006─白髪の双子─
「……ん、もう朝?……おはよう、ノア」
眠い目をこすりながら、もぞもぞと布団から顔を出したヴィンセントはルームメイトが眠っているだろうベッドの方へと声をかける。
「……って、あれ?」
返事がないことに疑問を抱いたヴィンセントが視線を向けるとノアが寝ていたはずのそこには既に誰もいなかった。うん?とさらに疑問を抱きながらノアのデスクへ視線を向けると、デスク上に置かれていた制服の一式が、ない。どうやら自分のルームメイトである彼は既に起床して部屋を出たらしい。
「……。」
未だベッドに横になったまま再び目を閉じ、その事実をゆっくりと脳内で咀嚼するヴィンセント。そしてハッとして思い切り目を見開いた。
「……置いてかれた‼︎」
意識が覚醒してからは、こうしてはいられないと手早く身支度を整える。早急に朝食を食べた後はノアを探そうと決めたヴィンセントは急いで部屋を出た。まず目指すのは食堂。もしかしたら、まだ朝食を食べているかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、ヴィンセントが急ぎ足で食堂の中へ入る。食堂は既に大勢の寮生で賑わっていた。先日までと違うところと言えば、上級生らしい寮生の姿が多く見えることだろうか。多くの寮生が外での課外授業から戻ってきたらしいが、今のヴィンセントにとってそれらは重要視する事じゃない。
「……。」
探している人物がいないか、ヴィンセントは周囲を見渡すが、残念ながら食堂内にその姿は見えなかった。既に朝食は済ませてしまったのかもしれない。渋々ヴィンセントは朝食が並べられたカウンターの方へ視線を向ける。やはりこの時間帯は混むのか、寮生達が列をなしていた。
「ヴィンセント、殿下〜!」
最後尾へ並んだと同時にヴィンセントの名を呼ぶ声が聞こえてくる。声がした方へ視線を向けると、ここから少し離れた席に何度かヴィンセントと話した事がある寮生達の姿があった。彼らは初等部出身の中等部生で今年からはヴィンセントやノアと同じ中等部1年生。最初の頃は接し方に困っていた様子の彼らも、ヴィンセントが気軽に接した成果もあって今では対等に接してくれるようになりつつあった。未だに呼び方は敬称付きではあるが。
「ヴィンセント……殿下も一緒にご飯食べる?」
「殿下の席も確保しといてやるよー!」
「僕らもさっき席に着いたばかりだから遠慮しなくていいよ」
呼び方については引っ掛かりを覚えたヴィンセントだったが、彼らの敬語が取れただけでもいい方なのかもしれないと自分に言い聞かせる事に決めた。この3人は少なくとも昨日ノアといる時に話しかけてきた寮生よりも人柄がいいとヴィンセントは評価している。呼び方は気になるが。
「いいの?じゃあお願い」
声をかけてくれた彼らに返事を返し安堵する。想像よりも混んでいたため席は確保してもらっておいて困る事はない。無事座る場所も確保できたことだし、朝食もゆっくり選べることに──。
「──じゃない‼︎早くノア探さないといけないんだった!」
そう悠長にしていられない、とヴィンセントは素早く朝食を選びメイルからスープを貰った。
「おぉ?何をそんなに急いでるんだよ?」
「喉詰まらせるよ?」
「っていうか、殿下食べる量少なすぎない?」
同級生達の心配をよそにヴィンセントは朝食をささっと完食し立ち上がると急ぎ足で寮を出る。ようやく出会えた、自分を名前(しかも敬称抜き)で呼んでくれた初めての友人だ。
(僕はもっとノアと親交を深めたい!)
