表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異星の武術家 ~転生して魔術の世界を拳で成り上がる~  作者: shiryu


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/15

第1話 シキの身体として


 俺には、家族もいなかった。


 幼いころから一人きりで、誰にも頼ることができなかった。


 だから、生きるために強くならないといけなかった。


 最初はただ、生きるためだった。

 殴られても、蹴られても、泣くことだけはしたくなかった。


 力がなければ奪われ、虐げられる。それだけの世界だった。


 けれど――不思議なものだ。

 拳を握り、ただ必死に自分の身体を守ろうとした日々の中で、


 気づかないうちに、“強さ”というものに取り憑かれていた。


 「強くなった自分」でいれば、昨日の自分に勝てる。


 昨日の自分よりも速く、強く、上手く――。

 その感覚が、いつしか堪らなく面白くなっていた。


 そうだ、いつの間にか、生きるために強くなるのではなく。


 強くなるために生きていた。


 勝って、倒して、また勝って。

 勝負の高揚、限界の先に一歩でも進んだときのあの快感。


 やがて、最強と言われるようになった。


 けれど、その頃には、誰も俺の隣にはいなかった。


 孤独だった。

 だが、それでも構わなかった。


 拳を振るい続けることだけが、俺の生きる意味になっていた。

 たとえ誰も傍にいなくても、俺は――。


 もっと強くなりたいと、拳を振るい続けた。


 だが、どれだけ鍛えても老いには勝てない。


 最期には拳を振るえず、寝床の中で――俺は死んだ。

 

 

 しばらく、意識がなかった。

 何もない、真っ白な空間。


 音も、光も、感情すらもない。ただ終わりだけが、そこにあった。


 ――それでも、どこか未練だけが残っていた。


(ああ、終わったのか。もっと……戦いたかったな)


 そのとき、不意に眩しい光が視界を焼いた。

 最初に感じたのは、全身の痛みと重さだ。


 腕も脚も、自分のものじゃないような鈍い感覚がまとわりついている。


 天井がぼんやりと視界に映る。

 どこか古びた、木の板張りの天井。


 ベッドの軋む感触。


 空気はひんやりと澄んでいるが、どこか薄汚れた埃の匂いが鼻を刺した。


「……ここは、どこだ?」


 思わず低く呟いた声が、やけに乾いていた。

 上半身を起こそうとして、腹の奥から鈍い痛みが這い上がってくる。


 口内は乾ききり、喉が焼けつくように渇いていた。


 なんだ、これは。俺の身体か?


 どうしてこんなにも、力が入らない。


 じわりと、脳裏に鈍い痛みが走る。


「うっ……!」


 目の奥がずきんと疼くたび、見知らぬ記憶の断片が流れ込んでくる。


 ――冷たい石畳の上、土埃と血の味が口に広がっている。


 靴のつま先で腹を蹴り上げられ、丸まったまま呻いていた。


『雑魚が、俺たちの前に立つなよ』

『ほんと役立たず。魔術も使えないくせに』

『こいつ、なんで学園来てんの? 家の恥だろ』


 何人もの足音と、嘲笑。

 ぼやけた視界に、同級生たちの顔が浮かぶ。


 俺を取り囲み、興味もなさそうに突き飛ばす連中。


 ――ふいに別の光景が脳裏をよぎった。


 薄暗い屋敷の中、重厚な扉が静かに閉まる音。


 背筋を伸ばした金髪の女が、冷たい目で見下ろしてくる。


『また問題を起こしたの? 本当に……あなたには心底、がっかりしているわ』


 机の向こうから、ため息混じりに母親らしき女が告げる。

 その横で、弟が鼻で笑っていた。


『どうせ兄さんには何もできないし。グレイヴァルドの名を汚さないでくれよ』


 弟の金髪が揺れる。あからさまな蔑みと呆れが混じる声。

 家族の誰もが、俺をまともに見ようとしない。


 その感覚――どす黒い絶望と、どうしようもない無力感が胸の奥に沈殿していた。


 ――さらにまた、別の場面が浮かんでくる。


 泥だらけの手で木剣を握り、夜の裏庭で必死に素振りを繰り返している自分の姿。


 涙でにじむ視界の中で、父親の声が遠くから響いてくる。


『剣を振ったって、無駄だ。魔術が使えない者に価値はない』

『体術なんて、貴族の嗜みですらない。……みっともないから、人前でやるのはやめろ』


 言い捨てるように父は背を向ける。

 その肩越しに、ただ拳を握りしめて立ち尽くす自分がいた。


 ……なぜ、こんなにも、嫌悪と拒絶ばかりの記憶が次から次へと流れ込んでくる?

