後悔先に立つ時
わたしは貧乏男爵家の三女で、まるで麗しい女神のようだと絶賛される4つ上のお姉様と可憐な天使ではないかと大人気の3つ上のお姉様がいる。両親とも姉二人に掛かり切りで、平凡なわたしのことはおざなりである。
仕方がないといえば、仕方がない。上二人が美しすぎて、貧乏なだけに下まで構う余裕もお金もないのだ。それなのに何故三女を産んだのかといえば、男の子が欲しかったらしいとちらりとメイドの噂話から聞いたことがある。
―可哀そうに男の子だったらここまで無関心じゃなかったのに。と。
ただ、わたしは転生者で、前世はアラサーまで生きた社会人だったし、前世の両親には愛されていたから、今世については、人生のボーナスステージぐらいにしか思っていない。
今更、今の両親に構われても面倒なだけだ。
両親からの関心は薄いが、虐待されているわけでもなく、2人のお姉様からは虐められてもいない、ただただ家族全員から関りがあまりにも無いだけだ。
食事にも呼ばれないから大抵自室で一人で食べている。ドレスもお姉様のお下がりをメイドと一緒に手直ししている。1か月どの家族とも顔も見ないことも多い。
だから、開き直って自由に、のんびり好きなように暮らしていたけど、ある日、胸が痛くなるぐらいの想いを受ける。未来の自分の強い後悔の念である。
“あの時、もっと勉強していれば良かった!!”
未来のわたしの“あの時”にいる今のわたし。今のわたしが勉強しないと未来に後悔するという事実。
これは実体験がある。
もう少し幼い頃に、このような後悔の念を受けたことがあった。
その時は何がなんだかさっぱりわからず、何もしないでほったらかしにしていたところ、未来の自分が後悔した地点になった時に、後悔した。
“あの時、ちゃんと歯磨きしておけば良かった!!”
そう、結果は虫歯が出来てしまった。痛かった。魔法である程度治療はしていただけるが、それでも治療に至るまで痛かった。
両親にも呆れられたし魔法での治療はお金がかかると文句も言われた。
いい加減な歯磨きに後悔したのと、あの時受けた後悔の念は未来の自分からのだと直感でわかった。
それから、強い後悔を受けた時は素直に実行することにしている。どんなに面倒でどんなにやりたくなくても、未来に後悔するのがわかっているのに、やらないわけにはいかない。
例えば部屋の掃除(わたし専任のメイドがいないためある程度自分でやらないと綺麗にならないため)だったり、好き嫌いをやめることだったり、適度に運動するようにすることだったりだ。きっと掃除をしなければ変な虫に刺されたのかもしれない。嫌いなもの、ぼそぼその硬いパンを残さず食べないと、メイドに告げ口され、贅沢だと両親に嫌われたのかもしれないし、運動しないと病気になったのかもしれない。そんな風に実行した結果、何事も悪いことが起こらなかった!と実感して、良かったなと思いながら過ごしてきた。
今回は“勉強していれば良かった!!”というものだ。
今のわたしは結構いい加減に放置されているので、勉強も進んでいない。前世の知識があるからある程度はできるだろうという謎の思い込みやどうせ期待されていないしという少し卑屈な考えで自ら進んで取り組んでもいなかった。
でも、未来で後悔するんだよね…。素直に勉強しよう。
両親からつけてもらった先生はマナーの先生だけ。だからお姉様方に頼んで昔の教科書に該当するものを譲り受けたり、家の図書室の本を読んだり、独学で勉強しだした。
歴史の勉強、地理の勉強、外国の言葉、魔法学に、錬金術等。
マナー以外の勉強を進めることで、自分の世界も広がっていく。この小さな家の誰からも顧みられることもない自分の悩みが増々ちっぽけなものに感じられる。
勝手に勉強すること数年。貴族ならばどんな貧乏でも行かなくてはいけない貴族学校にわたしも行く年がきた。
試験を受けたところ、Aクラスとなった。転生チートも少し入っているかもしれない。試験勉強の仕方は前世で嫌って言うほど学んだし、独学の勉強は楽しかったし、若い脳にするすると知識が蓄えられていったのを感じ、ますます勉強が楽しくなっていた。
でも、まぁどれだけわたしが優秀だろうが、両親の期待は姉二人であり、上の姉が上位貴族に見初められ、二番目の姉のデビューの準備に忙しく、わたしのAクラスに注目する家族はいなかった。
だったら、あの時想いを受けた、
“あの時、もっと勉強していれば良かった!!”
