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異星の武術家 ~転生して魔術の世界を拳で成り上がる~  作者: shiryu


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第15話 パーティー後、それぞれの帰路


 社交パーティーの喧騒もすっかり遠のき、夜の街路を馬車が進む。


 クローディア家の屋敷へと向かう車内では、ガイルがご機嫌そのものだった。


「はーっはっは、面白かったなあ、リサ。今日のパーティーは見世物が多かった」


 大柄な体をシートに沈め、満足げに髭を撫でる父。

 口元は終始笑みを浮かべている。


 向かいのリサはというと、窓の外に肘をつき、露骨に溜息をついていた。


「……父さん、何度同じ話を繰り返すの。もう三回目」

「いいじゃないか。嬉しいときは語りたくなるものだ」


 しれっと言うガイル。


「ああいう人間模様が一番の娯楽なんだよ。エリナとかいう女狐があそこまで狼狽するとは思わなかったがな」

「うん、あいつ本当に鬱陶しかった。あそこまで醜態さらしてくれると、見てるほうもスカッとする」


 リサの声に珍しく棘が混じる。


「そうだろう? まったく、あの手の取り繕い女は苦手だ。どうせまた何か仕掛けてくるさ。だがな、情報戦は始まる前に決まるんだ」


 ガイルの目は獲物を捉える鷹のようだった。


「まあ、今回は楽だったろ。シキとエリナの婚約破棄がシキ側主導で、不貞があったというのは、本当のことだからな」


 嘘の情報を流すのは面倒くさい。


 証拠を揃えて、矛盾点をごまかして、いちいち根回しが必要だ。


 だが本当の情報なら、流すだけで噂を受け取った側が裏を勝手に取ってくれる。


「今回は手間がかからんかったな」


 鼻を鳴らす父に、リサは呆れ顔を見せる。


「……そのくせ、またシキに私と婚約しろって言うつもりでしょ?」

「もちろんだとも」

「強欲」

「親心だ」


 車窓には夜の街灯が流れていく。

 ガイルはシートに大きく身を預け、心底満足そうに微笑んだ。


「それにしても、本当にシキは面白い。あの一件、殺そうとした借りを『本当の情報ひとつ流しただけ』で相殺してくれるとはな」

「普通はそうはいかない。父さん、本気で殺しにいってたし」

「そうだぞ? 本当に一度、消すつもりだった」

「うん、知ってる」


 リサは興味なさげに答えたが、ガイルは首を傾げて何度もうなずく。


「それなのに、シキにとっては大したことじゃないらしい。俺らの本気を、ただの貸し借りの一つとして片付けるとは――」


 ガイルは窓の外を見ながら、口元にニヤリと笑みを浮かべた。


「……本当に大物だよ、あいつは。絶対に逃しちゃならん」

「知ってる」


 リサは無言で頷いた。

 だが、ガイルの目に一抹の疑念が灯る。


「……だが、リサ。お前、本当にあいつは一週間休む前まで天糸を使っていなかったんだな?」

「絶対に使ってなかった。あの時のシキは普通の落ちこぼれだった」

「ふうむ……魔力覚醒なら聞いたことがあるが、天糸に覚醒するなど聞いたことは……」


 ガイルは眉間に皺を寄せ、首を捻る。


「――まあ、今はどうでもいいか。経緯が何であれ、今のあいつが圧倒的に強いのは事実だ」


 身内に入れるべき理由も、そこに尽きる。

 そう思いながらも、ガイルはまた一つ確認する。


「リサ、本当にあいつは第七階梯の魔術を正面から殴って破壊できるんだな?」

「うん。この目で見た。それどころか、私はその上限すらまだ知らない」


 ガイルはその言葉に大きく目を見開き、次の瞬間、愉快そうに笑い声を上げる。


「はっはっは! たまらんな!」


 クローディア家の天糸使いで第七階梯の魔術レベルに並んだ者は、誰もいない。


 ガイルでやっと第六階梯の魔術程度。


 第七階梯を扱う魔術師相手なら、命を賭けるようなものだ。


 だが、シキはそれを超えている。


(あいつなら本当に――魔術至上主義の世界に、拳で殴り込みができるかもな)


