004─出会い─
「──これが君に与えられた部屋の鍵。中等部生は2人部屋で鍵はそれぞれ1本ずつ所有することになる。予備はないから無くさないように。万が一鍵を無くした時はすぐに報告する事。それと既に君のルームメイトは入室しているから仲良くね」
「はい、オリド寮長」
ノアはベネディクトから鍵を受け取るとペコリと頭を下げる。ノアの様子を見てベネディクトは満足げに頷く。
「礼儀のある子は嫌いじゃないよ。これからの学院生活、何か困った事があったら遠慮なく言ってくれ。それじゃあ、また明日の入学式で」
ベネディクトは去り際にノアへ軽く手を振りそのまま立ち去っていく。その背中を見届けたノアは先ほど案内された自室へと続く廊下を歩きながら周囲を観察した。ノアが所属する事になった紫属寮は、正面から見ると両手前から中央玄関に向けて緩やかにカーブをつけたU字
形式の建物になっていた。ベネディクトから聞いた話だと、寮ごとに建物の構造も形式も違うらしい。ちなみに紫属寮の建物の大きさは青属寮に次ぐ小ささで、学院内で1番大きい寮は紅属寮。続いて緑属寮、そして金属寮となっているらしい。
ベネディクトから紫属寮が2番目に小さいという事実を聞かされた時、ノアは首をかしげた。そのわりには、ノアの知る限りの中でもこの建物はかなり大きい部類に入る。ここ以上に大きい建物となると、どのくらいの規模になるのか気にならなくもなかった。
更に他の寮には所属する寮生が自由に使うことができる施設も併設されているという。各寮の敷地規模も含めると、この序列はまた変わってくるらしい。ベネディクトの話の中では各寮にどんな施設があるのかの説明はなかった為詳細までは分からないが、他寮の敷地内にあるのなら紫属寮の自分が足を運ぶ事はないのだろうとノアは1人割り切りながら引き続き寮内を観察しながら歩く。
中等部1年生の部屋があるフロアは、正面玄関から入ってすぐ、階段を上がった右側にある。2階は主に中等部1年生から3年生の部屋。そしてその上に高等部4年生から6年生の部屋。2階から別棟まで続く渡り廊下の先には2階と、3階に最上級生である7年生の部屋があるらしい。
1階は初等部1年生から7年生までの部屋があり、食堂や共有スペース等の部屋もある。各階にある談話室は消灯時間までの間は学年を問わず利用出来る為、上級生達に勉強を教えてもらったり、息抜きの為に寛いだりできる。今の段階でノアが行き来する場所は2階と1階で、他の階は恐らく学年が上がるまでは行く事はない。オリド寮長がいる寮長室に要件がある時だけは別棟に足を運ぶことになりそうだった。
「ここか」
ベネディクトの案内のおかげで迷う事なく自室に辿り着いたノアは、一度自室の扉の前で立ち止まる。話では既にノアのルームメイトが入室していると言っていた。もしかしたら今も部屋の中にいるかもしれない。ここが自分の部屋だとは言え、ルームメイトはまだ面識もない生徒。一応マナーを守っておくべきだろうと判断したノアは控えめにドアを2度ノックした。
「はーい」
扉の向こうから少年の声が聞こえてノアは既視感を覚えた。この声どこかで、とノアが思い出しかけた時にガチャと音を立てて扉が開く。思いの外、至近距離での対面に驚くノアとルームメイトとなるその少年。
「あっ、君、さっきの……もしかして僕のルームメイトは君?」
ノアはふと、ベネディクトのあの言葉を思い出した。
──またすぐに会う事になるだろうね──。
恐らくベネディクトは、少年の後ろ姿を一瞬見ただけでノアが落とした耳飾りを拾った少年がノアのルームメイトである事に気づいたのだろう。……だとしたらベネディクトはこの寮の生徒全員の顔を覚えているという事になるのかもしれない。新入生の顔と名前も。
