神たる儂が悪役令嬢!?~死の運命を超えて滅びゆく世界を救え~
「ジュリアス・エムーデンの名において宣言する。私はここにジョゼフィーヌ・ブランシャールとの婚約を破棄する!」
エムーデン王国王太子であるジュリアス・エムーデンはそう言った。
私の脳裏に衝撃が走る。それは私にとって受け入れがたい現実だった。
しかし儂はこの結果を知っていた。
遡ること1日前の早朝。
神である儂ことユウクアウラヌスはいつも通りに自分が管理する世界を見ていた。
だがその時いつも通りではないことが起きた。
儂の未来視は告げていた。このままではこの世界が滅びる、と。
その瞬間儂は自身が管理する世界に吸い込まれた。
そして気が付いたらこの娘——ジョゼフィーヌ・ブランシャール公爵令嬢の体になっていたのだ。
なぜ儂がこの娘に憑依したのかと問われれば、それはおそらく1日後に迫ったこの娘の死が原因だろう。
この娘の自殺をきっかけに歴史は動きだす。
まずジョゼフィーヌが死んだことでこの娘の友人が失踪する。異世界人であった彼女は放浪の果てに北にある大国ゲルムンド帝国にたどり着く。
そこで彼女は技術提供を行ったのだ。本来この世界にはない新兵器、銃を手に入れたゲルムンド帝国は他国への侵略を開始、エムーデンもそれに巻き込まれることになる。
エムーデンはその頃には王が急死し、ジュリアスが即位していた。そしてジュリアスの願いを聞き入れ聖女アルナが戦場に向かう。聖女アルナの祝福により戦場は均衡状態になる。
だがこれを好機と見た四大魔族の一人が日和見だった魔王を暗殺、人類に宣戦布告を行なう。
予想外の人類の窮地に手を組んだゲルムンドとエムーデンその他の国は魔族領に侵攻を開始。
銃と祝福、それに聖剣を持つ人類の前に魔族軍は徐々に押されて行ってしまう。
そして窮地に陥った魔族達はついに呼んではならないものを呼んでしまう。
邪神と称して召喚されたそれはこの世界には存在しない異界の神だった。
そして儂が最後に見た光景は荒廃するこの世界の姿だった。
おそらくはこの世界そのものが儂にこの娘を救えと言っておるのだ。
滅びの運命を変えられるのは観測者であり神である儂だけだ。
1日後に迫った婚約破棄を回避し世界を救うのだ。
そしてまず儂がやるべきことは……
「ジョゼ。何を呆っとしてるの?」
「ちょっと考え事をしておりましたの」
話しかけてきたのはこの娘の友人、件の異世界人アンナだ。
以前はいざこざがあったらしいが今ではすっかり仲のいい友人だった。
「なんか悩み事があったら言ってね。私ジョゼの頼みだったらなんでも聞くよ」
「ありがとう」
アンナはいい子だった。
儂らが話していると前からジュリアス王子と聖女アルナの一行がやってきた。
「ええい。鬱陶しい。離れぬか!」
「それは無理な相談だよアルナ。私はいつでも君のことを見守っていたいのだからね」
「そうですとも」
「なんかムカつくやつがいたら言えよ。俺がぶっ飛ばしてやるからよ!」
「あはは。物騒だねぇ」
アルナは儂がこの世界に送り込んだ元神だ。本来の名前をアルナンクトゥスと言う。
己の愚行を反省させるつもりで送り込んだのだが、彼奴がやりたい放題やってくれたおかげで世界のバランスが崩れた。そもそもアルナンクトゥスめが学校に行きたいなどと言い出さなければ今回の一件は起きていないのだ。
ジュリアス王子はジョゼフィーヌに一瞥もくれずに去っていった。
彼らは以前はアンナの取り巻きだった。それが今ではあぁなのだから現金なものだ。
「相変わらずだね……」
「えぇ……アンナも大変でしたわね……」
「私は大丈夫。ジョゼは辛くない?ううん。辛くないわけないよね……」
