7 ☶ 悪役令嬢は私が可愛がってあげる(下)
「ね、燕未ちゃん、やっぱり私と友達になろうよ」
自分の胸を下敷きにして座っている小さな燕未ちゃんに、私はそう言った。
「は? またそんなことを……」
「そうしたらこの胸は燕未ちゃんに捧げるよ。好きなように触ったり揉んだりしてもいいし」
「だーかーらー、要らないって!」
燕未ちゃん、素直じゃないね。あんなに私の胸に執着心を持っているのに。
そんな素直じゃない彼女の頭を私はまた指で優しく撫でた。
「またわたくしのことを馬鹿にしていますのね!」
「そんな……。滅相もない。私は燕未ちゃんのことを大切にしているつもりよ」
こんなに好きなのにね。
「あなたの優しさなんて全然要りませんの。大体なんでわたくしと友達になりたいって言いますの?」
「それは……。燕未ちゃんのことが好きだから、って言ったでしょう?」
「じゃ、なんでわたくしのことなんか好きでいられるですの?」
「そうね。燕未ちゃんはすごく可愛いからだろうね」
「ま、またそんなことを! 冗談ではないですわ」
私は本気でそう思っているのに。『可愛いは正義』という諺はあるんだし。
「大体わたくしはあなたにあんなに酷いことしましたのよ? なのに優しくするなんて頭おかしいですの!」
「自分が悪いことをやったという自覚あるんだな」
「それは……。まあ……」
やっとわかってくれたんだ。嬉しい。
「確かに私は燕未ちゃんに酷いことを散々やられた。それは簡単に許せることではないかもしれない。でもね、燕未ちゃんは別に根から悪い人ではないでしょう。私にはそのように見える。今もちゃんと自分の過ちを認めたし。だから今でもまだ遅くないと思う。こんなことはやめて、私と仲良くしようよ」
「そんな……。わたくしのやったことを簡単に水に流すっていうの?」
「うん、私と友達になるって言ってくれたらね」
彼女と関係を深められるのなら私はやっと報われて、今までの苦労なんて大したことない。私はそう思っている。
「あなたって人は、本当にしつこいですわね」
「駄目かな?」
「嫌ですの。わたくしには友達なんて要りませんわ。必要なのは取り巻きと従順な奴隷で十分ですの」
「あんな関係……やっぱり虚しいだけだと思う。孤独も同然だよ。そう思わない?」
確かに燕未ちゃんはいっぱい人に囲まれている。だけどそれは彼女と対等に話し合える相手ではない。こういう関係はきっと友達とは呼ばない。ただひたすら従うだけの存在で、彼女がどんな悪いことをしても止める権利も義理もない。
「あなたにそう言われる筋合いはありませんわ! わたくしはそれでいいですの!」
「本当にいいの? そんなこと、本気でそう思っているの?」
「そ、それは……」
「実は寂しいんじゃないの? 本当はこんな関係になりたいわけじゃないのでは?」
「あなたなんか、何がわかるんですのよ?」
「見ればわかるよ。バレバレだよ。燕未ちゃんは時々寂しそうな顔をしている」
これは嘘。私なんかは人を見る目があるわけではない。大体本当に人の性格を見抜けるのなら私は今みたいに陰キャで苛められっ子にはならないでしょう。
ただ、実はこれがゲームで得られた知識だ。燕未ちゃんの性格は私が把握している。推しのことだからいろいろ調べてちゃんと覚えている。彼女は実はいろいろ抱え込んで、寂しい思いをしている。そして最初から苛めっ子の女王を振るつもりはなかった。
「ただのジメメヌのくせに」
「私は鴎未だってば」
「わたくしは自分の好きなように呼ぶから文句ありますの? あなただってわたくしが嫌だって言っているのにしつこく『燕未ちゃん』って。不愉快ですわ」
「あれは私が燕未ちゃんの友達になりたいからだよ。友達だったら下の名前で『ちゃん』付けで呼ぶのは普通よ。せっかく可愛い名前なのに誰にも呼ばれないなんて勿体ない」
「か、可愛いって。まあ、わたくしだって実は自分の名前を気に入っていますの。でも学校でわたしくのことをそう呼ぶのはあなたは初めてですわ」
「それって、友達がいないから?」
「うっ……。それは……」
図星だね。
「ね、実はそう呼ばれたいのでは? 本当は対等で話し合ったり遊んだりする友達が欲しいじゃないの?」
「そ、そんなこと……」
「違うと言うの?」
「……もうあなたには見通しですのね」