「えっと、よろしくね。僕はヴィンセント-クラウス」
名乗る少年を前にノアは瞬きをする。"クラウス"という家名に聞き覚えがあったからだ。その家名はフィスラティム帝都のどこにいても見える位置に存在する皇城に与えられた名称と同じ。"クラウス"が指すのは例外なくとある一族のみ。フィスラティア帝国皇家の血を継ぐ人物だけ。今も目の前で変わらぬ柔らかな笑みを浮かべ、手を差し出す少年を見つめ、ノアは名乗る為に口を開いた。
「ノアフォルトス-セレシルヴァ。よろしく」
ノアも微笑み返し、差し出された手を握り返した。その反応を見てヴィンセントはどこか嬉しそうに笑みを浮かべる。
「良かった!実は僕、今年から入学するんだけど……。その、友人と呼べる人がいなくて心配だったんだ!」
ノアの手を握ったまま、ヴィンセントは苦笑を浮かんべる。
「弟からは友達はすぐ出来るから心配ないって言われてたんだけど、普通は初等部入学が当たり前だって聞いてたし……。ここに来てから声をかけてくれる子達は何人かいたんだけど、やっぱりちょっと壁を感じてて……」
あっと声を上げヴィンセントは黙り込んだままのノアをそのままに話を続ける。
「そうそう、弟は僕より先に入学してて今年は──って、ごめん。一方的に話してしまってるね」
ここでヴィンセントは、ハッとした様子ですぐに申し訳なさそうな表情を浮かべる。握ったままだった手をそっと離したヴィンセントを見てノアは瞬きをする。目の前の少年は表情をコロコロと変えている。気さくに話しかけて来るところからも、かなり友好的な人間なのかもしれない。いずれにしてもノアとしても同じ境遇の生徒が居る事はとても心強い。今もどこか心配そうな視線を向けてくるヴィンセントにノアからも声をかける。
「大丈夫だ。僕もヴィンセントが同室で安心した。君はとてもいい人そうだから。あとさっきはこれ、拾ってくれてありがとう」
ノアが話し終えてもヴィンセントからの返事は返ってこない。どう言うわけか室内はシーンと静まり返っていた。ノアの言葉の中で、何か気に触ることを言ってしまったのか……ヴィンセントは何故か顔を俯かせたままで全く返事がない。若干の不安を感じながらノアがゆっくりとヴィンセントの顔を覗き込もうと一歩踏み出した時だった──。
「──っ家族以外で敬称付けずに僕の名前を読んでくれたのは、君が初めてだよ‼︎‼︎」
勢いよく顔を上げてノアの両肩に手を置いたヴィンセントが嬉しそうな顔を浮かべながらノアを見つめる。ヴィンセントの紫眼の瞳は喜びを表すかのようにさっきと比べて驚くほど輝いて見えた。
「この学院内では"身分問わず等しく接する"が慣わしの一つではあるけど、やっぱりここの人達は僕のことを色々知っているのかどこかよそよそしくて……。同じ生徒なのに"殿下"はちょっと固っ苦しいよねー?」
困惑するノアを置いていく形で1人苦笑を浮かべるヴィンセントだったが、すぐにノアの肩から手を下ろし姿勢を正す。出会った時から感じていた貴族然としたその振る舞いにはそれだけの理由があったらしい。
「ノア、フォルトス君がルームメイトで嬉しいよ」
「ノアでいい、その方が呼びやすいと思うから」
「‼︎わかった!これからはそう呼ばせてもらうよ!改めて、これからよろしくね、ノア!」
嬉しそうな笑みを浮かべるヴィンセントを見つめノアは頷いた。
「それにしても、ノアの荷物はトランクケースだけかい?事前に荷物が運ばれた様子もなかったからてっきりルームメイトはいないものだと思っていたよ」