「私は——大丈夫ですわ」
正直辛かった。ジョゼフィーヌの感情が流れ込んでくる。
まったく婚約者にこんな思いをさせるとはジュリアスの奴は何を考えておるのだ。
こうなったらなんとしてでも婚約破棄などさせるものか。
儂は決意を新たにした。
そして何も出来ぬままその日は来た。
「ジュリアス・エムーデンの名において宣言する。私はここにジョゼフィーヌ・ブランシャールとの婚約を破棄する!」
結局未来は変えられなかった。
「お前は公爵家令嬢という地位を利用しアルナに散々嫌がらせをしてくれたな」
ジョゼフィーヌには身に覚えがなかった。
アルナに直接王太子に近づかないように言った覚えはあるが嫌がらせなどしたことはない。
「……だんまりか。こちらには証人がいる」
ジョゼフィーヌの取り巻きの三人娘が出てきた。
「お前たちはジョゼフィーヌの命令でアルナに嫌がらせをした?そうだな?」
「はい。私達はジョゼフィーヌ様の命令で聖女アルナ様に数々の嫌がらせをしてきました」
こやつらは何故嘘をつくのだろう?嘘をついてこやつ等に何かメリットがあるのだろうか?
それとも自分達のした事の責任転嫁だろうか?
「まぁ、待つのじゃ。その娘達の証言を全面的に信じるのはいかがなものかの?わしが浄化で真実を確かめよう」
「……アルナがそうしたいのならば意義はない」
「浄化!」
アルナの浄化には人の悪意を霧散させる効果があった。
「これで真実が分るわけだな……お前たちはジョゼフィーヌの命令を受けていたのか?」
「「「……はい、私達はジョゼフィーヌ様の命令を受けていました」」」
こうして衆人環視のなか裁きは下されてしまったのだった。
ショックを受けたジョゼフィーヌは城下町の屋敷に戻ると失意のまま自殺してしまった。
儂にはそれを止めることが出来なかった。
目が覚めると前日に戻っていた。
儂は今度こそと思い直し、何か手掛かりはないかとジョゼフィーヌの記憶を探る。
すると禁書庫というキーワードがヒットした。
そう、この学院には禁書庫と呼ばれる書物の保管庫が存在するのだ。
中には表には出せない呪文等が書かれた書物が保管されているらしい。
おそらくその中には魔法を封じる類の呪文もあるはずだ。
もしそうならアルナンクトゥスに使えば人魔大戦を防ぐことができる。
奴さえ余計なことをしなければゲルムンド帝国が他国を侵略することで決着が着くだろう。
ジョゼフィーヌやこの国の人間には悪いが、世界が滅びるよりはマシだ。
わしはさっそく禁書庫に忍び込むことにした。
禁書庫は普段は人が立ち寄らない部屋軍の一角にあった。
厳重な結界が施されていたが、儂にかかればこんなものはイチコロだ。
この身になってから神としての権能が使えなくなっていたが、元々豊穣と規律の神である儂には些細な問題だった。
暗号とはようするに規律の集合だ。わしにとってはないも同然である。
ドアが開く。
中は思ったよりも広かった。わしは目的の書物を探す。
「——見つけた」
それは本棚の片隅にあった。「魔力の封印について」と書かれた古臭い本だった。
儂はその本を手に取ろうとした——その時
「そこで何をしている!」
教師が書庫に入ってきたのである。
「わ、私は……」
「ここは立ち入り禁止だ。どうやって中に入った?詳しい話を聞かせてもらおう」
儂は捕まり反省室送りになった。
そして儂が再び外に出る頃にはまた王太子によるジョゼフィーヌの公開裁判が始まるのであった。
そして私はまた死んだ。
2度の死を体験した儂はいよいよ追い詰められていた。
そもそもたった1日で王太子を気変わりさせることなど無理なのだ。
こうなったら自宅に引きこもって時間を稼ごう。
