セカンドパートナー
「呼べよ……その男をここに呼べよ!」
夕方。とある家のリビング。夫がバン! とテーブルを叩くと、上に置いてあったマグカップとその中のスプーンが飛び跳ね、音を立てた。
妻の帰りを待つ間、ざわつく心を落ち着かせようと作ったココアには結局一度も口をつけなかった。ただただかき混ぜただけ。その最中、ふと彼が共感を抱いたのは自分の心の淀みと重ね合わせたからだろう。
認めたくはない。まさか、自分の妻が浮気をしているなんてことは。
しかし、帰ってきた妻に『この間、手を繋いで歩いていた男は誰だ?』という彼自身、なんともありきたりな話の切り出し方だと思ったその始まりで妻の顔は見る見るうちに青ざめ、そして自分の推測は正しかったと彼は確信を抱いたのだった。
妻は彼に言われた通り、スマートフォンで浮気相手にメッセージを送った。
それを横目に見ていた彼はそうやって連絡を取り、会っていたんだな、とさらに苛立つ。しばらくお互い黙ったまま。やがて妻が口を開いた。
「あの……」
「……なんだよ」
「そろそろ着く頃だと思うけど、その、違うの」
「……言い訳はその浮気相手の男が来てから聞くとさっき言っただろう」
「だから違うの……彼はその、パートナーなの」
「パート……ああ。ふー……あれか。知ってるよ。セカンドパートナーってやつだろ? 前にテレビで見たよ。肉体関係はなく、友達以上不倫未満だとさ、何をバカな。ほんと呆れるよ! はははっ!」
彼は笑った。無論、空元気である。まさか自分の妻がそんな愚かな言い訳をする女だとは思っていなかったことからくるショック。その大きさは抱えきれるものではなく、口から吐き出さないとならなかったのだ。
「……フォースよ」
「……ん?」
「あなたが見たという彼はフォースパートナーよ」
「ああ、そうかよ…………ん? え、フォース? え、四? 四人目ってこと? は? いや、待て待て待て。と、いうことはセカンドとサードもいるってことか? つまり、おいおい、おれ以外に三人も」
「七」
「は……?」
「あなた含め七人いるわ」
「七!? セブンスパートナー!?」
「ふっ、そうなるわね」
「なんで腕組んでちょっと誇らしげなんだよ……いや、すごいけど、でも多すぎて逆になんてことない関係というか、不思議と友達なんじゃないかって気がしてきたな……」
「あ、来たみたいよ。さ、入って」
「え、おい、もう少し話を……あ、え、まさか」
「どうも、サードパートナーのサトシです。大学生です!」
「フォースパートナーのシオン。職業はホスト」
「フィフスパートナーのゴウです。カフェ経営してます」
「シックスパートナーのムカイです。美容師です」
「セブンスパートナーのナツキだ。あんたらを倒し、必ず上位ナンバーを手に入れるんでよろしく」
「おいおいおいおい全員呼んだのかよ!」
「あなたが呼べって言ったんじゃない」
「そうだけども! うわぁ、どこで出会ったかなんとなく透けて見えるのが嫌だな……。しかも、変なやつもいるし。上位ナンバー?」
「負けねぇし。っし!」
「え、全員そのつもりで? あ、違う。そういう話じゃないのか。じゃあ、ただの馬鹿か」
「バリエーション豊かでしょ?」
「知るかよ。そ、それで肉体関係はないんだよな? 不倫未満なんだよな?」
「さあ、どのパートナーがあるでしょうか。それとも全員なし?」
「クイズみたいに言うなよ……誰かはありそうじゃないか……。ん? セカンドパートナーがいないな……」
「セカンドは……あなたよ」
「え!? は!? おれら結婚してるのに!? は!? え、まさか、他に家庭が……」
「冗談よ。言ってみたかっただけ。彼、遅れてるみたい。あ、今家の前に着いたって。鍵は開いてるわよー! 入ってー!」
「この状況でよくそんな冗談を……あ」
「こんばんは、セカンドパートナーのリョウです。風俗店の受付を、あ、どうもー」
「え? あなたたち知り合いなの?」
「はい。常連さんですよ。ね?」
「へー、常連ねぇ……」
「いやその……ま、まあ、ある意味セカンドハウスと言いますか……」