0話:終わりと始まり
(…ん、ここは…どこだ?)
目を開けると見たことのない天井があった。木造で今時なかなか見ない丸太を敷き詰めたような天井だ。
「あら、リン。目が覚めたのね。」
(え、誰?)
俺を覗き込んだ女性は見た目17か18歳くらいの金髪碧眼美女だった。ふわふわで柔らかそうな髪を右側に流し三つ編みで緩くまとめている。優し気なたれ目がちの目元、左側にはほくろがあり可愛い系の顔なのに色気もある。顔だけでも食べていけそうだ。アイドルなんかをやった日にはストーカーを大量生産することだろう。
(ていうか、なんでこの人、俺の名前を知っているんだ?もしかして俺のファン?いや、それにしてはだいぶ馴れ馴れしいな。)
勘違いしないでほしいんだが、別に俺が自意識過剰なナルシストというわけではない。俺は世界的に有名なアイドルグループSevenRのメンバーなのだ。グループ名の由来はメンバー7人全員のイニシャルがたまたまRだったことから社長がノリと勢いで名付けた。社長自身もこんなに人気が出ると思っていなかったらしく(失礼な奴だ)こんな適当にグループ名を決めたことを後悔しているらしい。
(あなたは誰ですか?)
「あうあー?」
(!?)
(なんだ?うまくしゃべれない。それになんだこの手は?もしかして俺の手か?)
「あらどうしたの?お腹すいちゃった?ちょっとまってね。」
しゃべろうとしても上手く言葉にならないし体もとても重く起き上がれない。これはもしかして…と考えていると目の前の女性は俺を抱き上げた。そしておもむろに右胸を服から出し、
(ちょ、ちょっと待って!!)
「おんぎゃあーーーーー!!」
(待て待て待て。待ってほしい。大丈夫。ギリギリ俺は何も見ていない。例えそう、信じられないが最近巷で流行りの異世界転生を俺がして赤ん坊の姿になっていたとしてもこれはいろいろとだめだ。やばい、もしかしてこの手に伝わる柔らかい感触は・・・?違うんだ、これは不可抗力だ。さすがに体は0歳だとしても精神年齢20歳で授乳はやばいと思って一生懸命両手を伸ばして拒んでいるだけなんだ!)
しかしこんな体では十分に抵抗することもできず俺は異世界に来て初めての食事をとることになった。
俺は13歳から事務所の練習生になり15歳でデビューし、そこからは毎日ファンのために睡眠時間も削って活動していたため女性との経験は言うまでもなく0だ。そんな俺が初めて母以外の女性の胸(この女性もこの体の母親なんだろうが)にふれる機会がまさかの授乳だなんて…。俺の目は今恐らく赤ん坊にはとうてい似つかわしくない虚無の目をしていることだろう…。唯一の救いはこの女性がとんでもない美人という点だな…。
さて、授乳という受け入れがたい現実から逃避するついでにこんなことになった原因を思い出してみよう。
確か、俺はメンバーと一緒にデビュー5年目のコンサートを行っていたはずだ。外国にもかかわらずその国最大のコンサート会場は満員御礼。コンサート中盤、メンバーとともに一生懸命覚えた外国語でファンたちとのトークを終えた後、世界的にヒットしビルボード1位にもなった「Color」を歌った。アップテンポで力強いビートに時折混ざる軽やかで柔らかい音色が特徴的な曲だ。また、音域もこれまでの曲で一番広く俺自身が歌うサビのハイトーンボイスからのシャウトがダンスとも合わさって一番の盛り上がりどころだ。サビの終わりは観客の歓声で会場全体が揺れるほどだった。
そんな時だった。シャウトが終わってふと天井に目を向けると多くの照明がリハーサル通りメンバーを追って照らしている中、一つだけ不規則に揺れる照明が目に入った。次の瞬間、サビの終わりで会場全体が揺れ、そのはずみで照明が落下してくるのが見えた。その真下にはちょうど自パートを歌っているメンバーが。
「零くん!!!」
考えるより先に体が動いた。俺の手がメンバーの中でも一番仲が良く兄のように慕っていた零くんの体を突き飛ばす。
ーガシャン!!
「「「琳!!」」」
そうだ。あの時俺は零くんをかばって照明の下敷きになったんだ。最後に聞いたのはメンバーたちの焦った声。痛みも何も感じずにすぐに意識を失ったから多分即死だったんだろう。全部思い出した。
(ああ、やっちゃった。零くん気にしてないといいけど、多分優しい零くんのことだから自分のことを責めてるんだろうなあ。もっと上手く躱せれば良かったんだけど咄嗟のことだったからあれが精いっぱいだったんだよなあ。それに他のメンバーも大丈夫だろうか。零くんもだけど確かメインダンサーの煉くんも比較的照明の近くにいたから怪我してないといいけど…。)
(でもやっぱあの時死んだってことはこれは瑠偉くんがよく言ってた異世界転生というやつなんだろうか。)
瑠偉くんは殺人的なスケジュールの中でもアニメや漫画、ゲームにかける情熱はすごく、毎日チェックを欠かさなかった。瑠偉くんが生粋のオタクという事は公認の事実でファンたちから「残念なイケメン」というアイドルにあるまじき愛称で呼ばれ親しまれていた。
(確か瑠偉くんが言うには異世界には「ステータス画面」というものがあってそれで自分の能力値やスキルを確認できるんだっけ?試してみるか。)
(ステータス画面!)
「うー!」
何も起こらない。ちなみに授乳は俺がずっと目をつむって回想に耽っていたら眠ったと思われたのか早々に解放され今はベッドの上だ。母親と思しき女性は部屋を出ていったので今ここにはいない。
(それよりも何も出てこないぞ。おかしいな、やっぱ漫画やアニメとは違うって事だろうか…)
ー「琳!異世界にはな、ステータス画面というものがあって漫画やアニメによって多少ニュアンスは違うけど「ステータスオープン!」とかって唱えると目の前に透明な板が出て自分の能力値が分かるんだぜ!」
そうだ!
(ステータスオープン!)
「うあー!」
ピロン
―――――――――――――――
名前:天神 琳 [リン] Lv0
年齢:0歳
種族:人間
職業:???
[能力値]
体力 :10
魔力 :50
知力 :30
攻撃力:5
耐久力:5
敏捷 :0
運 :10
魅了 :50
[スキル]
なし
―――――――――――――――
(よし。成功だ!)
「あいやー!」
(んん、でもこれ今まで瑠偉くんに見せてもらった漫画とかからするとかなり弱くないか??レベル0って…。いや、確かに生まれたばかりっぽいからこれはしょうがないとしても体力10とかちょっとした衝撃で死ぬんじゃないだろうか?せっかく生まれ変わったのにすぐに死ぬのは避けたい。敏捷にいたっては0じゃないか。まあ、この世界の基準が分からないから何とも言えないが漫画とかだったら余裕でステータス1000超えてた気がするんだが…?
まあ、いいか。異世界、ステータス画面と言ったらこれも耳たこができるくらい瑠偉くんから聞かされた「レベルアップ」もあるだろう。せっかく異世界に来たんだしこうなったら異世界でもトップを目指してやろう。)
(やるぞ!レベル上げ!!)
「うやーーー!!!」
「あら、リン元気ね。起きたのなら今度こそご飯済ませましょうね。」
「う、うやぁ・・・」
こうして俺の異世界生活が始まったのだった。