儂は城下町にある屋敷に引きこもることにした。
だが翌日の夕刻それは起きた。
ノックの音に飛び起きた儂は迂闊にもそのままドアを開けてしまった。
「だれですの?」
返事の代わりに突き出されるナイフ。胸に刺さる冷たい感触。心臓を一突き即死だった。
三度の死を経験した儂は正攻法に出ることにした。
聖女アルナに決闘を申し込んだのである。
こちらの要求はアルナが王太子に近づかないこと。向こうの要求はジョゼフィーヌがアルナに近づかないことだった。アルナに決闘を申し込んだはずが何故か王太子が代わりに決闘をすることになった。
恐らく前にジョゼフィーヌとアルナが模擬戦で戦った際アルナがわざと負けたことを気にした結果だろう。
そして決闘は始まった。
誰の目にも実力差は明らかだった。儂らは善戦空しく敗者となった。
そして翌日また婚約破棄されてジョゼフィーヌは自殺した。
4度の目の死を迎えて儂はもう心身共に疲れ果てていた。
「もう、失敗はできない」
4度の死、3度の婚約破棄を言い渡されジョゼフィーヌの心はもう限界だった。
恐らく次婚約破棄をまたされたら心が壊れ生きた屍と化してしまうだろう。
そうなったら、策もなにもない、ジョゼフィーヌの精神の影響を受ける儂も何も出来なくなってしまう。
儂に残された手段はもう一つしかなかった。
儂は聖女アルナを呼び出した。
「アルナ様。私を助けてくださいませ!」
開口一番儂はそう言った。
「貴女にこんなことを言うなんて恥知らずとお思いでしょうが、私にはもう頼れる方が貴女しかおりませんの……」
「話してみるのじゃ」
アルナは言った。
儂は王太子に婚約破棄されるだろうこと、命を狙われていることを話した。
「なるほどのぅ。話は分かった」
「私、殿下に捨てられたらもう生きていけません……」
「今夜はわしの部屋に泊まるといい。結界を張ってやろう」
「私の話を信じるのですか?今まで貴女には散々な態度をとってきたというのに……」
「はて?わしは何かされたのかの?心当たりがないのぅ」
「貴方って方は……」
その夜儂はアルナの部屋に泊まった。
儂、というか私が眠れずにいるとアルナは言った。
「眠れないのかの。どれ……」
アルナが私の手を握ってきた。
「こうすると安心するじゃろう?」
その夜の私は久しぶりにゆっくり睡眠をとることが出来たのだった。
翌日その日は来た。
「ジュリアス・エムーデンの名において宣言する。私はここにジョゼフィーヌ・ブランシャールとの婚約を破棄する!」
結局は全て無駄だ。アルナと和解しようが結局はこうなるのだ。
「……何故ですの?」
「何故だと?お前の悪行は全て知っている。お前は公爵家令嬢という地位を利用しアルナに散々嫌がらせをしてくれたな」
儂の独白を勘違いした王太子がいけしゃあしゃあと言う。
「……だんまりか。こちらには証人がいる」
ジョゼフィーヌの取り巻きの三人娘が出てきた。
「お前たちはジョゼフィーヌの命令でアルナに嫌がらせをした?そうだな?」
「はい。私達はジョゼフィーヌ様の命令で聖女アルナ様に数々の嫌がらせをしてきました」
ここまではいつもの流れだ。この後アルナが浄化を行ってお終いだ。
「まぁ、待つのじゃ。その娘達の証言を全面的に信じるのはいかがなものかの?わしが浄化で真実を確かめよう」
「……アルナがそうしたいのならば意義はない」
「浄化!」
「これで真実が分るわけだな……お前たちはジョゼフィーヌの命令を受けていたのか?」
「「「……はい、私達はジョゼフィーヌ様の命令を受けていました」」」
やはり未来は変えられない。この後ジョゼフィーヌは死亡し、世界は異界の神により滅ぶ。
儂がそうあきらめかけた時——
「信じるよ」
