22話:寮
「それにしてもお前、足まで速いとか反則だろ。逆に何ができないんだよ。」
俺たちは今オリエンテーションを終えて学園の端にある寮に向かっている。女子とはもちろん寮も離れているので今ここにいるのはSSS1クラスの男子のみだ。隣を歩いているアーサーはさっきからぶつぶつ言っていて体力もだいぶ回復したようだが、他の男子たちは生まれたての小鹿か生きる屍のようになっている。ギルダとかいうやつも今はしゃべる気力もないのか大人しい。
「俺、負けず嫌いだから。」
(こいつらの課題は体力だな。)
スキルがあってレベルが高くても体力がなければ戦えず、待ち受けるのはデッドエンドだ。ダンジョンに入れば次々と魔物が現れるため運が悪ければ休む暇なく2時間、3時間と戦い続けなければならないこともある。それなのにさっきくらいのでへばって回復も遅いようでは話にならない。
(まあ、でも俺には関係ないか。)
「おっ、あれが俺たちの寮か!」
後ろでよろよろとついてきているクラスメイトを一瞥した後、アーサーの声に俺も目の前の建物を見上げる。
(タワマンじゃん。)
目の前にあるのは前世でアイドルとして売れるようになってから住んでいた高級マンションのような建物だった。首が痛くなるほどの階数がある。これには元気がなかったクラスメイト達も目を輝かせている。
さっそく中に入ると1階はロビーになっていた。ソファーやテーブルがゆったりと置かれ、売店やレストランも入っている。床は大理石で天井も高くシャンデリアが設置されている。
クラスメイト達は大理石やシャンデリアはさすが貴族の子といったようで見慣れているのか反応は普通だった。
「ところで俺たちの部屋って何階なんだ?」
「実は俺寮での暮らしにあこがれてたんだよな。それにこんなに高い建物ってめったにないから上の方の階がいいな!」
「お前も?実は俺もだ!あ、あそこに受付の人がいるし聞いてみようぜ!」
クラスメイト達は話しながらエレベーター横の受付にいるお兄さんに確認しに行った。
「SSS1クラスの皆さまですね。皆様のお部屋は最上階、100階にあります。皆様のお部屋はすべて個室となっております。ルームキーはこちらです。皆様のお名前を彫らせていただいていますのでご自身のをお取りください。お部屋の方にも皆様のネームプレートを設置していますのでそちらでご確認ください。」
”最上階”、”個室”という言葉にクラスメイト達は沸き立つ。次々と自分のルームキーを取りエレベーターに向かっていく。
(個室か…)
「リン、どうした?早く行こうぜ!」
アーサーの声にハッとし、俺も”Rin・1001"と彫られたルームキーを手に取りエレベーターに乗り込む。
俺が乗り込むと操作パネルの前にいたやつが自分のルームキーをパネルにかざした。するとピッという音とともに100階と表示され、ドアが閉まってエレベーターが上昇を開始した。どうやらエレベーターを動かすにはルームキーをかざさないといけないらしい。他の階に行く場合はキーをかざしてから階数を直接入力するそうだ。このエレベーターも動力源は魔石だが、技術的には前世と遜色ない。
そうしてエレベーターに乗ること2分半。ようやく100階に着いた。こんなに長い時間エレベーターに乗っていたのは前世を含めても初めてで降りると足元がふわふわした。クラスメイト達も何人かよろけていた。この階は全部で10部屋あり、廊下の一番奥に俺とアーサーの部屋が廊下をはさんであった。ちなみに俺の隣の部屋はギルダの部屋だ。どうやらクラス分けテストの順で奥から部屋が配置されているらしい。
とりあえずルームキーをかざして部屋の中に入ると中は20畳ほどの広さになっており、さらにその奥に10畳ほどの部屋が二つ付いていた。ジンたちと暮らしていた家の数倍の広さだ。
(広すぎて落ち着かない。)
今世ではずっとジンやリサと一緒に暮らしていたし、前世でも練習生になってからはメンバーと一緒に寮の同じ部屋で暮らしていたから一人の空間は本当に久々だ。
(ああ、嫌だな。あの時のことを思い出す。)
無駄に防音設備が整っており、物音ひとつしないこの空間に嫌な記憶を思い出さされる。
「おーい、リン。鍵空いてたぜ?寮だからって鍵くらいはちゃんとかけとけよ…ってどうした!?顔真っ青だぞ!?大丈夫か!?」
アーサーの声に振り返ると俺の顔を見たアーサーはぎょっとして駆け寄ってくる。
「おいおい、身体もめっちゃ震えてるじゃん。寒いのか?もしかして体調悪い?」
俺の手を取って尋ねてくるアーサーに首を振る。
「いや、大丈夫。ちょっと一人の空間が苦手で…。」
