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第一話 素材屋

・素材

加工製品の原料で、元来の性質が比較的に生かされているもの。(単に原材料の意にも用いられる)  新明解国語辞典より


そう、何を製造・創作するにしてもこの「素材」が無ければ始まらない。

この世界には、食材から資材、激物、はたまた超激レアの素材まで、素材を専門に扱う者達がいる。

人々は彼らを「素材屋」と呼ぶ。


——湿り気の濃い空気が肌にまとわりつく、鬱蒼と茂るジャングルの中

(皆さんこんにちは。私はしがない訳あり冒険者。

先日パーティーを追い出され、そんな奴らを見返す為に、ダンジョンのボスを倒そうとやってきましたが……今人生最大のピンチ!というか命の危機です!!

ただいま絶賛ボス魔物に追いかけられています!

ドロドロしてるトカゲ・・・トカゲですか?トカゲはドロドロしていません!!私の知っているトカゲとは似ても似つかない姿かたちをしていますが!?

アレはなんですかぁーーー!身体強化魔法で頑張って逃げてますがもう限界です足折れそう、てか魔力も底尽きるわ!!)

「だっ、誰かたすけてぐださぁーーい!」

汗や涙でぐしゃぐしゃになりながら足場の悪い森を女は全力で走っていた。倒木を避け、水溜りがあろうと関係ない。服が汚れようが、頭に葉が付こうがお構いなし。

追いつかれたら最後、猛追来てくるトカゲ(仮)の昼飯一択なのだ。

だが、彼女の体はとうに限界だった。

ダンジョンに入り、彷徨い一週間。パーティーで何となくヒーラーをやらされていた彼女が独りで出来る事など、たかが知れていたのだ。慣れない環境で酷使しつくされた体には疲労がたまっていた。

魔法で強制的に動かされていた足は悲鳴を上げ、そして今限界を迎えた。

太い蔓にとられ、足がもつれた。

「しまっー」

なんとか顔面は死守したがかなりのスピードで走っていた為、受け身をうまく取れず

地面を勢いよく転がった。

「痛ったた、って何よ!この蔓!」

蔓は編み込みの様になっており、彼女の足は編み目に突っ込んでしまい抜け出しにくくなっていた。

(どうしよう…火魔法とかなら焼き切れるかもだけど、私適性無いから使えないし!)

なんとか抜け出そうと足を動かしたり、手持ちの短剣を突き立てたりするも、時間がかかりそうなのが目に見えた。

「ギャロロロロー!!」

「はっ!!」

不気味に腹に響く鳴き声が、遂に彼女の人生の終わりを告げようとしている。

トカゲ(仮)がすぐそこまで迫って来た。

体中からドロドロした液体が流れ出し異臭を放っている。飢えた獣らしく涎を垂らし、目の前のランチに狙いを定める。

(……ワタシ、オワッタ)

トカゲ(仮)は唸りながら、ズルりズルりと迫る。鋭い牙と、赤黒い口内が視界を埋め尽くす。長い舌が彼女のの首に巻き付こうとしたその時、

「うらぁぁぁ!!」 

凄まじい閃光と爆発的なエネルギーがあたりを埋め尽くしたと思えば、白炎を纏った拳が、巨体を横なぎに吹き飛ばした。

眩しさと肌が焼けるような熱に彼女は目を閉じ腕で防御体勢をとる。

「…え?なに、私助かったの?」

「ふぅ、ちょっと派手すぎたかな?—オイ、あんた大丈夫か?」

陽の光で煌く銀灰の髪、燃えるような紅蓮の瞳。鍛えられた腕には炎の揺らめきが残っている。そこには、太陽のように豪快な笑みを浮かべた青年が立っていた。

これはまさにこれから運目のストーリーが始まるかの―

「こら!ソル!むやみにソレをぶっ放すなと言ってるだろう」

―様に思えたはずも無く、彼女の目の前ではお説教が始まった。

“ソル”と呼ばれていた男を叱っているのは、一見穏やかそうな面差しの青年だ。

(あの優男、怒ると怖いんだな)

