第32話 師匠の息子
南畑の隣町、間津原。そこに金岡が君臨していた。
(十中八九、仁科達は俺を追う。それなら、どこかに隠れて返り討ちにするしかないな……まるで、アイツみたいだな)
そのまま金岡はある所へ向かった。
彼が向かった先は、間津原を支配する半グレ集団『苦李夢存』のヤサの廃ビルだ。
(念のため調べてあるが、ここのリーダー田村耕司は青竜刀の使い手で、ここらの界隈では『青竜の田村』なんて呼ばれている。異名はチーム名に反しているが、実力は本物だ)
そして、その足を廃ビルに入れた。
いきなり末端の構成員が金岡を睨む。
「誰やお前?」
「ここをどこやと思っとるんや。おう!?」
「リーダーの田村に会わせろ。話はそれからだ」
「うっさいわ!死んどけ!」
片割れが金岡に殴りかかる。狙いは一発KOの顔面。だが、金岡は顔の表面が鋼のように固くしたのだ。
「がっ!痛ぁっ!!」
「なっ、何が…」
「殺しはしない。しかし、しばらく眠れ」
拳を鋼にし、片割れの腹にそれを打ち込んだ。
「がぼぉっ!」
「ひっ、バケモンがぁぁぁ!」
気絶する構成員。もう一人は怯え、そこから逃げた。
「さて、田村は…」
廃ビル内を彷徨う金岡。すると、奥から威圧感のあるスキンヘッドの男が何人もの部下を連れて現れた。
「お前が侵入者か?」
その男こそ、金岡の探していた田村だった。
「アンタが田村だな?」
「その身なりじゃァ警察ってわけでもねぇなぁ」
「あぁ。タブーチルドレンの金岡。名は知っているか?」
「知っとるわ。あの鎌田奈阪会を壊滅に追い込んだ奴やろ?」
「それでだ。単刀直入に言おう。ここで俺を休ませてくれ」
「ほほう?」
あの巨大組織を滅ぼした男の頼み。それに対し田村は持っていた青竜刀を構える。
「まぁ、名のあるアンタを殺れば俺の名も上がるってもんや」
「ほう。衝突は避けられないか」
「そや」
田村が後ろを振り向き、部下に指示を出す。
「お前ら、手ェ出すなよ。コイツは俺が殺る」
「さぁ、来るなら来い」
「……死んどけオラァ!」
いきなり唐竹割りをやってくる田村。それに対し金岡は一本の糸を張る。
「その斬撃は、俺を捉えることはない」
「あん?」
そして刃が金岡の頭を食もうとした瞬間、何かでそれが止まったのだ。
「なんやと!?止まりやがった!」
「鋼線だ」
そのまま金岡が一瞬で田村の後ろに回る。
「はっ、後ろに…」
「鋼線というものは便利なものでね。防御の他にも、こう使える」
金岡がまたも鋼線を張る。それは田村の右腕を囲っていた。
「何っ」
「さて、世にも不思議なマジックだ」
金岡がそれを引いた瞬間、その凶悪な糸は田村の右腕を切り裂いた。
「がぁぁっ!?」
青竜刀を持った右腕が床に落ちる。
「うっ、腕がぁ、俺の腕がぁぁっ!?」
「どうだ。これが鋼の奥の手『切り裂く糸』。刃を止め、人体を切り裂く」
「う、嘘やァ……」
大量の血を流した田村は、苦しい表情を浮かべながら死んだ。
「な、あの田村さんを…」
「マジか…」
田村の部下達がリーダーの死により怯える。
「さて、ここで休ませてくれないだろうか?」
「わ、分かりましたぁ!どうぞごゆっくりぃ!」
何人かのチンピラが逃げ出す中、一人だけその場に残る男がいた。
「ん?なんだ。じっと見て…」
「も、もしかして…金岡か?」
その男が自身の名前を言った瞬間、金岡は即座に思い出した。
「っ!?お前は…」
「やっぱり。俺だよ!研介!」
研介。それは金岡がかつて通っていた『真白木フェンシング塾』の講師であり、師匠ともいえる今は亡き剣持鋭児の息子の名前である。
この研介は友達が居なかった金岡にとっての唯一の友といえ、塾ではライバル同士でもあった。
「研介…確か剣持さんが亡くなった後に大阪に引っ越したと聞いていたが…」
「あぁ…今じゃこんなザマだよ」
研介…もとい剣持研介は父の死後、母の地元の大阪へと引っ越した。
引っ越してから母である柳生智子は自身の経営するバーの常連、辻井充と結婚。研介は辻井研介と名乗った。
だが、辻井はとんでもない男であった。
辻井は鎌田奈阪会の末端組員であり、義子の研介に暴力を振るっていた。蹴りや殴り、時には木刀で叩くなど非道な行いを息子にしていた。
母も庇うことはなく、息子である研介を放置。ネグレクトの状態で、研介は苦しい状況に立たされていた。
あの時までは……
四年前、鎌田奈阪会が何者かに壊滅させられたのだ。末端の者も殺されており、中には辻井もいた。
旦那の死のショックから智子は怪しい新興宗教団体の信者となった。研介はそんな母を捨て、大阪を放浪。時には盗み等の犯罪もした。
それからして研介は苦李夢存に入り、半グレの一員となったのであった。
「まぁ、こんな所だ」
「そうか…」
「リーダーからタブーチルドレンの事は聞いてたが、まさかお前がタブーチルドレンの幹部になってるなんて。風の噂には聞いていたが」
「これも、差別するものが蔓延るお陰だ」
「ここで休むんだろ。自由に使ってくれ」
「ありがたい」
その場を去る研介の背中には、何の感情も無かった。
「研介…(アイツは、鎌田奈阪会を滅ぼしたのは、俺という事を知っているだろう…なんだろうか。何か、哀しい)」
その場に立ち尽くす金岡は、ある種の哀しみを背負っていた。




