第二話 素材屋 アルカナ堂
ダンジョンの入り口近くにあるセーフゾーン。
光の結界が張られ、魔物の影も入れない安全地帯である。
アイテムショップや休憩所を兼ねた出店もあり、ダンジョン帰りの冒険者たちなどで賑わっている。
リュネル達もその一角に腰を下ろしている。
リュネルとソフィアはお茶を、ソランは魔猪の特大バーガーを頬張っている。
「本当にありがとうございました!お二人は私の命の恩人です」
ソフィアは深々と頭を下げる。
リュネルは柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「気にしなくて大丈夫です。もう無茶はしないでくださいね」
ソフィアは頬を赤らめ縮こまる。
「とりあえずは、どこかのパーティーに入ることをお勧めしますよ」
「そうします」
ソフィアはゆっくりと頷いた。
「あそこで一週間サバイバル出来たんですから、自分の得意分野を理解して、㏚すれば、
良いパーティーに出会えますよ」
「―はい!頑張ってみます」
ソフィアは自分を鼓舞するように手を握った。その表情は少し楽しそうにも見えた。
「当てはあるのか?」
ソランが口元のソースを舐めながら聞いた。その言葉にソフィアの表情は一気にどん曇りになる。
「…ギルドでパーティー募集をしていたので、それであたってみようかと」
ソフィアの声は自信なさげに尻すぼみになる。
リュネルはそんなソフィアの様子を見て、お茶を一口含みコップを置くと、
「もし、本当に、どうしようもなかったら……、ルキフェリアの〝アルカナ堂〟までお越しください。少しは力になれると思います」
その言葉にソフィアの目が輝いた。
「リュネルさん、ルキフェリアにお店持っていたんですか!?私も今はルキフェリアのギルドの支部に所属しているんです」
「そうでしたか。…前のパーティーはヴェルディアの支部でしたもんね」
リュネルはコップを手に中身を揺らす。
「私なんかがおこがましいですが、安心しちゃいました」
ソフィアが頬を搔きながらはにかんだ。
「んぁ、ほーいうほほあ?」
「こらソラン。飲み込んでから喋れ」
口いっぱいにしたソランの頭をリュネルはグーで小突いた。
「…私パーティー追い出されて、あの国に居るのがちょっと……しんどくなっちゃって。
でも行くところあったわけじゃないし、とりあえず大きな支部に行けば何とかなるかなぁとか安易に考えちゃって…。それでも結果でなくて、焦ってたんですかね。あいつら見返してやりたいとか馬鹿みたいにやけになって、それで…」
ソフィアは今にも泣きそうになって、声を絞り出すように話している。
「あぁ、何となく分かったわ」
「え?」
「そうだね」
「へ?」
ソフィアはソランとリュネルを交互に見た。二人は何となくソフィアの性格を理解したようで、二人だけで納得していた。
「・・・とりあえず、ルキフェリアの支部に来たのは正解ですよ。あそこのギルマスは面倒見がいいし、あなたが馴染めるパーティーも見つかると思います」
「ほんとうですか?」
「おう!先生が言うんだから間違いねぇーよ」
ソランは口元にソースを付けたまま眩しい笑顔でいる。
「ありがとうございます。私やれる気がしてきました!」
ソフィアの顔にまた笑顔が戻ってきた。
「私、今度こそ頑張ります!」
「空回りしないように気を付けて下さいね」
「せんせー辛辣―」
三人の笑い声がセーフゾーンの一角を賑わせた。
転移ポータルの光が揺らめく。
セーフゾーンを後にした三人はルキフェリア王国方面の転移ポータルを使った。
戻ってくると、陽が落ち始め夜の気配を空に感じ始める頃だった。
街へ戻る直前、ソランが片手をひらひらと振った。
「じゃあな嬢ちゃん!次は気を付けろよ!」
「…はい!ありがとうございました」
ソフィアは何度も頭を下げた。
そんなソフィアの背中を二人は小さくなるまで見送った。
「なぁせんせー、オレ直ぐに嬢ちゃんに会う気がするんだよな」
「ははは、同感」
「見た目はお嬢様って感じなのに、意外と突き進んでいくタイプなんだな」
「そうだね、本来は考えて行動できるタイプなんだろうけど」
「え?そうかぁ?」
「……なんか訳ありな感じもするけどね」
リュネルは顎に手を当て思案する。
「おっ、マジで?それはヤバいやーつ?」
「んん~、プライベートなことだからね。詮索は不要、ってとこかな」
「なるほどねぇ」
二人は言葉を交わしながら並んで夕暮れの街の賑わいに向かった。
夜が近くても街はまだまだ賑やかで、中心街の雑踏を抜け少し外れまで二人の足は進む。
そして、一軒の店。
石畳を踏み、扉を押し開けると、店内はいまだ賑わっていた。
棚に並ぶ瓶や袋を覗き込む冒険者たち、帳簿を広げる商人。野菜を手に献立を相談している人々。
その中心で、若い女性が丁寧に客をさばいていた。
「あら、リュネルさん。お帰りなさいませ」
「おっ、店長のお帰りか、じゃあねリラちゃん」
客へ一礼した後、彼女は柔らかい笑顔で振り返る。
明るい栗色の髪を揺らす若い女性——リラだ。
