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源創魔術師の黙示録  作者: 世埜 黎(SenoRei)
入学編
6/10

005─初めての朝─


──室内に微かに青みがかった時間帯。


 まだ起きている人間の方が少ないこの時間に身についた習慣でノアは静かに目を覚ました。


「……。」


 むくりと体を起こしベッドから出るとそのまま自分の机と近づく。すぐ隣にはルームメイト、ヴィンセントの机。家族からのものだと言われる贈り物の品々はしっかりと整理整頓されているのを見ても、ヴィンセントは家族からの好意を無碍にできない性分らしい。見たところ"贈り物"が部屋のほとんどを占めている。本来のヴィンセントの私物はノアほどではないにしても、少なかったのかもしれない。


 そんななんでもないようなことをぼんやりと考えながら、ノアは自分のデスクへ視線を戻す。支給された制服の側にある予定表が視界に入る。既に内容は頭に入っていたが、再度確認しておいて困ることは多分ないだろうと、皺一つ無い真新しい制服に袖を通しながら黙々と予定表に目を通し始めた。


 午前中は今日のメインともいえる入学式がある。入学式が終わった後は解散する流れで午後は特に予定が組まれていない。明日は新入生に向けたオリエンテーション。最初のホームルームは3日目に行われる予定になっていた。ここでは本館で受けた説明通り、教材等の配布が行われるらしい。3日目も午後の予定が組まれていないことから授業が始まるのはそれ以降になりそうだ。


 最後に紫色のリボンの形を整えてブレザーを羽織り身支度を終えたノアは自分の机側のカーテンに手をかけて少しだけ開ける。窓の外に見えるのはまだ青々として静まり返った早朝特有の光景。入学式が行われるホールに向かうにはまだ早すぎる時間だった。


「……」


 外の様子を眺めながら、これから何をするか考えノアはふと思い出す。


(……この時間帯なら、確か食堂は開いている)


 食堂は早朝から開いているとベネディクトが話していた。食堂が閉まるのは就寝時間の一時間前だという事や監督生であるベネディクトの許可を取れば、それ以降の時間帯も使用が出来るということも。


(多分そういう事もないだろうけど……)


 一通り考えたところでカーテンから手を離すノア。再び微かに薄暗くなった部屋をそのままに引き出しから部屋の鍵を取り出す。


「……食堂に行こう」


 こうして朝食を取る事に決めたノアは最後にクローゼットから公式行事の着用義務であるローブを羽織ると、まだ布団の中で眠っているヴィンセントを起こさないようになるべく音を立てないように扉を閉めて部屋を出た。廊下からは微かにひんやりとした空気が漂ってくる。春の季節、上着を着ているとは言え早朝はまだ肌寒い。ノアはをさすりながら静まり返った廊下を進み1階へ続く階段を降りる。ここまで誰ともすれ違う事はないまま、迷うことなくまっすぐ食堂へと向かい、扉の前で立ち止まった。扉越しから何かを炒めているような音が聞こえてくる。そっとノアが扉を開けると、中からは美味しそうな匂いが漂ってきた。


「……おや」


 食堂へ顔を出したノアにいち早く気づいた人物が声を漏らす。声が聞こえてきた方へノアが視線を向けると窓際の席に見覚えのある姿があった。ノアはその場で頭を下げると上級生に対する挨拶をした。


「おはようございます。オリド寮長」

「あぁ、おはよう。早いね、ノア君」

「目が覚めたので……。先に朝食を済ませておこうと思って」

「早起きができるのはいい事だ。……でも、早起きにしてはかなり早い気も……」


 ノアの返答にベネディクトは関心した様子を見せたが、すぐに疑問を抱いた様子で首を傾げる。しかし足を止めたままのノアに気づくと続いて言葉をかけた。


「──あぁ、引き止めてしまったね。朝食は昨日も話した通り、バイキング形式だ。早朝は品数が少なく設定されているけど、それなりに充実している。メイルさん達に頼めばスープやライスも貰えるよ。ノア君が食べたいものを食べたいだけ取るといい」


 ベネディクトの教えにノアは頷き、朝食が並べられたカウンターへと足を向ける。両端に用意されたトレーを手に取り、重ね置きされているプレートを取ってテレーの上に乗せた。


(……品数は少なめに設定されているってオリド寮長は言っていたけど……)


 ノアは目の前に並ぶ朝食を眺めて首を傾げる。


(肉料理に野菜料理、麺類も数種類用意されているし、デザートも何種類か置いてある……)


