運命という名の舞台装置は、どうやら私の「予定された破滅」を書き換えることに躍起になっているようです
別に気にしなくていいのよ。あなた、この学園はおろか、この国ですら、訪れるのは初めてなんでしょ?
は、はい……。
胸に手を当てる。だったら、私がこの学園を案内してあげるわ。
ほ、本当ですか!? ぜ、是非! 彼女の見せる純粋な笑顔。この子の本性を知っているからこそ、素直に受け入れられる。社会の澱に触れず、嘘の泥に塗れてもいないその笑顔。
それはまるで、かつて私が失い、再び求めていたもの、そのものだった。
どこか……彼女が羨ましい。遠い記憶が小さくノックするように、私の心にそっと語りかけてくる。
さあ、行きましょ。私が差し出した手を疑いもせず無垢に取る彼女。
ありがとうございます。
はぁ……。どうして、どうしてこうも、この子は私の心を癒すの。まるで……。
うっ!? うぅ……。物理的に苦しくないのに、なぜか苦しい胸を抑え、塞ぎ込む。
ま、魔法だ!
魔法を使ったぞ!
アデレイル様が!
噂をするしか能のない、小うるさい生徒達が口々に騒ぎ立て始めた。
塞ぎ込み、視界が限定される中、鎧特有の重い足音が聞こえてくる。
ついに来たわね。悪役令嬢の私からヒロインを救う救世主キャラが。
今の些細な失態は大した事ではない。ただの気の迷いに過ぎない。そう、物語という巨大な運命の歯車を、そう簡単には止める事なんてできないのよ。すぐによく分からない力で修正がかかる。さあ、運命よ。私を元の極悪非道な悪役令嬢というサイコパスなキャラの元に収めなさい。
あら、でもこの聞き慣れた足音は……。
下がれ!!
あ、あの……私は何も……。
アデレイル様、アデレイル様! ご無事ですか?
私を異常なまでに心配するこの男はランスロット。安易な名前で、私に心酔し、ヒロインが選んだ相手に立ち塞がる強敵の騎士。簡単に言うと私の忠実で優秀な駒。まったく、いつも思うわ、名前、もっと捻れなかったのかしら。
ランスロットとヒロイン選抜キャラが激しく争っている間、ヒロインが私を追いかけ、私とヒロインによるキャットファイトが始まるというお約束展開。
ああ、悲しき私の恋人ランスロット。あなたは物語後半で、ヒロインに恋するキャラに首をスッパされる運命の敵役なんだから。
ランスロットには禁断の知識(相手キャラの戦法や弱点)を神話の叙事詩のように教えてきた。ヒロイン共々、首スッパと思ったけど、いまそれをやられると私がランスロットの首をスッパしかねない。私は自分の教育方針の間違いを少し実感した。
大丈夫よ。ランスロット。肩を軽く借り、起こしてもらう。いつも私のことを気にかけてくれてありがとう。
当然の事です。
彼女は何もしていないわ。私は……そう、昨晩の夜更かしが祟っただけ。これからは彼女も、私と同じように守ってあげて。
畏まりました。
迷い無き言葉とは裏腹に、ランスロットの瞳は揺れていた。無理もない。毒を吐くしか能のない主の口から、聖母のような慈愛の言葉が漏れたのだから。
それで……。ヒロインの方を見るランスロット。
えっと……そういえば、あなた名前は?
エリーシャです。
そんな名前だったかしら? 脳のシワ、伸ばさないといけないかも。
私はランスロット。困った事があれば、いつでも。
は、はい。よろしくお願いします。
私の事は、もう知ってると思うけど、マナレド・アデレイルよ。フレンドリーにマナと呼んで。
ランスロットは微動だにしていないが、目で驚いているのが見て取れる。可愛い。
芸術的に計算された私の極悪非道なキャリアは、今、子犬の笑顔と忠犬の当惑によって、取り返しのつかない泥沼に沈んでいく。