ヴィンセントに招かれる形で部屋に入ったノアは、自分のベッドの前でトランクケースを開き荷解きを始めながらヴィンセントからの問いかけに答える。
「最低限いるものだけ持ってきたんだ。必要なものができた場合はここで調達すればいいかと思って」
ノアが机に置かれた支給品の制服を確認をしていると隣から視線を感じた。見られているに気づいたノアがさっきからやけに楽しげな様子のヴィンセントへ視線を向ける。
「……そういうヴィンセントの方は、随分と物が多いんだね」
ノアから話を振られたヴィンセントは何度か瞬きを繰り返し周囲を見渡す。入ってきたばかりとは言えトランクケース一個分の荷物のみのノアのエリアと既に何日か前から部屋にいたヴィンセントのエリアとではかなりの物量差があった。しかし散らかっているわけではなくむしろ綺麗に整理整頓されている。
「あはは、まぁ、うん。自分でも多いなって思うよ」
そう言ってどこか遠い目をするヴィンセント。第一印象からは物が多そうには見えなかったが、と内心以外に思いながらノアは疑問を抱く。よくよく見るとそこにある物に共通点がないように見えたからだ。自分が好きで持ってきたと言うよりは──と疑問を抱きながらも机や窓辺、枕元にあるそれらを見てノアは率直な感想を伝えた。
「個性的なものが、多いんだな」
「‼︎や、ちがっ……違う‼︎これ全部僕の趣味じゃなくて家族から持ってけって言われた物なんだよ‼︎」
自分の趣味だと思われるのが嫌だったのか、ヴィンセントは慌てたように話し始める。どうやらここにあるもののほとんどはヴィンセントの私物というよりも家族からの贈り物だったらしい。
「僕は必要ないって言ったんだけど知らないうちに先にみんなが寮に送ってたみたいで──」
必死に訴えるヴィンセントをよそにノアはトランクケースの荷物を片付け始める。その間、ヴィンセントは自分の兄弟の事について話し始め、明日の入学式についてやこれからの学院生活についてなど話題は尽きる様子がなかった。ヴィンセントの話に対してノアはほとんど相槌を打ったりするだけだったが、それでもヴィンセントは楽しそうな様子を見せる。話による幼少期から生まれ持った体質が原因で体が丈夫ではなかったらしい。その為か同年代との交流も全くなかったらしく、下の名前で呼び合う仲の友人はノアが初めてだったと言う。ヴィンセントが中等部から学院に入学することになったのも生まれつきのの体質が関係しているらしいが、ここ数年で体調も安定し、普通に生活している分には心配はないとようやく今年から入学の許可が出た、とヴィンセントはさらに嬉しそうに話していた。
こうしてヴィンセントの話を聞きながら、一通りの作業を終えたノア。
「ノア!食堂に行って夕飯を食べに行こうよ‼︎友達と一緒にご飯を食べるってやりたかったんだ‼︎後お風呂も行こう!」
嬉々としてヴィンセントに誘われるまま、ノアは半ば強制的に部屋の外に出た。入浴後、食堂に足を運ぶと中で何人かに声をかけられたが、ヴィンセントに気づくと本人の言っていた通り一部の寮生達はどこか緊張した面持ちで、それを敏感に感じ取っている様子のヴィンセントを横目で眺めながらノアは静かに夕飯を食べていた。
「──初日なんて目が合うだけで逸らされてたんだよ⁉︎皇族を直視してはいけない、なんてそんな決まりないのにさぁ!」
自室に戻ってからヴィンセントは怒った様子でノアに話していた。どうやらさっきの状況に思う所があったらしい。
「それに!あいつらが見るノアの視線も気にいらない‼︎自分達から話しかけて置いてジロジロ見ちゃって不躾だよねぇ⁉︎」
バンバンと近くにあった家族からの贈物だというぬいぐるみ?クッション?を殴るように叩くヴィンセント。