白いエプロン姿でテキパキ接客する彼女は、にこやかに微笑んでリュネルを出迎える。
「ただいま。手伝うよ」
「はい、お願いします」
ソランは腕を組み、苦笑する。
「いやぁ、相変わらず繁盛してるな……俺まで働かされるんじゃないだろうな」
「分かってるじゃん。ソランは持ち込みの対応よろしく」
「へいへい」
そんな軽口に客が笑い、和やかな空気が広がっていく。
——リュネルは公認資格を持つ「錬材師」俗に「素材屋」と呼ばれる職業だ。
錬材師の仕事は多岐にわたる。
魔獣の肉・骨・牙等々を武器職人へ、薬草を薬師や医者へ、珍しい食材を料理人へ——。
ありとあらゆる「素材」を自ら集め、鑑定し、流通させる。
錬材師の資格者は非常に少なく、その希少さ故から、国に抱えられる者やギルドの運営に呼ばれる者もいる。
街の片隅にあるリュネルの店〝アルカナ堂〟も朝から人が絶えない。
冒険者が血の付いた袋を持ち込み、商人が珍しい香辛料を求め、職人が武具の補強材を注文し、街の奥様方が日用品を買いに来る。
「リュネルさん、この鉱石はどうだ?」
リュネルは鑑定用のレンズをかけまじまじと吟味する。たまに外しては光にかざしてを繰り返す。その様子を冒険者は落ち着き無く伺っている。
「…うん、純度は悪くないですね。ただ、混じり物が多いかな…三割くらいが妥当だと思いますよ」
「かぁーーまったく、相変わらず目ざといな」
「正直と信頼が売りなもんでねぇ」
リュネルはレンズを外し爽やかな笑顔で返す。
「そりゃ、ちげぇねぇ」
冒険者は参ったと豪快に笑った。
「ソラン、頼んでいた魔獣の解体は?」
「もう終わってるよ!肉はこっち、皮はそっち!あとコイツ魔石持ちだったぞ」
「おっ、やりー!」
「やりー、じゃねーよ。もっと丁寧に狩って来いよ!オレが叱られちまうだろ」
「いや、ソランがかい!」
威勢のいい声と共に、ソランは陽気に作業を続ける。
「ねぇ、リラちゃん今日のオススメは何かしら?」
「今朝取れたキャベツは如何ですか?葉も柔らかいのでサラダにしてもいいですよ。
デザート用にミルカもオススメです。私は凍らせて食べても好きですよ」
「あーらいいわね。じゃぁキャベツ一玉とミルカ二つ、あとカル鳥のお肉200gお願いするわ」
「はい、ありがとうございます」
リラも奥様方に軽快なセールストークで商品を勧めている。
その傍らでリュネルは柔らかな笑みを浮かべながらも、冷静に帳場をさばき、客の要求に応えていく。
———彼らの仕事は、決して戦うことが主ではない。
だが、命をつなぎ、街を回すために不可欠な存在である。
客が笑顔で包みを抱えながら店を出て行く。
「いやぁ、相変わらずいい仕事をするねリュネル!」
リュネルは帳場から顔を上げ、柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。……まぁ、素材屋ですから」
「へへへ、じゃぁまたな」
言葉と共に、どこか肩の力を抜いた笑みを浮かべる。
その視線の先、沈みかけた夕日に照らされ揺れる木製の看板には「アルカナ堂」の文字が刻まれている。
と、その背後から軽口が飛ぶ。
「先生、今のちょっとカッコつけてたよね?」
振り返ると、ソランがニヤニヤとこちらを見ている。
リュネルは小さく息を吐き、苦笑交じりに返した。
「…うるさいな、ソラン」
店先の扉の青い鈴がからんと、音を立てる。
夕暮れの街並みが緩やかに色を変え、静かに夜の帳が降りていく。
扉の鈴が軽やかに鳴り、夕暮れの街に人々の声が遠ざかっていく。
(…そろそろ閉めるかな)
リュネルは一息つき、帳場の片隅に置かれた古い帳簿、アルカナ堂の前店長のリュネルの祖父の帳簿に視線を落とした。
今日も一日が終わる――そう思うたび、彼は胸の中で小さく頷く。
〝素材屋として、ここで生きる〟。その確かな実感と共に。
外では日が沈み、橙から紺へと空が色を変えていく。街灯がぽつりぽつりと灯り、夜の気配が深まる頃。店の奥からソランの朗らかな声が響いてきた。
「先生、夕飯はオレが作るよ!今日のトカゲの―」
「絶対に止めろ!」
「せんせー…何事も挑戦だろ?」
腕まくりをしたエプロン姿のソランが、包丁片手にキメ顔をしている。どうやら本気でトキシリザードを調理する気でいたらしい。
「希望ある挑戦と、無謀な挑戦は違うんだ!」
「おや、先生、オレは希望アリとみるぜ」
自信満々にソランは腰に手を当てる。その後ろからリラがやって来た。
「ほら言ったじゃないですか。リュネルさんは駄目だと言うに決まってるんですから」
「…リラさん、分かっているなら止めて下さい」
リュネルは頭を抱えてうなだれる。
その様子にリラは割と真面目な態度で、
「えぇ、そうするつもりでしたよ。ですが…ソランさんを止めるには私では力が足りませんから。あと10人いえ、15人くらいは私が居ませんと」
「……物理的な話でないんです」
アルカナ堂にまた小さな笑いが生まれた。
そうして、リュネルたちの一日も暮れていった。