は、両親の愛を乞うものではなかったと言える。
少し疑問に思ったが、Aクラスで学ぶうちに理由がわかった。
Aクラスには、昔ほのかに憧れていた隣の領地の幼馴染がいた。ほんの小さい頃は一緒に遊んだ記憶もあるが、成長すれば性別が違うので疎遠になっていた。
久しぶりに見た幼馴染は素敵でカッコよく成長していて、周りからも注目されていた。前世の精神年齢たすと40歳を超えるので、恋とか愛の気持ちではないが、幼い頃に一緒に遊んだ綺麗な思い出が残っている。
幼馴染には幸せになって欲しい。そんな親戚のおばちゃんが若いアイドルを応援するような気持ちなら持ち合わせている。
推しのいる毎日は張りがある。
そんな推しだけではなく、今期のAクラスは成績も優秀で上位貴族も多いが、性格が柔和な人が多いのか、全体的に穏やかで、貴族の底辺のわたしにも優しい。本物の貴族の人は偉そうにしないし、人を貶めたり虐めたりしないと、どこかで読んだことがあるけれど、そのとおりだ。幼馴染をはじめ、本物のお貴族様といった感じでまっとうな人ばかりだ。
過ごしやすいし毎日が楽しい。
その一方で、Bクラスやそれ以下は修羅場だと噂が聞こえてくる。Aクラスを狙う人が躍起になり他人を蹴落とす、中途半端な人がマウントを取ったり、下位のものを虐める。
下位の貴族の人は非常に居心地が悪いと聞くと、あの時の後悔はこれだったのかと納得する。
きっと両親が家庭教師つけてくれないしって言い訳してぽやぽやと勉強しないままだと、転生チート持っていても、Bクラスやそれ以下だったと思う。
こっちの歴史や地理や外国語や魔法学や錬金術って勉強しないと前世知識ではフォロー出来なかったと思うから、あの時勉強をして本当に良かった。
そんな素敵な日々を過ごしていた頃、またもや未来のわたしから後悔を受ける。
“あの時、猫を助けなければ良かった!!”
猫?助けない方が良いのか?助けて怪我でもしたのか?
ちょっとわけわからないと思っていたら、小さいけど、ミャーミャー鳴く声が聞こえる。
これか!危険なやつ。
耳を澄ませば、廊下から外の中庭の方で声が聞こえる。ここで出張ってはダメだということだ。少し立ち止まっていると、反対側から可愛い女の子が中庭の木の上で降りられなくなっていた子猫を助けようと、背伸びして木に手を伸ばしだした。するとすぐさまカッコの良い上級生が現れ女の子の後ろから手を伸ばして子猫を助けた。にっこり笑う二人。猫を抱きかかえながら、何やら話をしている。
わたしは撤収である。
この後、この二人をよく見かけるようになった。そしてこの二人の噂も聞くようになった。女の子は下位の貴族で、上級生は上位貴族で、上級生には婚約者もいる。
修羅場が待ち構えているし、実際、上級生の婚約者からのいじめはあったと聞く。
未来のわたしはあの女の子の立ち位置だったんだろう。
今の女の子と上級生がどんな関係かはわからないけど、未来のわたしも今のわたしも同じわたしだから未来のわたしの気持ちはわかる。
上級生に恋愛の気持ちは持っていなかっただろうし、上級生もきっと平凡なわたしに恋心を持っていなかっただろう。ただ猫の話をしたかっただけだと思う。
それで泥沼に足を突っ込んだのだ。いったん仲がいいと噂されたら、上級生の婚約者周辺から何をされるかわからない。後悔するよね…。
とりあえず、回避できた。良かった。
こうした、未来の後悔を今のわたしが解消した時、未来の自分の記憶が改ざんされている。そして改ざんされたことで、解消した結果が元からのものだったと記憶が上書きされるような感じになると思う。
そう推測できるのは、時々自分の記憶が改ざんされているような気がするからだ。
例えば、わたしが昔、姉からのお下がりだったけど気に入っていた薄い黄色のドレス。自分のためには買ってもらえないからお下がりだったそのドレスが、ある日、珍しく自分用に買ってもらえたドレスだというように記憶が改ざんはされていた。
いつも姉からのお下がりのドレス、わたしは一度も買ってもらったことが無いという強烈な記憶はそうそう思い違いするものではないのに、いつの間にかこれは買ってもらったという薄い記憶が残っている。
修正テープで張り付けたような事実だ。
何言っているのかよくわからないかもしれないけど、ドミノ倒しを思い出して欲しい。たくさん並んだドミノの右側が過去、左側が未来。左側の未来で後悔の念が発生する。その時後悔の色(Bクラスに所属していたという事実)で赤く染まったとしよう。そこから未来は赤く染まってしまう。右側の過去。過去に後悔の念が届き、後悔を解消する。
未来の赤い部分が青く(Aクラスに所属している)に変わる。そのから先の未来の赤も全部青く変わっていく感じ。それこそパタパタパタと塗り替えられていく感じ。そして今より未来はずっと最初からAクラスに所属していたという記憶に改ざんされていると思う。
これは転生チートなのかもしれないが、時間のループではなく後悔だけが過去に届く、強い後悔が過去を変える、そんな感じかな。重宝してます。ほんと。
そんな後悔も、猫の件から3年生になるまでは特に何もなかった。
頑張って勉強してAクラスを維持している。今更修羅のクラスには落ちたくない。
そんな時、未来のわたしからの後悔を受け取る。
“あの時、家を出れば良かった!!”