「目は口ほどに物を言うって誰かが作った言葉、あれってほんとにそうだよね‼︎」
何に怒っているのか、未だ怒りが収まらない様子のヴィンセントはドスドスとさっきよりも鈍い音を立てながら拳を振り落とす。この短時間でヴィンセントは随分と素性を顕にしていた。最初にノアが見たあのヴィンセントとはかけ離れていたが、ノアは特に気にするわけでもなく今もヴィンセントの拳が容赦なく振り落とされているソレに視線を向けたまま。
「ヴィンセント、それ贈り物じゃないのか?」
思わず漏れたノアの言葉はヴィンセントには届かず、ソレはめいいっぱい左右に引き伸ばされていた。廊下から消灯時間を知らせる声が聞こえて来るまで、ノアはヴィンセントとヴィンセントの手によって可哀想な扱いを受けるソレを静かに見守っていた。
「……でもノアの瞳って確かに不思議だね。紫眼を持つ魔術児は皇族を除けば滅多にいないって言われているのに。ここに来てから黒髪も初めて見たよ」
まだ眠くないのか、ベッドの上に横になった体制で頬杖を突きながらノアを見るヴィンセント。その奥にチラリと見えるのはくたびれたソレ。
「そうらしいね」
ノアはベッドに寝転がり既に寝る体制に入っていたが、閉じていた目を再び開けてヴィンセントへ視線を向けて答える。この学院に来て周囲から向けられた視線は、必ずノアの紫眼に向けられていた。しかし元々自分の容姿について関心がないノアは周囲からの視線についてもなんか見られているな程度。
ヴィンセントのいう通り皇族以外の紫眼は滅多にいない。それでも突発的に紫眼を持つ者が生まれる事は過去にあったが、それがかなり稀であるということは文献の少なさからも伺える、と博識である緑属性の人物から聞かされていたノア。その時も特に自身の容姿に興味はなかったことから紫眼についての話はすぐに終わった。
「……ヴィンセント、どうした?」
さっきまで絶えず話していたヴィンセントが黙っていることに気づいたノアがヴィンセントに声をかける。視線の先でヴィンセントは両肘を付いたまま、喜びを抑えられないと言ったような笑みを浮かべていた。
「ノアとお揃いだな~って思って!」
ヴィンセントの言葉にノアは一瞬頭の中に?を浮かべる。そしてすぐに何が、に気づき言葉にする。
「紫眼が?」
ノアの問いかけにヴィンセントは嬉しそうに頷いた。
「そう!」
それだけでどうしてそんなに嬉しそうな顔をしているのかとノアが首をかしげていると、外から日付が切り替わったことを知らせる鐘の音がかすかに聞こえてくる。
「──そろそろ寝ようか、ノア」
その鐘の音はヴィンセントの耳にも聞こえていたらしい。電気を消してくれるのか、ベッドを降りるヴィンセントを眺めながらノアは頷いた。
「電気、消すよ」
ヴィンセントの言葉に再度頷くと間も無くして部屋が暗くなる。向かいのベッドから布の擦れる音が聞こえてきた。ヴィンセントが布団に入った音だ。暗くなった部屋の中に、天井近くにある小窓から微かに月光が差し掛かり、室内を薄暗く照らす。
「……ノア」
静かな声色で名前を呼ばれたノアが瞼を開くと、微かな月光を吸収した紫眼と視線が交わった。ヴィンセントの方からもノアの紫眼はそう見えているのだろうか。
「おやすみ、ノア」
「おやすみ。ヴィンセント」
互いに声を掛け合い、二人はゆっくりと眠りに入った──。
源創魔術師の黙示録を一読いただきありがとうございます。
世埜です。
初めての友人がノアだったことに喜ぶヴィンセント。二人のこれからの関係性もどうなっていくのか、書くのが楽しみです。
毎月15日を目標に更新予定。※あくまで予定。
魔術児達が織り成す物語、目を通してくださる皆様にも楽しんで頂けますように。