 まるで自分自身が、その全てを体験してきたかのようなリアルな感覚。


 頭の奥が焼けつくように痛む。・


「――俺は、誰だ?」


 必死で思考を掘り下げていくうち、断片が繋がり始める。


 “グレイヴァルド伯爵家”。

 “シキ”。

 “魔術が至上のこの世界で、魔術の才を持たずに生まれた落ちこぼれ”。

 “努力はしてきたが、家族にも学園にも見下され、居場所のない存在”。

 “どれだけ剣や体を鍛えても、誰にも認められず、誰にも救われなかった”。


 息が詰まるような閉塞感が胸にこびりついている。


 どこにも希望はなかった。

 どこにいても、何をしても、誰一人として自分の価値を認めようとはしなかった。


 だから、全てを諦めてしまったのだ――。


 三日間、この部屋で横になり、何も食べず、何も飲まず、死を待っていた。


 心も身体もボロボロになったシキの肉体。


 ――そして今、この身体に俺の魂が入り込んだ。


「……本物のシキの魂は、死んだのか」


 乾いた声でそう呟いたとき、自分の身体に違和感を覚える。


 この痩せ細った体。手足は震えている。

 鏡台に近寄ると、顔が青白くこけていることがよくわかった。


 黒髪の短髪。切れ長の黒い目。


 だが、瞳の奥にわずかに光が宿っている。


 脳裏に、また空腹感が押し寄せる。

 腹が、痛い。内臓が絞られるような鈍い痛み。


 武を極めていたころの俺なら、一カ月や二カ月の絶食も意に介さなかったが、


 この身体は違う。既に限界を迎えている。


 口の中はからからで、唇がひび割れている。


「……まずいな。このままじゃ、本当に死ぬ」


 膝を突き、壁をつたってようやく立ち上がる。


 頭がくらりと揺れる。足もまともに前へ出ない。

 だが、それでも動かなければ本当に終わる。


 いまは、何よりも――早く、口に何か入れなければ。


 ふらつきながらベッドを抜け出し、シキの記憶を頼りに部屋を出る。


 屋敷の廊下。重厚な作りだが、どこか寂れている。


 下働きの使用人が何人か通り過ぎるが、俺を見て誰一人挨拶もしない。


 ――この家の長男であるはずの俺に、この扱いか。


 まずは水飲み場に向かう。


 冷たい井戸水を柄杓で汲み、がぶ飲みする。

 胃が収縮するが、喉の渇きが少しだけ収まった。


 だが、腹の空腹は誤魔化せない。


「……仕方ない」


 厨房――料理場へ向かう。

 厨房は朝食の片付けが終わったあとなのか、下働きの連中がのんびりと動いている。


 その中に、偉そうな態度を取る小太りの料理長がいた。


「おい……何か、食い物をくれ。料理しなくてもいい、とにかく食い物だ」


 できれば肉が欲しいな、血も滴る肉を。


 最悪、生肉でも食えるしな。

 あっ、それは前の身体か。


 しかし料理長は俺を一瞥して、鼻で笑った。


「あなたに用意するものはありません。夕食まで待ってください」


 その口ぶり、明らかに見下している。


 おい、俺のほうが上の立場だよな?


 一応、この屋敷の長男だ。

 使用人風情に舐められて、黙っている趣味はない。


「俺のほうが上の立場だよな? お前」


 小太りの料理長がビクリと肩を震わせる。

 侮蔑の目を向けていたが、一気に媚びるような目になった。


「は、はい……そ、その通りですが、あの、奥様に、そう言われていて……」

「チッ……」


 舌打ち一つ。

 女主人――つまり義母か。そいつの命令か。


「この近くに森があるよな。そこに獣は出るか?」

「ま、魔物なら……たまに出ますが……」

「食えるか?」

「魔物にもよりますが……食べられる種類も……」

「なら、そこに行くか」


 料理長の顔色が青ざめるのが見えたが、特に何も言わず踵を返す。

 屋敷の廊下を歩き出すと、ガタイのいい男が立ち塞がる。


 ――執事長か。


「どこに行かれるのですか、シキ様」


 鍛えられている身体のようだが、俺より弱いな。


 見たらわかる。

 今の俺でも片手で勝てる程度だ。


「俺がどこかに行くのに、お前の許可がいるのか?」


 執事長が僅かにたじろぐ。


「奥様に、“シキ様が勝手をしないように”と言われておりますので……」


 どうやらここの奥様とやらは、シキに死んでほしいようだな。

 まあ今思い出せることだけでも、それはわかっていたことだが。


(本当にクズな家族だな。いや、シキにとっては家族ですらないか)


「森に飯を取りに行くと言っておけ」


 横をすり抜けようとすると、執事長が慌てて追いすがる。


「森に? どういうことですか、お待ちください!」


 その腕が伸びてきたのを、俺は気迫だけで睨みつけた。


「――触るな」


 執事長がビクリと肩を震わせて、その場に固まる。

 冷や汗を浮かべて動けなくなっている。


(こ、この私が、シキ様に気圧された? 本当にこの人は、シキ様なのか……?)


 固まっている執事長を無視して、俺はまっすぐに歩き出す。


 さて、と……この身体はどこまで動くのか。


 腕試しと行こうか。


 そう思って、屋敷の外へ出た。


 朝の光が、肌に刺さる。


 森は少し遠いが、走ればすぐだろう。


 俺の魂が乗り移ったこの身体が、どこまでついてこれるか――。


「行くか、シキ」


 走り出す。

 肉体を鼓舞するように、地を蹴る。


 まずは腹を満たすため――。


 新しい世界の一歩が、静かに始まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この家の連中は勘違いしている様だが 子供に魔力が無かったらその様に遺伝させた親の責任だ 魔力無しを理由に子供を責めるのは自分らにそういう形質が有るという事を責めている 弟は魔力が発現した様だが自分の子…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