2 ☱ 悪役令嬢は私を嫌う切実な理由
「あ、手が滑りましたわ」
「ギャッ!」
女子トイレの中で、青川森さんはいきなり私に水をかけた。一応『手が滑りましたわ』とか言ったけど、誰が見てもわざとだとわかるだろう。
そう……。これは紛れもなく嫌がらせだ。いわゆる学校での『苛め』行為だ。
「あ、あたしも手が滑ったわ。ごめんね。ジメメヌ」
「……っ!」
今私に水をかけてきたもう一人の女の子は青川森さんの取り巻き。名前は……どうでもいいか。『取り巻き一号』でいい。
ちなみに彼女が言った『ジメメヌ』ってのは今の私の渾名になっている。青川森さんがこれを付けた張本人だった。由来は『地味眼鏡』と『雌犬』で、最初は『ジミメガネメスイヌ』と呼ばれていたが、やがて『ジメメヌ』と略された。なんか独特で仰々しい呼び方だけど、全然いい意味ではない。呼びやすいわけでもない。何というかポ케モンっぽい。
推しの悪役令嬢に渾名を付けてもらったのは光栄だけど、彼女のネーミングセンスにはツッコミを入れたい。まあ、私が何とか文句を言える立場ではないだろうけど。
「うわっ。ウチも、つい……。めんごっすよ。ジメメヌっち」
そしてもう一人の女の子……金髪でギャルっぽい『取り巻き二号』も、また私に水をかけてきた。
「あら、びしょ濡れですわね。ジメメヌ。おほほほ」
「……」
青川森さんは満足そうに私をニヤニヤ笑った。この笑顔と笑い声は天使みたいに可愛いけど、私に対する悪意をいっぱい込めている。
「このままでは風邪ひきますわよ。ね、二人共、ジメメヌの服を脱がして着替えさせて」
「はい、青川森様」
そう言われて取り巻き2人は私を捕まえて、無理矢理服を脱ごうとした。
「嫌だ! 私は自分で着替えるから。だから……」
「このわたくしが好意を持って新しい服をあげると言ってるのに。逆らう気ですの? 地味雌犬の分際で。生意気ですわね」
どこが好意だよ。絶対まともな服ではない。どんな服に着替えさせられるかあまり想像したくない。
私は別にMではない。たとえ推しの悪役令嬢様のご要望だからって、苛められて嬉しいわけがない。むしろ好きな人に酷いことされてとてもつらい……。
「これ、ジメメヌ、じっとしてて」
取り巻き一号は私の手足を拘束して、その間に取り巻き二号は私のシャツのボタンを外していく。
「お前、まったく立派なもの持ってるんだよね。このこの……」
服を脱がされて下着姿になった私を見て彼女たちの次の狙いはもちろんその……立派なもの? あまり言いたくないから察して。
彼女たちはなんか気持ちよさそうに私のここを弄んでいる。
「やめて!」
苦しい! 恥ずかしい! もう嫌だ!
こんな感じで、私は彼女たちにいろいろ弄ばれた。身体も精神もダメージを受けていく。
「酷い目に遭った……」
やっとこんな地獄みたいな時間が一旦終わったが、今すごく恥ずかしい格好に着替えさせられて、トイレから出たら私はいつもより注目されて、すごく恥ずかしかった。
どんな格好なのか? あまり描写したくない……。それにこれは初めてでなく、前にも同じようなことをさせられた。前回はボロボロスク水の姿だったね。今回はそれ以上やばいやつだ。
学校が始まってからもうすぐ一ヶ月、私は青川森さんとその取り巻きたちに何度も嫌がらせを受けてつらい日々を送ってきた。
「このノート、もう使いものにならないね」
自分の席に戻ってきたら数学のノートが机に置いてある。落書きいっぱいの姿でだ。言うまでもなく、どうせこれも青川森さんか彼女の取り巻きたちの仕業だろう。
「なんでこんなことに……」
私は溜息をした。こんな理不尽な高校生活はいつまで続くの?