アルナは言った。
「浄化!」
アルナの浄化がジョゼフィーヌの体を覆った。
そしてジョゼフィーヌは語りだした。
「……私はこの方達に命令したことなど一度もありませんわ」
「なんだと?」
周りがざわつき始める。
「これはどういうことだ。確かに浄化魔法は二回とも発動していた。どちらも本当のことを言っているということなのか?あり得ない!」
アルナは言った。
「人は浄化されようが嘘を付くこともある。そういうことじゃ」
アルナが三人娘に視線を向ける。
すると娘達はビクッと体を震わせた。
「お主ら?誰かに脅されているのではないか?」
「私たちは——」
「そうなのか?」
王太子も視線を向ける。すると三人娘は語り始めた。
「私たちは……命令など受けておりません!そう言えと脅されたのです!」
「誰に脅された?言え!」
「そ、それは……」
「言うんだ!」
「バシャール公爵家のご子息フロン・バシャール様です!」
「2大公爵家の?」
周囲がざわつく。
「……なるほどそういうことか。よく言ってくれた……話を聞こうか?フロン・バシャール!」
「これはこれは王太子殿下。何用で御座いましょう?」
かくしてフロン・バシャールなる人物が出てきた。
奴は王太子の追及をのらりくらりと躱してこの場を切り抜けた。
その日の夜。
「アルナ様、貴女のおかげでジュリアス殿下に婚約破棄されずに済みましたわ」
儂は言った。
「何、大したことはしておらぬよ。それよりあのフロン・バシャールという男には気を付けた方がいいのぅ」
「はい。私もそう思いますわ。まさかバシャール家が私を陥れようとしていたなんて……」
「確かジョゼフィーヌは命を狙われていると言っておったの。それもあやつの仕業かの?」
「それはわかりません……一体どこの誰が私の命を狙っているのか……」
そのとき影から何者かが飛び出してきた。
「危ないのじゃ!」
ナイフはアルナの腹に深々と刺さっていた。こやつ儂を庇って……
ナイフを引き抜き距離を取る暗殺者。
「アルナ様!」
「何、こんなのかかすり傷じゃ」
そう言うとアルナは神力で傷を治癒した。
アルナと暗殺者はやり取りを繰り広げている。
しかし、儂はというと少女の身になった為か身が竦んで何もすることができなかった。
だのに、こやつときたら——
そこに王太子一行がやってきた。
「……ち」
男は舌打ちして踵を返す。
アルナはすかさず雷を放つと浄化を浴びせた。
そして男は王太子達に取り押さえられ、語りだす——
なんでも男の飼い主はセルゲイ・ゼニドールとかいう財務大臣で超大物らしかった。
そして後日アルナによってその悪行を自白させられることになるのだった。
かくして聖女アルナによってジョゼフィーヌと世界は救われることになった。
元はと言えばアルナンクトゥスの奴めが全ての元凶なのだが……果てしないマップポンプだった。
まぁ……しかし奴がいなければ元々の歴史ではジョゼフィーヌはやはり婚約破棄されて死亡する運命にあったのだから、この娘にとってはそれで良かったのかもしれん
そして世界が修正されたことにより抑止力として呼ばれた儂もいよいよ天界に帰ることになった。
「さらばだ。人の子よ……幸せになるのじゃぞ」
儂は最後にそう言い残し昇天した。
私はその声に振り返る。
「どうしたの?ジョゼ?」
「誰かに呼ばれた気がして……」
「誰もいないよ?気のせいじゃない?」
「いいえ……きっと気のせいではありませんわ。きっとあれは——」
私はここ数日間の事を振り返る。
幾度とない死を経験し、幾度となく殿下に棄てられた。
きっと夢ではなかったのだろう。
「神様はいつでも見守って下さっているのですわ」
見上げた空は青かった。