第34話 鋼鉄が錆びる時
俺は仁科守義。復讐に燃える剣豪と共に鋼を追い詰める忌み子だ。
俺の目の前にはタブーチルドレン『鋼の忌み子』、金岡。
「さて、どちらから来る?」
「……(仁科、この戦いはある意味泉興業の組員の弔い合戦でもある。俺が前に出るから、お前はサポートを頼む)」
「…(はい!)」
そんな意志疎通をし、本宮が少し前に出る。
「お前が来いよ。俺は、あの時の俺じゃねぇ」
「ならば、一撃で殺す事をここに誓おう」
右腕のレイピアを構える金岡。それに対し、本宮は日本刀で正中線を取っていた。
三秒くらい訪れた静寂。その静けさを破ったのは……本宮だった。
「せいやぁっ!」
刀を振り上げ、唐竹割りをしようとする。しかし、奴は既に張っていた。
「ぐおっ!」
「鋼線の前には、剣豪も無力。心臓に突き刺して終わりにしよう」
金岡が、腕を突き出して心臓を貫こうとする。しかし、ここで俺の登場だ。
「させるかぁっ!」
レイピアの先端は、胸元に張ったバリアによって心臓を貫く事はなかった。
「くっ…仁科ぁ!」
本宮がバックステップを取るも、それと同時に金岡がなにかを投げつけた。
「俺の技はレイピアだけではない!」
それは玉。鉄球だ。狙いは俺だ。
「おっとぉ!(まさか金岡の野郎、俺自身に意識を向けさせ、その隙に本宮を殺ろうってのか!?)」
何とかバリアを張り、鉄球を弾く。そして、俺の予想は当たっていた。
金岡が本宮の懐に入っていたのだ。
「さぁ、トドメよ。剣豪ぉぉぉ!」
「本宮ぁ!」
レイピアの先端が本宮の首を突こうとした。しかし、刀の先端をつまんでレイピアの突きを上方向に向けたのだ。
「お前は学ばないのか?」
「くっ、姑息な…」
レイピアを上に向け、本宮は次の攻撃に繋げる。
「くらえぃっ!」
それは袈裟斬り。
「なっ!(早い!だが、胸を鋼にすればよいだけの事!)」
金岡の胸元が硬くなった気がした。そして、刃が下ろされようとしたその時。
「ブゥゥゥゥッ!」
「うおっ!?なんだ!」
本宮が金岡の胸元に向けて何かを吹き掛けたのだ。その液体は、金岡に掛かる。
「な、何をかけた!」
「喰らえばわかる」
そのまま本宮は袈裟斬りを落とし、それをまともにくらった金岡。自身の着たパーカーが斜めに切られ、そこから血が流れていた。
「がぁぁっ!」
「い、一撃を与えた!」
胸を抑え、膝を床につける金岡。金岡は自身の体験したことの無い物事に驚いていた。
「な、何故だ…何故切られ、血を流しているんだ」
「そりゃあ、サビ発生剤の効果よ」
「さ、錆びぃ…?」
「錆びは金属の表面に水が付着して、空気中から酸素が吸収されて鉄から鉄イオンが溶けだすやつだ。そして俺が今吹き掛けたのはそれを促進させる液体だ。昨日近くのホームセンターで買って、口の中に仕込んだのさ」
「くっ…刀だけではなく、姑息も一流だとは…」
「ふん、戦い。特に殺し合いは姑息があってこそ。俺は敵を倒せるなら刀以外も使うのでね」
フルフルと震えながら立ち上がる金岡。その顔は、文字通り血の気が引いていた。
「ま、まさか…差別する組織を味方する奴らに負けるなんて…屈辱的だ」
「差別する組織?泉興業の事か?」
「あぁ。そこの人間が、ホームレスの男を虐めていた。奴らは、俺が殺したのだ…」
「その話は、昨日、上杉さんから聞いてるよ」
「?」
「金田と古畑の事だろう?アイツらは元々組長には良い顔をするが素行不良で、所謂嫌われてる組員だった。なんならこの間、上杉はアイツらを辞めさせようと考えたいたところなんだ」
「ふっ、それでも、それ以外の奴らは…」
「あの人達はなぁ…イイ人なんだよ!」
「うっ…」
「俺に本場のたこ焼き食わせてくれて、とてもあの人達には感謝してる。でもてめぇはそんな人たちを…」
「ぐぅぅぅ…」
すると、部屋にある一人の金髪の男が入ってきた。
「どうした!金岡!」
「け、研介!」
ソイツは血を流す金岡の肩を持つ。
「おい待て!ソイツを守るんなら、俺が容赦しねぇぞ」
刀をソイツに構える本宮。
「まっ、待ってください!コイツは本当は…良いやつなんです!」
「嘘つけやぁ!人を殺す輩のどこが良いやつなんだ!」
「そして…俺を信じるような馬鹿な奴なんです」
「へっ?」
ソイツは後ろ腰からナイフを取り出し、金岡の背中をぶっ刺したのだ。
「がぁっ…研介、なんで…」
地面に倒れる金岡。研介と言われた男は笑みを浮かべる。
「バカだよなぁ、半グレを信じるなんて」
「な、何が起こった?」
今目の前で起きた事に困惑する俺達。すると、男はナイフに付いた血を舐めながら話す。
「レロ…俺はここのリーダーを殺した金岡の首が欲しくてね…俺とコイツは元々小さい頃からの付き合いなんだ。それで俺は半グレに、金岡はタブーチルドレンに。タブーチルドレンの幹部は俺のような半グレが邪魔と考えていた極道組織を次々に滅ぼした。当時はまだ半グレじゃなかったが、半グレになったあと、『タブーチルドレンの首を獲った奴は裏社会でのしあがれる』なんて都市伝説を聞いてねぇ。この時が来るまで、俺は待ったんだよ」
「つまり、お前はただの卑怯者じゃないのか?」
「あ?」
「自分が裏社会でのしあがるという理由のために友を手にかける。しかも、自ら手をかけるんじゃなくて誰かに削られてから殺す…そんな奴はクズ同然なんだよ!」
「ふぅん。ま、俺は半グレだ。その価値観は永遠に分からんだろうね」
「ちっ…」
「さて、俺はコイツの死体を持ち帰るとするかね」
研介が金岡の死体をおぶり、その場を去ろうとした。だがその時だった。
「フンッ」
「こっ?」
研介の胸元が何かで貫かれる音がした。
「ぐっ、ぐわだぁっ!!?」
胸を抑え、悶える研介。何と金岡の命はまだ繋がっていたのだ。
「剣豪よ…俺はあなたの恩のある人間を殺してすまなかった。だが、これは謝ってすむ問題ではない。だから、これは俺が出来る唯一の事だ。許せ」
「がっ、痛いぃ!いだぃぃぃっ!」
「友のフリをし、俺を刺すとはな。地獄で、また会おうぞ」
「やっ、やめっ」
金岡のレイピアが研介の喉を貫く。その瞬間、二人の命の灯火は、消失したのであった。
「…確かに泉興業の人達を殺したのは許せなかった。でも、最後の最後で良い面しやがってこの野郎…ぐっ」
言葉では憤怒していても、涙を流している事は俺でも分かった。
「金岡…」
俺もまた、一人の友を喪ったのであった。