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#001 俺の姉貴

 

 小さな焚き火の前に座った俺に、姉貴は「はい!」ってカップを差出した。

 ありがたく受取ると、一口飲んで周囲に気を配る。


 夜の森は静かで、何の物音も聞こえない。

 時折、薪のはぜる音がパチパチと小さく聞こえるだけだ。


 隣で、カップのコーヒーをフーフー息を吹きかけながら飲んでいる姉貴を見ると、俺の視線を感じたのか、此方を見て微笑んでいる。全く余裕があると言うか、無頓着と言おうか……


 そもそも、こんな所で焚き火をしている原因となったのも、姉貴のせいなんだろうなあ。

 昨日の夕方、家に来たかと思ったら、「明日は、キノコ狩りだよ!」と言って帰っていった。


 それからが大変だった。

 とりあえずザックを取出し中身をぶちまけて再度詰め直す。


エマジェンシーキット、緊急薬品、非常食、携帯調理用の鍋と食器、シェラカップに固形燃料…さらに、マルチプライヤー、ナイフ、軍用水筒、そして着替え1式と予備の圧縮下着1式だ。


 これだけ詰め込むとパンパンにザックが膨らむが、まだ、ポケットがある。そこに、お菓子を入れると準備完了だ。


 玄関にGIブーツを出しておき、部屋に戻ると枕元に着ていく物を準備した。

 ジーンズにGシャツ、トレーナーそれに厚手のソックスを畳んで置く。


 最後に押入れの奥から、山菜採取用の鎌を取出す。

 樫の杖だ。上部はネジが切ってあり、其処に鎌をねじ込む構造だ。そして、何と鎌は鍛造品。鎌と言うより鳶口を削って刃を付けたような形状だが、山菜取り用と言ういい訳ではしょうがない。


 次の日。朝6時に起きて朝食のパンをコーヒーで流し込むと、玄関先で待つことしばし、姉貴が同じような服装でトコトコと歩いてきた。

 

 同じような服装には理由がある。

 俺の服は、下着に至るまで姉貴の趣味で購入したものだ。

 「はい。これでお願いね!」ってお金を渡す俺の母にも問題はあるのだが……。


 

 背負ったザックは俺よりも大型だった。

 と言うことは、今回もとんでもない物を持って来たという事だ。

 とんでもない物とは、組立て式の大型コンポジットクロスボーである。

 「野犬は嫌い!」って言ってたが、あれで撃ったら野犬程度では貫通するぞ!全く。 

 

 2人で小さな町並みを抜け、裏山の山道を登って行く。 

 キノコが近場にあるはずが無い。近場のキノコは老人の楽しみ。俺達は更に上の山中を目指す。


 途中の展望台で休憩を取ると、更に山道を登って行く。

 道は次第に細くなり、終には獣道となる。


 それでも先に進む。軍用コンパスと地図があれば現状位置の確定は可能だ。

 この手の訓練は小学生時代からのオリエンテーリング大会で十分訓練を積んでいる。

 

 「あった!」


 姉貴が籠を振り回してはしゃいでいる。

 見ると、大きな山栗の木がある。下には沢山のイガグリが落ちていた。

 早速、イガグリをブーツで器用に剥きながら山栗をゲットする。


 数十個拾ったところで、再び獣道を進む。そして、日当たりの良い斜面で本命のキノコを取ることにした。


 キノコは日当たりが良い場所には生えない。そんな場所の何時も木の陰になっているような場所に生えてくるのだ。

 10個程取ったところで、姉貴の籠を覗く。沢山あるのだが…毒キノコが殆どだ。丁寧に鑑別して毒キノコを除いたところに俺が取ってきたキノコを入れる。


 時計を見ると、昼をだいぶ過ぎている。

 姉貴が作った大きなオニギリを木陰で並んで食べた。


 そして、さぁ帰ろうかという時に、異変に気がついた。

 太陽が雲に隠れ、山の下の方から霧がかかって来た。

 急いで荷物を担いで山を下りる。しかし、道は獣道……、何時しか異なる方角に進んでいることに気がついた。


 昨夜の天気予報では今日は晴れのはずだ。朝からの日差しが原因であれば、さほど時をかけずに霧は晴れるはず。風が出れば更に早まる。

 歩き続けて少し開けた場所を見つけたので、此処で休むことにする。


 帰りが遅くなっても、姉貴と一緒ならば両親は心配しない。姉貴の家でもそうだ。ここは、動かずに霧が晴れるのを待つのが得策と考える。


 霧は、時を経ても晴れる様子が無い。かえって濃密さが増している。

 小さな焚き火を作ると、姉貴が簡単な夕食を作りはじめた。


 姉貴は実の姉ではない。隣に住む矢上家の娘だ。俺と1歳程上になるが、俺が生まれた時から世話になったようだ。

 俺の発した初めての言葉が「オネータン」だったらしい。ある意味、姉貴のオモチャ同然ではあったようだが、俺が歩き始めると常に付きまとって面倒を見てくれたと母が話してくれた。

