4 ☳ 悪役令嬢は私へ呪いをかけようとしたのだが
あの日神社に行ってきたけど、結局何も変わらず、私が青川森さんたちに苛められる日々はまだ続いてきた。
やっぱりそう簡単にはいかないよね。それとも時間が必要? でもあまり期待しない方がいいかも。
そして次の金曜日に私は普通に学校に通ったら、青川森さんは学校を休んだと知った。風邪かな? 学校が始まってから彼女が欠席するのは今日初めてだ。
欠席の原因は何なのか全然わからない。知っても何とかするわけではない。知ろうとしても私なんかは訊いたら答えてもらえる立場ではないし。
青川森さんがいないことで、今日私に対する苛めは無し……と、楽観的に思っていたら、どうやらそうではないみたい。彼女の取り巻きたちはまだここにいて、結局いつもとは変わっていない。
そして放課後。いつもと同じように学校から家まで歩く帰り道の途中で……。
「え?」
帰り道の半分くらい歩いてきたらその時すごく豪華そうな自動車がこっちに走って、そして私の隣に止まった。
「ここにいますのね。ジメメヌ」
「青川森……さん?」
自動車の後ろの席から降りてきて私に声をかけたのは青川森さんだった。今日学校休んでいたけど、どうやら病気ではないみたい。元気そうに見えるから。
「なんでここに?」
まさかわざわざ私に会いに来たのか? いつも学校で私を苛めているけど、学校の外まで付いてくるなんか今まで一度もなかったよ。もしかしてこれから学校の外でも彼女から逃げられないってこと?
「実はわたくし、ジメメヌに渡してあげたいものがありますの」
「私に?」
なんでいきなり? しかもわざわざ学校の外で、他の生徒がいない時に。きっととんでもないものであるという予感が……。
「これを受け取ってちょうだい」
彼女は人間みたいな形をしている手のひらサイズの何かこっちに投げ出してきて、私は事情をまだ理解できないまま手で受け取ったら……。
「藁人形? いや、これは……」
何と、渡してくれたのは藁人形っぽいものだけど、藁のように見える黄色の細いものは実はなんかラーメンみたい……。いや、これはパスタのようだ。
パスタから作られた藁人形らしきもの? なら藁人形ではなく、『パスタ人形』では? いや、そんなことはどうでもいいけど。
問題はこんなもの、実はゲームにも出るらしい。呪いのアイテムとして。
「まさか呪い!?」
そんなことに気づいた時にはもうすでに手遅れだった。このパスタ人形から不気味な煙が出てき始めた。
「そうですの。これは『胸を小さくする呪い』ですわ。おほほほ」
「はい!?」
「ジメメヌ、あなたの自慢のその体をぶっ壊しますわ。いつも豊満な体で人を見下ろすあなたに対するお仕置きですの」
いやいや、全然自慢ではないし。人を見下ろしているのはそっちの方でしょう? 彼女は私のことを完全に誤解しているみたい。
てか『胸を小さくする呪い』ってそんなもんあるのか? あったら私も自ら自分にこんな呪いをかけてみたいくらいだ。
「ゴホゴホ!」
煙の所為で私は咳をした。そんなことを考えているうちに煙はいっぱい出てきて私の体を包んできて、今もう周りが見えない。
なんか体がだるい気がする。私は呪いに襲われていると実感した。
しばらく経ったら煙が消えてきたけど、私はちょっと目眩を感じて、視界が完全に復活するまではもう少し時間がかかるだろう。
それより、私は手触りで自分の体を調べ始めた。
あれ? 胸は……まだいつも通りの感覚のようだ。全然小さくなっていないみたい。よかった……ってべ、別にこんなもの小さくなった方がいいのに! なんでホッとしたのだろう、私。自分が矛盾してしまっているね。
でも私の胸がまだそのままってことは、呪いは失敗ってことかな? だったらおめでたいことだ。
そう考えて喜んだのは束の間で、視界が完全に復活して私が周りを見回したらなぜか景色がさっきとは一変した。
「ここは?」
私の目の前にあるのは巨大な黒い何か……。そしてこれは自分がさっきまで持っていたカバンだと気づいた。自分の好きなアニメキャラの姿のキーホルダーもついているから間違いないだろう。でもなんでこんなに大きくなったの? いつも自分が持ち歩いていたカバンはもう持ち上げられないサイズになった。むしろ私の体を入れられるくらいでかい。
「ジメメヌ、あなた……」
「ギャッ!」
青川森さんの声が響いてきた。この声はなんかいつもより大きくて威力を感じて、しかもなぜか上の方から来ている。
そして私が上の方へ見上げてみたら……。
「青川森さん……!?」
そこに青川森さんの顔が高いところに浮いている。しかも尋常じゃない巨大なサイズのように見える。いや、顔だけではなく、彼女の体全体もようやく私の視界に入ってきた。なぜか全部でかく見える。まるで巨人だ。彼女はしゃがんで私を見下ろしているようだ。
「なんでちっちゃくなりましたの?」
「え? ちっちゃく……?」
そう言われて私はやっと気づいてしまった。巨大なカバンと、巨大な青川森さん……。それだけでなくもっとよく周りを見たらやっぱり何もかもは巨大に見える。
「まさか、私が小さくなったの!?」
みんなが大きいのではなく、私が小さいのだ!