こんなことを言ったら笑われるかもと思ったが、アーサーは俺の顔をじっと見つめた後、何でもないかのように
「そっか。じゃあ俺の部屋に一緒に住むか?」
と提案してきた。
「部屋思ったより広いしさ。それに一人だとつまんないし。どう?」
「…いいの?」
「もちろん!そうと決まればリンの荷物、俺の部屋に運ぼうぜ~。」
そういうとさっそくアーサーは俺の部屋の隅に積まれていた荷物を自分の部屋に運び出した。俺もアーサーの気遣いに感謝しながら荷物を運ぶ。
「お前ら、何してんだ?」
荷物を運んでいると部屋から出てきたギルダに見つかった。
「やっぱ一人だと寂しいからさ、リンと一緒に暮らそうと思って!それに俺朝めちゃくちゃ弱いから一人で起きられる自信ないし…。」
なんて言い訳しようか迷う暇もなくアーサーが答えた。ギルダはそれに対して「これだから子どもは!」と鼻を鳴らしてエレベーターの方へ歩いて行った。2歳しか違わないしお前も子どもだろと思ったが口には出さなかった。
そうして俺は自分の部屋について5分もたたないうちにアーサーの部屋に引っ越しをした。
「よし!引っ越し完了!そろそろご飯食べに行こうか!もう腹ペコだよ~」
グーっと伸びをしたアーサーは自分の荷物から財布を取りだすと玄関に向かって歩き始めた。
「アーサー。」
「ん?」
「ありがとう」
俺の言葉に振り返ったアーサーは一瞬キョトンとしたあと、ニッと笑って冗談っぽく
「朝は優しいモーニングコールで頼むぜ!」
と言ってきた。
(本当、こいつには適わないな。)
その日はアーサーと一緒に1階のレストランで夕食を済ませ、あとは部屋でゆったりと過ごした。部屋に戻るときに何人かのクラスメイトにあったが、彼らは彼らで部屋に使用人を呼んでいたり俺たちと同じように相部屋にしている子もいた。やはり今まで使用人に囲まれていたのにいきなり一人で暮らすというのは無理があったらしい。理由は違ったとしても俺だけじゃなくてほっとした。
アーサーが風呂に入っている間に自分の部屋のベッドを運んでこようかとも思ったが、玄関よりもベッドの方が断然大きく、一度分解しないといけないことを思い出し、断念した。そのためアーサーの部屋のキングサイズのベッドを一緒に使わせてもらうことになった。大人3人が寝転がっても全然余裕なくらいの大きさなので俺たち子どもが二人大の字で寝てもまだまだ余裕だった。
ちらりと横を見るとアーサーはすでに眠ってしまったようだった。スース―と規則正しい寝息が聞こえてくる。アーサーもやっぱり疲れていたようだ。
夜になるとたまにだが無性に胸のあたりが寒くなり言いようのない耐えがたい感覚に襲われることがある。何もないのに泣きたくなるのだ。こんなときはいつもメンバーの誰かが気づいてずっとそばにいてくれた。それでも足りない時は抱きしめてくれた。でもこの世界にはメンバーたちはいない。俺はおそらくメンバーたちに依存している。小さいころに貰えなかった愛を自分でも気づかないうちにメンバーたちに求めていたのだろう。そしてメンバーたちもそれを分かっていたから俺をたくさん気にかけて甘やかしてくれた。
俺はその役割を今度はジンやリサ、そしてアーサーに求めているんだと思う。彼らのそばにいると安心するとともによりいっそう”寂しさ”を感じてしまう。”もっと”と求めてしまう。このままではだめなんだろうけどでもこの感情は自分ではどうすることもできず、制御できない感情を持て余して濁流となって目からあふれさせてしまう。
今日は昔のことを思い出してしまったこともありいつもよりことさら感情の波が大きい。
(しんどい。寂しい。みんなに会いたい。つらいよ。寒い。心臓が痛い。助けて。怖い。一人は嫌だ。苦しい。息ができない。)
「だいじょうぶだ…りん、おれが、…そばにいるか、ら…」
身体を丸めて震えているとふいにぎゅっと抱き締められた。びっくりして顔を上げるとアーサーが俺を腕にかかえこんでいた。まだスース―と寝息を立てているので起きてはいないらしい。今のも多分寝言なんだろう。
でもおかげで体の震えが止まった。心もだんだんとポカポカしてくる。気づかないうちにパニック状態に陥り過呼吸になりかけていたが、アーサーのおかげで落ち着いた。
今もアーサーに軽く抱きしめられた状態だがそれがびっくりするほど心地よく、だんだんと瞼が重くなってきた。
さっきまで泣いてしまっていたからこのまま寝てしまったら明日は目が腫れるだろうなとか、もし朝までこの状態だったら起きた時アーサーはどんな反応をするだろうとか、アーサーの脈絡のない寝言にどんな夢を見ているんだとか考えているうちに意識は深く沈んでいった。




