3 ☲ 悪役令嬢は私に破滅フラグを立てるらしい
突然だが、この世界を舞台とした乙女ゲーム『おはぎよりその恋の風味』についてもっと詳しく説明しておこう。
このゲームのストーリーは主人公である福川島緒萩ちゃんがこの高校に入学してから始まるお話だ。
そこで彼女は4人のイケメンたちと出会って、彼らと関係を作っていくという流れになる。ルートによってその中の1人と恋人になってトゥルーエンドに至る。
その4人のイケメンは、つまり『攻略対象』という存在だ。『ヒーロー』とも呼ぶね。みんなは緒萩ちゃんとは同級生だ。大体このゲームに出てくる登場人物はほとんどみんな同級生ばかりで、先輩キャラは少ない。
その数少ない先輩キャラの中で、青川森燕未という悪役令嬢がいる。彼女はゲームでは2年生の先輩キャラだ。後輩であるメインヒーローと出会ってやがて彼に恋心を抱いてしまって主人公をライバル視して嫌がらせをしてしまうから、ゲームの『悪役令嬢』という立場になった。
そんなことはいいけど、問題は今私の知っている青川森さんは2年生ではなく、私と同じ1年生だ。
それはどういう意味? ゲームとは違うのか? ううん、そんなことじゃないはずだ。
結論から言う。今の世界はゲーム本編ではなく、ゲームのメインストーリーが始まる前の世界だ。
時は1年前、青川森さんがまだ1年の頃だった。
つまり今ゲームの主人公である緒萩ちゃんはまだ中学3年生で、この学校に通っていないってこと。彼女がここに入学するのは来年のことになるだろう。
もちろん、攻略対象のイケメンたちもみんな彼女と同じ学年だからまだ今登場しないはずだ。
だからここにいるのは、未来悪役令嬢になる青川森さんと、モブ以下の存在であるこの私だけ。
それで、なんで私はいきなりそんな話をしているの? それは、実はこれが私の置かれている状況に関係があるかもしれないからだ。
私、秋川田鴎未はゲームの登場人物ではない。それは確かに間違いない。
ただしこのようなキャラの間接的な言及はゲームのシナリオの中に出てきているようだ。ちょっと曖昧な記憶だけと私は覚えている。
『青川森先輩は去年同級生の女の子を小っ酷く苛めていたらしいよ。その人は緒萩ちゃんと同じ黒髪のようだ』
これはメインヒーローからの台詞。
そしてあの『同級生の女の子』は、名前が出てこないけど、もしかしたらそれが私のことだと思う。『黒髪』って言ったから間違いないだろう。この世界で黒髪は珍しいし。
それでその女の子(つまり私?)の末路はどうなの?
ゲームに出た会話によると、なんと『苛めに耐えられなくて、学校を辞めた』らしい。
もしかしてこれは私のこれからの運命なの? 冗談じゃない! 私はどれだけ努力をしてこの学校に入学できたと思う? ここは入りたくても簡単には入れるわけではない有名な進学校だぞ。陰キャだけど未来のことを考えて私は結構頑張って必死に勉強して入学試験を受けたのよ。こんなことでこの学校を辞めることになってしまうなんて、こんな結末は絶対嫌だ!
だからこのまま何もしなければこんな破滅フラグは私を待っているだろう。
普段破滅フラグは悪役令嬢に立つものではないの? 私は悪役令嬢ではないのに、なんで破滅フラグと向き合わなければならないの?
ではどうすればいい? 正直まだよくわからなくて困っている。
私みたいなちっぽけな女の子で、しかもあまり友達がいない陰キャでは、自分の力で何をやっても無理だろう。
だから神様みたいな超自然的な存在に頼ろうと思うようになった。日曜日の今日、私は隣町の神社にやってきた。ここの守り神は有名だという噂を聞いたから。
神様に願いを言うのは、元の世界でもやったことがあるね。でもあの時のボクはあまり真面目に願ったわけではなかった。だって神様の存在なんて信じていなかったから。
しかしこの世界では話は全然違うらしい。
ゲームの舞台としたこの世界には『神様』という存在がいるらしい。その神様に関してゲームでははっきりと説明されているわけではないので、正体は曖昧でどんな仕様なのかわからないけど、確かにゲームのシナリオに奇跡を起こしたり、主人公たちに困らせたりする。
こんなファンタジーっぽいことに希望を抱えることができるのもゲームの世界ならではの話だ。
さて、今私は神社の神様の前に立っている。願いを始めよう。
『神様、お願いです。苛めをやめさせてください。それと、できれば友達が欲しいです。私のことを心配していつもそばにいてくれる友達が。それと……、その……む、胸が小さくなるように!』
最後のは思い付きの願いだった。あんなことまで神様に願ってもいいかな? 恥ずかしい……。
本気で願ってみたけど、やっぱり何の反応もないよね。本当に神様は聞いているのかな? それでもう終わりなのかな? 実はよくわからない。あまり実感していない。
そもそもこのゲームの神様の存在って、ご都合主義の展開ができるように作られたものだから。どうやって神様と連絡するか確実な方法があるわけではない。
まあいいか。やれることだけやっておいて損はないし。
「あ、お守りだ」
神社の中にはお守りの売り場がある。何か買ってみよう。
「これは……」
お守りの売り場で『呪い返しのお守り』って書いてあるお守りを見つけた。呪い返し……か。こんなものもあるんだな。
そういえばゲームの中では『呪い』というものは実際に使われている。そしてその使い手は悪役令嬢の青川森さんだった。彼女は呪いで主人公の緒萩ちゃんに酷いことをする。
どこから呪いのアイテムを手に入れるのか、どんな呪いが存在しているのか、ゲームでははっきりと説明していないけど、確かに青川森さんは呪いを使う方法を知っている。
それなら私も彼女に何か呪いを受けるという風険があるんじゃないかな? そう考えるとちょっとでも自分の身を守るために何とかしないとね。
本当に効果があるかどうかわからないけど、私はこの『呪い返しのお守り』を買うことにした。
「よし、帰ろう」
明日何かよくなるという希望を抱きながら私は神社を出て家に帰る。
世界観の説明はここまでです。次回からいよいよ本番に入ります。