1-1 納税の義務
皇歴三二五年。
セレニティ国の首都ルーメン。そこにあるセレニティ国で最も大きなギルド、ノワギルド。
そこは冒険者ギルドと商人ギルドが合体した場だった。フィニス・ネブラとミコ・アルカナイズはそこに所属している役人だった。
人間であるフィニスと、ハイエルフであるミコは、ノワギルドに選ばれた相棒だったのだ。
この国ではギルドに登録した人間が札を取り、魔力を流すことで最も相性の良い亜人や魔族、エルフといった魔力生物から相棒が選ばれる。選択権を持つのは人間のみで、魔力生物は相性の良い人間が現れるのを待つことしかできないのだ。
魔力生物──エルフや亜人など、人間とは異なる存在の総称だ。その中で冒険者に契約され、ともに戦う者たちを「バディ」と呼ぶ。
フィニスは常々、ミコに対して「なんで俺がこんな仕事を……」などと零していた。
元よりフィニスはネブラ公爵家の三男坊であり、屋敷でぬくぬくと生活していたところを父親に家宝の剣と共に着の身着のまま追い出されてしまったのだ。
そのため、仕方なく宿に泊まりながら公務員試験を受けてノワギルドで冒険者登録をし、相棒を選択したところで受付嬢から説明をされたのだった。
「ノワギルドでの税率は一〇パーセントです。任務成功時の報酬は、ギルドが二〇パーセント、冒険者が八〇パーセント、そこからギルド所属税が一五パーセント抜かれます。
また、冒険者としてギルド内の居住区域に住む場合、家賃として五五〇〇〇イェンが掛かります。また、水代として固定額二二〇〇イェン、熱源使用費として固定費二二〇〇イェンが掛かります」
その瞬間、フィニスは言葉を失い、そして、ゆっくりと口を開いたのだ。
「税金、かかるの?」
「そうですね、税金はもちろんかかります。誇りあるセレニティ国の国民として納税の義務はありますので。もちろん、医療師にかかるための国民健康保険へも加入して頂きます」
ですが、と受付嬢は慇懃無礼な表情で続ける。
「所得税と消費税、住民税はかかりません。現時点では家賃も掛かっていませんね。家賃は、居住区域に住む場合にのみ掛かります。ギルドから斡旋された屋敷に住む場合には固定資産税が月々に課せられます。
また、魔力生物が二人以上に増えましたら、その時点で特定魔力生物使役税が自動的に計上されます」
受付嬢から長々とした説明を聞いたフィニスは、その場で崩れ落ちて気を失った。
次に目が覚めた時、そこはギルドの医務室で、説明をしてくれていた受付嬢とミコがフィニスを覗き込んでいた。
「冒険者様、大丈夫ですか?」
「俺……」
「ええ、聞こえていますよ」
「俺、……納税、しなくていいと思って……」
「……はい?」
耳がおかしくなったのかと思ったかのような表情で、受付嬢が首を傾げる。
彼女の金髪が肩を流れ、緑の瞳が理解できないという様子で歪む。
「だから! 納税しなくていいと思ったから、頑張ってなったんだよ! 冒険者に!」
フィニスの心からの絶叫に、周囲を物珍しそうに眺めていたミコが大層面白そうに笑った。
「君、そんなつもりでなったのか? この、死ぬかもしれない職に?」
「そうだよ、領地運営してた親父を見てて、ずっと思ってたんだ。俺は納税なんかせずに悠々自適に暮らすんだって! そのためなら軍人に……冒険者にだってなってやるって思ってたんだよ!」
フィニスの言葉に、受付嬢が大層言いづらそうに上目遣いでフィニスを見つめる。
「あの、……冒険者様。冒険者は軍人ではありません」
「え?」
「冒険者は、公務員として国や特定の個人から依頼を受ける方ですから、軍人ではなく公務員です。また、獣人やエルフ、魔族などの魔力生物に人間の生活のことを教える、教師のような役割も致します」
「え、でも……冒険者は国家間の戦争にも携わるって……」
「いえ、公務員です。我々が行っているのは、国家間での戦争ではなく、魔物を排除するという任務ですので」
「つまり、税金は」
「はい」
「……必要?」
「ええ。ですが、住民税と所得税、消費税は不要ですので」
受付嬢の言葉に、フィニスは目を閉じてゆっくり息を吐き出す。
「冒険者、やーめた!」
そこから受付嬢がどうにか宥めすかし、特定魔力生物使役税が自分とミコだけならかからないと知ったフィニスが、「じゃあもう一生ミコとだけ生活する!」と喚いて駄々を捏ねた。
そんな彼に、「無理です!」「俺一人だけなんて無茶だろう!」と受付嬢とミコから散々告げられ、最終的に行きついたのは、ギルド所属の役人となるというものだった。
ミコとフィニスの二人は、様々な冒険者やその相棒の悩みや相談、ブラックパーティの摘発といった、魔力生物だけでは解決できない問題の解決へと乗り出すことになったのだ。
「ハイエルフのミコ、前回の報告書出てないぞ」
ギルド所属のアニマリア族である大きな耳に小さな体をしたフェネック獣人のイグニス・ソラリスから掛けられた言葉に、ミコが振り返る。
ミコは普通のハイエルフとは違い、まるで南国の観光客のような赤とオレンジのアロハシャツを羽織っていた。
日焼けを知らない白い肌に、その派手な色彩がよく映えている。
頭には濃色のサングラスがカチューシャのように掛けられており、下は黒いスラックスにビーチサンダルというふざけた出で立ちだった。
「ああ、すまん。まだどう書くか悩んでいるんだ」
「珍しいな、ただ冒険者が死んだだけなんじゃないのか?」
「ああ、端的に言えばそうなんだが……いや、まあ……そうだな、書いてくるか」
ミコの歯切れの悪い返答に、イグニスの頭が傾げられる。イグニスの大きな耳がふわふわと揺れ、「よろしく頼む」と告げて振り返る。
また別の役人の元へ向かったのだろう、フェネック獣人の大きなしっぽが揺れながら去っていく。
フィニスはそのパーティが拠点としていた屋敷へと訪れた時、そのあまりの普通さに眉を寄せたのだった。
隣に立つミコ・アルカナイズの様子に、フィニスは僅かな嫌悪を表す。初めて相棒として受け取った時には、気が付くことの無かった違和感だった。
ハイエルフにも関わらず、ごく普通の様子でセレニティ国の公用語であるリンア語を操り、人間の生活に理解を示し、鉄を嫌悪することも無く、森で生活するよりも町を愛する。
本来、エルフというのは人間の生活を嫌い、肉食を嫌い、鉄を嫌い、森を愛するものなのにも関わらず、彼はより長く生きてその全てを好んでいた。
永くを生きるハイエルフにも関わらず、人間と同じ時間の流れで生きる、気持ちの悪いハイエルフ。それがミコだった。