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#101 ザナドウの倒し方

 後3日で狩猟期が始まるという夕刻に、アン姫の一行がやってきた。

 嬉しい事に、近衛兵の中からハンター資格を持った2名を供にしている。

 これで総勢11名になるから、狩猟期の資格を得た事になる。

 アン姫はジュリーさんと相部屋ということで了承してもらい。供の2人は女性という事もありキャサリンさんの家に厄介になるみたいだ。


 問題は新たな3人が全て弓兵と言う事だ。

 ザナドウの皮膚は弾力に富むという事は分っているが、はたして矢がどの程度ダメージを与えられるかについて分らない。

 

 「3人もいると結構使えると思うよ。何と言っても数を放てるんだから。」

 と、姉貴は言っている。確かに彼女達が持参した矢の鏃は針状でしかも長い、鎧通しのような矢だったからだ。そして矢数も1人50本を準備したそうだ。

 

 さらにお土産です。と言ってアルトさんに渡した包みにはボルトが詰まっていた。やはり、今までとは違う鋭角の鏃を持っている。


 そして、その夜の食事が終わったところで、セリウスさんと、キャサリンさんが訪れた。

 今回の参加者が全て揃ったところでテーブルに椅子を集めて腰を落ち着ける。

 もっとも、俺とセリウスさんは椅子が無くて木箱に座ってるんだけど…。


 ジュリーさんがミーアちゃんと一緒にお茶を全員に配った。

 おもむろに、姉貴がカップから一口飲むと、全員を見渡す。


 「では、今年の狩猟期に何処で何を狩るかを発表します。」

 ゴクリと誰かの唾を飲む音が聞こえる。


 「今年の狩場は、グライトの谷の入口を東に向かったところです。」

 「ほほう、今年は谷での狩りをやらぬのか。確かに昨年の獲物の数を知れば、今年は王都の目抜き通り並にハンターがいるであろうが…。」

 

 姉貴はセリウスさんの呟きを微笑んで聞いていたが、急に真顔に戻った。

 「そして、今年の獲物は…『ザナドウ』です。」


 その言葉に何人かが思わず立ち上がる。「…そんな。」何て言っているけど、姉貴はヤルと言ったら、ヤル人間だ。


 「1つ聞きたい。ザナドウは利用価値が無い獣として俺達に知られている。それを狩る理由は何だ。」

 「あまりにも被害が大きいために利用価値が無いと言われているだけなんです。その嘴には魔石を越える機能がありますし、肝臓は万能薬として用いる事が出来るそうです。そして、過去に狩られたザナドウは2匹のみ。その嘴は各国が大切に保管していると聞いています。」


 「ザナドウを狩る事が出来るのでしょうか?」

 さっきは驚いたようだが、キャサリンさんの素朴な質問だ。


 「倒せます。…これだけのメンバーが揃えられるパーティは、私達だけです。それに、昔々マンモスを狩ったハンター達は、石器でザナドウの2倍はある巨獣を倒したのですよ。これは、私の国に伝わる話ですけどね。」


 姉貴がサラサラと紙にマンモスの絵を描く。その隣に人間の像を描いて皆に披露する。

 「マンモスは群れで行動します。そして武器はこの象牙と長い鼻ですね。重量はザナドウの3倍はあるでしょう。そして全身を長い毛皮で被っています。」


 「こんな魔物をどうやって狩るのだ?近づくだけで命取になる。」

 「セリウスさんは使ってみたでしょう。あの投擲具ですよ。…近づく事無く遠方から攻撃が可能です。」

 

 俺はそう言って、昨日までかけて作り上げた自分専用の投擲具をセリウスさんに見せた。

 「俺の物より長いな。使えるのか?」

 「【アクセル】と【ブースト】が前提の投擲具です。300Dを狙えますよ。」


 セリウスさんが手に持って眺めている投擲具を、アン姫がジッと見ている。

 「そのおかしな武器を投げるんですか?…確かに棘は付いてるようですが、そんなものが当たっても相手はザナドウです。痛いとも思わないでしょう。」


 「いや、これは投げる為の道具なんだ。投げるのはこれだよ。」

 俺は、部屋の隅に立て掛けてあった投槍を1本持ってきてアン姫に見せる。


 「これは、投槍ですよね。…穂先がこんなに長いものは初めて見ますけど。でも、投槍は意外と飛ばすことが難しいと聞いたことがあります。まして300D等とは、無理以外の何者でもありません。私達の弓は500Dは飛びますが狙いは不正確になります。」


