007─入学式─
道中、初等部の頃のクラスメイトに呼ばれた3人と途中で別れ、ノアとヴィンセントは入学式の会場として指定されていた大ホールへと向かった。脇道から大ホールに続く大通りへ出ると生徒の数が目に見えて増え、2人はどうやら会場まで迷うことはなさそうだ、と人の流れに従って歩く。その間、周囲からの視線に気づいたヴィンセントは自分が見られていることよりもノアに視線を向ける生徒達に睨みを利かせていた。
「……ヴィンセント、周りが萎縮してる」
いつの間にか腕にしがみ付くヴィンセントに対してノアが一応の注意をすると、周囲から視線を外してヴィンセントが抗議するようにノアを見る。
「だって、ノア。あいつら絶対にノアに気があるよ!さっきからチラチラ見ちゃってさ、ノアの視界に映りたいならこの僕を通してからにしてほしいんだけど!!誰であろうと絶対許さないけどね」
再度別の生徒に睨みを効かせるヴィンセント。さらに強く抱きかかえられた腕をそのままにノアは不思議そうに首を傾げた。
(……昨日の夜もそうだったけど、ヴィンセントはたまに言動がおかしくなる時があるよな……?)
ヴィンセントの必死な牽制がやや功を成した様子で周囲からの視線が減ったところでノアが足を止める。道を曲がった先には目的地である建物が存在感を見せつけるようにそこに建っていた。
「あれが大ホールで間違いなさそうだ。それにしても……人が、多いね」
「そうだな」
フィスラティア学院はすべての行事を初等部、中等部、高等部全体で行う。この入学式でも学院の全校生徒が参加すると言うだけあって、大ホール周辺には既に多くの生徒達の姿が見えた。しかしこの人数でも学院側の運営機能は迅速で無駄がなく、大ホールの入口から受付を通った生徒が次々と中へ姿を消していく。
「この人数が全員入る大ホールって一体どんな魔術をかけてるんだろう……?そんな規模の空間魔術をかけられた建物、皇都でも数えるほどしかないよ」
「……昔は今よりもっと生徒が多かったって聞いたことがある」
「え?ってことは今よりもっと規模の大きい空間魔術がかけられてたってこと……?」
惚けるように肩をすくめてノアが受付の方へ歩き出すと、衝撃の事実に放心状態だったヴィンセントもすぐに後に続いた。前に倣って列に並んだノアとヴィンセントは隣の列で受付を受ける。聞かれるままに自分の所属寮名と学年、名前をフルネームで伝えると、間も無くして冊子が手渡された。
「新入生へのみ、1人1冊支給しています。最後のページには学籍クラスが印字されていますので、登校日までに事前確認しておいてください」
ノアが頷くと、そのまま中へ進むように促される。ノアは進行方向へ視線を向けた。その先には建物内に続く魔術門が存在していたが、当然中の様子は見えない。ふと隣の列に視線を向けると丁度ヴィンセントがどこか緊張した面持ちで魔術門を通るところだった。続いてノアも冊子を手に魔術門へと足を踏み入れる──。
「…………。」
魔術門を抜けた先では照明が極限まで落とされた薄暗いホワイエがノアを出迎えた。生徒で賑わっている割には静かな空間。建物内にはそれぞれ違った造形の8本の太い支柱。円を描くように存在する支柱の先にはドーム型の天井。そこには下層部分の僅かな光源を吸収し控えめな色彩を放つステンドガラスの壁画。ノアが壁画から視線を下ろすと、そこには先に魔術門を通っていたヴィンセントが立っていた。
「あ、ノア!」
ノアに気づいたヴィンセントはどこか興奮した様子でノアの元まで足早に近づく。
「ノア、ここ凄いよ!人の収容力もそうだけど大抵の音は吸音できるように魔術もかけられてるみたい!でも僕が一番驚いたのはさっきの魔術門を通った時だよ。実は僕、魔術門を通る時──」
ヴィンセントが夢中な様子で話していると、視界の端に柔らかな光源。ノアとヴィンセントが視線を向けるとそこには"案内人"と名乗る光幻。
「──新入生はこちらです」
光幻に導かれる形でホワイエ内を歩きながら、ノアは受付時に手渡された冊子の一番最後のページを確認する。そこには学籍クラスの他にもノアの名前と所属寮、さらに専攻学科も印字されていた。冊子を無くした時に備えた処置なのか、それとも外部流出阻止としての対策なのか。もしかしたらその両方なのかもしれない、と1人ノアが考えていると隣を歩くヴィンセントがノアに話しかける。
「どこのクラスだった?」
「1–Sだった」
ノアが答えると分かりやすく明るい表情を浮かべるヴィンセント。その反応から何となく予想は出来たノアだったが本人が聞いて欲しそうにしていた為一応聞いてみることに。
「……ヴィンセントは?」
「僕もノア一緒だよ!1–S‼︎」
知り合いが同じクラスだった事がよほど嬉しかったのか、とノアは今もご機嫌な様子で隣を歩くヴィンセントから視線を外し前を見る。ホワイエよりもさらに薄暗い通路はホール外部を一周できるようになっているのか、緩やかにカーブを描いていた。いくつか扉を通り過ぎた先で光幻が止まり、目の前の両開き扉がゆっくりと開く。式前だからか通路よりもやや明るく設定されたホール内は、全校生徒全員が入る建物なだけあって広々としていた。
