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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第二話
7/16

2-3 パーティ維持の義務

 ようやく駄々を捏ねるのをやめて靴を履いたフィニスが立ち上がる。

 普段の喪服のような面白みのひとつもないスーツと違い、グレーの綿でできた寝巻着を着たフィニスは、本当に行きたくないと何度も首を振って深々と溜息を吐き出す。

 きちんと戦装束を着たミコと、寝巻着姿の主が並ぶ。


「普段と真逆だな」


「ああ、……はあ……本当に行きたくない、行かないとダメか?」


「仕事だからな、パーティを持てばそんな仕事をやる必要も無くなるぜ」


「それは嫌だ、納税額が増えるだろ。しかも危険手当が減るから給料は減る」


 フィニスの言葉に、ミコの口から心の底からの「君って奴は」という言葉が溢れる。

 フィニスはもう一度、惰性のような「ああ、嫌だなぁ」というぼやきにも似た声を漏らして、寝癖のついた後頭部を掻く。

 そして、自分の頬を叩いてから、鼻から深く息を吸い込み「行くぞ」と大きく吐き出した息と共に言い、転送装置へと一歩踏み出す。


 転送装置前には改札があり、そこにギルド所属捜査官手帳をかざして入る。手帳をかざすことで利用者が登録され、戻ってきていない人間やバディがいないか確認されるのだ。

 また、不正利用ができないようにもなっている。

 転送装置を動かすために立っている転送員へパーティコードを伝える。


「特定集合冒険者本部コードH〇〇〇〇〇ー〇二七〇四に頼む。二人だ」


「特定集合冒険者本部【カルミナ】ですね、ご苦労様です」


 配布の魔導タブレットに表示されたコード表を確認した転送員が、綺麗に四五度のお辞儀をする。


「では、転送装置の中央へ」


 転送員の言葉に従ってミコとフィニスは転送装置の中央へと立つ。


「それでは、行ってらっしゃいませ」


 転送員の言葉と同時に目前が明るく輝く。

 目の前が明るく輝き、足元がふわりと浮くような感覚に襲われる。

 この転送装置で各パーティ本部へ送られるのは何度経験しても慣れないものだった。


 光が消えると、ミコの鼻先を濃い血臭が擽る。

 二人が目を開くと、そこには屋根からも血が滴っていた形跡のある、見るも無惨な本丸の様子があった。


「酷いもんだな」


「ああ、最悪だ。俺でも感じるレベルの血のニオイだ」


 ミコの言葉に、フィニスが勘弁してくれとばかりに首を振る。フィニスが鼻をつまんだまま呻くように言う。


「それで、このパーティは結局なんだったんだ?」


「呪殺事件の可能性、だな」


「いますぐ帰りたいんだけど」


「分かるぜ、フィニス。俺もできれば帰りたい。が、駄目だ。政府からのありがたーい仕事だからな」


 いまにもUターンしたいと言いたげなフィニスの背中を、ミコが叩く。


「とりあえず俺は中を見てくるから、そこで大人しくしといてくれ」


 ミコの言葉に、フィニスは「言われなくても」と応えてゲートへ寄り掛かる。

 フィニスは既に静観の構えだった。完全に“自分には関係が無い”モードに入っている。

 屋敷の中へ入ると、そこかしこに魔力生物の体が落ちている。

 だが、その死体には頭が付いていない。縦半分におろされた死体にも、縦半分にされた頭は付いていなかった。


「誰か、いないか」


 ミコの呼びかけに応える声も無い。屋敷内の、無駄に多い部屋も全て確認し押し入れやクローゼットの中も確認していく。

 血に塗れた屋敷の中は、既に日にちが経ったために血臭が饐えたニオイへと変化している。


 あちこちにゴロゴロと転がる死体はその武器を抜いていないがために、これが外敵からのものでないということが分かる。武器に手を触れている死体すら無い。

 屋敷内には僅かな澱みも無く、このパーティの冒険者が違法な運営をしていたわけでもないことが分かる。


 生存者は無しかと鼻から息を吐き出す。生存者のない事件はいつだって嫌なものだ、気が滅入る。

 このパーティは、冒険者の執務室が外庭に面した場所に作られている。

 外敵が入ってきた場合に逃げやすい良い部屋だとミコは見渡してそう思う。


 中には、最奥に冒険者の執務室を作る者もいるが、そういった場合は外敵が入ってきた際に逃げることもできず挽肉にされることがある。魔力生物だって万能ではないのだから、冒険者は大人しく逃げやすい場所に居を構えるべきだとミコは思うのだ。