これは、卒業後の進路だな。
上の姉はあのまま上位貴族の家に嫁ぎ、二番目の姉が婿を取って家を継ぐという話になっている。
じゃ、わたしは?家族の話の中に出てくるわけがない。
だけど、この後悔。卒業後、わたしは家で飼い殺しされるのかもしれないということに気づく。
姉二人は美人で綺麗だけど、頭が良いわけじゃない。ただただ見栄えがいいだけだ。貴族学校の成績も良かったと聞いたことがない。
良かったら絶対両親が自慢しているはずだからね。
それに比べわたしはずっとAクラスで優秀だ。二番目の姉が家を継ぐ際に家の仕事を手伝えと言われる可能性に気づく。
二番目の姉は婿養子予定の婚約者と一緒に領地教育を受けている最中であるが、順調に進んでいないのかもしれない。
それに比べわたしは、今まで婚約者の話も出ていない。多分わたしの持参金も用意できないからだと思っていた。
いつか、平民の商人にでも嫁にやられるかもしれないなとはうっすら思っていたけど、家を出れば良かったという後悔。嫁に行くのではなさそうだ。
前世は庶民だったから気づきが遅かったけど、貧乏といえどもお貴族様、愛情も無い三女の幸せを潰して飼い殺しやりそうだ。
無関心ならそのまま無関心でいてくれたら良かったのに。二番目の姉の領主教育が進まないことで、今までずっと忘れていた三女のことを思い出したのかもしれない。
未来のわたしもまさか両親が今までほぼ関わってこなかったのに、急に思い出されて軟禁まがいの仕事の強制をさせられるなんて想像もしていなかっただろうけど、たぶんこれが正解なんだろう。
後悔の念が飛んできたからすることは決まった。
就職しよう。3年間Aクラスでクラスメイトは皆、仲が良い。本当勉強していて良かったと今も思う。この縁を生かす。
友だちとなった同じクラスの上位貴族の方々の助言を受けて、実家に帰らなくても良いように、上位貴族の紹介で上級官僚家に養子縁組していただき、官僚として働けるようになった。もちろん、官僚試験はしっかり受けて合格したし、養家族は温かく迎えて下さった。
養子縁組の話を上級官僚家の方に持ってきてもらった時、
「な、なんでうちの子を養子に?!」
「上の娘二人には手をかけておられる様子ですが、下の娘さんはほぼ放置だと聞いております。二女さんが家を継がれるとも。必要ないですよね、三女さん。だから優秀な彼女の才能を生かせるようにうちの養子にいただこうと思いまして、今日は参じたのです。」
「ひ、必要ないって、失礼な。三女も大事な娘です!!」
「そうです。優秀な三女には二女を手伝ってもらうつもりです!」
「では、三女さんのお名前は?言えますか?」
「え、な、名前?そんなのわかっていますよ。ねぇあなた。」
「いや、名前、そうだな、ほら、あれだよ、あれ。」
「お二人とも大事な娘さんのお名前すら出てこないですよね。もういいんじゃないですか。上のお二人だけが大切で、三女さんは手放していいのではないですか。支度金はこれぐらいお支払いします。長女さんと二女さんの結婚にかなり費用が掛かられているみたいじゃないですか。三女さんはうちでは大切にさせていただきますよ。」
支度金の金額を見たぐらいから、両親の目の色が変わったから、わたしに仕事をさせるよりも、目先の結婚で使ったお金を取り戻せる方が優先されたのだろう。
「娘さえ良ければ養子縁組よろしくお願いいたします。」
「む、娘は、家を出ることを承諾しているんでしょうか。」
お父様はもう納得されているのに、お母様が最後渋っているけど、ええ、わたしは家を出る気満々ですよ。
「お父様、お母様、一応学校卒業まで育ててくれてありがとうございます。お二人にとって、わたしは不出来な娘で、名前すら呼んでいただくこともありませんでしたが、家を出て幸せになろうと思います。どうかお元気で。」
「ほ、本当に家を出ていいの。」
「ええ、一緒にご飯を食べることもなく、抱かれたことも、笑っていただいたこともありません。家庭教師をつけていただいたこともなく、婚約者も見つけていただけず、デビューの話もありません。このまま家にいて幸せになれる想像ができませんので。」
ここまで言われて、両親は今までのことを振り返ったりしたのだろう。青い顔をしている。今更である。
両親はこうなって、わたしに何もしてこなかったことを後悔したかもしれない。でも、両親の後悔はわたしは受け取れない。あなた方の大事な娘二人と幸せに暮らして下さい。
わたしは自分の未来の後悔だけ受け取り、今後も幸せに生きていくつもりです。
終