 「確かに狙いは弓に劣るかもしれませんが、的が大きいので十分対処できると思います。実際に使用するのは200D以下の距離になると思いますからかなりの確立でザナドウに命中させる事が出来るでしょう。」

 

 俺が話をしている間に、姉貴がザナドウの略図を描いていく。

 「確かこんな形だったと思います。」

 姉貴はイラストをテーブルに広げる。


 太い4本の腕と長い2本の腕。そして中間的な長さを持つ2本の腕。

 4本の腕が支えるのは巨大な外筒膜に覆われた胴体とその下の頭の部分。

 俺達の世界の蛸なら水中から出すと平べったくなってしまうが陸蛸は違うようだ。骨は無いはずだから、構造体を支える何かを体に持っているに違いない。

 象の足のように太く短い腕は、ゆっくりした動作でザナドウを移動させることができるようである。

 そして2本の食腕は、俺達の世界では烏賊の持つものだ。だが、それが自在にザナドウの周囲をムチのように振り回されると、接近することは難しいだろう。

 目はカタツムリのように飛び出している。体を動かすより目を動かす方が楽だというような進化の過程を踏んだようだ。

 漏斗も大きなものが外筒膜から顔を出している。完全に鰓から肺に進化したようだ。

 嘴は4本の足の真ん中にある。あの大きさだ結構大きな物に違いない。


 「皆さんは蛸や烏賊を食べた事がありますか?」

 予想通り、俺と姉貴以外は首を横に振る。


 「ザナドウは食べられるのか?」

 セリウスさんの素朴な疑問である。

 「食べてみないと分かりませんが、私達の国の海にはよく似た生物がいるんです。お刺身にして食べると最高ですよ。」

 

 「刺身と言うと、夏にアキトが作ったスモークのようなものか?」

 「いえ、小さく切り刻んで生で食べるんです。」


 「何となく、お前達がサフロナ体質となった訳が分かるような気がするぞ。」

 「生食をする民族だったんですね。」


 何か、凄く野蛮な国から来たような誤解をしているような気がする。

 他にも何か言おうとしたアルトさんを姉貴が手をかざして制止する。


 「それで、私達はザナドウの体の造りがある程度、想像出来るんです。」

 「何だと!…しかし、似たものを生食していたのなら当然か。」


 「いいですか。蛸の頭は此処にあります。」

 姉貴は外套膜の下と腕の間を指差した。

 

 「ここにある外套膜は筋肉で出来ています。そして、その中にあるのは内臓です。これが漏斗と呼ばれる部分で水中では水を吸い込み外套膜内の鰓に導きますが、陸蛸では、肺に変わっているかもしれません。」

 

