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源創魔術師の黙示録  作者: 世埜 黎(SenoRei)
入学編
4/10

003─散策─


「実は、今年うちの寮に入寮する新入生の案内は君で最後なんだ。ここから寮まではかなりかかるけど時間もあるし、一緒に軽い散策がてら歩いていこうか。全部とはいかないけど少しだけ学院を案内するよ」


 ベネディクトからの提案にノアは頷いた。監督生自ら学院を案内してくれると言うのだし、断る理由はないだろうと。ベネディクトは頷くノアを見て嬉しそうに目を細めると早速歩き始めた。


「──本館から一番遠い位置にあるのは緑属(グリンレイズ)寮。一番近い位置にあるのは金属(アウレセイヴ)寮」


 説明を受けながら学院の敷地内を歩いてはいるものの、今この場所からノアが視認できるのは生い茂った草木と整地された道のみでまだ本館以外の建物は見当たらない。本館に一番近い位置にあるという金属寮の建物すら見えないことからもこの学院内の敷地面積はかなり広く、目的の紫属(ファウスト)寮はかなり遠くにあることが伺えた。


「寮の配置位置にも一応意味があって、一応の備えとして学院の正門に近い方から動ける生徒が多い順に配置されている」


「一応の備え?」


 疑問を抱いたノアの様子を見てベネディクトは歩みを進めたまま視線を向ける。


「──さっきは簡単に説明を済ませた各寮について、もう少しだけ詳しく話そうか。せっかく時間があることだからね」


 ノアが頷くとベネディクトが金寮の説明を始めた。


「さっき言った一応の備えって言うのは、金属寮に所属する生徒の多くが武術に特化した魔素と潜在魔術を持つ金属性(アウレセイバー)だからって言う面が大きい」


 金属性が戦闘魔術に特化していることはノアも知識として知っている。育ての親を訪ねて来るうちの1人に金属性の人物が関係で昔その本人から話を聞いたことがあったのだ。


「金属寮に所属する生徒のほとんどは宮廷魔術騎士団の入団を目指して、勉学や武術に専念していて、ここの生徒はいつも活気溢れ、言うまでもなく戦闘能力もしくは戦術思考に秀でた生徒が多い」


 宮廷魔術騎士団──。そこはその性質故に自ずと騎士の道を目指す傾向にある金属性の魔術児の憧れの場所だとその人物から教えられていたノア。宮廷魔術騎士団に所属していたかは定かではないが、その人物もまた体を動かすことが好きだったことを思い出す。よくノアも外に連れ出されては運動に付き合わされていた。そのおかげもあって、家から遠く離れたこの学院までの長旅も多少の疲労感を感じる程度で済んでいる。


「つまり学院内非常時に一番動ける生徒が多いのが金属寮ってことだ。学院が普段外部との接触を遮断していると言っても、何かしら外部からの危害が及ぶ可能性がゼロという訳ではないからね。非常事態に備えておいて損はない、って言うのがこの学院設立当時の考えだったようだ」


 ベネディクトの話を聞きながら、ノアはふと学院の周囲を覆っている守りの森と歪みの川の存在を思い出す。この2つは学院を守る為の言わば結界の役割を持つとされるだけあって、森と川全域にかなり強力な結界が張られていた。それは入学時に行われる適性試験時、守りの森と歪みの川を越える時に誰もが自身の肌で感じる共通の認識だと思われる。受験生用に一部を緩和制御された結界ですら通過するのは並大抵のものではなく、それが緩和制御されていない通常時なら尚更、結界を突破するのは不可能に等しい。これほどまでに守りを固くする理由はまだ学院設立時は、今ほど安全な状況が確立できていなかったと言う時代背景からだろうか。


「今となってはその考えもその心配もほとんど必要のないものだとは思うけど」


 ベネディクトの言う通り、ノアもその心配の必要性は低いように感じた。フィスラティア帝国の前皇帝の代でもその前の代でも、長きに渡ってこの帝国は安寧を保ってきた。長い歴史を見てもこの守りが破られることは限りなくゼロに近しい。


「動ける生徒もいれば、その逆に動けない生徒もいる。日々研究所に引きこもって魔術研究に没頭し、体力面にやや劣る傾向にある根っからの研究者気質の生徒が多く所属するのが、緑属寮。ここはさっき言った通り本館からも学院正門からも一番遠い位置に配置されている」