突然の事態の展開について行けなくなった彼女は、冷静に、正直に目の前の出来事を理解しようとした―その時、彼女の視界の端で影が動いた。

「―っ後ろ!」

息絶えたと思っていたトカゲが二人に襲い掛かろうとしていた。

毒牙がソルの頭に迫ったその瞬間、トカゲは動きをピタリと止めた。

「えっ?なに」

彼女が目にしたのは、トカゲの首の後ろを鋭く貫いている魔法陣、そこから伸びている青白い刃だった。

「…ソル、詰めが甘いぞ」

「―流石先生、ナイス」

二人は揃いでニヤリと笑っていた。

「…それはさておき」

「ん?」

「キミは何度言ったらわかってくれるのかなぁーー」

ソルは叱られている間、先程の雄々しさは消え失せシュンと縮こまっていた。

聞こえてくる内容を聞く限り彼の行動は日常的に・・・豪快らしくそれが役に立つこともあるが、手間を増やしてしまうだけの場合も多いにあるらしい。


数分のお説教の後、優男は彼女のもとに来た。

「お嬢さん、連れが大変失礼しました。私はリュネル、こっちは助手のソランです」

「そんな、失礼だなんて!彼は私の命の恩人です」

「いえ、やり方が雑なんです。どこかお怪我はありませんか?」

優男—ルナンは予想通りの雰囲気に戻り彼女の怪我の確認をする。

「先生が防御魔法使ったんだから、無事に決まってるじゃんか」

ソランが口をツンと尖らせながら言った。

リュネルはジロリとソランを見やると、彼はまた小さくなった。

「大丈夫ですよ、少し熱を感じただけで怪我はありません」

「んん、そうですか?擦り傷、切り傷、打撲、あとは捻挫かな?これは十分怪我、ですよ」

リュネルは彼女のあちこちにある傷を目で指摘した。

「あぁ…これは……、勲章ですかね」

彼女は目を逸らして誤魔化し笑いをした。

「女性にとって怪我は勲章にはなりませんよ。そもそも誰にとっても怪我なんて勲章にはなり得ません」

彼は諭すように、またどこかで呆れたように言った。そしてルナンは魔法で救急箱を取り出し、彼女の手当てを始めた。

「この切り傷は新しいですね」

「さっき逃げていた時ですかね…」

「ふむ、痛みや痺れはありませんか?棘でひっかいたような傷があります」

リュネルは指で円を描くように傷の場所を指した。

「…そういえば、痺れと言うか、かゆい?ような」

「なるほど、…となるとイラクサ系か?この辺りの植生ならムクナの可能性も……」

リュネルは思案しながら呟きながら手持ちの薬草や薬をチェックしている。時々辺りを見回して植物を採取したりもする。

「とても手際が良いですね」

「まぁ、色々知識として必要でしたからね。……それよりも」

ふと、リュネルの声トーンが変わったのを感じた

「ここは冒険者ランク“トリ”の方が来て良い探索区ではありませんよ」

「―っ、ど、どうして私の」

「あなたのランクを知っているか?まぁ気になりますよね」

彼らのいる場所は高ランクの冒険者又はそれに準ずる資格のある者しか入れないよう、規制されている。

ちなみにリュネルはここを探索区と呼称したが、ダンジョンと探索区は似ている様で明確な違いがあるのだが、

これはまたいずれ。

「では、先にどうやってゲートを誤魔化したか教えてください」

誤魔化した、どうやって通ったではなくルナンは明確に誤魔化したと聞いた。

彼女は少し迷う素振りをしたが、正直に話し始めた。

「…コレを使いました」

そう言って差し出したのは冒険者カードだった。

「なるほど、あそこのメンバーだったんですね。最近脱退したというのは貴方でしたか。

ソフィア…さん」

「えっと私たち、っというか、私の事ご存知なんですか?」

