第二話 お手並み拝見
「お前が、例の魔法使いか………?」
「はい! 私が例の魔法使いです!」
翌日の朝、俺は心を踊らせながらギルドへと赴いた。
そして、近くのテーブルへ着くと、パーティーメンバーに加わった例の魔法使いは直ぐに現れた。
その容姿は俺が想像していたものとは違い、まるで何処かで見た覚えのある容姿だった。
背丈が高くスタイルの良い大人っ気のある容姿とは対の、背丈が低くまだ下の毛が生え揃えていないような子供っ気のあるガキンチョ。
昨日俺のパーティー募集の張り紙の前に佇み、小笑いして去っていったあの少女だ。
「名前は?」
「ラナです!」
「年齢は?」
「今年で十八歳です!」
「性別は?」
「女性です!」
「職種は?」
「見ての通り魔法使いです!」
良い返事で何よりですっ!
しかし、このラナとか言うやつは昨日俺の張り紙を見て小馬鹿にして去っていった筈だ。
黒のとんがり帽子に黒いコートを着込んだ杖を持った少女。
特徴は一致しているし人違いではない。
「何故俺のパーティーを選んだ?」
こういうのは、回りくどいやり方ではなく素直に聞いた方が良いだろう。
「そうですね………最初張り紙を見た時はとても驚きましたが、他に良いところも無いので、レオギルさんのパーティーに決めました!」
あまり良い説明にはなって無い気がするのだが……
「気持ち悪いと思うが一つ聞いても良いか?」
「エッチな事意外なら何でも!」
「昨日俺の張り紙を見るお前をたまたま目撃してな………少し眺めていたんだ」
「わぁ! それは恥ずかしいですね!」
「そしたら去り際に少笑いしているのが見えてな………それはどんな意図だったんだ?」
「………」
俺は続け様に質問し、去り際の少笑いについて聞くと、途端にラナは黙り込んだ。
だが、数秒もしない内に話始めた。
「少し失礼な話になりますが、よろしいでしょうか」
「構わない、続けてくれ」
「魔力の無い状態での戦闘がどんなものかと頭の中で想像していたら不意に笑いが溢れてしまったんです!」
「な、なら問題は……ない」
ラナは満面の笑みでそう答えた。
俺はぶん殴りそうになったが、堪えた。
恐らくは魔力の無い状態での戦闘が彼女の中ではぎこちない戦闘に見えたという事なのだろう。
と言うことは、際際だが馬鹿にした事にはなって無いと捉えられる。
というか捉えた方が良い。
だが、満面の笑みで伝えられると腹が立つ。
ラナは少し頭がネジが抜けている所がありそうだ。
「俺はレオギル。前衛の双剣使いだ。宜しく頼む」
「はい! これから宜しくお願いします!」
軽い自己紹介が終わればする事は一つ。
それはお互いの腕っぷしを確認する事だ。
この先依頼を共にこなしていく上で、お互いの実力を知っておかないと、策を講じる際や戦闘時の連携をスムーズに行えない。
「これから軽い依頼でお互いの実力を知りたいと思っている。いいか?」
「げっ、早速ですか………了解です」
彼女はあまり乗り気ではないらしい。
何か疚しい事があるのだろうか。
まあ、あまり深いことは考えずに行こう。
了承は得たし、そうとなれば早速出発だ。
その後、二人は軽く身支度を済ませ、受付で軽い依頼を受け、ギルドを後にした。
「ラナはどの属性を使えるんだ?」
「私は主に、水と土を使います」
「二つ使えるのか………凄いな」
魔法は本来、並み程の努力では一つしか属性を習得できない。
しかし、その人の努力次第では二つ三つと属性を増やすことができる。
彼女のような二つの属性を使用できる魔法使いはそう多くはない。
冒険者を長らく続けてきた俺でも、魔法の属性を二つ以上使える冒険者を見かけたのは、彼女で三人目だ。
しかし、あくまでそれは俺が知る冒険者の中での話。
王都に在る王国騎士団とやらには、五つや六つ以上の属性を習得、かつ洗練された魔法を使える化け物がゴロゴロといるらしい。
考えるだけでも腰が抜ける。
「着いたな」
そんなこんなでギルドを後にした二人が着いた場所は、俺が採取クエストでいつもお世話になっている南の森林地帯。
ここには俺でも可愛く見える低級のモンスターや小動物なんかが慎ましやかに住んでいる。
それ故に、いつも俺が来ると直ぐに尻尾巻いて逃げるため、ただ開けた場所になるのだ。
周りに木や草が生い茂っており、試し斬りができる他、モンスターに奇襲される心配も無いことから、俺はここを修行場所としている。
街からも離れており、魔法も申し分なく放てる事から、採取クエストがてらに実力を見る最適な場所だと決めた。
「ここは魔法をいくら撃とうが誰にも文句を言われる事がない場所だ。ここなら、本気を出せるだろ?」
「そうですね………」
だが、彼女はギルドを出る前同様、最高の場所を用意しても浮かない顔でいた。
魔法を撃つのにうってつけの場所だし、気候も安定していて体調等崩さない筈。
俺が魔法という単語を口にする度に、顔を渋くする彼女だが、魔法使いに魔法が嫌いなやつなどいるわけがない。
