許嫁が欲しすぎる!
「許嫁が欲しい」
俺はページの端の擦り切れた『らんま1/2』最終巻を脇に置いて、呟いた。
「またかあ……」「出たよ……」
うちのリビングに当然のようにいる幼馴染・春乃と、うちのリビングに当然いる義妹・葵がうんざりしたようにため息をつく。
「許嫁--名前を結菜としよう。『結ぶ』に『菜の花』の『菜』で結菜だ」
「説明しなくていいよ、毎回同じ名前なんだから……」
「ううん葵ちゃん、こないだは『唯一』の『唯』に『奈良』の『奈』だったよ?」
「春乃ちゃん、いくら頭良いからって、そんなどうでもいいことに脳の容量使うことないって……」
「ちょうどこんな風に天気のいい昼下がりの日曜——」
俺は桜の舞う窓の外を指差す。
「——俺のもとに突然親父から国際電話がかかってくるんだ」
「そういえば、おじさんとおばさんってニューヨークからいつ帰ってくるんだっけ?」
「さあ、まだ決まってない。一生帰ってこないんじゃない?」
「内容は、こうだ」
ブーブー、ブーブー、と俺はスマホのバイブ音を再現し、
「『もしもし、親父? どうしたんだよ』」
と電話に出る仕草をする。
「『急で悪いな、一茶。今日、結菜って子が家に来る』」
「『ユイナ? うちに来る? なんだよいきなり?』」
「声色変えて、首を左右に振って、落語家さんみたいだねえ……」
「我が兄ながら、キモすぎる……! 血が繋がってないことだけが救いだわ……」
「『いやあ、昨日突然、高校時代の友人から電話がかかってきたんだ。「うちの娘が今度、君の息子と同じ高校に通うことになった。しかし、私はアラスカで遺跡の研究に忙しい。しかし、可愛い一人娘に一人暮らしなんてさせられないだろう? 許嫁なんだから君の家に住まわせてくれ」ってな』」
「『イイナズケ……? なんだよそりゃ』」
「『あーオレも忘れてたんだが……お前、許嫁がいるんだよね。昔そういう約束をしてな』」
「『へえ、そうなんだー……って、ええ!?』」
「自分で考えた物語なのにノリツッコミ……」
「『いやー悪い悪い。それじゃ、国際電話金かかるから切るわ! 仲良くしろよ!』」
「『は? おい、おい……! くそ、切れやがった……!』」
俺はスマホをソファに叩きつける。
「迫真の演技だねえ……」
「一番キモいのは、この話する度に、ちゃんとユイナがうちに来るまでの経緯が違うことだよね……」
「脚本を毎回頭の中で書き分けてるんだねえ。すごいよねえ」
「ちょっと褒めないでよ、春乃ちゃん」
「褒めてなんかないよ?」
春乃は目を真っ黒にして微笑む。
「すごく気持ち悪いの『すごい』だよ?」
「……なんかごめんね、うちの愚兄が」
「俺がスマホを切るとほぼ同時、ピンポーン……と、インターフォンが鳴る。玄関に迎えに行くと、黒髪ショートの美少女がむすっとした顔で立って言うんだ」
すぅ、と息を吸って、結菜との物語が始まるセリフを口にする。
「——『はじめまして、許嫁くん。早速だけど、婚約破棄しましょう』」
すっ……と、リビングが静かになる。
コンサートで名演が終わった後、一瞬、静寂がホールを支配することがあるという。
そしてその後に続くのは、
「出来上がりすぎてキモい!!!!」
「一茶くん、ちょっと過去一に一茶くんだったね……」
決まって、はち切れんほどの喝采だ。
「ま、そんな経緯で、結菜はうちに居候することになるんだ。同世代の美少女と一つ屋根の下だぞ? そして、いがみあいながらも俺たちは段々と心を通わせていくんだ」
「一緒に暮らしてる同世代の女の子だったらもう葵ちゃんがいると思うんだけどねえ……。メジャーデビューして、シングル出す度にオリコン1位は必至のアイドルグループで不動のセンターを張ってる女の子が……」
「褒めすぎだよ……!」
葵が珍しく照れているが、
「あのな春乃。葵は妹だろ?」
俺は呆れてため息をつく。
「妹にそんな気持ちを持つ兄がどこにいるんだ? 俺たちの苗字は高坂じゃないんだぞ?」
「でも、あたしたち血は繋がってないじゃん……」
「血が繋がってないくらいのことで、妹をそんな目で見てたら大変だろ!? 今、実質俺たち二人暮らしなんだから。俺がそんな目で見るようなやつだったら、葵はすぐさまこの家を出るか、俺を警察に突き出した方がいい」
「ごめん春乃ちゃん、今、正論言ってるのどっち……?」
「うーん……ギリギリ一茶くんかも?」
「マジか……!!」