 ガイルの心を読んだかのように、リサも小さく笑う。


「シキは想像以上に強い。旦那様と呼びたいくらいに」

「それでいい。リサ、必ず手に入れろよ。そして子を作れ」

「もちろん。絶対ヤる」


 リサの短い返事に、ガイルはまた満足げに笑う。


 夜の街路は、クローディア家の馬車の走り去る音を残して静まり返った――。



 ノエル・アーデルハイトは、ふかふかの座席に背中を預けながら、ぼんやりとパーティーの余韻に浸っていた。


 社交パーティー。

 侯爵家令嬢である自分が、本来なら何度も出席していて然るべき華やかな舞台。


 けれど、ここ最近は足が遠のいていた。


 特にF組に編入されてからは、一度も顔を出していなかった。


 あの場は、才能や魔力の強さ、美しさや立ち居振る舞い――そういったものを測る物差しが、残酷なほどはっきりしている。


 魔術が不得手な自分は出来損ないと囁かれ、好奇と嘲笑の視線を浴びるばかりだった。


 F組になってからは、それがよりいっそう強くなった。


 パーティーの招待状が届くたび、胸が痛んだ。


 けれど――今日は違った。

 窓に映る自分の顔をじっと見つめる。


 少しだけ、口元がほころんでいた。


(……楽しかった、かもしれない)


 きっかけは、クラスメイトであり、師匠でもあるシキが社交パーティーに出席すると聞いたからだった。


 最初はとても緊張した。

 パートナーなんて、名ばかりのお飾りだろうと思っていた。


 けれど、シキは初めから堂々としていた。


 周囲の視線も、ささやき声も気にせず、むしろそのまま受け流してしまう。


 その隣にいるだけで、不思議と背筋が伸びるような気持ちになった。


 最弱のF組という烙印が、少しだけ薄れるような、そんな錯覚を覚えた。


 久しぶりの社交パーティー。


 色とりどりの衣装、華やかな音楽、煌びやかなシャンデリアの下で踊る貴族たち。

 嫌な視線が全くなかったわけじゃない。


 それでも、今日は楽しかった。


 シキがいてくれたから――それが何より大きい。


(シキさん……やっぱりカッコよかった……)


 馬車の中、ふと自分の胸が熱くなるのを感じる。


 もともと整った顔立ちなのは知っていたけれど、あれほど髪や服をきちんと整えると、本当に別人みたいだった。


 大人びた顔立ち、涼しげな目元、堂々とした佇まい――。

 それに、綺麗だと褒めてもらえた自分も、まるで夢の中の誰かみたいだった。


 膝の上に両手を重ね、顔が自然に熱くなる。


(なんであんなに……優しくて、強くて、かっこいいんだろう)


 たぶん、見た目だけじゃない。

 シキの本当の強さは、心の中にしっかり芯が通っているところだ。


 どんなに笑われても、見下されても、自分を曲げない。


 ノエルには、それができない。


 自信なんて、もう何年も前に置き去りにしてきた。


(……私も、ああなりたい)


 ふいに、拳を小さく握る。

 シキのように強くなりたい。


 せめて、隣に並んで歩けるような、そんな自分になりたい。


(そのために、これからも星流の鍛錬を続けよう……鍛錬で死にたくないけど)


