呼子
夏になると思い出す事がある。
私は子供の頃、体が弱く肺を患っていた。
都会の空気が肺に悪いと父母は私を田舎の祖父母の所へ療養という名目で預けた。
本音は邪魔だったのだろう、私の子供の頃はまだバブル全盛期で父母は仕事人間だったので実子と言えど体が弱くすぐに寝込む私は足枷でしかなかった。
祖父母もまた両親との折り合いがあまり良くなく、私の世話は最低限の衣食住のみであとは無関心だった。
村は今で言う限界集落で私以外に子供もおらず、また、周囲の村人たちも私に無関心だった。
そんな環境が子供の精神に良いわけがなく、私は体の安定の代わりに精神の安定を失いつつあった。
私は寂しさをまぎらわす為に祖父母の家の近くの森や沢によく通っていた。
通ってはいたが別段遊ぶでもなく、木陰などに座り夕方までぼんやりとすることが常だった。
そんな日常に変化が現れたのは多分お盆を少し過ぎた辺りだったと記憶している。
私はその日、森の中に生えている1等大きな木の下で泣いていた。
泣いた理由はとうに忘れたが当時の私にとって耐え難い事があったのだろう。
私は声を殺しながら泣いていた、声をあげて泣くのは幼いなりにプライドが許さなかった。
声を殺しながら泣いていると、不意に私は声をかけられた。
「なして泣く?」
それが私と彼女との出会いだった
それはパッと見おかっぱ頭の少女に見えた。
服は黒地に赤い蝶の模様の着物を着た少女、肌は白く唇には紅がさしてあるのか鮮やかな赤色だった。
私は泣いて赤くなった目で彼女を見て、固まっていた。
前述の通り私の周りには同年代の子供などおらず、また、周りからの無関心のせいで私のコミュニケーション能力は最低と言ってもよかった。
そんな私の前に急に美しい少女が現れ、話しかけてくるなど全くの埒外の出来事だったのだ。
私はただただ驚き、そして、少女の美しさに見惚れて彼女の問いに答えられなかった。
彼女はそんな私の様子など関係ないかのようにまた私に聞いた。
「なして泣く?」
私はハッとし、泣いていたのを見られた羞恥で顔を赤くした。
「・・・泣いてない」
私の口から出たのは強がりの言葉だった。
幼いながらも私の無駄に高い自尊心は初対面の少女に泣き言や弱音を吐くのを許容できなかった。
「ほうか」
私の答えに彼女は少し可笑しそうな声色で言った。
その声色はまるで自分の強がりを見透かされているようで私は更に羞恥を覚え顔が熱くなった。
そんな私を見て少女はきゃらきゃらと笑った。
私は笑われたが別段嫌な気はしなかった。
それは、彼女の笑い声に悪意を感じなかったからなのか、それとも、彼女の笑顔の愛らしさのせいなのか、今となってはわからない。
「遊んべ」
ひとしきり笑うと彼女は私の手をとってそう言った。
その手が妙に冷たかったねを何故か覚えている。
遊び相手のいなかった私は彼女の言葉に頷き、一緒に遊んだ。
彼女に連れられ、かぶと虫を採ったり、おやつに木苺やヤマボウシの実を食べ、湧水で喉を潤した。
彼女との遊びは一人ぼっちだった私にとって全てが初めての体験で心踊った。
「かくれんぼすんべ」
彼女がそう言い数を数え始めた。
私は彼女から離れ隠れる事にした。
少し離れた大きなブナの木の近くで隠れる場所を探していると、地面に何か白い物が転がっているのが見えた。
それは、髑髏だった。
私はあまりの事に固まり、彼女に伝えようと振り向いた。
・・・そこにいたのは少女ではなかった。
少女の形はしているのだ、しかし、それを構成しているのは草や苔、そして骨であった。
着物は辛うじて引っ掛かっているような襤褸にかわっていた。
私は目を見開き、そして、彼女とは反対側に駆け出した。
「もぅ、いいかぃ」
可愛らしい声も今やおぞましさすら感じ、答える事はしなかった。
私は一心不乱に走り、森を抜けた。
不思議な事に長いこと遊んだにも関わらずまだ昼中でまるで一瞬の出来事であっかたかのようだ。
私は祖父母宅に帰ろうと歩き始めた。
数分もしないうちに祖父母宅は見えてきた。
しかし、家に近づくと何かおかしい。
白と黒の布が張られ、人が集まっている。
人々は黒い服を着ていて、暗い顔をしている。
しかし、私が家に更に近づくと人々は私に気づいたのかギョッとした顔になり道を開けた。
家に入ると祖父母の他に何時もは居ない父母も居た。
4人とも黒の服を着て暗い顔だった。
「どうしたの」
私が4人に声をかけると母と祖母は泣きながら私に抱きつき、父と祖父は固まっていた。
4人の近くには私が入るくらいの空き箱と黒ぶちの写真立ての中にある私の写真があった。
それは私の葬式だった。
・・・半年前に行方不明になり、生存は絶望的だと言われた私の葬式だった。
その後は大変だった。
病院に連れていかれ、体に異常が無いか調べられ。
警察にも今まで何処に、いや、ナニがあったのかをしつこく聞かれた。
だが、私は警察に「おぼえてない」としか答えなかった。
何故か彼女の事を話す気にはなれなかった。
信じてもらえないと思ったし、それと同時に彼女の事を知っていいのは自分だけでいいと感じたからだ。
何故そう思ったかはわからない。
ただ、そう思ったから話さなかった。
父母はこの件からようやく親の自覚が芽生えたのか祖父母から私を引き取り、自分達で私を育てることにしたらしい。
私は田舎から東京に居を移したわけだ。
不思議な事に今まで療養が必要だった肺はこの時から1度も悪化せずに健康体と同様の生活ができた。
それから祖父母の家には2度と行かなかった。
彼女とも2度と会わなかった。
何故、こんな話をするのかって?
・・・聞こえるんだ。
ナニがって?
・・・彼女の声がさ。
未だに彼女は私とかくれんぼをしているらしい。
最近になって、不意に聞こえるようになったんだ。
あの時と変わらない可愛らしい声で。
「もぅ、いいかぃ」と・・・。
最初は幻聴か何かだと思ったんだがね・・・。
流石に3ヶ月毎日聞こえるとね・・・。
まぁ、いい機会だと思っているんだ。
もう私には時間が無いからね。
まさか、克服し健康になったはずの肺が癌に侵され余命半年とはね。
まったく皮肉な人生さ。
・・・次に彼女の声が聞こえたら答えるつもりだ。
「もういいよ」とね。
多分、まぁ、録なことにはならないだろうがね。
死ぬ前にスッキリとした気持ちで死にたいからね。
・・・ずっと引っ掛かってはいたんだ。
いくら恐ろしかったからって逃げてしまったことがね。
最期をその引っ掛りをとってから迎えたいんだ。
・・・まぁ、後は一応初恋の相手で忘れられなかった相手だからね。
単純に会いたいんだ。
厄介な事に彼女が忘れられずに今現在まで独身を貫いてしまったからね。
・・・こんな気狂いみたいな遺書を見つけた君には同情するよ。
まぁ、私の遺産については唯一の友人である君に遺そう。
長々とすまなかった。
では、また来世。
「もぅ、いいかぃ」
「・・・もういいよ」
「やぁ、久しぶり」