 

 矢上家は姉貴とお爺さんの2人暮らしで、お爺さんは合気道の道場を自宅で開いている。俺も物心が付くか否かの頃から、姉貴と稽古をしていたようだ。


 中学生になると直ぐに黒袴の資格を得て、今は年少組の指導までしている。

 姉貴はさらに上を行って、同世代の中学生の指導をしている。

 さすがに、高校生以上の組については師範が指導しているが、このまま稽古を続けると卒業と同時に師範の資格を得ることが出来そうだ。

 

 道場では、亜流ではあるが杖術として、4尺の杖を使った攻撃方法がある。これも、半ば強制的にお爺ちゃんに仕込まれた。

 

 姉貴は高校生になると、合気道部ではなくバイトに勤しんだ。そして俺が高校に入ると半ば強引に付き合わされた。コンビニのバイトである。

 バイトの給料は、全て変な装備に費やされた。日本の法規制を全く無視した調達網を姉貴は知っているらしい……。道場に通っている変な外人にコネがあるみたいだ。


 おかげで、海外の特殊部隊装備品が手に入ったが、こんなの日本でどうするの?っていうような物ばかり…刃渡り40cmのグルカナイフなんて押入れに入れとくしかないが、今日は、ザックに収まっている。

 

 こんな、怪しい2人だが、町の警察官には結構受けが良い。

 それは、コンビニのバイトで強盗を2件撃退しているからだ。しかし2件とも警察以外に救急車が必要となった。

 

 最初の強盗は、姉貴が投げ飛ばした先にあったガラスドアを破った為にガラスによる腹部裂傷。……もう少しで、失血死だったらしい。

 2度目は、俺の床モップによる攻撃で鎖骨損傷、肋骨骨折となった次第である。


 両方とも、正当防衛で処理されたが、やり過ぎないように厳重注意を受けた上で感謝状を頂いた。

 今朝も、この格好で巡回の警察官と会ったが、姉貴の「キノコ取りに行くの!」に「気を付けて行けよ。野犬に注意してな!」という事で、済んでいる。

 

 しかし、この霧は異常だ。夜になって、さらに濃密さが増している。

 小さな焚き火に照らされた、数mの空間のみが存在しているようにも感じる。

 

 肩に重みを感じた。どうやら姉貴はエマジェンシーシートに包まって眠り込んだらしい。

 いつの間にか、姉貴を小さく感じるようになったが、これでも姉貴は170cmはある。俺が、180cm迄背が伸びたからなのかも知れないな。


 ガサガサ……と何かが近づく音がした。

 殺気は感じないが用心の為に、杖を直ぐ脇に寄せる。


 茂みからガサリという音と共に現れたのは、小さな老人の姿をしていた。

 しかし、老人が身に纏っているのは、着古した着物のようなものである。古木の杖をついて焚き火に近づくと、俺の対面の地べたに座った。


 ジッとしている姿は苔生した石仏のようだ。

 害がなさそうなので方っておくことにした。触らぬ神に祟りは無いって言うし。


 「我を敬う者の子孫たる娘の願いを聞くことにした。……お前の意思は知らねど、同行させる。

 お前達に与えるものは3つ、老いと病を防ぎ、言葉の理解、それに若干の体力向上……娘の願い通り慎ましく生きよ……」


 一方的に話を終えると、立ち上がって霧の中に消えていく。

 白昼夢?にしては、現実的だ。現に老人の座った場所は草が倒れている。

 ということは、この霧は先ほどの老人の仕業とも考えられる。


 俺達を迷わせ、此処へ導き、引導を渡す……ってことか。

 ともあれ、明けない夜はない。明日にはこの霧も晴れるだろう。



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[良い点] ふと思い出して本作品を検索すると【本文 #285凍った山野】にしおりがついてました。 圧巻の文字数250万字越え。始まりはどんな感じかと思い読み返してみようかと思います。 [一言] 最新作…
[一言] 何回目かの、読み返し
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