 冒険者の執務室へ入って文机の中を確認する。中には日記も入っていない、随分とズボラな冒険者だったらしい。ミコの相棒であるフィニスとどちらがズボラか気になるところだった。

 冒険者の魔導端末や魔導タブレットを確認する。これはフィニスの仕事だなと、確認させるためにそれらを纏めて片腕に抱える。


 冒険者の執務室にもなんら確認はできない。

 しかし、呪殺の片鱗も無い。

 呪殺の場合は鼻につく嫌なニオイがあるが、この本丸の中にあるのは嫌な濃い血のニオイだけだ。


 ミコはフィニスの元へと小走りで駆けて行く。ゲートに寄りかかったフィニスはつまらなさそうな顔で唇をへの字に曲げて屋敷を眺めていた。


「フィニス、すまない。端末とタブレットの精査を頼む」


「おかえり、ミコ。どうだ? やっぱ呪殺か?」


「分からん、呪いの鼻につく嫌なニオイがしない。魔力生物共はエモノを抜いてないから、外敵の要因でもなさそうだな」


 ミコが肩を竦めてフィニスを見やると、目が合ったフィニスも同じように肩を竦めた。


「分からないな、なんでこんなことになったんだ」


 フィニスは地面へ尻をつけて座ると、ミコが渡した魔導タブレットと魔導端末の電源を付ける。


「このタブレットを見ると、受付嬢とやらに納税の説明されたことを思い出してムカッ腹が立つな」


「いまは俺が代わりに税金の申請をしてるんだから良いだろう」


 魔導タブレットを開いたフィニスが中身の確認を始める。

 開かれたタブレットから「この魔導タブレットは特定冒険者専用端末です」と音声が流れる。


「役人だって言ってるだろ」


 流れ出した音声にフィニスが舌打ちをする。

 それに、「そのタブレットに言ったのは初めてだ」とミコが返す。


「特定自治団体管理者コード、E五七〇〇ー八七五〇、特定自治団体捜査官名【フィニス】」


 フィニスがタブレットに告げると、タブレットが「特定自治団体管理者コードE五七〇〇ー八七五〇、特定自治団体捜査官名【フィニス】、魔力認証しました」と告げる。

 フィニスが内部を確認するも、バディの行動履歴や警報記録、通信ログ、ゲート入退室ログなどに不審な点は見当たらない。


「おかしいな、こんだけの虐殺があった本丸でここまで異常が無いのが異常だ」


「分かるぜ、フィニス。これは異常だ。呪いでもない、冒険者が異常行動を起こしたのか、別の理由かも分からん……魔導動物型アンドロイドを探してくる、君はここで、魔導端末と魔導タブレットの確認を頼む」


 ミコの言葉に「ああ、分かった」と言うフィニスを残して、ミコは再び本丸内へと足を踏み入れる。


「おーい、誰か! 生き残りはいないかい!」


 ミコの言葉に、誰もうんともすんとも言わない。

 首のない死体だけがゴロゴロと転がる、ただの薄暗い本丸だった。


「アンドロイド、いないか!」


 問い掛けに応える存在は無い。

 アンドロイドすらも死んでいるのかと、ミコは眉を寄せる。

 アンドロイドがいないというのは初めてだった。大抵は冒険者の執務室にいるはずだと、再度執務室へと足を踏み入れる。

 執務室の押し入れを開くも、そこには何もいない。


「ここじゃないか……」


 先程は確認をしなかった台所へと入る。

 そこには鬼と思しき死体が台所の片隅に、何を言うこともなく静かに頽れている。フードに隠れて見えない頭を確認する。


「なんだ、君はまだ頭があったのか、良かった」


 頭の落ちていない魔力生物を見たのは久しぶりで、安堵に息を吐く。その体を仰向けにすると、鬼の腕の中にアンドロイドがある。

 ここの冒険者は、アンドロイドを狐型にしていたらしい。

 アンドロイドを彼の腕から引き抜き左腕に抱え、胸が上下していることを確認できる鬼の細い体を、背負うように肩へ担ぎ上げる。


「まったく、キミは細身のくせに重いな」

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