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8、バカ


8、



冷たい目でロボ太は女の人にこう言った。


「あんたが見てるのは結局顔だけだよね?顔が好きって言うけど……顔が良くなきゃ箸にも棒にもかからない、無価値な存在だって言われてるみたいで不愉快なんだよ」

「そんな……そんな事無い!」


正直、本当にそんな事無いかどうかは判断がつかない。けれど女の人はロボ太のその言葉を聞いて涙を溢した。


こんなのロボ太じゃない。あの頃のロボ太は誰よりも優しかった。


ロボ太とは家が近いせいか、登校も下校も毎日一緒だった。毎日登下校するうちに仲良くなって、下校した後も私はロボ太の家に毎日のように遊びに行っていた。


「ロボ太~!ゲームやろ~!」


ロボ太は突然押しかけても嫌な顔ひとつ見せず……と言っても普通の顔じゃないから嫌な顔がわからなかったんだけど……いつも私を自分の部屋に迎え入れてくれた。


「明日提出の宿題は?」

「あ……そんなの帰ってからやればいいし」


ロボ太は学習面ではバカがつくほど真面目で『今すぐここで宿題をやるなら』という条件を突きつけてきた。


「じゃあ、わからない所教えてよ」


暇な私は結局いつもロボ太の家で宿題をやるハメになった。それでもあの広い家に一人でいるよりはマシだった。相変わらず電波は不安定だし、特に趣味も無い。


私は持ちに行かされた数学のノートをロボ太の大きな机に広げながらブツブツと文句を呟いた。


「こんなのやったって将来使わないと思うんだよね」

「きっと使わない……でも……」


でも……?ロボ太は何かを言いかけて止めた。


「慎吾に言われた。どうせお前は将来使わないんだからやっても無駄だって……」

「え?それ本当?」


慎吾はロボ太の2つ年上の親戚で、同じ中学の3年生だった。慎吾は受験勉強のストレスを何かとロボ太にぶつけて来る嫌な奴だった。


「数学って……ロボ太は使わないの?」


商売をするなら数学は必要じゃない?


ロボ太はその容姿から、中学の卒業後にこの村で働く事が決まっていた。山や森を管理したり、木材を切り出す仕事らしい。


「そこまで難しい計算は必要無い。それよりは体力の方が必要。社会のノート取ってる?」

「社会?社会なら結構ちゃんと取ってるよ。持って来ようか?」

「頼む」


ロボ太の手では小さな鉛筆は持ちにくいみたい。そのせいで書くのが遅いし字も汚い。だからなかなか黒板の文字を書き写す事ができない。そんなロボ太に、私はノートを貸す代わりに勉強を教えてもらっていた。


「本当に一つ上?ここまでは小学生でもできる範囲だと思うけど?」

「小6から中1までほとんど学校行って無い」


私のその発言に、ロボ太は少し黙って「……なるほど」と一言言っただけだった。


「でも……使わないってわかってるのに、それでも真面目に勉強する理由は何なの?」


さっきロボ太の言いかけた「でも……」の続きが気になった。ロボ太は少し考えてゆっくりと口を開いた。


「それは…………バカになりたくないから」


当然と言えば当然の答えだけど、予想していた答えとは少し違っていた。例えば研究職につきたいとか、お父さんの会社を大きくしたいとか……そうゆう理由を予想していた。私が首を傾げているとロボ太は話を続けた。


「相手の気持ちが理解できないバカになりたくない。他人の言葉を鵜呑みにして安易な判断を下すバカになりたくない」


ロボ太はお兄さんの事でも慎吾にバカにされていた。お兄さんの事件の真相はわからない。だけど噂は村中に広がり、村の誰もがお兄さんの事を蔑む。そして親兄弟さえ差別する。よそ者の私でも、それは痛いほど理解できた。


