後編
7
みーんみんみんみんみんみん
みーんみんみんみんみんみん
みんみんみんみんみんみんみーん
み
み
み
み
……みっ
意気揚々と出発したぼくたち四人は窮地に陥っていた。
真夏のセミの大合唱を聞きながら、途方に暮れていた。
目の前には、もう、片足分の足場も無い。
フェンスに取り付いて渡るしかない崖が口を開けて待ち構えている。
崖の長さは二十メートルはあるように思えた。
もしフェンスから落ちれば、崖の下はジャングルだ。
高さもかなりあり、落ちればただでは済まないだろう。
足をつけずにフェンスをつたって渡るなんて、ぼくたちこどもには不可能と思われた。
フェンスを越えて米軍基地側に入ることも考えたが、機関銃の恐怖もあってこの案は却下になった。
基地の中には歩きやすそうな舗装された道が走っていたが、余計に目の毒だった……。
頭の上には、カンカンと照り付ける太陽。
足元には時おりネズミやヘビ用のワナが仕掛けられていて、そのワナに気を付けて歩くだけでぼくたちの体力はどんどん失われていった。
来た道を戻るという選択肢も脳裏をよぎった。
でも、それはムリな話だった。
なぜなら、かなりの悪路を一時間以上もかけてきていたぼくたちには、引き返す体力は残っていなかった。
特に、ぼくとたっちょん君の後をついてきてしまった、年少組の二人のユーリちゃんとケータは、見るからに限界が近づいていたんだ……。
「おかしいな。一時間以上は歩いたと思うのに、ゴールが見えてこないなんて」
「かなりゆっくりでしか歩けてないからね……」
ぼくとたっちょん君が相談をしていると、年少組が限界を訴えはじめる。
「ノドかわいた」
「お水のみたい」
「おれものみたい!」
「もうおうちかえりたい!」
年少組の二人は、もう涙声だ。
それを聞いていたぼくも泣きたい気分でいっぱい。
きっとたっちょん君も同じ気持ちだったと思う。
「どうする?」
たっちょん君がぼくの判断を仰ぐ。
「このフェンスを登ろう」
「えっ、どういうこと?」
ぼくはこの状況を解決する打開策を土壇場で思いついた。
フェンスを登りきれば、途中で体力が切れても、上で休めばいい。
ただし、フェンスの上にはトゲトゲの有刺鉄線が張られている。
「でも、ガケにおちるより、ずっといいと思うんだ」
「そうだね。よし、それでいこう」
8
フェンスの上に登ったぼくたちは、ときどき刺してくる有刺鉄線に悲鳴を上げながら、先頭からぼく、ケータ、ユーリちゃん、たっちょん君の順でフェンスにまたがって、ゆっくり渡り始めた。
もし、軍に見つかったら機関銃で撃たれてしまうかもしれない。
いや、基地の中にはまだ入っていない(?)から大丈夫かもしれない。
そんなこども特有の謎理論を考えながら、前に前にと進んでいく。
しばらく無言で進んでいくと、とうとうガケの終わりが見えてきたと思ったとき――。
「あ、あの家とか木を見てみろよ!」
と、たっちょん君が叫び声を上げた。
向こうの方を見ると、見覚えのある家と木が……あれは幽霊坂だ!
「やった、あと少しだよ!」
ゴールが近いと知り、ぼくとたっちょん君の元気が復活する。
年少組も息を吹き返した。
とうとう崖を越えることができたので、ゆっくりとフェンスを降りる。
まだ人が歩けるような道ではないが、地面に足が着いた。
地面があることのありがたみをぼくたちは知った。
そして、しばらく進んだところであの見覚えのある小道――広場につながっている小道を発見したんだ。
「やった、ついた!」
「とうとうやったな!?」
久々のまともな道に、ぼくとたっちょん君は歓喜の声をあげる。
年少組も、小道にやっと降り立つ。
「さあ、こっちだよ!」
ぼくは自然と先頭に立って走り出していた。
たっちょん君と年少組二人もぼくの後を追いかけてくる。
「ここだよ!」
目の前には、あの塚が見えてきて……
「うぁっ!?」
ソレを見たぼくは、思わず足を止めた。
なんと、塚の中からたくさんの光る目がぼくたちを見ていたのさ。
9
(こ、これってもしかして幽霊!?)
全身に鳥肌と冷水をぶっかけられたような感覚が襲っていた。
ぼくの後ろでは他の三人も息を止めて固まっている――――。
「うわーーーーーー!!!!」
最初に体が動いたのはぼくだった。
塚の中から数頭の野犬が飛び出してくるが見えた。
叫び声をあげながら一目散に逃げる。
「野犬だ、にげろーーーーーー!!!!」
チラっとだけ見えた野犬の姿はまるで、オオカミのように立派だった。
ぼくは塚の逆方向に全速力で逃げた。
他のみんなのことを気にする余裕など全くなかった。
もう、年少組を助けなきゃとか、そんなことを考える余裕はなかった。
ひたすら逃げるだけで精一杯だったのさ――――。
10
はぁはぁはぁ。
はぁはぁはぁ。
はぁはぁはぁ。
はぁはぁはぁ。
気が付くとぼくは元いた場所、幽霊坂の上の方に出ていた。
ぼくはようやく、年少組の二人を気にする余裕が出て、人数を数えるとちゃんと四人全員がそろっていた。
しばらくは、恐怖と興奮に包まれていたぼくたち。
でも、そのうち自然と大声で笑いあった。
「あっはっは」「あはは」
「あっはっは」「ふふふ」
四人で無事を祝い合う。
「ここはどこだろう」
「あ、幽霊坂だね」
「え、ゆうれいざか!?」
年少組の二人は、初めての幽霊坂だ。
すこしはビビッているみたいだけど、すぐに落ち着いた。
きっと、さっきの野犬の方が怖かったに違いない。
ふふふ。
ぼくたち四人の声を聞きつけて、幽霊坂の付近のこども達が集まってきた。
その中には、さっきぼくとたっちょん君を案内した子もいたので、事の顛末を教えてあげると、とても驚いていたね。
ぼくとたっちょん君はしばらくの間、あの塚の話で盛り上がった。
「幽霊坂って、あの場所に人が近づかないように霊能者がウワサを広めているのかな?」
「もしかしたらそうかも」
「あの骨ってなんだろう。動物の骨かな」
「もしかしたら、戦争でなくなった人たちの骨なのかもね」
「じゃあ、あのお金ってお賽銭みたいなものかな?」
「そんな気がする。あっていそう」
というワケで、結局この夏の冒険では、お金はもちろん新しい骨も手に入らなかった。
持っていた骨も、逃げるときに落としたのか、いつの間にか無くなっていた。
最後に、もうひとつ。
一番不思議なことがあって、あの野犬たち、まるでオオカミみたいに立派だったんだよね。
もしかしたら、神様が姿を変えていたのかもしれない。
野犬だったら、ぼくたちを逃がすワケないと思うしね。
ひょっとしたら、あの骨も本物の人の骨だったのかも……。
そんなこどもの頃の夏の冒険。
~おわり~
最後までお読みくださりありがとうございます。
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本作は実際の体験談をベースとしたフィクション作品です(^w^)
また、作品のタイトルはスティーヴン・キング大大大先生の「死のロングウォーク」リスペクトです。