「まあね。私はずっと燕未ちゃんを見ているから」
実は全部ゲームからの知識だけどね。こういう時本当に役に立って助かった。
「実はその通りですわ。わたくしはそもそも小学生の頃から友達を作りたいけど、みんながわたくしが巨大な財閥の令嬢だと知ったらわたくしのことをお嬢様扱いして遠慮ばかりして、誰も対等な立場で接してこようとしなかった。下の名前も呼んでくれなかったし。だからわたくしはそれが当たり前だと納得しようとしてこのまま生きてきましたの」
燕未ちゃんは寂しそうな顔で語った。それを聞いた私もなんか寂しく感じてしまった。
「だけど入学式の時あなたはわたくしを『燕未ちゃん』って呼んで、あの瞬間すごく気に食わなかったですの。なんでよりよってこんな地味メガネっ娘巨乳なんかにそう呼ばれなければなりませんの、って」
「地味メガネっ娘で悪かったな」
これは私のキャラだから最早否定しようとしないけど、『巨乳』はどうしても否定しておきたい。私はただのCカップだから。やっぱりこの世界のこの価値観はどうしてもまだ納得いかない。
「人を見た目や身分で判断するのは間違いだと今になって理解しましたわ。あなたはこんなにいい人だとは思いませんでしたの。それなのにわたくしはあんな酷いことを……。本当にごめんなさい」
「燕未ちゃん……」
やっと私の気持ちは伝わったようだね。嬉しかった。
「本当にわたくしのことを許してくれますの?」
「もちろんよ。私たち友達だから」
「友達って……。別にまだ……。まあ、そこまでしつこく言うのなら友達になってあげなくもないですわ」
「本当? やった!」
まだ態度はでかいけど、これも燕未ちゃんらしい答え方だ。
「でも、友達だけでいいですの?」
「それ以上何になるっていうの?」
「あ、いや。べ、別に……。友達でいいですわ。今は……」
燕未ちゃんはまだ何か言おうとしたが、結局黙ってしまった。
「ありがとうね。私は絶対燕未ちゃんのことを大切にする」
こういって私はまた彼女を指撫で撫でした。
「もう……。まったく、あなたって人は」
彼女は今回呆れたような顔をしたけど、抵抗はしていない。
「鴎未だ」
「え?」
「私の名前を呼んで欲しい。友達の証だ」
「本当にどうしても呼ばなければなりませんの?」
「私の名前、嫌なの?」
「嫌ではありませんの。わたくしと同じ、鳥の名前ですもの。でもなんか今更っていうか……」
「まだ遅すぎないよ。呼んでみて。私の友達としての初めてのお願いだ」
「わかりましたわ。そこまで言うなら呼んであげなくもないですわ。か……鴎未……」
「やった! 私の名前を呼んでくれたね。ありがとう。燕未ちゃん、大好き!」
私は嬉しくて座り上がって燕未ちゃんを胸にギュッと抱き締めた。
「な、なんでまたわたくしをあなたの胸に!?」
「さっき言ったから。友達になってくれたらこの胸は好き放題触っていいって」
「あれはあなたが勝手に決めたことでしょう! わたくしは別にそんなもの……」
「本当は嬉しいくせに」
やっぱり天邪鬼だよね。今でも燕未ちゃんは私の胸を楽しそうに叩いているくせに。
「そ、そんなこと……。こんな胸なんか、次こそ呪いでペッチャンコにしてあげますわ!」
「本当? 胸を小さくしてくれるの? それはありがたい。今度は失敗しないでね」
「は? まったくわけわからないですわ!」
こうやってモブの私と悪役令嬢の燕未ちゃんは友達同士になった。
いきなり小人になって大変だったけど、結局ここまで辿り着いて、結果オーライだったね。雨降って地固まるってこと。
そういえばあの日神社で祈ったことは叶ったね。『苛めをやめる』という願いと、『友達が欲しい』という願い。神様、マジありがとうございました。
後は『胸が小さくなるように』という願いね。これについては後で燕未ちゃんに任せることにした。
次は最終回。投稿は11月1日にします。
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ちなみに、新作短編を投稿しました。今回もTS転生で百合です。よろしければこの作品もよろしくお願いします。
『こんな男女比1:43.1の世界だから百合させてもいいでしょう』
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