もしかしなくてもこれは呪いの所為? でもあれは『胸を小さくする』呪いではないの? 体全体小さくなるなんて聞いてないよ!
幸い着ている制服も一緒に縮んでいるみたい。さもなければ今私は裸になっているはずだ。
「うふふ。なぜこうなったかよくわからないけど、これはこれで悪くないですわね」
笑いながらそう言って、青川森さんは巨大な右手を私の方へ伸ばしてきた。
「く、来るな!」
彼女の手は今の私の身長と同じくらい大きい。こんな巨大な手が自分に向かっている姿を見たらすごく恐怖を感じた。
「ちびっ子のジメメヌの分際でわたくしに命令する気?」
不満そうに言って彼女は容赦なく私の体を鷲掴みにした。
「い、痛い!」
「あら、苦しそうな顔ですわね。わたくしほとんど力を入れていないのに」
「……ひゃん!」
青川森さんの巨大な指は私の敏感な部分を押してきた。
「あんなに大きくて嫌らしかったこれも今じゃわたくしの指先よりちっちゃいですわね。いい気分ですわ。おほほほ」
私のこの無様な姿を見て彼女は満足そうに笑った。
しかし青川森さんから見れば確かにここがとんでもなく小さくなったけど、私から見れば何も変わっていないよね。何より形はそのまんまで尺度が小さいだけで、Cカップであることに変わりはないだろう。こんなで満足していいのか?
「呪いは思ったのと違ったようだけど、これも思ったより面白いことになったかもですわ。とりあえず続きはわたくしの家でね」
「え? 青川森さんの家?」
いきなり推しの悪役令嬢の家に行けるのは嬉しそうな展開っぽいけど、これから何をされるかと想像してみたら全然いいことあまりなさそう。
「感謝しなさい。わたくしのペットにしてあげますわ」
「そ、そんな……」
ペットだなんて、私は人間だよ。そんなの嫌だ。
「そうだ。新しい名前を与えますわ。こんなにちっちゃいから『チビジメメヌ』でいいですわね。でもちょっと長いからもっと略して『チジメメヌ』でどう? 『チヂンダジメメヌ』の略にもなりますわね」
「……」
超どうでもいい。どっちも今までとあまり変わらないし。そんなの私に訊いてもな。どうせ私に拒否権なし。嫌だと言っても勝手に呼ぶだろう。
「まあいいか。ではここに入りなさい」
「やだ……! お願いだから放して」
否応なく彼女は私の体をカバンに入れて、自動車に乗って自分の家に連れていく。その扱いはまるで私が人間ではなくただの人形になったみたいな気分だ。
カバンの中は暗くて殺風景で、ずっとすごく揺れて気持ち悪なかった。普段乗り物酔いをしたことない私でもさすがにこれはきつい。
そしてやっとカバンの地獄から解放してもらったと思ったら、ほっとできたのは束の間だった。
その後私の今までが比べ物にならないくらいの更なる地獄のような時間はこうして幕を開ける。