5 ☴ 悪役令嬢は私が可愛がってあげる(上)
青川森さんは手のひらサイズの小人になった私を拾って自分の家まで連れてきて、自分の部屋に閉じ込めた。
彼女の部屋はお嬢様らしく広くて豪華だ。ましてや今私は小人になっているから、更にとんでもなく大きくて広い空間に見える。でも今の私には感動する余裕なんて全然ない。だって私は客としてここに来たわけではなく、女王様の玩具として無理矢理連れてこられたのだから。
その後私は彼女にいろいろ好き放題やられた。彼女の巨大な手と足と口に、私のこんなちっぽけな体で抵抗することなんてできるわけないから、そのまま自分の運命を受け入れて我慢していくしかない。
何をやられたのか? あまりにも惨たらしすぎて描写したくない。今まで学校で苛めを受けて苦しんでいたけど、今のはあれ以上何倍もの苦しさだった。
彼女の家に来てからどれくらい時間がかかったのかな? 何十分? それとももう一時間経ったのかも? 今の私には時間の感覚さえ曖昧になっている。この部屋には時計はないようだし。
「本当に楽しかったですわ~」
青川森さんは満足そうに笑いながら私の今の姿を眺めている。
私は今手と足に巨大なセロテープを付けられて、部屋の壁に体が貼られている。この体勢では動きたくても今は全然動けない。
「次はどうしたらいいかしらね?」
彼女はまだ何かをやる気のようだ。さっきまで随分やられていたのにまだ足りないのか?
人を苦しめて快感を得るなんてさすが悪役令嬢だ。なんで私はこんな残酷な天使を好きになってしまったんだろう。もはやこの気持ちは忘れかけるところだった。好きな人にそこまでやられて、本当につらい。
「そういえばこのカバンは何か面白いものでも入ってますかしら?」
青川森さんは私のカバンを持ち上げてきた。このカバンもさっき私の体と一緒に彼女は拾ってきたようだけど、さっきまで彼女は私の体ばかり興味を持って、カバンのことは放っておいていた。
今更このカバンに何をする気なの?
彼女は私のカバンを開けて、ひっくり返して、中身を全部落とした。もう床ではいっぱい私の持ち物が散らかっている。
別にこんなことされたのは今回始めてではないし。それに今更見られて困るようなものなんて……、あ……。
私はつい何か思いついた。そういえばカバンの中にはあれが入っているよね。あれってのはつまり私が神社で買ったばかりのお守りだ。
「何これ? お守りですの?」
青川森さんもついこれを見つけたようだ。
そして彼女はお守りに手を伸ばして、触った瞬間……。
「……っ! 何これ!?」
煙がお守りから出てきて、彼女の体を包んでいく。
「あ、痛っ!」
その瞬間なぜか私は尻餅してしまった。さっきまで手足が巨大なセロテープで壁に拘束されていたはずなのに、いきなり地面に落ちたようだ。手足を動かしてみたら自由に動けている。私はもう自由になったのか?