葵が目を剥く。俺のことをそんな危険人物だと思ってたのか。よく俺と一緒に暮らせてるな。
「それで、結菜と俺は——」
「まだ続くのこの話!?」
「——同じ高校に行くだろ? とにかく、結菜がモテるんだ。結菜は美少女で外面だけはいいからな。ていうか、俺以外には実際に優しいし。実際、才色兼備とは結菜のためにある言葉っていうか。通知表は当然のようにオール5で、部活でもかなりの成績をあげている。で、毎日のように告白されてる。……で、なぜか結菜はそいつらを振るんだよ。俺は言うんだ。『お前みたいなやつに告白する物好きなんて今後現れねえんだから、付き合えばいいじゃねえか』って」
「幼馴染ならいるんだけどね……。成績優秀で、美術部で全国コンクールで毎度のように金賞を取ってて、そのくせそれを鼻にかけることもなく、毎日のように告白されてるのに、なぜか誰とも付き合わない超可愛い幼馴染が。春乃ちゃんっていうんだけど」
「わ、わたしはそんなたいそうなものじゃないです……!」
「あのな、葵。春乃は幼馴染だぞ?」
「だから?」
「俺が春乃に『お前みたいなやつに告白する物好きなんていない』って言うのか? 春乃に失礼だろ!」
「わたしは別に言われてもいいけど……」
「あのな、結菜と俺は強制的に結婚することにさせられてるから、お互い憎まれ口を叩いたっていいんだよ。自分たちで伴侶を選ぶ自由を奪われた同士の必死の抵抗みたいなもんだ。「お前みたいなやつに告白する物好きなんていねえんだから、付き合えばいいじゃねえか」も俺が結菜と結婚する前提があるから嫉妬として成立する」
「存在しない人の名前を自然にあまり言わない方がいいんじゃないかなあ……」
「でも、春乃は俺と将来を誓ってもないのに、俺が春乃の恋路に口出すのはお門違いだし、失礼だろう。春乃が幸せになると思える道を選べばいいじゃないか。幼馴染の俺はそれを全力で応援するだけだ」
「えっと……葵ちゃん、これは誠実……?」
「うーん……ギリ誠実かな……?」
「もしかして二人とも、俺のことノンデリの変態野郎だと思ってるのか……?」
「「うん……」」
……と、その時。
「ん?」
ブーブー、ブーブー、と俺のスマホが呑気な響きで俺を呼び立てる。
「親父から電話だ。」
俺は電話に出た。
「もしもし、親父? どうしたんだよ」
『急で悪いな、一茶。今日、由依那って子が家に来る』
「ユイナ? うちに来る? なんだよいきなり?」
「「え?」」
俺の返答に、春乃と葵が鼻息荒く俺のスマホに耳を近づける。
『いやあ、昨日突然、高校時代の友人から電話がかかってきたんだ。「うちの娘が今度、君の息子と同じ高校に通うことになった。しかし、私はアラスカで遺跡の研究に忙しい。しかし、可愛い一人娘に一人暮らしなんてさせられないだろう? 許嫁なんだから君の家に住まわせてくれ」ってな』
「許嫁……? なんだよそりゃ」
『あーオレも忘れてたんだが……お前、許嫁がいるんだよね。昔そういう約束をしてな』
「へえ、そうなんだー……って、ええ!?」
『いやー悪い悪い。それじゃ、国際電話金かかるから切るわ! 仲良くしろよ!』
「は? おい、おい……! くそ、切れやがった……!」
俺が顔をあげると。
「「嘘でしょ……!?」」
2人も目を見開いている。
と、そこに。
ピンポーン。
「「「来た!?」」」
3人で飛び上がる。
さすがの俺も突然のことに動揺を隠しきれない。
インターフォンの画面を見にいった葵が「きゃー!」と戻ってくる。
「うちの! 前に! とんでもない! 美少女がいる! 本物のユイナがいる!」
「まじか……!」
呆けていると、もう一度ピンポーンと音が鳴る。
「おにいちゃん、出てよ!」
「お、おう……!」
おそるおそるインターフォンの通話ボタンを押す。
「は、はい……!」
『初めまして。私、柘植由依那と申します。こちら、宮本さんのお宅でしょうか?』
「はい……!」
「うわあ、本当に綺麗な人だねえ……!」
遅れて画面を見た春乃が感嘆の声をあげる。
『あの、今日からこちらでお世話になることになっているのですが……』
「い、今行きます!」
俺は通話を切ってから、
「本物が来た! 髪型とか変じゃないか?」
と振り返る。
「おにいちゃんの髪型とかどうでもいいから! 早く玄関出て!」
俺がまたしても恐る恐るドアを開けると、彼女は口を開く。
その唇が告げた言葉は——。
「はじめまして、許嫁くん。早速だけど、婚約破棄しましょう」