 心の中でそう強く誓う。


 そうしているうちに、馬車は屋敷の前に到着した。


 夜風がカーテン越しにわずかに入り込む。

 従者が静かに扉を開け、ノエルは丁寧に礼をして馬車を降りた。


 屋敷の玄関口、燭台の明かりが夜の帳を押し返している。


 その前に、二人の男が立っていた。


 ノエルの兄――レオンハルトと、ヴィクトルだ。


 レオンハルトは既に学園を卒業した、長兄でありアーデルハイト家の嫡男。

 冷静沈着で、感情をあまり表に出さない。


 ヴィクトルは学園の最上級生で、侯爵家次男のプライドを隠そうともしない。

 ノエルから見て、兄としても上の存在であり、何よりも恐ろしい存在だった。


「はっ、ノエルか。社交パーティーなんかに顔を出すとはな。雑魚のくせに」


 ヴィクトルが口の端をつり上げる。


 身長はレオンハルトより低いが、態度はいつも尊大だ。


 ノエルは一瞬だけ息を呑む。

 久しぶりに味わう、兄の冷たい嘲笑。


 けれど、すぐに表情を整えて一礼した。


「パーティーは、生徒であれば誰でも参加できるものです。私も招待状を頂きましたので」


 声が震えないように、努めて冷静に答える。

 ヴィクトルは面倒くさそうに首を傾げた。


「そんな正論、誰も聞いてねえよ。お前ごとき弱者が、正論を語るな」


 ぞっとするほど冷たい目つき。

 さらに圧迫感を増すように、ヴィクトルは右手を軽く振り上げる。


 目に見えない暴風のような魔力が、ノエルの心臓を鷲掴みにしたように感じた。


 それでも、ぐっと堪えて兄を見返す。


(シキさんだったら……絶対、下を向かない)


 その視線が、ヴィクトルの気に障ったようだ。


「あっ? お前、なんか今までと違うなぁ?」


 ヴィクトルがにやりと口角を上げる。


「ムカつくなぁ、その目。潰すぞ?」


 手のひらに、魔術の輝きが集まり始める。

 ノエルも本能的に星流を巡らせ、身構える。


 けれど、その瞬間――。


「無駄なことはやめろ」


 無機質な声が、空気を切り裂いた。

 レオンハルトが静かに一歩前に出て、二人を睨み下ろしていた。


「くだらない。家の前で騒ぎを起こすな。ヴィクトル」

「……ちぇっ」


 ヴィクトルは舌打ちし、魔術の輝きをぱっと消す。


「つまんねーな。レオン兄様よぉ、もうちょい遊ばせてくれてもいいじゃん」


 レオンハルトは一瞥しただけで、何も言わずに家の中へ消えていく。

 ヴィクトルはその背中を睨みながら見送り、ふと思い出したようにノエルへ顔を向ける。


「そうだ、ノエル。今度の定期試験のクラス対抗戦――あれ、お前と俺が当たるように仕組んだからな」


 定期試験で記述試験や魔術練度の試験など多くあるが、最後にあるのが対人戦だ。


 A組からF組まで多くの生徒が一対一で戦い合うが、生徒が相手を決めることは普通できない。


 だがアーデルハイト侯爵家の次男でその権威を使えば、対戦相手くらい決められるだろう。


 だが、気になるのは……。


「……どうして私なんですか?」


 ノエルは抑えた声で尋ねた。

 ヴィクトルは心底楽しそうに嗤った。


「お前なら弱いし、楽に勝てるだろ? 四肢が欠けても身内だから問題ないし。他の貴族の子女を殺したら面倒だが、お前なら怪我しても文句言われないしな」


 言葉の端々に滲む残酷さ。

 ゾクリとした寒気が、ノエルの背筋を撫でる。


「せいぜい、俺を楽しませろよ。ノエル」


 ヴィクトルは、非情な笑みを残して家に入っていった。


 ノエルは、しばらくその場から動けなかった。


 震える指先を、もう片方の手でぎゅっと握る。


(……勝たないと。私が……ヴィクトル兄様に?)