ちょっと思い返してみよう。なぜ私はあんなに青川森さんに嫌われているのか? 正直どうしようもないくらい思い当たる節が多すぎて困っちゃう。
第一、性格……というよりキャラのことだよね。私は基本的に地味っ娘の陰キャで人付き合いが苦手で、友達作りは上手くいかない。これは前世のボクとはあまり変わっていない。陰キャがたとえ死んでも陰キャのままで何も改善しないのだな。
こんな人間は一番苛められやすいタイプだろうね。実は小学校と中学校の頃も苛めを受けたことがある。あの時はこんなに酷くなくてなんとなく過ごしてきて、高校になったら良くなると期待していたけど、どうやら逆になってしまった。
第二、自己紹介の時の失態の所為だな。あの時はちょうど前世の記憶が蘇ってきた直後で、自分の存在のことで混乱して、結局変なこと言ってしまった。特に自分のことを『ボク』って。痛いと感じられてしまうよね。陰キャなのにキャラ作りみたいなことしやがって笑われる者になっちゃうだろう。
ちなみにこの世界では『わたくしっ娘』とかお嬢様キャラが存在しているのに、『ボクっ娘』や『オレっ娘』キャラは存在しないようだ。むしろ『ボクっ娘』の異端者扱いは元の世界より酷い。理不尽だよね。
だから襤褸を出さないように、今自分の頭の中でもいつも『私』と言っている。前世の話をする時だけ『ボク』を使う。
第三、私の席は青川森さんの後ろの席になっている所為だ。近い存在だからこそ目障りという認識が激しくなるだろう。彼女の席は私の前の席だから、彼女が後ろを向いたら嫌でもしばしば私の顔が見えて目が合ってしまう。
それに窓際の席でもあり、私と彼女の席は同じ窓の範囲内で、窓が閉じている時に私が窓の方に視線を向けたら彼女の不満そうな顔が映っているところを目撃して、間接的に目が合ったこともよくある。
第四、私はあの時つい青川森さんのことを『燕未ちゃん』って呼んでしまったから。前世ゲームをやっている時からそう呼んでいたからね。でも実際に学校の人は彼女のことを下の名前で呼ぶ人はほとんどいない。彼女も自分の家系のことを自慢に思っているから、基本的に名字で呼ばせてもらっている。ゲームの中でもそうだった。だから『燕未ちゃん』はボクが勝手に呼んでいた呼び名だけ。だってせっかく可愛い名前だから誰も呼ばないなんて勿体ない。
前世の人格が混ざった所為でつい一度だけ青川森さんの前でその呼び方をしたけど、これだけでも悪い印象になっただろう。
『愚民で陰キャのくせに、このわたくしをちゃん付けで下の名前を呼ぶなんて身の程知らずですわね』
って思われてもおかしくないだろう。
第五、2人の名前は意外と似ている。どっちも名字は3文字で、しかも真ん中に『川』があるから。それに『青』も『秋』も発音は『あ』で始まる。実は席が隣同士になったのもこれが原因だ。出席番号は名字で決まっているから。
下の名前もそうだ。二人共同じ2文字で最後は『未』だし。しかも二人とも鳥の名前だ。これは偶然なのか? それとも神様が何か細工でもした?
こんなに名前が似ていると、普通は何か運命だと感じて仲良くなりたいとか思うじゃないの? 私ならそう考えているけどね。でも彼女にとって逆にこれが地雷になるみたいで最悪だった。
第六、外見のことだ。これはもしかしたら一番の理由かもしれない。
私と青川森さんは身長が同じくらいなのに、外見はまったく違って見える。まずは髪の毛だ。彼女は鮮やかな桃色であるのに対し、私は真っ黒の髪だ。
この世界の日本人の髪の毛は色とりどりで、私みたいな真っ黒な髪は珍しくて、しかも悪っぽいと見做されて軽蔑されるという傾向がある。日本人なのに何という馬鹿げた設定……。
ちなみにこのゲームの主人公も黒髪だ。そして彼女も悪役令嬢に嫌悪されるから、私も同じ運命になってもおかしくない。
私って根も暗い上に髪も目も暗い。しかもメガネっ娘で、地味なショートカットの髪。
でもね、これだけは言っておきたい。別にこの外見は醜いというわけではない。むしろ前世のボクから見れば結構いけるよ。青川森さんほどではないけど、結構整った顔で、白い肌だ。メガネ姿も全然悪くないし。それなりの魅力がある。実はボク、メガネっ娘も結構好きだよ。この黒髪ももちろん元の世界の日本人として普通に好んでいる。この世界の人間みたいな偏見はない。髪型はやっぱり長い方がいいと思うけど、これから伸ばしてもまだ遅くない。
だからボクとしてこの体に生まれ変わったことはあまり文句ないよ!
あ、話は脱線してしまったね。今は青川森さんの話をしているから。
次こそ本番だ。髪の毛やメガネのことよりも恐らく致命的な要因かもしれない。
それは何と、このCカップのことだ!
日本人女性の胸サイズの平均がAカップになっているというこの歪んだ世界で、なぜか私だけはCカップになっている。これは結構珍しいようだ。自分で言うとなんか恥ずかしいけど、どうやらクラスで私より胸が大きい人がいないみたい。だからこんな私はある意味で目立ちすぎて、ほとんどの男性の目を引くほどだ。彼らこの世界の男にとってこれは巨乳だと認識しているから。
だけど女性にとってこのCカップは逆に嫉妬の的となるようだ。嫌われるのも当然のことだろう。
もちろん青川森さんもみんなと同じくAカップだ。彼女の取り巻きたちもそうだし。
私は別に大きくなりたくて大きくなったわけではないのに。それに前世のボクは貧乳派だからむしろみんなみたいなAカップの方が好ましい。幸いCカップはボクにとってまだギリギリで受け入れられる範囲内だ。元の世界ではCカップのことを貧乳と呼ぶ人さえ存在しているようだしね。それなのにこの世界ではCカップが巨乳呼ばわりされるなんて困るよね。やっぱりもっと小さくなって欲しい。
だからできれば胸のサイズを誰かと交換したいんだよね。頼むから誰か私と交換してください! こんなもん全然要らない!
と、彼女たちにそう叫びたいけど、恐らく嫌がらせだと思われて苛めは更に酷くなる可能性が高そうなので余計なことを言わない方がいい。
とにかく説明は以上だ。これは私が青川森さんに嫌われている理由のまとめでした。
私って罪深い女なのかな?