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第3話 学園に登校


 夜が明けきっても、俺は部屋の中で静かに座禅を組み、星流の流れを感じていた。


 床に足を組み、背筋を伸ばし、深く息を吐く。


 今は睡眠をとるよりも、星流を鍛え、操作に慣れたほうが強くなれる――そう、直感した。


 なにより、命星を高めれば、体力も傷も回復させることができる。


 シキの体には、よく見れば打撲痕、火傷痕がいくつも残っていた。


 いじめられ、殴られ、蹴られた跡。

 魔術を撃たれて皮膚がただれ、変色した部分。


 俺は命星を流しながら、それらをじっくりと癒していく。


 体の芯から湧き上がる星流が、痛んだ細胞を満たしていくような感覚――。


 少しずつ、傷跡が薄れていくのを自分の肌で感じる。


 火傷痕も、古いあざも、次々と消えていく。


 だが、手のひらだけは違った。

 握った拳、開いた手のひら。


 無数のマメ、何度も剥けては固くなった痕。


 俺は剣なども一応扱えるが、拳のほうをよく使う。

 だから剣を扱った時にできるマメなどは治してしまっていい。


 だが、あえてそのままにした。


 シキの鍛錬の証だからだ。


 昨日からずっと、自分はこの身体の中で、どこか本気で“シキ”という存在を引き継ごうとしている気がする。


 それは前世の俺とシキが、似たような孤独を抱えて生きてきたからかもしれない。

 窓の外が明るくなり始める。


 そうか――今日は学園に行かねばならない日だったか。


「学園……行かないと、なのか」


 その瞬間、手が震えた。

 身体の奥から、ぞわりと嫌な震えが広がる。


 なんだ、この感覚は。


 シキの記憶を辿る。思い出す。

 ここ三日間はずっと部屋に引きこもり、その前も学園を休んでいた。


 身体が、学園という言葉だけで怯えている。


 これが、トラウマというやつか。


 手が止まらないほど震えている。

 だが、俺はその手を強く握りしめる。


「……シキ。俺は行くぞ。お前の絶望を殴り飛ばしてやるから、見ていろ」


 心の中でそう告げる。

 逃げない。ここで立ち止まっていれば、シキがこの先ずっと苦しみ続けるだけだ。


 それだけは、絶対に許せなかった。


 制服に着替え、鏡の前に立つ。


 黒髪短髪の顔。切れ長の黒い瞳が、昨日よりも鋭さを増しているように見えた。


 この世界の貴族子弟らしからぬ、どこか野性じみた雰囲気がある。


 元はなかったと思うが、俺の魂が入ったからだろう。


 俺はゆっくりと廊下に出た。


 廊下を歩くと、角の先でまたあの女――クラリッサが立っていた。


 昨日と同じ、派手なドレス。

 だが、今日はどこか落ち着かない顔だ。


 俺を見るなり、クラリッサはヒステリックな声を上げた。


「シキ、昨日は私になんてことを……!」

「――俺に、何か用か?」


 睨むように視線を向けると、クラリッサは言葉を詰まらせ、目を見開く。

 ほんの一瞬、後ずさりすらしていた。


(やはりこいつ、昨日からおかしいと感じている……なんて気迫なの?魔術もできない役立たずが、こんな気迫を……!)


 クラリッサが喉を鳴らしたのがわかった。

 だが、それでも意地なのか、声を震わせながら俺を睨み返してくる。


「き、昨日のことはお父様とシリウスにも言いました! 覚悟しておきなさい!」


(お父様……俺の父親か。シリウス……ああ、義弟だな)


 シキの記憶が自然に蘇る。

 その二人のも嫌われていたな。


 父親は嫌っているというよりも無関心に近かったはずだが。


「どうでもいいな」


 言い捨てて、クラリッサの睨みを背に受けながら玄関へと向かう。


 玄関脇には、きらびやかな馬車が一台止まっていた。

 立派な御者台に、飾り立てた馬――どうやら義弟シリウス用の送迎馬車らしい。


 当然、俺に用意されたものなど無い。


 シキの記憶では、普段からずっと歩いて登校していたようだ。


 一時間以上かけて。


 だが、今の俺にとっては何の問題もない。


 屋敷を抜け、屋根の上に軽く跳び上がる。

 星流を脚に流し、迅星で地を蹴る。


 屋根から屋根へ、街路樹から壁へ。


 人の目に触れぬよう、軽やかに駆け抜ける。


 あっという間に、学園の大門前へ辿り着いた。


 五分もかかっていない。


「ふむ、これなら登校も悪くないな」


 今の俺には鍛錬にもなるからな。

 人気の無い路地に降り立ち、制服を整えて学園の門をくぐる。


 正門の先には、巨大な校舎と広々とした中庭が広がっている。


 朝の陽が校舎の白壁に反射し、眩しい。


「確か、学園にも魔石を買い取ってくれる場所があったはずだな」


 昨日手に入れた魔石を鞄から取り出す。

 できれば授業が始まる前に売っておきたい。


 どこだったか――中庭を歩きながら、シキの記憶を探る。


 そのとき、背後から声をかけられた。


「おい」


 低い、妙に馴れ馴れしい声。

 振り返ると、三人の男――ヴァルド、ルカ、ジルド。


 制服の胸元をわざと乱し、目つきの悪い連中だ。


 記憶を辿るまでもない。


(こいつらが一番、シキをもっとも執拗に虐めていたな……)


