2-4 パーティ維持の義務
文句を言いながらも歩く。
フィニスの元へと鬼を抱えて戻ると、彼はまだタブレットと格闘していた。
「何か分かったかい?」
「なにもだ、そっちは?」
「収穫だ、まだ首のある鬼だ。息がある。それから、魔導動物型アンドロイドだな」
「そっちは十分な収穫があったようだな」
鬼の体を乱暴に地面へ転がす。
そして、アンドロイドをフィニスの前へと置くと、主はそのアンドロイドの頭を引っ叩く。
「フィニス、何をしてるんだ、動物型アンドロイドは精密機械だぞ! ぶっ壊れたらどうするんだ!」
「これが正しい起動方法だ」
「嘘をつくんじゃない、アンドロイドの起動方法は頭を触るだろう!」
「うるさい! コイツを見てると納税方法を懇切丁寧に教えられたことを思い出す!」
ミコとフィニスが言い争っていると、アンドロイドが起動する動作音が聞こえる。
「特定冒険者本部コードH〇〇〇〇〇ー〇二七〇四。特定冒険者名【カルミナ】、特定冒険者本部専用魔導動物型アンドロイド、キツネです」
「特定自治団体管理者コードE五七〇〇ー八七五〇、特定自治団体捜査官名【フィニス】だ。本丸に異常があるとして政府から要請されて来た、何があった?」
主の言葉にキツネが数度瞬きをし、再び獣らしい長いマズルをひくひくとさせ、口を開く。
「特定自治団体管理者コードE五七〇〇ー八七五〇、特定自治団体捜査官名【フィニス】、魔力認証完了しました。ギルド付け捜査役人ですね、ご苦労様です」
「そういう労りの言葉はいいから早くしてくれ、こっちは血の臭いで鼻がイカれそうなんだ」
「失礼致しました、特定自治団体捜査官様! 当特定冒険者本部は、異常無く運営されております!」
キツネの言葉に主が頭を抱える。
「異常がないどころか異常しかねーよ! 冒険者が頭イカれて、本丸内は頭がイカれるどころか頭のない魔力生物だらけだ!」
「しかし、特定自治団体管理者様。魔導動物型アンドロイド:キツネの強制終了前には、一切の異常が検知されておりません」
フィニスが「ダメだこりゃ」と肩を竦める。この分ならキツネの情報を辿るよりも鬼を叩き起こした方が早そうだと、ミコは地面に転がした鬼の頬を叩く。
「おい、カルミナの鬼、起きてくれ」
「……う、」
カルミナパーティの鬼の口から漏れた声に「おっ」とミコの口からも声が漏れる。
眉を寄せ、ゆっくりと開かれた青灰色の目に、血と汗に濡れたミコの姿がぼんやりと映った。
「ハイ、エルフ……?」
「ああ、キミのパーティにいたハイエルフじゃないけどな。俺はギルド付け捜査役人の、フィニスのミコだ」
「……う、そうさ、やくにん……」
鬼の口から舌足らずな言葉が漏れる。
「君の名前を教えてくれ」
「俺の名は、ドゥルチス……だ」
「ドゥルチスだな。ドゥルチス、この屋敷で何があったのか聞きたいんだが、覚えてるかい」
何度も瞬きをしたカルミナのドゥルチスが顔を顰める。そして、頭を抱えた。
「あれ、は……俺たちと多分、根を同じくするものだ」
「根を同じくするもの? とはなんだ」
ミコの当然とも言える問いに、ドゥルチスは何度も瞬きをする。
「……妖怪のようなものだろうな。カルミナと同じ魔力を持つ者が、全て首を落とされたんだ」
なるほどな、とフィニスが呟く。
「ここの冒険者は、二ヶ月前にダンジョンへ潜っている。そこで何か、妖怪や神の末端のようなものを怒らせたんだろう、それが結末だ」
「ならどうしてドゥルチスは生きてるんだ?」
「簡単なことだ、このドゥルチスは別の冒険者に呼び出された、譲渡の魔力生物だからだろ」
主の言葉にカルミナのドゥルチスが「そうだ、俺は元々クレドの冒険者の鬼、ドゥルチスだ」と言う。
「なるほどな、その冒険者に呼び出されたバディが全て襲われたのか。ダンジョンで冒険者がやらかしたことで」
「めんどくせぇ事由に当たっちまった。手当て出ると思うか?」
「難しいだろうな、危険手当も付かんだろう」
「嫌な事件だ、収入も通常か」
フィニスが嫌そうに言う。そんな言葉に、ミコは行き場の無さそうなカルミナのドゥルチスの頭を撫でる。
「それでカルミナのドゥルチス、君には悠久の眠りと譲渡の二択があるぜ」
「もう一つある、ギルドに所属するかだ。ほら、ロイのようにな」
「とりあえず戻るか、そいつの処遇はそれからでも遅くないだろ」
フィニスはもう一度キツネの頭をぶっ叩いて機能を止める。
「君はそろそろ、魔導動物型アンドロイドが精密機械だってことを理解したほうがいいぜ」
