポーで火を点ける。
気のせいなのか、通りの方が騒がしく思える。
まだ朝早い時間ではあるが、気の早い連中はどこにでもいるもんだ。家の中にもいるし…。
一服を終えて、吸殻を携帯灰皿に捨てようとしていると扉が開き、姉貴が出てきた。
髪の毛が、あっちこっちはねてる。相変わらずの寝相のようだ。
「おはよう。」って声を掛けると。
「…おはよう…。」って返事をしてるが、まだ完全に眠りから覚めていないように見える。
それでも、冷たい水で顔を洗ったあとはかなりマシになった。
「私が最後なのよ。何時も寝坊してるみたいに思われちゃうわ。」
そんな事を言っているけど、その通りだと俺は思う。
2人で家に入ると、ジュリーさんが俺達の朝食の準備をし終えていた。
何時もの野菜スープとハムを挟んだ黒パンだけど、安心して食べられるのはこの後はしばらくお預けになる。
「アキト。準備が終わっていないのは、お前達2人だけじゃ。」
アルトさんがそう言って俺達を急かせるけど、まだまだ式典の開始まで時間があると思うぞ。
「もうちょっと待ってくださいね。直ぐに準備しますから。」
それでも姉貴は、済まなそうに答えるとアルトさんは満足したのか、嬢ちゃんず達と家の外に出て行った。
俺達の準備はとっくに終わっている。後は装備ベルトを着けるだけで済む。
食事が終わると、姉貴が後片付けを行なっている内に、ロフトから2人の装備を下ろしておく。
俺の装備は刀を外して、kar98を背負っている。
姉貴は何時もの通りだが、ボルトケースを2個取り付けていた。そして、杖代わりに薙刀モドキを持っていくようだ。
素早く装備を整えると、ベルトのサスペンダーに投擲具を挟む。
姉貴と家を出ると、皆が俺達を待っていたようだ。
「早速出かけるぞ。セリウス達が広場で場所を確保しておるはずじゃ。」
アルトさんがそう言って、歩き始める。
俺達はその後をぞろぞろと付いていく。
林の小道から通りに出ると、何時もの村の通りとは思えないほどの人混みだ。姉貴が石像のカギを作動させて林を閉ざした。これで、不法侵入者を心配しなくて済むだろう。
アルトさんの意気込みは認めるけれど、通りの両側に出店が現れ始めると、こっちにふらふら、あっちにふらふらと足が乱れ始める。
式典が始まるのを気にしていたのでは無くて、昨年同様に出店が気になっていたみたいだ。
たまにジュリーさんを見て、ジュリーさんが小さく首を振るとガッカリしたように先を目指す。
その、余りにも子供じみた仕草に、後を歩く俺達は顔を見合わせて微笑みを交わす。
「こっちにゃ!」
広場の入口で俺達を待っていたらしいミケランさんが、手を振りながら声をあげる。
ミケランさんに付いて行くと、昨年と同じ場所にテーブルと椅子を確保してくれていた。
「早かったな。」
「アルトさん達に急かされまして…。」
セリウスさん達に早速挨拶をする。2人の弓兵も準備を整えて双子を抱いていたが、アルトさんを見て早速双子を引き渡している。ちょっと残念そうな表情とアルトさんとアン姫の嬉しそうな表情が対照的だ。
そんなところに、キャサリンさんがやってきた。何時もの姿と違い、嬢ちゃんずのような革の上下を着ている。そして、背中には小さな籠を背負っていた。
そういえばジュリーさんやアン姫も革の上下に革のブーツだった。荷物は腰のバッグに纏めて入れているみたいだけど、入らないものはジュリーさんがキャサリンさんと同じようにちいさな背負い籠に入れている。
本来は俺が担いだ方がいいのかもしれないけど、生憎と今回は投槍を5本かついでいるからどうしようもない。
「それじゃぁ、今の内に行ってくるにゃ。」
ミケランさんがそう言うと、嬢ちゃんずが装備を解き始める。
「アン。お前も来い。」
その声を待っていたように、アン姫も装備を解き始めた。
何時の間にか、双子は2人の弓兵に渡されている。