────────────────
──自身のルームメイトが自分の捜索に躍起になっていることも知らず、ノアは今も外を歩いていた。
時間が過ぎるにつれて外には生徒の姿も少しずつ見え始め、同時に周囲からの視線を感じることも増えてきた。それらが悪意によるものではなく昨日の寮生同様の好奇に満ちたものである事がわかっていたノアは特に気にする事なく寮周辺の散策を続けた。
「……。」
学院内は基本的に自然が多く日中でも涼しく過ごせそうだった。整備された道は基本的に柵で仕切られているが、さほど高くない。余程運動神経が悪くない限りは余裕で乗り越えられる高さだろう。初等部生の身長では難しいかも知れないが。道中所々に設置されているベンチは、本を読んだりぼーっと過ごしたりと朝の時間をのんびり過ごすのに一役買っている様子だった。
近くの木から羽ばたく鳥に気付き、ノアが空を見上げながら歩いていると、横から何かが物凄いスピードで近づいて来る気配。その正体を確認しようと視線を向けたタイミングで、すぐそこの柵を勢いよくそして軽々と乗り越えた生徒がノアの目の前を横切った。息を吐く間も無いままに続いて別の生徒も目の前に飛び出して来る。その生徒と一瞬だけ目があった気がしたノアだったが相手はフードを被っていた為、実際に目があったかどうかは定かではない。
「ごめんなさい!驚かせちゃったわね!」
「……ごめんなさい」
ノアの存在には気づいていたらしい彼女達は一度ノアの方を振り返るとそのまま風のように走り去っていく。一応謝られはしたがこちらが返事をする間はなかった。さっきの一瞬で何が起きたのか、ノアは理解が追いつかないまま呆然と立ち尽くして瞬きを繰り返す。
「え……」
(なんだったんだろう、今の……。追いかけっこ……?こんな早朝に……なんで?)
一拍遅れて脳裏に次々と疑問が過ぎる。未だそこから動く事なくさっきの生徒達が目の前に飛び出てきた時、一瞬だけ視界に入ってきた制服を思い出す。ノアやここ周辺で見かけた生徒達と違って彼女達の制服にあしらわれた細かい装飾の主色は金色。制服の作り自体にも違いがあったため確信は得られないが寮によって制服のカラーが違う可能性があった。
金ならば、彼女達は金属寮の生徒だろうか。しかしこんな早朝に彼女達は結局何をしていたのだろう。ベネディクトが話していた他の寮は曲者揃いを指す光景を垣間見てしまったかもしれないと考えながら再び歩き出そうとした時──ツンツン、と背後に立つ誰かがノアの背中をつつく。
「……?」
ノアが振り返るとそこには身長の低い少女。そしてその隣にはノアよりも随分と身長の高い少年。2人は手を繋いでノアの背後に立っていた。双子なのか2人の顔立ちは似通っていた。
「えっと?」
面識のない生徒を前にノアは人違いだろうかと考えて首をかしげると、ノアの背中をつついた少女が数回瞬きを繰り返した後、口を開いた。
「紫属寮に皇族以外の紫眼を持った黒髪の男の子がいるって本当だったんだ!」
「ハウラ。率直すぎるよ」
「だって見てみたいじゃない!生の紫眼‼︎」
何か噂になっているのだろうか。もしかしたら昨日ベネディクトと学院内を歩いている時にノアの姿を見かけた一部の生徒達が噂していたのかもしれない。紫眼が珍しいと。
「ねぇ、皇族じゃないんでしょ?」
「は、はい」
少女の気迫に押される形でノアは思わず畏まった口調になる。
「皇族の人以外にもいるんだな。紫眼の魔術児」
「あまり見ないって聞いたけど、まぁ、母と父も紫眼だったから……」
少年の言葉にノアは左上へ視線を向け考えながら答える。思いもよらぬ返答にノアの前に立つ少女が反応を見せてさらに前のめりで聞いてきた。
「じゃあ遺伝性なの⁉︎えぇ〜そうなんだぁ、紫眼の目って綺麗だよね!初等部には第三皇子がいたからたまに見かけてたんだけど、紫眼をこんなに間近で見るのは初めて!」
覗き込むように至近距離でノアの紫眼を見つめてくる少年少女。2人から向けられた紅い眼を見つめながらノアは瞬きした。
「2人の紅い眼も綺麗だと思うけど……」
ノアが素直な感想を返すと、少女と少年は顔を見合わせたまま何も言わなくなってしまった。
(変な事でも言ってしまったんだろうか?……一応、母や父から教えられた外での振る舞い方は守っているはずだけど、気づかないうちに何か誤った事をしてしまったか?……社交界というのは立ち振る舞い方が難しいな)
1人考え込みかけて、今も自分の紫眼を凝視してくる2人に気づいたノアは困惑する。
「あ、あの……?」
「……私達の髪を見ても、そう思う?」
「?……うん、白い髪も綺麗だね。何だか、兎みたいで」
ノアは言い淀む事なく頷きながら返答した。2人の真っ白な髪と紅い眼は、ノアが過ごした森の中でよく見かける兎にそっくりだった。
「兎……」
少年が小さく呟くと数回瞬きを繰り返す。そして再びシーンと静まり返った。
(兎って比喩したのはまずかった、のか……?)