「あれ? 周りは小さくなっている」
さっきまでの巨人の部屋や家具は、今普通の人間サイズに……つまり等身大になっている。それってまさか……。
「私、元の大きさに戻っている!」
どうしてかまだよくわからないけど、間違いなく今の私はもう小人ではなく、普通の人間に戻ったんだ。
「青川森さん……」
そういえば青川森さんの姿は見えない。どこか消えたのかな? ううん、そうではないみたい。
さっきまで青川森さんのいたところに視線を向けたら、そこで小さな人間みたいな姿を目撃した。
「やっぱり……」
それは小人になった青川森さんだ。サイズは恐らくさっきまでの私と同じくらいの手のひらサイズだ。今彼女は化け物でも見ているような顔で私を見上げている。
その彼女の隣には私の『呪い返しのお守り』が落ちている。
なるほど。わかったぞ。どうやらこのお守りのお陰で『小人になる』という呪いの効果は私から青川森さんに移ったようだ。
つまり自業自得ね。『人を呪わば穴二つ』という諺は聞いたことがある。
でもなんで今更お守りの力が発動したの? もっと早く発動すれば私がこんな酷い目に遭わなくて済んだはずなのに……。
もしかしたら青川森さんはこのお守りを触った所為? よくわからないけど、とりあえずもう助かったみたい。
さて、次はどうしようかな。
「来るな!」
私は小人の青川森さんに手を伸ばそうとしたら、彼女は怯えてそう叫び出した。
さっきの私と同じ反応だな。あの時とは真逆みたい。どうやら立場は逆転になっている。
それにしてもいつもみたいな命令形の言葉なのに、今はなぜか全然威力が感じられなくて、従う気にならないんだよね。
「こら、やめろと言っていますの! わたくしの命令を聞きませんの!?」
こんな小さくて弱そうな姿になってもまだ威張ろうとしているようだけど、やっぱりただの強がりにしか見えない。ちっちゃいのに態度だけは相変わらずでかいね。そんな彼女はなぜか可愛く見える。
今まで苛めっ子で酷いことばかりやって怖く感じたから忘れていた気持ちだけど、このようにちっちゃくて被害のない姿になったら、再び彼女のことを可愛がりたい気持ちが戻ってきた。
「可愛いね。燕未ちゃん……」
私は久々に彼女のことをこの名前で呼ぶことにした。
「は? な、何を!? わたくしを『ちゃん』付けで呼ぶなって言ったでしょう! ジメメヌのくせに!」
そう聞いて、私は人差し指で軽く燕未ちゃんの腹部を突いてみたら、彼女は簡単に転んで尻餅をしてしまった。やっぱり弱いね。
「何をしますの!? このジメメヌ!」
「私の名前は鴎未だ」
「は? 何よ、今更?」
「私はジメメヌじゃない! ちゃんと私の名前で呼んでよ! 私も燕未ちゃんのことをちゃんと下の名前で呼ぶから」
「ジメメヌはジメメヌですわ! わたくしの付けてあげた名前に文句ありますの?」
燕未ちゃんは私を見上げて怖がりながらも、不満を見せようとしている。
「どうしても呼びたいの? そこまでこの名前が好きなの?」
「そうですの。あなたにピッタリな名称ですわ」
「そうか。燕未ちゃんはこんなに私のことが好きだな」
「は? ち、違いますの! 勝手に勘違いしないでちょうだい! 今の好きって名前のことですわ」
そう言いながら彼女は動揺を見せた。
「でも好きな渾名で呼びたいくらい私のことが気に入って仕方ないってことだよね? もしそうだとしたら特別にそう呼ばれても構わないけど」
「え? いや、今そういう意味じゃ……。もう、巫山戯ないでちょうだい! 何度も言ったけど、わたくしはあなたのことなんて大っ嫌いですの!」
まあ、それは知っている。燕未ちゃんが私のことを嫌っている理由は痛いほど心に留めている。
でもね、『嫌い』は『好き』の反対ではなく、『無関心』こそ『好き』の反対だそうだ。
燕未ちゃんはいつも私のことを考えてくれていることは明らかだ。いつも私のことを見て隙を探して攻撃してきている。クラスで彼女に苛められているのは私しかいない。だから彼女にとって少なくとも私が特別な存在だと認識しているとも言えるだろう。
私のことが目障りだとか彼女はいつも言っているけど、それなら目を逸らして関わらなくてもいいのでは? それなのに彼女はいつもわざわざ自分からかかってきて、私が逃げようとしても追ってくるし。
今日だってわざわざ私のために呪いの人形を準備してくれた。学校を休んだのもそのためだろう?
彼女のやったことの動機は『好き』ではなく、『嫌い』だとわかったとしても、やっぱりいつも私のことを思ってくれているという事実に変わりはない。そう考えるとなんか嬉しい。
やっぱり私は、どうして燕未ちゃんのこと……。
「私は燕未ちゃんのこと、こんなに好きなのにね」
「……っ!」
そう言いながら私は人差し指で彼女の小さな頭を軽く撫で撫でした。なんか気持ちいい。何この小動物みたいなもの。可愛すぎる。
今こそいっぱい可愛がってあげて、私のことを『嫌い』から『好き』に変えて見せる。
どうしよう。私は今、すごく興奮している。