ソフィアが見せたカードはチームカードで個人の名前は記載されていなかった。

「まぁ、顧客の情報はできる限り覚えているので。まぁ、あそこのリーダーはある意味有名なので覚えていましたけれどね」

ソフィアはそれを聞いてもいまいち理解できなかったが、ルナンの上着に光るバッジで全てを理解した。

その証を持つ者は一握り、だが冒険者なら誰でもお世話になった事がある。

無論彼女も知っている。

「…素材屋さん?」

「はい、素材屋です」

「まさか、あのパーティーにいたから私の事ご存じなんですか?」

「いたからというより…」

リュネルは言い淀み言って良いかを少し悩んだ。

「…以前、あなたの元リーダーに依頼を受けた時にメンバーの情報を軽く伝えられたので、

…まぁ、その時に伺った事は覚えています」

ソフィアは少し複雑に思った。元リーダーの勝手な行動への怒りというか呆れ。一方でリュネルの信念と配慮や優しさを感じたこと。あいつにも見習ってほしかったと、今更無駄なことだがソフィアは考えてしまった。


「よし、これで良いでしょう。特に酷い怪我はありませんでしたが、何か異変があったら必ず医者に診てもらって下さい。あくまで応急処置なので」

リョネルは手際よく処置を終わらせると、ソランのもとへ向かった。

次の瞬間、彼女の目の前には信じられない光景が広がっていた。

ソランがせっせと先ほど仕留めたトカゲ(仮)を解体していた。否、し終わっていた。

頭、胴、四肢、尻尾、その他恐らく内臓らしきモノできっちりと分けられていた。

(すごい!こんな短時間で解体するなんて…)

「このしっぽ、鍋にしたら美味いかな?」

ソランは興味津々といった表情で尾を見つめる。

「いや、こいつは尾の付け根にも毒腺があるから食べられないよ」

「…煮込めば大丈夫だろ?」

「熱湯位じゃこの毒は無理。死人が出るぞ、それに腹壊しても俺は治してあげないからね」

「先生は相変わらず手厳しいな」

「……ソラン、この前も俺は冒険者が持ち込んだコイツの解体を君に頼んだよ?…」

リュネルの表情は笑顔なのに、纏っている空気が一気に変わった。

「—ひゅっ!?」

ソランの顔は強張り息が止まる。

「あの時はまだ二回目だったからね、次からはソラン一人でも出来るようにと、一緒に、

丁寧に、教えながら、やったよね」

「あ、あぁ、…凄く勉強になったぜ」

ソランは冷や汗が止まらない。

「でも、あの時のは酷かったね。あの冒険者も容赦なく魔法を使ったんだろうね。皮はボロボロになっていたし、毒腺から飛び散った毒が体中に染み込んでいた。出来る限り毒抜きはしたけれど、本来の価値が物凄く損なわれていたよね」

ソランはそっと視線を逸らした。

「トキシリザードの毒は処理次第では薬の材料にもなるのにねぇ。処理できる人も少ないからとっっっっっても貴重なんだよねぇ。1mlでいくらするか彼らはもちろん知らないだろうね」

「…それは、覚えてるぞ。トキシリザードの毒より弱いやつを打ち消せるんだよな!あと、あと、王金貨3枚(日本円にして30万)分の価値があると言ってもカゴンではないって言ってたよな!」

「よく覚えていたね、かんしんかんしん。…あぁ、幸い今回は急所を一撃だったから毒腺も無傷だね。アリガトウ」

「・・・トンデモアリマセン。ソレニ、シトメラレタノハ、センセイノオカゲデス」

「あぁでも、目が黒焦げだねぇ。リザード系の目のレンズは使い勝手がいいのにねぇ~」

「————oh」

二人の止まらない会話にソフィアは完全に置いてきぼりになった。

(リュネルさん目が笑ってない……こっわ!)



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