今からでも言葉を訂正するのは遅くないかもしれないと、ノアが口を開きかけた時。少女と少年は同時に笑い始める。2人の態度からどうやら気分を害して黙り込んでいた訳ではないらしい。
「ふっ……ふふ、誰かにそんなふうに言われたのは初めて〜。あ、自己紹介がまだだったね。私はハウラ-ソミュール。で、こっちが──」
「ルアンだ。ルアン−ソミュール。ハウラも俺も今年から中等部生」
「……ノアフォルトス−セレシルヴァ。知っているかもしれないけど今年から中等部に入学する事になった」
「噂通り、中等部1年生?」
「そう」
何を噂されているのかは疑問に抱いたが間違った情報ではないとノアはとりあえず頷いた。
「私達と同じ学年だね!……って言ってもここって人が多いから同じクラスになれるかは分からないけど」
「別のクラスだったとしても会えないわけじゃないだろ。これからよろしく、えぇっと……」
少年がどう呼んでいいのか悩んでいるらしい事を察したノアは少し考えて助け舟を出すことにした。
「普段はノアって呼ばれることが多い」
ノアの言葉に双子は頷くと左右反対の手をノアの前に差し出す。
「じゃあ、ノア!私の事はハウラって呼んで〜」
「俺の事はルアンでいいよ。よろしくね、ノア」
「よろしく。ハウラ、ルアン」
ノアが差し出された手を交互に握り返すとハウラとルアンはどこか満足げ無表情を浮かべる。
ハウラとルアンはやはり双子だった。2人の所属寮は紅属寮らしい。よく見るまでもなくハウラとルアンの制服に施されている刺繍やリボンなどの装飾には紅色が使われていた。
「聞いたかもしれないけどこの学院の制服は、規定の範囲内であれば着用方法は自由なの!規定の範囲内って言ってもルールというルールはあまりないんだけど──」
「制服の装飾は全て決められた色を使用することっていう部分は結構重要だと思うよ。所属寮を区別する役割があるからね」
やはりノアの見立て通り制服に使用されている色が所属寮を表す役割を担っていた。流れで制服について話し始めたハウラとルアンの会話を聞きながら、ノアはさっきすれ違った2人生徒のことを思い出す。つまり追いかけっこをしていたあの2人の生徒は金属寮所属の生徒だろう。ノアの制服に施されている装飾は紫色で統一されている。これは古代魔術師、第一位紫属魔術師本人やファウストが創り出したという魔素属性──紫属性を表す色でもある。紅属寮に使われている寮色が紅色であることも、ノアが金色を見て金属寮だと予測したこともそういう理由からだった。その法則で行くと、緑属寮は緑色、青属寮は青色だという事になる。
「──じゃあノア!また後で!」
「じゃあな」
これから行くところがあると言うハウラとルアンが話を切り上げたことで別れることに。手を振る2人へノアも手を振り返すとそのまま反対の方向へと歩いて行く。
「……。」
ふと、ノアは立ち止まり2人が歩いて行った方向を振り返る。ハウラとルアンは最初と変わらず手をつないだまま歩いていた。双子だとあんな風に仲がいいものなんだろうかと疑問に思いながらもノアは再び歩き始めた。
────────────────
そろそろ入学式の会場でもある大ホールへ向かってもいい頃合だとノアが行き先を決めて歩き出そうとした時。聞き覚えのある声がノアの背後から聞こえてきた。
「ノア!いた‼︎」
ヴィンセントの声だ。彼はノアと目が合った途端、風の速さで近づいてくる。
「ノア!なんで僕を置いて行ったんだ、起こしてくれたら良かったのに」
どうやらヴィンセントは自分のことを探していたらしいと言うことを聞くまでもなく気づくノア。目の前に立つヴィンセントは、何故か拗ねたように見えない事も、ない。
「ごめん、えっと……おはよう?」
「……」
ノアが挨拶をするも、ヴィンセントは笑顔を浮かべたまま無言を貫き通している。ノアは少し考えある結論に辿り着き、もしかして……と思いながらその名を口にする。
「……ヴィンセント」
「うん、おはよう。ノア」
ノアが名前を呼んだ途端、コロッと態度が変わり嬉しそうに挨拶を返すヴィンセント。その顔は相変わらずの貴公子然とした洗練された笑顔。両親から社交界での振る舞いを学び自分をよく見せる術を持っているつもりだったが、ノアから見るとヴィンセントの振る舞いは完璧に近い。
「もう一回」
「うん?」
「名前、呼んでくれないかな?」
「えっと……ヴィンセント?」
よくわからない要望にノアが応えると、ヴィンセントは嬉しそうに笑みをこぼす。
(もしかして、名前を呼ばれたくてあえて挨拶を返してこなかったんだろうか?名前で呼ばれるのがよっぽど嬉しいんだろうな)
今も嬉しそうに笑うヴィンセントをじっと眺めていると誰かが走ってくる音が聞こえてくる。