「分かってるさ、だからこんなに丁重に扱ってるだろ」
その言葉にミコとカルミナのドゥルチスは顔を見合わせる。
「アンタの、ところに所属するのは駄目なのか?」
ドゥルチスがフィニスへ言うと、フィニスは凄まじく嫌そうな顔をして何度も首を横に振る。
「……絶対にダメだ!」
「もう鬼がアンタのパーティにはいるのか?」
「俺が使役してるのはそこのミコだけだ」
「なら、なんで」
ドゥルチスが、まるで迷子になった子供のような表情を浮かべる。
「……増えるんだ」
「え?」
フィニスの掠れた声に、カルミナのドゥルチスが聞き返す。
フィニスは深々と溜息を吐き出して心底嫌そうに言う。
「税金がだよ! 相棒が二人に増えると、税金が増えるんだ!」
フィニスの言葉に、ドゥルチスが目を丸く見開く。
そしてミコの方を見て、「正気か?」と聞いてくるのだ。
「正気さ、フィニスは納税をしたくなくて未だにパーティを持っていない」
軽く肩を竦めて言った俺に、カルミナのドゥルチスはどうやら本当らしいと首を振った。
「……なら、仕方ないな」
重々しく呟いたカルミナのドゥルチスを連れてギルドへと戻るためにゲートを起動させる。
ギルド本部の番号を入力すると、すぐにゲートが光り、ギルドの転送装置へと繋がる。
カルミナのドゥルチスを連れて戻ると、転送員が「ご苦労様です」と流れ作業のように言う。
「捜査官様、そちらは?」
「唯一の生き残りだ、政府に一時的に登録する」
転送員が「取り次ぎます」と言い、インカムを通して連絡をする。それにフィニスは「最悪だ、仕事が増えた」と唇を引き結ぶ。
転送員が特定魔力生物保護課へと連絡を入れると、たっぷり一五分を待たされて特定魔力生物保護課の冒険者であるカルスとカルスのバディであるリザードマンのコルがやって来る。
「初めまして、冒険者名カルスです」
「ああ、こんな格好ですまない。捜査官名フィニスだ」
「よっ、ミコさん」
「やあ、コル」
互いに挨拶をして握手を交わす人間たちの隣で、ミコとコルはハイタッチをする。
「こちらへ」
転送装置の傍にあるカフェスペースのテーブルへ腰掛けるフィニスの隣に、ミコが立つ。
カルスのコルがミコへ手を振るのを見て、ミコも手を振り返していた。
フィニスの前に特定魔力生物一時保護申請書類が提示される。必要事項へ鉛筆で丸がされた書類。
「こちらに発見したパーティ名とパーティコード、発見した魔力生物種族名と個体名をお願いします」
「……俺の使役魔力生物にはならないよな?」
「もちろんです。一応、最初に見つけた冒険者の物にはなるんですが、拒否することも可能です」
「もちろん拒否する、俺は冒険者をやってる間はずっと初バディだけって決めてるんだ」
フィニスの言葉にカルスは「なるほど」と答える。
フィニスは書類を埋めていくが、明らかにうんざりした様子だった。
フィニスは度々「あのパーティのコードなんだっけ」だとか「あの冒険者の名前なんだった?」だとかをミコへと聞く。
ほとんど全てをミコへ聞くために、ミコは‘’最初から俺が書いた方が、よっぽど事務効率は良かったな”と小さく溜息を吐き出す。
無事に完成した書類をカルスに渡すと、彼女は確認をしていく。魔導端末に表示されたパーティコードと冒険者名を照らし合わせ、確認を終えると「それでは、こちらでお預かりします」と告げてカルス本丸のコルとカルミナのドゥルチスを連れて去っていく。
フィニスは、ようやく重荷が降りたとばかりに伸びをして首を回す。
「帰るか、さっさと寝たい」
土だらけの寝巻着を、綺麗に掃除されたギルドの廊下でバタバタと叩き落として歩いて行く。
綺麗な廊下が土埃に汚れ、清掃員は大変そうだなとミコは汚れきった廊下を後目に歩いて行く。
ミコはゆっくりと息をして、今日は無事に終わったんだ、次の仕事も無事終わるだろうと欠伸をする。
不意に、カルミナを思い出す。あの冒険者はきっと、死ぬよりも酷い目にあっているのだろう。
それも、またミコたちの知らない世界での話だった。
ミコはそれよりも明日、明後日には提出をしないといけない報告書にこめかみを押して頭痛を無視することにした。フィニスは絶対に書かないだろう、その報告書はミコに回ってくるのだ。
明日のことは明日の自分に任せるべきだと、ミコは現実を放棄した。
そうやってまた、いつもの日常に戻る。
魔力生物が首を落とされても、誰かの気が触れても、生者には生者の日常があるのだから。