9、謝罪
9、
どうしてこんな事になったんだろう……
ふと窓の外を見ると、空はぼんやりと白み初めていた。もうすぐ夜が明ける。それなのに……
部屋は空き缶がゴミ箱に溢れ、お菓子の袋が散乱していた。元々荒れてたのに、私の部屋は更に荒れていた。ロボ太はいつの間にかベランダに出てタバコを吸っていた。
ロボ太、タバコ吸うようになったんだ…………
その後ろ姿が何だか18に見えない。って未成年じゃん!!
ロボ太を注意しようと立ち上がろうとすると、背中の服を引っ張られテーブルに戻された。
「ねぇ~聞いてる?」
「え?あ、ハイハイ聞いてます」
佐江子さんはビールの缶をテーブルに置くと、テーブルに顔をうずめた。テーブルには佐江子さんの顔の横にヨダレの水溜まりができていた。私は慌ててティッシュでテーブルと佐江子さんの口元を拭いた。
「ちょっと!テーブル吹いたティッシュで口拭かないでよ!」
「あ、そっか!ごめんなさい」
「ま、別にいーんだけどね!」
この酔っぱらいは橋本佐江子さん。年齢不詳。駅でロボ太に復縁を迫った女の人。
「え?いいの?」
「いーの!いーの!」
佐江子さんはヒラヒラと手を降ってまた一口ビールを飲んだ。すると、後ろから湿っぽい声が聞こえて来た。
「全然……全然良くないんです……」
こっちは泣き上戸の長谷川悠莉さん。26歳フリーター。ロボ太と共に倒れた女の人。この人も復縁を迫ったかどうかは不明だけど……多分ロボ太の元彼女だとは思う。
ロボ太の元彼女二人。何故私の部屋に二人がいるかと言うと……さかのぼる事10時間ほど前。
父親の事務所のある最寄り駅で、ロボ太と待ち合わせ。そこで佐江子さんとロボ太の修羅場が勃発。その修羅場に思わず私も参戦。出るタイミングを失った悠莉さんがロボ太に突進。そのタックルが成功し、ロボ太と共に倒れる。
その様子を『刺された』と勘違いした私は大パニック。
「ロボ太!!ロボ太!!嫌だ!このまま死ぬなんて嫌!!ロボ太!!」
「……………………美織……」
「ロボ太!?」
起き上がろうとしたロボ太が小さく呟いた。
「そんなに取り乱されると……起き上がりづらい」
………………え?
「何も無かった事が恥ずかしいくらいの反応だから……」
「ギャー~ーーーー!!」
叫ばずにはいられなかった。恥っっっずかしい!!今すぐこの場から消えてしまいたい!!
「もう嫌!もう帰る~!」
私が逃げようとすると、モデル体型の女の人に背中の服を捕まれ捕獲された。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「帰る?じゃあ僕も今日は美織の部屋に帰ろうかな~」
「ちょっとそれ勘違いされるから!! 笑えない冗談マジでやめて!!」
すると、二人の女の人の視線が恐ろしいほど鬼の形相になって行くのがわかった。その様子を見ながらロボ太はゆっくりと起き上がり、飄々と自分服の埃を払っていた。
「蓮、話し合うって言ったわよね?」
「でも美織が帰るって」
「じゃ、この子の部屋に行きましょ」
という経緯を経て、現在何故か全員私の部屋にいる。そして元彼女二人は飲んだくれているという意味不明な状況。
お腹が空いたけれど私の部屋に何も無い。買い出しに行こうという事になり、何故か全員で近所のコンビニへ行き、誰かが酒とおつまみを買って結果的にこうなった。
正直、もういい加減帰って欲しい。
私がコップや空き缶を片付けていると、悠莉さんがまた泣き出した。
「どうしても……どうしても忘れちゃうの」
「あ~ハイハイ、忘れ物?ですよね?」
悠莉さんはかれこれ4回は忘れ物でクビになったという話をしている。4回クビになったのか、同じ話を4回しているのかは謎だ。
「本当はね……あの時、本当は刺すつもりで行ったの」
「…………は?」
「今日、あ、もう昨日か……あの時、本気で蓮を刺すつもりで行ったの。でも……でも刃物忘れちゃって……気がついたらこの手に何も持って無くて……」
いやいや!フツーそんな状況で刃物忘れる!?