「おーい、いきなり走ってどうしたんだよ」
「あれ?この子って……噂の」
「ノアフォルトス-セレシルヴァ?」
ノアと同世代に見える生徒が3人。朝食を一緒に食べた後ヴィンセントと共に外に出ていた彼らは、ノアを見つけるなり走り出したヴィンセントの後を追いかけてきたらしい。3人はノアの紫眼を間近で見て分かりやすく驚いたうな表情を浮かべる。
(やはり、この紫眼は目立つんだな)
ここまでくると自分の紫眼は思っている以上に人の関心を集めてしまうらしいことを自覚するノア。自分とは面識のない3人はヴィンセントと面識があるようだと判断したノアは視線を戻しながらヴィンセントへ声をかける。
「ヴィンセント、彼らは?」
「あぁ、同じ紫属寮の生徒だよ。えぇっと……」
ノアの問いかけに嬉しそうな表情を浮かべていたヴィンセントは一変、淡々とした様子で答える。続いて自分の後を追いかけてきた3人の方へ振り返りにこっと笑う。
「そういえば……名前、聞いてなかったね?」
どこか意地悪な笑みを浮かべながらヴィンセントが問いかけると3人の少年達は分かりやすく狼狽えた。
「いや!名乗っただろ⁉︎」
「ぼ、僕達、一番最初に名乗ったよね?」
「名前呼ばれないなって、思ってたけど、忘れてたんだ……」
少年達はショックを受けた様子だったが、少年達を揶揄い面白がってる様子のヴィンセントに気づいたノアは、彼らとは仲がいいようだという感想を抱いた。
「……冗談だよ」
少年達の反応に満足したのか、ヴィンセントはノアの方を見る。
「ノア、紹介するよ。右からルイス−ムーアンテイヴ、フレデリック−スタンワトソン、テオ−フェルナンドテイカー。3人は初等部上がりの中等部生で僕達と同年代。さっきも言った通り紫寮の寮生。3人とも、彼はノアフォルトス−セレシルヴァ。僕のルームメイトで親友だ」
ヴィンセントから互いに紹介を受けたノア達は視線を交わした。
「ルイス、ルイス–ムーアンテイヴだ。よろしく」
「フ……フレデリック、スタンワトソンだよ。その、よろしくね」
「テオ–フェルナンドテイカーだ!よろしくな!」
「ノアフォルトス–セレシルヴァ。よろしく」
改めてルイスが名乗ったことで、続いた2人も再度名乗る。ノアもその形式に則ると、全員と握手を交わした。ムーアンテイヴ、スタンワトソン、フェルナンドテイカー。ノアは3人の家名を脳内で復唱する。なんとなく聞き覚えがあった気がして記憶の中を探り、昔暇潰しに眺めていた貴族名簿にその家名が載っていたことをノアが思い出したところで、一番左側に立っていたアッシュブルーの髪を短く整えた、テオと名乗った少年が動く。
「てかマジで黒髪に紫眼持ちなんだな!」
テオがグッと乗り出すように顔を近づけたことで、その碧眼とノアの視線が至近距離で交わった。よっぽどノアの髪色と紫眼に興味があるのか、何度も瞬きして凝視するテオ。
「殿下と一緒じゃん!髪色違うけど!」
「殿下から後の言葉は余計だね、テオ」
笑みを貼り付けたままの表情で2人の間にヌッと顔を出したのはヴィンセント。今もノアの顔を考え込む様子で観察するテオの顔をヴィンセントが容赦なくベリっと引き剥がしたことで、ノアとテオの間に距離ができる。その間に今度は金髪青眼の少年──ルイスがひょこっと顔を覗かせた。隣の2人をそのままに、ルイスは穏やかな表情を崩さないままノアに声をかける。
「昨日から噂の的だよ、君。黒髪に紫眼の新入生が来たって。……しかも森出身って本当?」
単刀直入に切り出された問いかけに、ノアは肯定の意味で頷いた。ノアの反応を見たルイスはわずかに驚いた表情を見せるがすぐに元の表情に戻る。
「へぇ、半信半疑だったけど本当だったんだ」
聞いてきた割にあっさりとした反応を返すルイス。どうやらノアの噂はそこまで気にしていなかったらしい。しかし、ノア自身には興味があるのか先ほどのテオ同様にノアから視線を逸らさないままで、今も何か考えている様子。一方ノアの方もルイスを見つめ観察していた。そして今までのやり取りの中から、ルイスが周囲の噂に踊らされるようなタイプではないらしいという印象を抱く。
「あ、君のことはノアって呼んでもいいよね。僕のことはルイスって呼んで」
再びルイスがノアに声をかけたところで2人の間に先ほどよりも更に黒い笑みを浮かべた様子のヴィンセントが再度顔を出す。
「ルイス、君もノアに馴れ馴れしいよ」
ヴィンセントがテオ同様にルイスをノアから引き剥がすも、ルイスは特に嫌がる様子もなくあっさりと下がる。しかしノアから関心が逸れたわけでもないらしく、テオと一緒になって2人でノアの容姿について話し始めた。
「なぁなぁ、ノアの黒髪ってウェストル先輩と同じだな!」
テオの声が聞こえてきたノアは首を傾げた。
(……ウェストル?)
