#010 それはもうニワトリとは言えない
東の森の小川の辺り、俺達が野宿している場所だ。
パチパチという焚火の音が以外に大きく聞こえる。
後ろには大きな木があり、焚火の向こう側は小川が結構な水量で流れており、何となく安心できる。さらには、猫族のミケランさんがいるし危険が迫ってきたら注意してくれるだろう。
何と言っても、黒1つだ。俺達よりずっと上のハンターだしね。
「ところで、クルキュルって何なんですか?……危険な獣なんですか?」
食後のお茶を、まったりと飲んでいた姉貴がミケランさんに質問する。
「獣ではないにゃ。こんな形の鳥だにゃ。」
そう言って、地べたに燃えカスの薪で簡単な絵を描いてくれた。
「こんな形にゃ。頭に鶏冠があって、ちょっと小太り、それで飛ぶのは下手にゃ。でも、足には、蹴爪があってとても危険にゃ。」
ミケランさんって画才があるみたいだ。
直ぐにそれが何なのか判ってしまった。
どう見ても、どう聞いても、ニワトリだ。
確かに小さい子には危険だろうが、俺でも簡単に捕まえられるぞ。しかし、ミケランさんが脱兎の勢いで此処まで来たことを考えると、ニワトリよりも動きが素早いって事なのかもしれない。それなら、少し危険かも……。
「動きがミケランさん並に素早いってことですか?」
姉貴も同じように考えてたみたいだ。
「そうにゃ。この森に100匹位いるかもしれないにゃ。でもずっと奥に住んでるからアリット採りしてアリットに傷をつけない限り心配ないにゃ。
傷がついたアリットは埋めといたから、もう大丈夫にゃ。……焚火の番は先にアキトとするにゃ。もう寝たほうがいいにゃ」
そんな訳で、ミケランさんと焚火の番をすることになった。
ミケランさんをよく見ると、頭と耳の色が違っている。頭は茶色、方耳は白、もう片方は黒だ。ひょっとして先祖は三毛猫?
ぼんやりと焚火を見ていると、ミケランさんが片手剣のケースの脇からパイプを取り出した。姉貴のお爺さんが使っていたキセルみたいな長さがある。
焚火の燃えさしを使ってパイプに火を点け、スパーって煙を吐き出した。
ネコってタバコが好きなのかな?って素朴な疑問はあるけど、自分も持っている事を思い出し、銀のケースから1本取り出して、同じようにタバコに火を点けた。
「あにゃ。アキトもやるのかにゃ。私らネコ族が一緒なら問題にゃいけど、匂いが解らなくなるにゃ」
「ミケランさんはなんでいいんですか?」
「カンがいいからにゃ。ミーアちゃんもいいはずにゃ」
ネコの第6感ってやつかな?ということは、現時点で危機はないってことだよな……。
「少し、聞いてもいいですか?」
「言ってみるにゃ。解ることは答えるにゃ」
そんな訳で、この世界の疑問をいろいろぶつけてみた。
そして解ったことは……。
この世界がジェイナスと呼ばれていること。そして、小さな王国がいっぱいあること。 都市や町もあるらしい。
暮らしているのは、人間だけでなく、獣人族、エルフ族、ドワーフ族等がいて、混血も盛んであること。ミケランさんは猫種の獣人族だが、ミーアちゃんは人間とのハーフらしい。
魔法が存在しており、ハンターは数種の魔法を持っていること。ミケランさんも持ってるらしいが教えてくれなかった。
魔法は、神殿の神官に料金を支払うことによって得ることができるけど、あの村には神殿が無いとのことだった。でも、移動神官と呼ばれる人が辺境の村を巡回しているから、その人に対価を払うことによって魔法を使えるようになれるようだ。
ハンターの生活は結構厳しいものがあるらしい。
ミケランさんも、2度程パーティメンバーを亡くしているとのことだ。「高望みはダメにゃ。」って言われてしまった。
ハンターとして一人前として扱われるのは黒のカードを持った時からだそうだ。それまでは、半人前として簡単な採取をこなすことを進められた。
「でも、連れにガイドがいるときは別にゃ。星2つ程なら上の依頼を受けても大丈夫にゃ」
しかし、アリット採取は赤2つ。もっと上があったのでは?という疑問に対しては、この依頼のリスクを判断したとのこと。
例のクルキュルである。赤2つでは対処出来ないってミケランさんのご宣託だった。
最終的に、簡単な依頼を数多くこなし、経験を積めってことでミケランさんのアドバイスは終了した。
でも、経験を積んでも、危険な獣は判断出来ないような気がするけどね。
そんな話をして時間を潰し、4時間経ったところで姉貴を起こして眠りに着いた。
ユサユサと体を動かされて強制的に睡眠を破られる。