「どーして忘れちゃうの!?だからクビになるのよね……グスン……」
「いえ……でも、悠莉さんが忘れてくれたおかげでロボ太は死なずに済んだわけで……」
「いい子~蓮の本命、妬ましいほどいい子~」
悠莉さんは私を抱き締めるとグリグリと頭を撫でた。元々ボサボサの髪が更にボサボサになった。
「しかも若い!その年じゃ将来に不安とか無いでしょ~いいわね~うらやま~」
「いえ、さすがに不安はありますよ?最近一生独身でいる覚悟もしたし」
「はぁ?待って?蓮は?」
蓮……?ロボ太の事か!
二人のお姉様方はロボ太と私が付き合っていると思い込んでいて、もう何度も違うと説明しているのに信じてもらえない。
「だから、ロボ太はただの友達です。あの、やっぱりロボ太は……」
「ちょっと待って?さっきからロボ太、ロボ太って言ってるけど何?何なの?あだ名?」
「あだ名です。あとロボ太は蓮じゃなくて、藤丸諒太です」
すると、二人は急に酔いから醒めた様子で頷いた。
「ふーん。本名は諒太って名前なんだ……」
「私達に教えた名前はホストクラブの源氏名か何か?」
「さぁ?」
え……?二人共、ロボ太の名前が蓮じゃない事に何の驚きも無かった。
「え?本名知らないなんておかしくないですか?」
「はぁ?あだ名がロボ太の方がオカシイから」
「だってロボ太は本当にロボみたいで……」
私はロボ太が昔本当にロボのようだった事を話した。全身整形であの姿になり、その費用で借金がある事。その姿に産まれた原因を突き止める為、私の父親に話を聞きに行く予定だった事。二人に全てを話した。
「そんな大真面目に説明されると……どう反応していいか困る……」
「あの整った顔だから全身整形はあり得るとして、甲皮族?それはどうも信じがたいわね」
信じがたい……それは普通に考えたら当然の事。
「私は蓮の過去なんてどうでもいいの。今現在、目の前にいる蓮を愛してる」
佐江子さんは私を真っ直ぐ見てそう言った。
『今現在、目の前にいる蓮を愛してる』それを聞いて気がついた。私はずっと……今でも過去のロボ太を求めていた。過去のロボ太との比較しかしていない。急にふとこんな事を思った。
今のロボ太は本当はどんな人なんだろう?時を経てロボ太は何があってどう変わったんだろう?
私は吸い寄せられるようにベランダに出た。
「ロボ太……あの……」
ベランダに出てロボ太に話しかけてみたものの、言葉が見つからなかった。
「?どうしたの?」
「えっと、あの……」
ロボ太を目の前にして、思い出したのは何故か今どうでもいい事だった。
「いつかイーハトーブに行こうねって話したよね」
「…………」
「覚えてる?慎吾に襲われそうになった時、ロボ太がそんな話してくれたの」
ロボ太は私の話を黙って聞いていた。
「私はいつもその事思い出して、今でもその約束……」
「忘れた。ごめん、その話全く覚えて無いんだ。イーハ?なんとか?それもよく覚えて無い」
イーハトーブを覚えて無い?ロボ太は宮沢賢治が好きで何度もその話をした。
本当に覚えて無いの?それとも私のした事にまだ許せない?
「ロボ太、あの時はごめんね」
「……あの時?」
「ロボ太の作った詩を勝手に読んで、勝手に人に見せた事……軽率だった。ごめんなさい」
あの時は本当にロボ太の詩が気に入って、成海に見せてしまった。
「だって……成海までロボ太を悪く言うから悔しくて……」
私の謝罪にロボ太は何故か黙ったままだった。しばらく重い空気が流れると、ロボ太は持っていたタバコの火を消した。すると、急に柔らかな顔をこっちを向けた。
「その事か~!てっきり局部見せろって話かと思った」
「あの、ごめん!それも謝るから!!」
「もういいよ。全部気にしてないから」
そっか!良かった!
ロボ太の笑顔にどこか安心した。ロボ太はもしかしたら私にちゃんと謝って欲しかったのかもしれない。
「もういい?もう全部吐き出した?」
「うん、ちゃんと謝れたらスッキリした」
「それは良かった」
私が素直に謝れるように、敢えて忘れたふりをして突き放したのかな?そこまでは考え過ぎ?ロボ太の考えは相変わらず私にはわからない。
「じゃあ、ここからは美織に本当の事を話すよ」
私がホッと胸を撫で下ろしていると、ロボ太は急に真面目な顔になった。
本当の事って……?何?