 最後に姉貴は腕を指差す。

 「これが、蛸や烏賊の特徴である腕です。水中ではこのような形に特化することはありません。腕が8本なら蛸。10本なら烏賊と呼びます。」


 その他にも違いは多々あるんだけど、今のメンバーにはこの説明で十分だろう。

 「あぁ、そうでした。この腕には吸盤が付いてます。稀に棘を持っているのもいます。この腕に巻きつかれたら先ず逃げる事は不可能と考えてください。」


 「次に狩りの作戦です。」

 姉貴が別の紙を用意する。そして、紙に大きな丸を描く。


 描かれた丸の真中に、黒のキングを置いた。

 「これが、ザナドウです。この丸はザナドウの2本の腕が届く範囲。凡そ100Dを今回は考えました。」


 次に、左側に白のナイトを2個配置する。

 位置は紙に描かれた丸の縁ギリギリだ。

 「此処に、セリウスさんとアキトを配置します。」

 その位置を見て俺とセリウスさんが頷く。


 次に姉貴は反対側に4つのビショップを配置する。

 位置は、ザナドウから200D程離れている。

 「我等とミズキだな。距離を少し広げている気はするが、アキト達の投槍を受ける訳にも行くまい。」

 姉貴とミーアちゃん、サーシャちゃんが頷く。


 最後にザナドウの正面300Dに白のルークとクイーンを配置する。

 「アン姫達はここです。ザナドウの正面でザナドウの注意を引き付けてください。」 

 「囮という訳じゃな。距離が少し離れすぎている。200Dでも良いように思うが…。」


 「正直な話、食腕がどの程度伸びるかによって位置を変えても良いでしょう。それでも、200D以内に入る事は避けてください。」

 アン姫は渋々だが頷いてくれた。


 「待ってください。私とキャサリンの場所がありません!」

 ジュリーさんの指摘に、姉貴は舌を出して誤魔化している。どうやら忘れていたみたいだ。


 白のポーンを取るとセリウスさんと俺の後に配置する。

 「此処になります。火属性の魔法が効かないとは聞いていますが、2人にやってもらいたいのは水魔法です。氷柱をセリウスさん達が突き刺した投槍の周囲に集中して放ってください。」

 ジュリーさんとキャサリンさんがしっかりと頷いた。


 「明日の朝。…そうですね。朝食後に此処に集まってください。南の門の外側で、各人の距離に従った練習を行います。」


 そして、セリウスさんはキャサリンさんと2人の弓兵を連れて家を出て行く。

 「去年が去年だから、今年もとんだことになるとミケランと話していたのだ。…ザナドウとはミケランも想像出来まい。」

 去り際に俺にそう言うと、ガシっと肩を叩かれた。

             ・

              ・

 

 次の日。何故かしら姉貴に布団を横取りされて目が覚めた。

 いいチャンスとばかりに、素早く着替えるとリビングに下りる。すると、そこにはサーシャちゃんがちゃんと着替えて待っていた。


 「トローリングに連れて行って欲しいのじゃ。」

 女の子にウルウル目で懇願されて断る程、俺は鬼畜ではない。

 でも、勝手に行ったら後が怖そうな気がしてきた。


 「アルト姉には断ってきた。大丈夫じゃ。」

 ということで、籠を持って2人で出かけることにする。  

 

 リオン湖はすっかり秋だ。夏のように朝靄がなく、アクトラス山脈が鏡のような水面に映し出されている。パドルで水面を乱すのが惜しい気がする。


 それでも、すぐに最初の当たりが出ると、早速サーシャちゃんが獲り込みを開始する。

 俺の持つ網に誘導された黒リックは体長50cm位の大きさだ。まずまずのサイズである。


 同じようなサイズを更に2匹追加したところで我が家に戻ることにした。丁度、朝日が家に当たり始めたようで、石の壁が眩しい位に輝いている。

 

 ゆっくりとカヌーを庭の擁壁に着けると、擁壁を掴んで、サーシャちゃんを降ろす。そして獲物が入った籠を渡した。

 林の方にカヌーを漕いで、浜にカヌーを引き上げておく。


 そして俺が家に入ると、何故か皆がお冠だった。

 「アキト!何処に行ってたの!!」

 「そうじゃ。朝起きたらサーシャがおらぬゆえ心配したぞ。行くなら行くと一言断わるのじゃ。」

 姉貴とアルトさんが大変な剣幕だったが、


 「サーシャちゃんは、アルトさんに断わったと言ってたよ。」

 「本当か?」

 「本当だよ。アルト姉は、うんうんムニャムニャと言ってたけど…。」

 どうやら、アルトさんは寝ぼけてたらしい。

 

 「それに、今日は練習だって言ってたでしょ。何でそんなに早く起きたのよ!」

 「それは…姉さんに布団を取られて…。」

 最後まで言う事は出来なかった。姉貴がいきなり真っ赤な顔をして俺の口を手で塞いだからだ。


 「アキト様にもそれなりの理由があったみたいですね。」

 そう言いながらテーブルに人数分のお茶を用意するジュリーさんだった。


 俺とサーシャちゃんの前には黒パンサンドが用意される。皆はもう朝食が済んでいるようだ。

 朝食を終えると、庭で各々の武器を携えて何時でも練習に出かけられるようにする。

 そんな事をしていると、通りの方からミケランさんの声が聞えてきた。


 今日は双子のお守りも兼ねて練習するらしい。セリウスさんは数本の投槍を担ぎ、それに続くミケランさんが大きな籠を背負っている。でも、双子は入っていない…。

 双子はアン姫のお供の弓兵が1人づつダッコしていた。

 