 ノアが想像していたよりも多めに用意されている品数。並べられている料理はどれも出来立てらしい。よく見ると料理が並べられているエリアには品質を保つ為の魔術もかけられているようだった。料理を吟味しつつプレートの上に必要な分だけ乗せながら、ノアはカウンター越しに見える厨房へと視線を向ける。そこには3人の従業員の姿があった。各寮には寮生以外にも寮内での生活を補佐する役割を担う従業員が数人常在しているらしい。紫属(ファウスト)寮は3人の従業員が常在している。従業員の彼らとはこれからお世話になるだろうからと、昨日ベネディクトが案内ついでに紹介してくれたおかげで、ノアは既に全員と面識があった。


「おはよう!君は確か……昨日入ってきたノア君だね!」


 ノアに気づいた従業員の1人が声をかけてくる。後ろで高く括った紅髪を揺らしながらカウンターの方へと近づいてきたその人物へ視線を向けるノア。


 (彼女は、確か……)


 昨日の記憶を探り、顔と一致する名前をなんとか思い出す。


「おはようございます。メイルさん」


 ノアは笑みを浮かべながら挨拶を返した。


「エンデリアさんとテオドールさんも、おはようございます」


 奥で追加の朝食を用意している他の2人にも声をかけると、その声でノアに気づいたエンデリアが笑顔で手を振り返し、その隣にいたテオドールからも聞こえるか聞こえないかギリギリの声で短い返事が返ってくる。


「ライスとスープはいる?」

「お願いします」


 メイルからどのくらい食べるか聞かれたノアは食べたい分のライスとスープの量を伝えた。しばらくしてライスとスープを順に受け取り、少しの間メイルと世間話程度の会話を交わすとカウンターから離れる。


「……」


 どの席に座るかノアが辺りを見渡している窓辺に座っていたベネディクトの目が合う。


「……。」


 ベネディクトが柔らかな笑みを浮かべながら、ノアを手招くのが見える。どうやら一緒に食べようと言っているらしいと悟ったノア。断る理由も、席のこだわりもなかったノアは素直に誘いを受ける事にした。歩みを進めベネディクトと向かい合う形で朝食を乗せたトレーを置いて椅子を引く。


「食べてなかったんですね」

「どうせなら君と一緒に食べようかなってね。もう顔見知りでもあるし、今この食堂に朝食を食べに来ている寮生は私と君だけだ。わざわざ別々の席に座って食べるよりは、有意義な時間を過ごせると思った」


 ベネディクトの言葉を聞きながら、ノアは椅子に座ると手を合わせて箸を取った。


「それは……お待たせしてしまってすみません」


 ノアがそう声をかけると同じく手を合わせて箸を取ったまま動きを止めて瞬きを数回繰り返すベネディクト。続いてノアをジッと見つめ、しばらくしてさらに不思議そうに首をかしげた。


「……?」


 2人の間に沈黙の時間が続き、ノアの方も首をかしげる。


「私が自主的に待っていただけだ。何故ノア君が謝る?」

「えっと……オリド寮長の貴重な時間を奪ってしまったから……でしょうか?」


 誤ったことに対して、理由を問われるとは思っていなかったノアは疑問を疑問で返してしまう。


「うん?奪われたとは思わなかったな。……むしろ君を待っている時間も楽しかった」


 ベネディクトの返答にノアも再び首をかしげた。待っている時間、何が楽しかったんだろうか?と。


「……楽しかった、というのは?」

「ノア君が何を選んで何を選ばないのか……とかかな?初めての割にはスムーズに朝食を選んで受け取っていたね。メイルさん達とも話せていた様子だったし、私の心配は杞憂だったようだ」

「心配、ですか?」

「君はどちらかというと人付き合いが苦手な方かもしれないと危惧していた」

「まぁ……間違いではないですね」


 ノアは今までの生活を思い出しながら話す。


「これまではあまり人と交流を持たずに過ごしてきたので、家族以外の人間を見かける事がなかったですし。よく相手してくれていたのも母と父の友人ばかりで同世代の友人はいなかったので」


 いつだったか、ノアの育ての親が身寄りのない姉弟を拾ってきた事があったが、その2人とはどちらかというと兄弟に近しい関係で過ごしてきたノア。今の今まで同世代の友人と呼べる人物はいなかった。今そう呼べる関係にあるのはルームメイトのヴィンセントくらいだろう。ヴィンセントはノアのことを初めての友人だと言っていたが、ノアにとってもヴィンセントは初めての友人だった。


「君は確か白の森(セレシルヴァ)出身だったね。あそこに住む人はいないから同世代の子と交流がないのも頷ける。大抵の人間は帝国内の森を避けて領地内に住むからね。私が知っている中では、同期にいる青領地(クルイム)出身の一族くらいかな?」