 思い返す。昨日癒やした打撃痕や火傷痕、そのほとんどがこいつらの仕業だった。

 ヴァルドがニヤニヤしながら肩に手をかけてきた。


「久しぶりだなぁ、シキ」

「もう死んだのかと思ったぜ。お前、一週間くらい休んでただろ?」


 まるで心配しているかのように言うが、声色は明らかに面白がっている。


「逆によく生きてるな、あんなことがあって。俺だったら死んじまうぜ?」


(……あんなこと?)


 不意に頭がずきりと痛む。

 何か、大事なことを思い出しそうになる。


 だが、霧がかったように輪郭が掴めない。


 本当のシキの魂は、三日前くらい。

 その時に何か――とても耐えがたい経験をして、そのまま死んだのだろう。


「久しぶりの再会だ。ちょっと付き合えよ」


 ヴァルドは俺の肩をしっかり掴んだまま、裏手の人気のない場所へと連れていく。

 すれ違う生徒たちはこちらを一瞥するが、誰も助けるそぶりはない。


(――まあ、いつものことか。こいつはこの学園でも完全に孤立していたんだな)


 学園の裏手まで連れて行かれる。

 朝の陽射しが届かない、ややじめっとした石畳。


 周囲は人気が無いが、それでも時々遠巻きにこちらを見ている生徒の姿がある。


「何の用だ。俺は急いでいるのだがな」


 静かに問いかける。

 ヴァルドは「は?」と嘲るように眉をひそめ、ジルとルカが一歩前に出てきた。


「なんだお前? 舐めた口をききやがって!」

「いつからそんな偉そうになったんだよ!」


 ヴァルドが俺の目の前に立ちはだかる。


 顔が至近距離に近づく。

 だが、俺も目を逸らさない。


 静かに、じっと睨み返す。星流を込めた“気迫”を、そのままぶつける。


 一瞬、ヴァルドの瞳が揺れた。

 ほんの僅か、だが確かに怯えが混じった。


(なんだ、こいつの目……。いつもの死んだ魚の目じゃねえ。いや、どうせF組の落ちこぼれのシキだ。そんなことより――)


 ヴァルドは気を取り直したように口角を歪める。


「お前、魔石持ってたよな?」

「ああ、これか」


 懐から魔石を取り出して見せる。

 ルカが目ざとくそれを見つけ、思わず身を乗り出してくる。


「それだそれ! どこで手に入れた? 大きさ的にC級くらいの魔石だが……家からのお小遣いか? 伯爵家だからそれくらいは持っていそうだからな」

「俺が魔物を倒して手に入れたが」


 三人の動きが一瞬止まる。

 そして――。


「はははっ! お、お前がC級以上の魔物を倒せるはずねえだろ!」

「はっ、雑魚の分際で!」

「嘘でももっとまともな嘘つけよ!」


 三人が一斉に笑い出した。

 だが、俺は無表情のまま魔石をしまおうとする。


「まあいい。それを寄越せ」


 ヴァルドが魔石に手を伸ばしてくる。

 こいつが魔石を掴んできたが、俺は指一本動かさない。


「あっ? なんだお前……」


 ヴァルドが引っ張ろうとするが、抵抗する。

 お互いに魔石を持って拮抗している状態だ。


 というかこいつ力弱いな、全く動かないが。


「これは俺のだ」


 俺がそう言うと、ヴァルドがいきなり怒声を上げる。


「舐めんな、この雑魚が!」


 その拳が、俺の顔めがけて振り上げられる。


 だが――遅い。


 こんなに遅かったら十回は殺せるぞ。

 まあ殺すのは……さすがに早いか。


 星流を手に込め、ヴァルドの拳をすり抜け、逆に俺の拳が彼の顔面に炸裂した。


「がっ――!」


 ヴァルドは、吹き飛ぶ。

 石畳を転がり、壁まで叩きつけられた。


 その場に残ったルカとジルドが、ぽかんと口を開けて固まる。


「……はっ?」

「えっ」


 二人とも、信じられないという顔。

 学園の裏手に静寂が落ちる。


 俺は、自分の拳を見下ろす。


「――ふむ、この程度か」


 朝の陽が、静かに差し込んでくる。


 拳を握りしめ、俺は立ち尽くす二人を睨み返した。




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