 本当に、勝てるのか。


 どれだけ星流を鍛えても、どれだけ努力しても、A組の最上級生で、侯爵家の次男という絶対的な壁を前にすると、自信はすぐにしぼんでいく。


 さっきまで胸いっぱいに満ちていた、パーティーの楽しさやシキのかっこよさ。


 今はもう、遠い過去のようだった。

 それでも――。


(シキさんなら、きっと笑うんだ。どんなに不安でも、負けそうになっても、堂々と――)


 ノエルは、小さく唇を噛みしめた。

 自分の中に、ほんの少しだけ勇気の欠片が残っていることに気づく。


(私も、強くなりたい。逃げない自分になりたい。……シキさんみたいに)


 夜風が頬を撫でた。


 ノエルは小さく息を吐いて、ゆっくりと屋敷の中へ歩みを進めていった。



 一方パーティー会場から逃げ出したエリナとデニスは、冷たい夜風に肩を震わせながら、デニスの屋敷の一室に身を潜めていた。


 カーテンを閉め切った部屋で、エリナはソファに倒れ込むと、唇を噛みしめて涙をこらえた。


「ああ、どうして……どうしてあんなことに……!」


 悔しさと怒りが入り混じる。

 ついさっきまで自分が主役だったはずの舞台。


 何もかも、外れの無能――シキに台無しにされた。


 この世で一番嫌いな屈辱だ。


「恥をかかされた……私が、私が、あんな落ちこぼれに……!」


 怒りに震えた声が部屋に響く。

 やがて、ノックの音が聞こえる。


 ドアが開くと、デニスが入ってきた。


「……あんまり大声出さないほうがいい。使用人が変な目で見てた」


 デニスは気まずそうに眉をひそめ、エリナの隣のソファに腰掛ける。

 エリナは途端に態度を変え、か弱げな少女を演じるように小さく身を寄せた。


「ごめんなさい……デニスだけが頼りなの」


 デニスはその仕草に満足げに微笑みかけるものの、すぐ真顔に戻る。


「だが、状況は最悪だ。クローディア家の名前が出た時点で、あの場はもう逆転できなかった」

「クローディア家……? ただの子爵家じゃないの?」

「そう思うだろう? でも、あそこは裏社会の情報屋だよ。上位貴族ならほとんど知ってる。クローディア家が流した情報なら、誰も疑わないだろう」


 デニスの家も伯爵家で、クロ―ディア家の情報は届いていた。


 しかしデニスはそれがどれほど重要な情報化はわかっていなかった。

 社交パーティーで言われた通りに、学生だからわからなかった。


 デニスもシキに恨みが募る。


「じゃあ、あのシキはクローディア家に繋がってるってこと?」

「……たぶん、そうだ。理由は知らないけど、あいつの味方がいる限り、情報戦で勝つのは難しい」

「ふざけてる……! 私があんな外れに……私が負けるなんて……!」


 エリナの手が震える。

 けれど、デニスは怒りを押さえて肩をすくめた。


「まあ、情報戦で負けただけだ。現実の実力は、シキはF組。今度の定期試験で、思い知らせてやればいい。僕はA組だ。あんなのに負けるはずがない」


 デニスは自信満々の顔だ。

 自分がF組の落ちこぼれに負けるとは全く思っていない、そんな表情だ。


 エリナは虚ろな顔で天井を見つめる。


「……そうね。実力で見返せばいいのよね。今度の試験で、あいつを徹底的に潰す」

「そうだよ。僕たちが負けるはずがない」


 エリナの口元がにやりと吊り上がる。


 だが、ふと、あのパーティー会場で向けられたシキの視線が脳裏に浮かぶ。

 無感情で、どこか底知れないものを感じた。


 思い返して、胸の奥がぞわりとした。


(……でも、あいつはF組。今さら負けるはずがない)


 心の中でそう自分に言い聞かせ、エリナはゆっくりと瞳を閉じた。


 この夜の悔しさも、恐怖も、すべて――次の機会で晴らすと誓いながら。


 だが、それが大きな間違いであることを、彼女が知るのは、そう遠くない未来の話である。




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