 ノアの知る緑属性(グリンレイズス)緑属性の人物もベネディクトの話す内容に該当していた。植物の知識に長けていて窓から見える植物について豆知識を話してくれるほど博識でノアとよく読書の時間を楽しんでいた。たまに金属性の人物が邪魔に入っていたが、緑属性のその人はいつも無視を決め込んでいたのを思い出す。最終的にはノアと共に外に連れ出されていたが、2人で体を動かしている間、その人は近くに生えている植物に夢中だった。


 「緑属性の魔術児は知識欲に貪欲だからその分野を活かすことができる宮廷魔術士か緑領地(レイシウム)の研究魔術士を志していることが多い。緑属性は体よりも頭を動かす事に特化している頭脳派筆頭の属性と言っていい」


 学院の生徒らしき少年少女の数人からの挨拶に気づく度に手を軽く挙げるベネディクト。


「…彼らも紫属寮の生徒ですか?」

「そうだよ、よくわかったね。あの子達とは、ノア君も寮生活が始まれば寮内や学院敷地内で顔を合わせることもあるかもしれないな」


 ベネディクトはまた別の生徒からの挨拶を受け軽く手を振り返す。敷地内に入るほど、当たり前だがすれ違う生徒の姿が増えていく。ノアは前を歩くベネディクトの背中を見つめた。彼が所属寮の監督生だからか、それとも上級生だからか。どちらにしても周りにいる人間に自分の存在を周知させるその存在感は並大抵のものではないのではない。しかし、当の本人は特に気にしていない様子で話を続けている。


「そうそう、頭脳派と言えば青属性(クラウリスト)もそう言えるかもしれない。紅属性(ディスカルター)もその傾向にあるけど……」


 ここでベネディクトが言い淀んだことでノアが疑問に抱き視線を向ける。ノアの方へ振り返り、ベネディクトは微かに苦笑を交えて話す。


「あの属性は稀に金属性の生徒にも負けない戦闘狂がちらほらといるんだ。まぁ、それを言い出したらどの寮にも魔素属性の傾向を型破りするような生徒は少なからず存在する。だから魔素属性の性質は8割型の生徒に該当すると思っておいた方がいい」


 金属性だから、紅属性だからとその人の性質がこうだと一概には言えないと言うことだろう。ノアはベネディクトの言葉に頷く。


「──とはいえ、一般的な見解だと紅属性は金属性と緑属性の中間に位置する」


「中間、ですか?」


「戦闘面だけで見たらね。それ以外で見たら、どの属性も性質は全くもっての別物さ」


 今も挨拶をする他の生徒達を横目で眺めながらノアはベネディクトの後を追う。度々ベネディクトから学院関連の説明を受けながら周囲の様子を観察することも忘れない。


「……」


そこでノアはふと気づく。ほとんどの生徒が私服姿である上に、何故か全員自分より幼く見えることに。


「気になることがあるみたいだね」


 ノアの様子に気づいたらしいベネディクトが、周囲の生徒へ視線を向ける。


「学院は今春休み中ではあるんだけど在校生の多くは今日まで課外授業で留守にしているんだ。学院内にいる在校生も、ほとんどは自分の課題の為に自室か校舎、もしくは研究所か作業棟に引きこもっている。明日の入学式の準備もあるから大ホールにいるのか、今日は特に在校生を見かけないね。さっきすれ違った私服の魔術児達も君と同じ明日入学式を迎える初等部の新入生達ばかりだ」


 ノアがジッとベネディクトの横顔を見上げていると、周囲の生徒を眺めていたベネディクトの紅い目と視線が合う。ベネディクトはノアからの視線を受けながら肩を竦めて言った。


「普段ここ周辺では私服の生徒を見かけないんだ。この学院は商業施設以外は原則制服でいる事が決まりだからね。君も入学したら注意するように」

「はい」


 ベネディクトの言葉にノアは頷く。歩みを緩め、ベネディクトの後ろを着いて歩きながら、ちらほらと見える建物を視界に捉え歩いていたノアだったが突然、横からドンッと強くはあるが倒れるほどでもない衝撃が肩にぶつかる。


「っわ……」

「……?」


 近くで遊んでいたらしい1人の少年が横から飛び出してきてノアの肩にぶつかってきたらしい。背後に気を取られていたのか、何らかの理由で前方を見ていなくてノアに気づくのが遅れたのだろう。ノアに勢いよくぶつかった反動で倒れそうになる少年だったが、いち早く気づいたノアが咄嗟に少年の腕をグッと掴んで引っ張った。体が前方に揺れ少年の赤い癖っ毛が揺れる。