どこかで聞いたことがあるような名前にノアが首を傾げるも、テオの方を見たルイスは気づいた様子もなく頷いた。
「あぁ、そういえばそうだね。……っていうかテオ、先輩じゃなくて──」
2人のやり取りから、ウェストル、という生徒は自分達と同じ紫属寮の寮生か、生徒ならば知っていて当たり前の生徒なのかもしれない。もしくはさっきと同じようにノアが昔目を通したことのある貴族名簿に載っていたうちの一族の名だったか。この既視感の正体は、実際に会うことがあれば分かるだろうと結論を出しかけた時、ルイスの声が聞こえたことでノアの意識が目の前へと向けられる。
「……殿下?どうかしたの?」
「殿下?おーい?」
「……テオもルイスも、僕のことは敬称付きで呼ぶくせにノアのことはもう愛称で呼ぶんだ?」
ルイスとテオの呼びかけに対し、少し間を置いたヴィンセントはどこか気に入らないといった様子。突拍子もないヴィンセントの発言に2人は互いに顔を見合わせる。どうやら気分を害させてしまっていたらしい、そう感じた2人は再びヴィンセントの方を見た。
「そ、そんなことないぞ?な、ルイス」
「うん、そんなことないよ。ね、テオ」
「じゃあ僕のこと名前で呼んでみてよ」
半信半疑、と言った様子の視線をヴィンセントから受けるテオとルイス。"殿下!じゃない、ヴィン、セント……様"、"えっと、ヴィ……ンセント…………"。思わぬ無茶振りに、2人は自分なりに誠意を見せようと頑張っていた。テオは小さく敬称を付けていたが。やはり貴族の人間ならば最低限のマナーとして主君である皇族の顔と名前を幼少期から頭に刷り込まれている分、それがここでは弊害となっている様子だった。しかし、テオが苦戦していてルイスがまだ不慣れさは残っているもののなんとか適用できているのは意外だと感じるノア。とは言え、未だに満足していない様子のヴィンセントの"敬称はいらないよ、もっと自然に呼んで"と更なる無茶振りには苦戦していた。2人がなんの抵抗もなくヴィンセントの名前を呼べるようになるのは、もう少し時間がかかりそうだ。こういうのは貴族出身じゃない人間の方が案外すんなりと皇族を友人として受け入れてしまったりするのかもしれない。
「……。」
「……あ」
ふと、ノアが視線を外した先で茶髪の少年の紅眼と視線が交わる。フレデリックと名乗った少年だった。
「あ……あの、ノアフォルトス」
今までのやり取りを静かに眺めていたフレデリックが遠慮がちな声色でノアの名前を呼ぶ。少し気が弱いのか、人見知りな性格なのか、テオやルイスが堂々としていることも相まって大人しそうだと言う印象に拍車をかけている。今もフレデリックは視線を泳がせていた。
「えっと、その……テオとルイスは2人とも昔からはっきり自分の意見を口にする性格で……もし、2人の態度に気分を害したなら僕から謝るよ」
「大丈夫特に気にしていない。むしろ2人みたいにはっきりってくれる方が助かるよ……ヴィンセントとも仲がいいみたいだし」
ノアが3人へ視線を向けたことでフレデリックも自然と3人を視界に捉える。今もヴィンセントに押される形で苦行を強いられているテオとルイスを見て、フレデリックは苦笑を浮かべた。
「ノ、ノアフォルトスは──」
「ノアでいいよ、そっちの方が呼ばれ慣れているから」
ノアの言葉にフレデリックは一瞬困惑した様子を見せたが、2回小さく頷くと小さく笑みを浮かべる。
「わかった、ノア。僕のことも好きに呼んで」
「じゃあ、フレデリック。……さっき何か言いかけてたみたいだけど」
ノアが促すとフレデリックが思い出した様子で小さく声を上げる。