そもそも、魔法が嫌いなら二つも属性を習得する程の努力はしないはずだ。
「体調が悪いのか?」
「い、いえ! そんなことはありません……」
俺は女が戦闘してはいけない日があるのを知っている。
不意に股から血が溢れる女性冒険者を数多く見かけたからな。
だが、その事を聞いても彼女は心配ないと答えた。
ならば何故浮かない顔をするのだろう。
しかし、そんな事をいちいち考えていると日が暮れてしまう。
採取クエストも兼ねてやって来たのだ。
実力も見れず、採取クエストもこなせずに帰るなど、長年の冒険者人生に傷がつくってもんだ。
「取り敢えず、先に俺の実力をお前に見せよう。後の方がやりやすいと思うし」
俺がそう言うと、ラナは軽く頷いた。
俺はいつもの定位置に着く。
目の前には二つの針葉樹が立ち並び、葉を大層生やしている。
それが、今日の俺の的だ。
「あの木を真っ二つに斬る。しっかり見ててくれ」
「あ、あの木を真っ二つにですか?!」
「あぁ、そうだが………」
彼女は大袈裟にリアクションしたが、そこまで大層な技ではない。
俺の上を行くものは全員、こんな木など枝のように斬ってしまうだろう。
そんな者達と比べてみれば、俺は劣りに劣っているのが分かる。
「じゃあ、行くぞ!」
俺は背中に背負う二本の剣を両手に持ち、踏み切る右足に全力を込め、地面を蹴り、距離を積める。
その最中にも、剣を握る両手の力は抜かず、速度を落とさなかった。
やがて、至近距離まで迫った俺は、二本の剣で木を挟むようにして振りかかり、刃がぶつかり合うような金属音と共に、二つの木を横に真っ二つに斬り伏せた。
たちまち針葉樹は腰を折り曲げるようにして倒れ、枝や木の破片が地面に飛び散った。
久しぶりの修行だったこともあり、以前よりも剣の筋や力を入れるタイミングは上手くはいかなかった。
人に見られている事の緊張か、それともただ力不足なだけなのか。
結局は何事にも継続は必要だ。
「俺の実力はこんなものだ。あまり人には誇れない技なんだがな」
「………」
俺はラナの方へ振り返りそう言うが、彼女は口を大きく開けながら直立し、返答は無かった。
「じゃあ、次はお前の番だな」
「は、はい………」
俺はそう促すと、ラナは渋々定位置に着いた。
彼女は右手に持つ小さな杖を前方向に翳す。
すると、身体の中に存在する魔力が杖の先へと集中し、大きな水の玉が生成される。
小柄な彼女は、段々と大きくなる水の玉に身体ごと圧されそうになるも、空いていた左手を右腕の支えにし、何とか耐えている。
魔力が無い俺でも、彼女がどれだけの魔力量を誇っているのかが目に見えて分かる。
勘ではあるが、俺が今まで会ってきた屈強な魔術師の中でも五本の指に入る程の魔力出力。
小柄な身体からは想像も出来ないような凄まじい出力だ。
そして、更に大きくなる水の玉は、小さな水の玉へと凝縮された。
何と言う繊細さだ。
しかし、驚く間もなく彼女は杖にありったけの力を注いでいく。
やがて密度を最大限にまで高めた水の玉は、彼女の渾身の魔法として放たれる。
「ウォーターボール!!」
彼女から放たれた水の玉は、目に見えぬ速さで前方向へと飛んでいく。
彼女の狙いは、俺が真っ二つに斬り伏せた針葉樹のその先にある崖の側面。
たとえ水の玉だとしても、密度を増した水の玉は最早鋼鉄の玉に等しい。
あの玉が人に当たるとなると、原型すら留められないだろう。
「あわわ………」
しかし、あんなにも素晴らしい魔法を放った彼女は納得のいかない表情をしている。
俺には、この上なく完璧に見えた。
もしや、あれ以上の密度と魔力出力を兼ね合わせた水の玉を生成できるとでも言うのか?
もしそうだとするならば、恐らく彼女は王国随一の魔術師だと言える。
多分。
それはさておき、水の玉の行方を眺めよう。
崖に当たる瞬間が楽しみ………
あれ、なんかこっちに向かって来てないか?
「危ないです! レオギルさん!!」
彼女が必死な顔をして言った。
その瞬間、俺は死を悟る。
勢いに乗る密度を極限にまで高めた水の玉。
彼女の膨大な魔力が、あの玉に満遍なく込められている。
剣は既に納めている。
恐らく、剣を構える瞬間にはあの玉は到達する。
それに、仮にも剣を構えられたとしても、その玉を斬れる確証はない。
どうすれば………
「ストーンウォール!!」
彼女は咄嗟に土魔法を放った。
すると、俺の目の前には土で造られた大きな壁が横一線に生成される。
それと同時に、此方へ迫る水の玉は土の壁に激しく衝突した。
しかし、咄嗟に生成した土魔法では、渾身の水魔法には勝てず、土の壁はバラバラに砕ける。
僅かに勢いを失った水の玉は、先程の破壊力を失ったまま、レオギルの真横を通過した。
水の玉は地面に激しく打ち付け、激しい爆音と共に、地面の土が宙に舞う。
以前の破壊力を失ったとはいえ、あの破壊力……
レオギルは、その光景を尻餅をつきながら眺めることしかできなかった。