「案内ありがとう」
役目を終えたらしい光幻にヴィンセントが感謝の言葉を伝え、ノアも小さく頭を下げる。光幻も礼式に倣った一連の動作を返すと通路の方へと姿を消していく。扉が静かに閉まったことでノアとヴィンセントは改めてホール内を眺めた。薄暗いホール内の正面にはステージがあり、ステージ手前には演台が用意されている。演台の奥には客席から見て下手側に椅子が何脚か置かれていた。背後は仕切るように上からヴェールが下げられていて、微かに見える何段か高いそこにはさらに6つ椅子が用意されているようだった。
「広いね、新入生は全員このフロアに通されるようだね。……見て、ノア。あの上階に在校生がいるみたい」
ヴィンセントに促される形でノアは上層階へ視線を向ける。ヴィンセントの言う通り、座席はノア達がいる1階だけではなく2階3階……と半円を描くように座席が配置されていた。全体的にオペラ会場を思わせる造りになっていて、壁や天井の装飾も凝っている。もしかしたらこのホールは式典以外に舞台観劇でも使われたりもするのかもしれない。
「ノア、あそこの席空いてるよ」
ヴィンセントが指差した方向には横並びで空いた座席。ノアはヴィンセントの隣に座ると冊子を開いた。冊子には学院の成り立ちや過去から積み重ねてきた数々の実績、他にも学院内の施設説明や各学科の紹介、それと学院内の職員のデータも載っていた。
「──理事長や名誉魔術師でもある古代魔術師達の詳しい情報はここにも載ってないんだね」
ヴィンセントの言葉通り理事長や名誉魔術師、この学院の創立者8人については名前のみが記載されているだけだった。
「存在を知らない人なんていないだろうから、わざわざ記載する必要はないってこと?」
「……かもね」
ノアが頷いたと同時にフロアの灯りが完全に落とされ暗くなる。間も無くしてステージ上が明るくなったことでノア達を含めた全生徒が前方へと視線を向けた。いつの間に登壇していたのか、空席だったはずの椅子は既に着席済み。ベールの奥にも誰かがいる様子が窺える。しばらくして舞台袖から司会進行担当を名乗る生徒が壇上に現れると、開式の言葉と共にフィスラティア学院の入学式が始まった。
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「──続きまして、アデルバート学院長お願いします」
信仰に従って舞台上の座席に座っていた1人の女性が立ち上がり、レッドピンクの長い髪を靡かせながら演台の前に立つ。
「学院長のペネルペ-アデルバートだ。この学院が最も歴史のある由緒正しき学院として広く知られていることは皆も知るところだろう。こうして今も違わず世界各国から一目置かれているのも、学院設立者である学院理事長や名誉魔術師の力だけではなく、ここにいる在校生そして学院を卒業した君達の先輩に当たる魔術士達のたゆまぬ努力の成果とも言える」
女性にしては低く、芯のある声が会場内に響く。視線や表情、そして振る舞い方の節々から威厳さを感じさせ、この学院を取り締まる学院長という存在なだけあってか、ペネルペがそこに立っているというだけでどこか張り詰めた空気感が漂っていた。
「──今年度からこの学院に入学した者はこれから学院生活を通して様々な経験をする事になるだろう。在校生諸君はこれまでと変わらず自身の学業、課題その他の活動に専念していくように。君達の学院生活が有意義なものになるよう、学院側も生徒を全力でサポートすると約束しよう。立派な魔術使い、魔術士を目指し、日々励みなさい。──以上だ」
話が終わった瞬間、生徒達の拍手が起こる。拍手を受けながらペネルペは自分の席へと戻っていく。そのまま無駄のない仕草で座席に座るかと思われたが、ノアがペネルペを目で追っていると彼女のその視線が一瞬だけノアを捉えたように見えた。──が、それもほんの一瞬でノアが瞬きをした時にはペネルペは着席し、その視線は今まで通り正面へと向けられている。
「……?」
「──続いて、ウェストル生徒会長。お願いします」
特に変わった様子のないペネルペに気のせいかと1人思い直したノアは、そのままペネルペに続いて演台の前に立った生徒へ視線を向けて──微かに、目を開く。
「新入生の皆さん、初めまして。生徒会長のディアン–ウェストルです」
生徒会長としてそこに立つ生徒。紅い眼に柔らかな癖っ毛はノアと同じ黒髪。それらの特徴を持つ生徒に見覚えがあったノアは内心驚いた。この学院のトップに座する総監督生を意味する生徒会長。彼はノアに気づいた様子はなく、その鋭い眼差しは人前だからか緩め、物腰柔らかな笑みを浮かべながら新入生の姿を見渡した。