「えっと……ノ、ノアはヴィンセント殿下とルームメイト、なんだよね?」
「そうだね」
「さっき、みんなで朝食を食べてる時に殿下から聞いたんだ」
「ヴィンセントから?」
「う、うん。なんだか喜んでたよ、ノアとルームメイトになれたこと」
「そっか」
ここで2人の会話が止まる。
「…………」
「……えぇ……っと……。」
3人が今も戯れている隣で流れる沈黙。ノアは特に気にした様子ではなかったが、フレデリックの方はそうではなかった。2人きりの状態、そしてこのどうしたらいいか分からない状況になんとか会話できそうな話題はないかと必死に頭の中をフル回転させていた。
(ああぁぁ……どうしよう!!と、とりあえず話題考えないと……え、えっと、こういう時って一体何を話したらいいんだろう……?いつもはテオとルイスが話してくれるから……ど、どうしよう。何も思い浮かばない……!えっと、えーっと……)
人とコミュニケーションを取るのが苦手なフレデリック。結局話題という話題は見つからず、ノアと何を話せばいいのか分からない状態が続き、1人でプチパニックを起こしていた。
「……。」
わかりやすく頭を抱えるフレデリックにノアは少し考えを巡らせる。そしてさっき気になったことを思い出し、フレデリックに聞いてみることにした。
「ねぇ、フレデリック。さっきテオが話してた先輩のウェストルって……?」
ノアによって沈黙が破られ、フレデリックはわかりやすく表情を明るくさせる。フレデリックと話す時は自分からも適度に話題を振った方が良さそうだと感じながらノアはフレデリックの話へと耳を傾けた。
「えっと、テオが話してた人は生徒会長のことだよ、総監督生の」
「総監督生?」
「うん。ほら、僕達が所属する紫属寮は監督生のオリド寮長がいるでしょ?各寮にも監督生の寮長が1人ずついるんだけど、その監督生をまとめる役目を持つのが総監督生」
フレデリックが話し終えたタイミングでヴィンセントから解放されたのか逃げてきたのか、ルイスの補足説明が入った。
「ちなみにウェストル会長は6年生でもう生徒会長になったんだ。総監督生を最上級生以外が務めるなんて今までにない異例なことなんだよ」
「今の監督生もみんな6年生寮長なんだぜ!そんなすげー人達を総監督生としてまとめてるってことはつまり、ウェストル先輩はここの生徒全員を代表するすごい人ってことだ!!」
どこか興奮した様子で話すテオ。学院を代表する優秀生徒となるとみんなが憧れるのも当然なのだろう。
「……へぇ、総監督生かぁ」
いつの間にかノアの隣に立っていたヴィンセントが3人の説明を聞いて呟いた。
「…………ヴィンセント、いつからそこに?」
「さっきだよ、ルイスが話に入ったくらいかな。それよりそのウェストル会長、よっぽどすごい人なんだろうね。前生徒会長と同じ17歳で総監督生になってるって言うんだから──」
「すごいなんてもんじゃねぇって!!ウェストル先輩はな、今の俺達と同じ中等部生の頃には既に実力が認められてて、もう何度も皇城に呼ばれてるって話もあるんだぞ!」
「それに次の後継者候補にもなれるんじゃないかって言われてるくらい優秀な人なんだよ」
テオとルイス、そしてその一歩後ろから控えめではあるが首を縦に何度も動かし2人の言葉に頷くフレデリック。ノアとヴィンセントはその後も3人からの圧に押される形で総監督生や他の総監督生について話聞かされながら入学式の会場──大ホールまで歩くことになった。
源創魔術師の黙示録を一読いただきありがとうございます。
世埜です。
毎月15日を目標に更新予定。※あくまで予定。
魔術児達が織り成す物語、目を通してくださる皆様にも楽しんで頂けますように。