「ご、ごめんなさいっ」

「大丈夫。君こそ、怪我はない?」


 ノアはトランクケースを足元に置き、少年と目線を合わせた。咄嗟のことで思った以上に手に力が入ってしまったことで少年が手を痛めていないか気にかけながら、わずかに首をかしげたノアを前に少年は何故か黙りこくったまま、しかし怪我はないことを意思表示するかのようにひたすら首をこくこくと縦に動かし頷く。


「君は……紅属(ディスカルト)寮の生徒かな?そろそろ戻らないと日が暮れてしまうよ。ここは紅領地(カルティーム)のように昼が長くないからね」


 ベネディクトは赤髪の少年の頭にポンと手を置き、何故かノアの頭にもポンポンと手を置いた。少年は驚いた様子で再びこくこくと頷くと、勢いよく頭を下げて再度ノアに謝った。


「お〜いっオルカー!寮に戻るぞー‼︎」

「あっ今行くー!し、失礼しますっ」


 他の少年から"オルカ"と呼ばれた少年は去り際に再びノアとベネディクトに頭を下げ、友達らしき少年達のもとへと走って行った。ノアはその背中を見届け、先程何故か自分の頭を撫でてきたベネディクトを見た。


「僕達の家はもうすぐだよ、ノア君」


 ベネディクトは自分の行動に対して特に気にした様子もなく、再び歩き出す。さっきの意味についてわざわざ聞くまでの事ではないかと判断したノアは地面に置いたトランクケースを持ち上げると再び一歩踏み出した。ベネディクトが角を曲がり、続いてノアも曲がろうとした時──背後から肩をトントンと叩かれ、ノアは足を止めた。


「……?」


 振り返るとそこにはノアと同じ様に白いシャツに黒いスラックスと言ったシンプルな服装に身を纏った少年が立っていた。


「多分これ、君のだよね?さっき男の子とぶつかったのを見かけて、その近くを通った時に君がいた場所にこれが落ちてるのを見つけたんだ」


 そう言って少年から差し出されたのはシンプルなデザインの耳飾り。


「……」


 ノアは数回瞬きをして、そっと自身の右耳に触れる。確かにそこにあったはずの耳飾りがなくなっていた。目の前の少年の言う通り、さっきぶつかった時に外れてしまったらしい。ノアは不思議に思いながらも、拾ってくれたことにお礼の言葉を伝えて少年から差し出された耳飾りを受け取るとそのまま右耳に付け直した。


「ありがとう」


 改めて感謝の言葉を告げる。ここでようやく目の前に立つ少年のことを正面から見つめたノア。見たところ、自分よりも少し身長が高いこの少年の年齢は同じくらいだろうか。あまり見ないオレンジ髪にノアと同じ紫眼とノアとは逆の位置にある泣き黒子が印象的だった。ノアに向けて柔らかな笑みを浮かべる彼は、誰の目からも好青年に見えるだろう。ベネディクトとはまた違った気品が漂っているところを見ると、彼もどこかの貴族の魔術児だろうか。


「どういたしまして、それじゃあ」


 少年は微かに目元を細めるとそのまま踵を返しノアとは反対の方へと歩いて行った。どうやら落とし物を渡す為に目的とは違う方向に足を向けてくれたらしい。


「ノア君?」


 心優しい少年の背中を眺めていると、背後からベネディクトの声が聞こえてきた。立ち止まっているノアに気づいたのか、わざわざ引き返して来たようだった。何かあったのかと不思議そうにしているベネディクトにノアはさっきの出来事を伝える。


「落し物をしてしまったみたいで、さっきあの少年から声をかけられました」


 ノアが再び少年へ視線を向けるとさっきの少年が道を曲がり立ち去っていくのが見えた。微かに少年を視界に捉えたベネディクトは瞬き、少し間を置くと一言だけ口にする。


「またすぐに会う事になるかもしれないね」


 それだけノアに伝えるとベネディクトは再び引き返した道を歩き出した。


「……またすぐに?」


 ベネディクトの意味深な言葉に首をかしげるノアだったが、ベネディクトは笑みを浮かべるだけ。しばらく歩くと目的の紫属寮へと到着し、ベネディクトから寮内の説明を受けるノア。


 寮について一通りの案内を終える頃には、ベネディクトからの言葉を忘れつつあったノアだったが、その後すぐにベネディクトの言葉の意味を理解する事になる。

源創魔術師の黙示録を一読いただきありがとうございます。

世埜です。

ノアの耳飾りを拾ってくれた少年、またすぐに会えるそうです。


毎月15日を目標に更新予定。※あくまで予定。


魔術児達が織り成す物語、目を通してくださる皆様にも楽しんで頂けますように。

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