「まずは皆さんへ在校生を代表して、歓迎の意を表したいと思います。……この学院は、見ての通り生徒数が多く、それ故にいろいろな事が日常的に起こります。良い事も悪い事も、時には大きな壁にぶつかる事もあるでしょう。しかし、常に君達の周りには友人となる同期や先輩、そして学院の教師陣がいるという事を忘れないでほしい。先程、アデルバート学院長がおっしゃったように我々上級生も君達のサポートを惜しまないつもりだ。遠慮なく上級生を頼ってくれて構わない。これからの学院生活で君達に数多くの縁が訪れることを祈っている。……俺からは以上だ」
パチパチパチと再び会場内に拍手が鳴り始める。周囲に倣いノアが拍手をしていると、ふと視線を動かしたディアンとパチっと目が合った。
「──……!」
微かに瞳孔を開いたディアンが何かを言いかけるように口を開いた様に見えたが、今が入学式の最中であることを思い出したのか、すぐに落ち着いた様子を取り戻し自分の席に戻って行く。周りには気づかれない、ほんの一瞬の出来事だった。
「……ねぇ、ノア」
ふと隣に座るヴィンセントが声を顰めながらノアに声をかける。ディアンから視線を外し、ノアが隣の方を見るとヴィンセントは視線を前に向けたまま話す。
「さっきから気になっていたけど……学院長と生徒会長、各寮長達が座っている席の後ろ、あのヴェールの奥にいるのって……」
ヴェール奥には今も数人の姿がある。ヴェール越しの為、そこにいる人物の顔は見えないがヴェールがかかっていない足元からヴェールの向こう側に7人の人物がいることが分かる。式が始まってからは全員がステージ前方に集中していたが、ヴィンセントのようにヴェールの奥の人物が気になっている生徒も少ないかもしれない。
「──では、最後にフィスラティア学院創立者の皆様をアデルバード学院長の方から紹介していただきます。アデルバート学院長、お願します」
再びペネルペが席を立つと同時にステージの照明が暗くなっていきヴェールがゆっくりと上がっていく。ヴェールは身長が一番低い人物の胸元の高さで止まった。全員の顔はやはり見えないようになっている。ペネルペから起立の指示を受け、ノアやヴィンセントを含むホール内にいる全員がその場に立ち上がった。この国の皇族よりも尊い存在とされる彼らとの対面。生徒達の緊張感が会場内を包む。
「……。」
全員が立ち上がったことを確認したペネルペがゆっくりと口を開く。
「──フィスラティア学院理事長、フェリウス理事長」
ヴェールの奥で一番左側に座っていた人物が立ち上がる。フェリウス理事長と呼ばれた人物は完璧なボウ・アンド・スクレープの作法を取るとそのまま椅子に座る。表情は確認できないが人当たりが良さそうな雰囲気は一連の仕草からも漂っていた。
「第一位紫属"源創"魔術師、ファウスト卿」
フェリウスの隣に座っていた人物が立ち上がる。先ほどのフェリウスとはまた違う、簡略的なボウ・アンド・スクレープの作法を取り、ファウストは椅子に着席した。フェリウス同様表情は見えないが今も足を組んで肘置きに肩肘をつくその毅然とした仕草だけでも今生徒達の視線の先にいる人物がこの帝国、そして世界を創り出した偉大な魔術師だということを自ずと自覚させるだけの存在感を放っていた。
「第二位白属"源創"魔術師、ディルエノール卿」
ペネルペの紹介を受け、ファウストの隣に座る人物が立ち上がる。ディルエノールは優雅な仕草でカーテシーの作法を取った。優雅な仕草で気品を漂わせているこの人物もファウストと共にこの世界を創造した偉大な魔術師、源創魔術師の1人。
「……。」
ノアはジッとヴェール越しに源創魔術師達を見つめた。ディルエノールが着席すると、ペネルペは源創魔術師に続く古代魔術師、四大魔術師として周知されている4人の紹介をしていく。第四位紅属魔術師ディスカルト卿、第五位金属魔術師アウレセイヴ卿、第六位緑属魔術師グリンレイズ卿、第七位青属魔術師クラウン卿。四大魔術師達も順に各々の作法取っていき、一通りの紹介が終わる。わずかな静寂、古代魔術師達がヴェール越しにホール内の生徒達を見渡している気配を誰もが感じ取り緊張を走らせる。後継者にする生徒を見定めているのかどうか、その真意は古代魔術師達にしかわからない。今も緊張感が走る会場内だったが、いつの間にかペネルペと入れ替わる形でそこに立っていた司会役の生徒が進行を進めたことで張り詰めていた空気が僅かに緩む。
「──以上をもちまして、フィスラティア学院の入学式を終わります」
全員が立っている状態のまま、司会役の生徒によって閉会宣言が行われる。こうしてノア達を含む新入生達は学院創立者の面々と初対面を済ませ、これからの学院生活に各々の思いを馳せながら無事入学式を終えた。
源創魔術師の黙示録を一読いただきありがとうございます。
世埜です。ノアとヴィンセント、新入生達の新生活が始まっていきます!どんな学院生活が待っているんでしょう……!?
毎月15日を目標に更新予定。※あくまで予定。
魔術児達が織り成す物語、目を通してくださる皆様にも楽しんで頂けますように。