 それを見た、アン姫とアルトさんの顔が段々と険悪になっていくのが判る。

 すぐに気が付いた弓兵が双子をアン姫とアルトさんに渡したから良かったけど、あのままだったら弓兵のお姉さん達が嬢ちゃんず+アン姫の的にされていたような気がする。


 西の門付近の練習場は、明後日から始まる狩猟期にやってきたハンター達の練習場になっている。

 俺達のように長射程武器の練習はちょっと危なくて出来そうにないので南門の外で適当な練習場所を探す事にした。


 通りの岐路で左に曲がろうとしたら、聞き覚えのある声で呼び止められた。

 「アキト達じゃないか。えらい荷物だが練習か?」

 声の主はアンドレイさん達だった。


 「はい。西門は混んでいそうなので、南門を出て練習です。」

 「練習とは殊勝だな。何時になっても初心を忘れんとは大した奴だ。…ところでその投槍は今度の狩りで使うのか?」

 「そうです。去年はグライザムまで出ましたからね。出来れば遠くから狩りたいものだと思いまして…。」

 「わはは…。投槍は結構奥が深いのだ。俺も昔使った事がある。今日は暇だし、練習を見ても構わぬか?」


 俺は素早く、姉貴とアルトさんを見た。2人とも小さく頷いてる。


 「いいですよ。でも、1つだけ守ってください。何も質問しない事これだけです。」

 「投槍に質問なぞあるものか。どれ、カルミアとジャラム一緒に行くぞ。」


 「申し訳ありません。けして邪魔はしませんから。」

 ジャラムさんが丁寧にそう言いながら頭を下げる。


 南の門を抜けて俺達が見つけた的は道の傍の大木だった。

 幹の太さは50cm以上ある。これに当たるくらいならザナドウに命中確実となるだろう。


 「この大木を目標とします。先ずセリウスさん達からです。練習は200Dとします。」

 そう言うと姉貴は双眼鏡を持って道を村の方に歩いていく。

 途中で何度も立止まると、距離環を操作している。500m位までは1m位の誤差はあるがまあまあ計測できる。200Dだから、60mだな。ようやく姉貴が立止まると、俺達に手を振り始めた。


 俺とセリウスさんが投槍担いで道を戻り始めると、アンドレイさん達が驚いて俺達を見ている。

 「オイオイ…。あの距離からあの大木を狙うのか。投槍の使用距離の3倍はあるぞ。届かんだろうに…。」

 「まぁ、静かに見るのじゃ。投槍の観点が変わるぞ。前回は投槍でダラバを倒したようなものじゃ。あれほどの威力は見ぬ限り理解する事はできん。」


 「さて、どちらから投げる?」

 「セリウスさんから、1本づつ投げましょう。」


 俺とセリウスさんはおもむろに背中から投擲具取り出した。

 「先ずは俺からだ。」


 投槍の後部を右手に持った投擲具の突起部に引っ掛けると、左手で方向を修正する。

 そして、力一杯投擲具を右手で振り抜く。


 シュルシュルシュル…小さく振動しながら投槍が放たれて、大木にズン!っと突き立つ。

 「馬鹿な!」…アンドレイさんは立ち上がって叫ぶ。

 「嘘でしょう?」…アン姫達も驚いている。


 次は俺の番だ。セリウスさん並みの腕力はないから、【アクセル】と【ブースト】で1.5倍程体機能を向上させる。


 左手に持った投擲具に投槍を引っ掛けると右手で槍の狙いを修正する。実際に狙いを付けるのは左手だけども、自分に方向を再確認させるためにも有効だ。

 そして、思いっきり左手を振り抜く。


 ブウウウゥゥン…と言うような音を立てて投槍は飛んでいき、同じように大木に突き刺さる。

 2人で交互に4本の投槍を投げ、全て大木に突き刺さった事を確認して俺とセリウスさんの練習は終了した。

 

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