やはり、出店巡りをしてくるようだ。そして、ジュリーさんも籠を椅子の脇に置いて彼女達に同行するみたいだ。
「私は、お弁当の調達ですよ。姫様達とは違いますからね。」
なんて、言いながら姉貴とキャサリンさんを連れて出店の方に向かっていった。
「嬢ちゃん達はいないのか?」
そう声を掛けてきたのは、アンドレイさん達だった。
「あぁ、今出かけたところだ。しばらくは帰ってはこんだろう。座って茶でも飲んで行け。」
「すまんな。」
アンドレイさん達は、適当に周りから椅子を借りてきて座り込んだ。
俺は、茶を売り歩いていた男を呼びとめ、人数分のお茶を購入する。
「ところで、セリウス達は何処を狙うのだ。」
やはり、聞くのは其処だろう。
「はっきりと教える訳にはゆかぬが、グライトの谷からはずっと東になるはずだ。」
「谷底での待伏せはしないのか?」
「今年は王都の目抜き通り並みに混むと、ミズキが言っておったぞ。」
「やはり、そうなるか…。昨年のあの賞金総額を知っている者は皆狙うだろうて。」
「ミズキからお前が来ることがあれば伝えてくれ。と言われたことがある。岩棚から谷の入口までの距離は短いが大群が通るには狭い場所が一箇所ある。そこに地上すれすれに綱を三重に張れ。とんでもない数を倒せるはずだ。と言っていた。」
「あそこか…。しかし、良いのかそのような情報と作戦までを俺達に教えても…。」
「ミズキのことだ。深い意味はない。それとだ、その作戦に注意点が2つある。1つは、足を狙えということだが、理由は判らん。もう1つは前に立つな。と言う事だ。群れの前で迎え撃とうとすれば命は無いと言っていたぞ。」
「足を狙うのは数を上げるためだろう。群れの通過後にゆっくり仕留めろということだと思う。そして…確かに群れを止めようと前に出れば踏み殺されるだろう。」
「しかし、そこまで分かっていれば、今年も昨年同様の猟を期待できるでしょうに…。いったい何を貴方達は狩るのですか?」
ジャラムさんが訝しげな表情で俺達に聞いてきた。
「たぶん5日後に驚くことになる。そして、そのセリは中断だ。最終日を待つことになると俺は思う。」
「全て飛び道具で揃えたことで、俺なりに推察は出来たつもりだが…。狩れるのか?」
「狩れる。ミズキが断言した。」
「上手く行く事を祈っていると皆に伝えてくれ。それと、ミズキに礼を言っていたと伝えて欲しい。」
アンドレイさんはそう言って去って行った。
そして、賑やかな話し声と共に姉貴達が帰ってきた。
「そうなんだ。アンドレイさん達は、あそこを狙うのね。…結構取れると思うよ。」
「それと、俺達の獲物をうすうす感づいているような気がするんだけど…。」
「距離を取って戦うしか方法がない。ということから推察したんでしょうね。でも、本気にはしてないはずよ。使い道が無い。って言うのが一般的な考え方だからね。」
姉貴は、そう言って俺に肉の串焼きを1本くれた。
「そろそろ登録に行きたいのだが、皆のカードを渡してくれないか。」
セリウスさんの言葉に俺達はギルドカードを首から外した。
セリウスさんはカードを受取るとレベル毎に分類していく。
1番右に銀4つのアルトさんのカード。
2番目に黒9つのアン姫とジュリーさんのカード。
3番目に黒8つのセリウスさんと俺と姉貴のカード。
4番目に黒5つの弓兵さんのカードが2枚。
5番目に黒4つのミーアちゃんとキャサリンさんのカード。
6番目に赤7つのサーシャちゃんのカード。
「ほう…。サーシャも随分と腕をあげたようじゃな。アキト達もこの調子で進めば来年には銀じゃな。ミーアも早く黒の上位になれると良いの…。」
「わたしも、頑張らないとミーアちゃんに負けるにゃ。」
「アキト様はてっきり銀だと思っておりましたが…。」
「アキト達がハンターになって、まだ2年も過ぎておらん。実力はあるが経験が伴わないのじゃ。」
何か、いろいろ言われてるような気がするけど、昨日姉貴達を連れてギルドでレベルの確認をしておいて良かった。