 帝国内の森に住む人間が少ないという事実は、帝国出身の者ならではの常識だ。人々に語り継がれている物語によると、古代魔術師達が各領地とそこに存在する森を管理していて、聖域とされる森には普通の人間が無断で足を踏み入れる事は出来ない。万が一踏み入れてしまった場合は全て自己責任だとされる。魔術児達は"森の中では、何があってもおかしくない。神隠しに逢いたくなければ森に近づくな"と大人達に教えられて育つ。


 実際は帝国内の森全体には強力な魔術がかかっていて、場所によってはかなり複雑な魔術がかけられている場所もある。大抵の人間は自力で森を抜ける事はほぼ不可能と言われているが、たまに自分の実力を試す為に修行と称して自ら森へ入る魔術児や魔術士がいると言うが、結局は森を彷徨っている間に元の場所に戻されてしまうらしい。そういう魔術がかけられているのだ、とノアは聞いたことがあった。


 森は基本的にその先にある何かを守る為に存在する。守るものの多くは領地とそこに住まう領民達。そのことを証明するように各領地の間には必ず森が存在した。隣の領地へ移動する時は森を最低でも1つは通過しないといけない。その際には領地通過の手続きを行えば誰でも問題なく森を通過できる。


「──しかし、食べたいものを食べたいだけ取るといいとは言ったが……」


 ベネディクトは朝食を食べながら、正面に置かれているノアの朝食を眺めると何か言いたげな表情を浮かべる。


「何か?」

「……それで、足りるのか?」


 ノアは自分の朝食とベネディクトの朝食を交互に見比べる。


「……。オリド寮長は、多すぎませんか?」


 思わずと言った様子でノアは疑問をそのまま口にしてしまう。ノアの朝食はスープと小盛りのライス、ベーコン数枚に目玉焼きとサラダ。朝食と言われれば妥当な量だった。対するベネディクトの朝食は大盛りライスにスープ、山盛りに重ねられたベーコンとサラダにやや硬めに焼かれた目玉焼き2枚にステーキが1枚半。さらにパスタも数種類盛られていて締めのデザートが3種類。──今出ている朝食メニューを全種類制覇する勢いだった。


「よく言われるよ。私としてはまだ食べられるんだけど……今日は早めにホールに行かないといけなくてね」

「入学式の準備ですか?」

「あぁ。最終確認の為に生徒の一部が駆り出されるんだ」


 話している間も、ベネディクトの前に並ぶ料理はどんどん減っていく。速いペースで食べているのに食べ方が綺麗で品がある。ノアからの視線に気づいたベネディクトはパスタを口に運ぶ手を止め、視線を上げた。


「ノア君、私の顔に何かついてるかい?」

「いえ」


(わざわざ食べ方が綺麗ですね、なんて言う必要はないな)


 ノアは1人思い直し、スープを飲んだ。


「じゃあノア君、また入学式で」

「はい。お気をつけて」

「あぁ。心配はないと思うが、式に遅れないように」


 別れ際、時間がある時にでもまた一緒にご飯を食べよう、というベネディクトからの誘いにノアは頷いた。一足先に朝食を食べ終えた(実は時間があるからと2週目に入っていた)ベネディクトを見送り、少し経ってからノアは席を立った。食器を返却し、ノアはメイル達に感謝の言葉を伝えると食堂を後にする。その頃には朝食を食べに来た生徒の姿が徐々に増えていた。


 ベネディクトと顔を合わせたことで思っていたよりもゆっくりと朝食を取流ことになったノアだったが、入学式の会場である大ホールに向かうにはまだ時間に余裕があった。ノアは当初の予定通り少し外を歩いて時間を潰そうと決め、玄関へ向かうと靴を履いて外へと出た。


 その頃には太陽が姿を表し、あらゆるものが日光によって照らされていた。昨日はちらほらと新入生達の姿が見えていたが、今の時間になってもノア以外の生徒はまだ誰もいない。違いはそれだけだったが昨日とはまた違う雰囲気がそこには漂っていた。

源創魔術師の黙示録を一読いただきありがとうございます。

世埜です。

オリド寮長、実は大喰らいという一面を持っていました。ちなみに私はそもそも朝食を取ることが少ない人間です。作業をするときだけ、糖分と飲み物を取るようにしてます。


毎月15日を目標に更新予定。※あくまで予定。


魔術児達が織り成す物語、目を通してくださる皆様にも楽しんで頂けますように。

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