どうやら、ミーアちゃんが体を揺すっていたらしい。周りを見ると未だ薄暗く、夜明けには未だ程遠い時間のようだ。昨日の昼に適当に合わせた時間では朝の4時……、いくらなんでも朝ではない。
「どうしたの?」
「にゃんかいるの!」
ミーアちゃんがそう言って、指差したほうには姉貴が双眼鏡で何やら監視している。
急いで姉貴のところに行くと、姉貴は双眼鏡を俺に渡して前方を指差した。
姉貴の指差した先に動くものが見える。双眼鏡でよく見ると……。
どう見ても、ニワトリ、それも名古屋コーチンみたいな薄茶色の羽色だ。思わず涎が出てしまう。
さて、どうやって捕まえようかと考えてるときに、そのことに気がついた。
どう考えても、周囲の木々とニワトリの縮尺が合わないのだ。
慌てて、距離計を連動させて確認する。距離80でこの目盛だと……。
「何だ!あの(モゴモゴ…)」
姉貴に手で口をふさがれた。
何と、あのニワトリの大きさはダチョウクラスの大きさがある。
ミケランさんが逃げるわけだ。あの大きさなら蹴爪の長さだけでも短剣クラス。へたな攻撃を加えたら、怒らせて一撃であの世行きとなる。
姉貴を見ると、クロスボーに足をかけて両手で弦を引いている。殺る気満々のようだ。
ショルダーの矢筒からボルトを1本抜き取って、クロスボーの滑走レールにセットして俺に頷いた。準備完了ってことだよな。
ようやくミーアちゃんに起こされたミケランさんは前方のニワトリを見て、「クルキュルにゃー!」って言ったかと思うと、ミーアちゃんを捕まえて近くの大木に登ってしまった。
見た目そんなに恐ろしいとは思わないけどね。
俺とミケランさんの叫びでニワトリはこっちに気付いたみたいで、こちらを睨んで警戒しているようだ。
姉貴が俺の脇で、クロスボーの照準器を覗き込んでいる。
先端が鉄の円錐で出来た、直径1.5cmのボルトを秒速200m以上のスピードで撃ち込むことができる。一体何を対象に作ったんだか解らなかったが、こんな事態も姉貴は想定していたんだろうか・・
ニワトリはこちらを敵と認識したみたいで、こっちを睨みながら少しづつ近づいてくる。
パシュッ!っと短い音がした。
ニワトリの胸にボルトが吸い込まれ、一瞬ではあったがニワトリがのけ反った。
当った場所から鮮血が噴出している。
でも、それだけだった。近づくスピードが速まり、首筋の羽は逆立っている。完全に攻撃モード全開の状態だ。
「早く、木に登るにゃ。」
頭上からミケランさんの声がするが、今からでは遅すぎる。登ったところで、あの大きさのニワトリなら10m近くは飛び上がれそうだ。
走ってくるニワトリを直前でかわして姉貴は槍を打ち込み、俺はグルカナイフを叩き付けた。
その結果は、驚くことに跳ね返ったのだ。まるで、柔らかいゴムを攻撃したみたいだ。
ニワトリが前方でUターンをすると、再度俺達に向かって走ってくる。
「姉さん、隠れて!」
姉貴は直ぐに木の陰に隠れると、M36をホルスターから取出し狙いを付ける。
俺も、ナイフを投げ出すと、M29を取出して両手で構える。
バァン!
44マグナムの威力は凄まじい、狙い違わずニワトリの頭を吹き飛ばした。
それでも、ニワトリは走って俺の脇を通りすぎると、後ろの立木にぶつかって倒れた。
しばらくの間、足が走っているように動いていたが、やがて緩やかになり、そして止った。
どうにか、ニワトリを退治できたらしい。
ミケランさんもミーアちゃんと一緒に木の上からスルスルと下りて来た。
「倒したかにゃ。…とんでもない武器だにゃ」
「あのう…使った武器については黙ってて貰えませんか?」
「いいにゃ。でも倒したことは報告するにゃ。」
ミケランさんの答えに満足して、M29をホルスターに戻す。
倒したニワトリの様子を姉貴と見に行ったけど、ホントに大きい。これだけで焼き鳥何人分っと考えると気が遠くなる。
攻撃が利かない理由も直ぐに判った。羽毛が何重にも重なっているのだ。これなら防弾チョッキ並みの防護が出来るだろう。
それでも、刺突には少し弱いみたいで姉貴の放ったボルトは胸に深く突き刺さっていた。それでも動きに変化が無かったのだ。
まったくもってとんでもないニワトリだ。
「血抜きをするにゃ。足を縛って木に吊るすにゃ」
ミケランさんの指示通りに木に吊るす。
結構重い……。ミーアちゃんより重いぞ!
「とりあえず終了にゃ。ご飯を食べてアリットを採るにゃ」
いつの間にか辺りは大分明るくなっている。
ギニョーギニョーって変な声で鳥も鳴き出した。
「はい。今準備しまーす!」
俺は焚火の傍に戻ると、早速鍋に水を入れてお湯を沸かし始めた。