「…………!!!!」
あまりのことに目を見開いていると、
「——って言おうと思っていたのですが、インターフォンで先に会話する可能性を考慮出来ていませんでした……!」
とユイナさんは苦笑いを浮かべた。
「やっとお会いできました、許嫁さん。改めましてはじめまして、由依那と申します。自由の『由』に、人偏に衣の『依』、那覇の『那』です」
リビングに由依那さんを通すと、葵が由依那(同い年らしい)に緑茶を淹れてくれた。
自己紹介もそこそこに、
「あの、さっきのって……」
春乃が由依那に質問した。
「ああ、お恥ずかしいところをお見せしてしまって申し訳ありません」
彼女は儚げに微笑む。
「私、おはずかしながら、理想の許嫁の出会いを常々試行錯誤しておりまして……その一言目があちらだったのですが、先ほども申し上げた通り、インターフォンでご挨拶することを考慮出来ておらず……あんな普通に挨拶したあとにエキセントリックな一言目というわけにも行かず、ですね。かえって中途半端なことになってしまいました。面目次第もございません」
「イイナズケノデアイヲツネヅネシコウサクゴ……。あれ、どうしてかな、全部カタカナに聞こえるな、頭が理解したくないのかな、あはは……」
葵が笑ってるのか泣いてるのか怒ってるのか、よくわからない表情を浮かべている。
「あの、もしかしてなんだけど……由依那ちゃんは、許嫁という関係性に憧れを持ってるの……かな?」
「春乃ちゃん、もう聞いちゃう……!?」
「ええ……そうなんです。実は、愛読している漫画がございまして……」
と少し遠くを見た由依那が、瞳を輝かせて立ち上がる。
「それは、らんま1/2ですか!?」
「うん……!」
俺も腰を浮かせる。
「一茶さんが読んでらっしゃるんですか!?」
「ああ……!!」
「私も『らんま1/2』を読んだんです、何度も何度も!」
「やっぱり……! 許嫁好きの波動を感じたんだ……!」
俺たちはお互い立ち上がり、見つめ合う。
「ちなみに由依那、『カッコウの許嫁』は?」
「もちろん読破しました」
「『未確認で進行形』は?」
「100周しました」
「『シャーマンキング』は?」
「胎教で読み聞かせをされていたと聞いております」
「やっと出会えた……!」
俺たちは固く握手をする。
「許嫁、最高だよな!!!」
「ええ、もちろんです! 最初は親が勝手に決めたことだからって反発しあって、いがみあって……」
「そうそう、だけど何度かお互いを見直すようなエピソードがあって、段々心を開いていって……」
「だけど素直になれなくて、そんなこんなしてるうちに恋のライバルが登場したりして……」
「やきもきしながらもやがて二人はお互いの恋心を自覚する……至高です!」
「ああ、そうなんだ! そんな由依那さんなら、分かるよな! きっと俺たち、今考えてることは一緒のはず!」
「はい、私たち……」
俺たちは笑顔で同時に叫ぶ。
「「全っっ然、理想の許嫁じゃない!!!」」
「え?」
「そうなるの……?」
戸惑っている風の2人を差し置いて、俺たちは互いを責める。
「なんで許嫁が出来るのを楽しみになんてしてたんですか!? どうして歓迎してくださるんですか!? 喧嘩しないと意味ないじゃないですか!」
「こっちのセリフだよ、全然暴力女じゃないし、全然ツンデレじゃないじゃん! おしとやかで虫も殺さぬ顔してるじゃん!」
「こちらだって! どうしてそんなに優しそうなんですか!? もっと不親切でいてくださいよ!?」
「ねえ、褒めあってるの……? ツンデレってやつ?」
「ううん、もっと禍々しい何かだよ。……えっと由依那さん、許嫁の話自体はマジなんですか?」
「ええ……私も東京の高校に通うと決まってから聞かされたのですが……」
「はあ……じゃ、家の案内しますね」
「ありがとうございます……」
由依那さんは肩を落とし、葵について廊下の方に歩き出す。
俺はソファに腰掛けて。
「「はあ……」」
と同時にため息を吐く。
「「……あれ?」」
そして、俺たちは二人同時に振り返る。
「今、ちょっと『なんでこいつなんかと……』って思わなかったか?」
「ええ、思いました! 一茶さんもですか!? 良い感じでしたよね!?」
目を爛々と輝かせて、3秒見つめ合い、そして。
「「いや、だから……」」
異口同音にため息をついて、またしても一緒に嘆く。
「「こんなにすぐ仲良くなっちゃダメなんだってば……!!」」