「確かにこのメンバーで倒せないようなら、やはり奴は不可侵生物となるだろう。では、登録に行ってくる。」
カードを纏めてセリウスさんが出かけようとしたところへ、アルトさんが銀貨を放る。
「登録料じゃ。お前に出させるわけにはゆかぬ。」
パシっと銀貨を受取り、アルトさんを見る。
「姫の面目に関わる…。と言うわけですな。戴いておきます。」
俺達が嬢ちゃんずの戦利品を戴いていると、しばらくしてセリウスさんが帰ってきた。
持ってきた番号札は15番。ということは、少なくとも俺達より前に150人以上のハンターが登録された事になる。
「くれぐれも5日後には、生存確認を行なうように念を押されました。」
「今回は特別じゃからな。村としても貴重な行事故、存続を問われる事が無いようにしたいのじゃろう。」
そんな事を話していると、広場の演台に村長兼ギルド長が立つ。
いよいよ、狩猟期の開会宣言が始まるのだ。
ゴホンっという咳払いをして村長が話を始める。
「今年も、狩猟期が無事に迎えられたことを誇りに思う。そして、狩猟期の狩りに遠方より駆けつけてくれたハンターに感謝する。
恒例により、リオン湖の水神に狩りの成功と無事を祈ろう。
………皆、祈ったか! そして、残された者へのしばしの別れを告げておろうな!
では、此処に狩猟期の開催を宣言する。開門!!」
いったん静まり返った広場は、村長の開門の合図とともに、ウオオォォー!!!っと言う叫びで一杯になった。
我勝ちに門を飛び出していくのは、まだ参加歴の浅いハンター達だ。
少し遅れて互いに牽制しあいながら古参のハンターが門を出て行く。
そして、残ったのは俺達だけだと思っていたが、アンドレイさん達のチームも残っていた。
「まだ行かなかったのか?」
「場所がわかっているだけ余裕がある。それに少し準備するものも必要だったのでな。」
そんな話をしながら、一緒に門を出る。
ミケランさんとルクセムくんが門のところで俺達に手を振っている。
嬢ちゃんずがそんな2人に手を振りながら着いてくる。
ミケランさん達はお留守番かと思ってたら、ルクセムくんと狩猟期限定の依頼を受けたらしい。それは獲物を運搬する村人の護衛だった。
数台の荷車に獲物を載せて運ぶことから、ガトル等に襲われることが昔はあったらしい。近年は殆ど無いと言っていたが、これはハンターの護衛がついたからだと村人達は考えているようだ。
護衛は、森の入口にある休憩所から先と休憩所から村までの2種類があって、ミケランさん達が受けたのは休憩所から村までの区間だ。
この区間だと1人、1日10Lらしいけど、ルクセムくんには貴重な収入になる。
低レベルのハンターには結構人気があるらしいのだが、生憎と近年はこの区間の成り手がいなくて困っていたらしい。
アンディ達は赤5つに成ってからは、休憩所から上の区間を担当しているみたいだ。確かに報酬は2倍になるから、当然と言えばそれまでだけど…。
緩やかな坂道を上り、森の手前にある休息所で一旦休憩を取ることにした。
まだ昼食には早いので水筒の水を飲む程度だけれど、2日程の山歩きだから体力を温存するための休憩は頻繁に必要になる。
アンドレイさんとは、ここでしばらくお別れだ。
彼らは、今日中にやることがあるのだ。
互いに手を振って、狩りの無事と大猟を祈る。
アンドレイさん達一行は10人だ。通常のハンターが2人から4人位で構成されているところを考えると3つのチームで成り立っているのだろう。
姉貴の作戦を授かったとはいえ、狩りはあくまでハンターの腕次第だと俺は思う。
そして、俺達も短い休憩を終えると、腰を上げて先を急ぐ。
森の小道を進み森を出ると荒地を東に向かう。
今は静かだが、明日の昼頃には此処は狩りの真っ最中に違いない。他のハンターの仕掛けや罠に嵌らぬように少し山際の斜面を歩いて行く。