「何も知らず何も考えず、人を一方的に判断して傷つけるバカにはなりたくない」

「ロボ太はそんなバカにならないと思うけど?」


そう言ったのに、ロボ太は自分のゴツゴツした手を見て呟いた。


「僕は人より皮が厚くて痛みを感じにくい。だから……だからこそ、心だけは人の痛みに敏感でいたい」


ロボ太はきっと人と同じじゃないという事に誰よりも傷ついていた。それなのに、他人を思いやる優しさがあった。


「…………そっか。じゃあ勉強しよう」


勉強したらロボ太の気持ちが理解できるようになるかもしれない。いやいや、まさか。そんなわけないとは思っていたけど、それ以上何も言えなかった。


それはロボ太が誰にバカにされても腐らず、人一倍努力する人だったから。そんなロボ太を否定したくなかった。私は「誰かの役に立ちたい」と素直に言えるロボ太に尊敬すら覚えた。


そう、私はロボ太を尊敬していた。


今思えば普通の中学生は思春期に入る。反抗期を迎えるはずの年にその考えはおかしい気もするけど……苦境の中にいたからこそ、ロボ太の言動は私にその疑念を抱かせなかった。


それなのに……今は目の前のロボ太は浮気者で、他人の気持ちなんかまるで考えていない。ロボ太はあの時なりたくないと言っていた『相手の気持ちが理解できないバカ』に成り下がっていた。


何だか……あの時の私の気持ちさえもバカにされた気がした。こんなクズを尊敬していた自分が愚かに思える。


そんなの悔しい!!


「ロボ太の……バカーーーー!!」


思わずそう叫ぶと、ロボ太の隣にいた元彼女が混乱した。


「え?ろ、ロボ?え?何?」

「何のためにその顔になったの?女を取っ替え引っ替え作る為!?」

「そうじゃない!」


ロボ太はすぐに否定した。それでも私の怒りは止まらなかった。


「見損なったよ!最っ低!!」

「そうじゃないんだ美織!少し落ち着いてよ!」


これが落ち着いていられる!?修羅場に私が参入した事にロボ太はかなり驚いていた。


「そうだね、落ち着いて冷静に話した方がいい。今日はもうあの事務所に行かない!だからちゃんとこの人と話し合って!!」

「はぁ!?何だよそれ!」


私の急なキャンセルにロボ太は焦っていた。


「こんな女と話し合いなんてどうでもいい。約束通り早く行こう」

「ロボ太……皮が薄くなって人の痛みに鈍感になった?そんなのおかしいよ。人と同じになったんだから、ちゃんと深く分かりあえるはずじゃないの?」


ロボ太はきっとバカじゃない。自分の目的の為に誰かを傷つけるようなバカじゃない。そう信じたかった。


「何の話?人の顔になったからって人と同じになるわけがないよね?むしろ同じになるように強要するのはおかしくない?」

「同じになれなんて言って無い。同じ人間なんだから相手の立場になって考えろって言ったの」


ロボ太は私の顔を見ると、大きくため息をついた。そして「仕方がない……」と言ってそれ以上の説得を諦めた。それでも納得いかないという顔は変わらず、悔しそうな顔で折れた。


「……わかった。事務所へ行くのはまた後日にしよう。今日はちゃんとこの人と話し合うよ」

「本当に?」

「その代わり、美織も一緒に説得してよ」


は?私も一緒に?説得……?


「説得って何を?」

「ちゃんとこの人と別れられるようにだよ。いや、もう別れてるんだけど」

「ちょっと待ってよ!絶対に別れ無いんだから!」


いやいや、ちょっと待って!?


思わずキレたせいで、何となくめんどくさい三角関係に巻き込まれてしまった気がした。


どうしよう……恋愛スキルの無い私に説得なんかできる筈がない!!


私が頭を抱えて困っていると、また別の女の人がロボ太に向かって突進してきた。その女性はロボ太にぶつかると、そのままロボ太と共に倒れた。


「うわっ!!」


え………………?


今、一瞬……ロボ太が後ろから刺された気がした。


「ロボ太!?」

「蓮!!」


目の前でロボ太が倒れた。その光景に呆然とした。


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