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7、冷たい

7、



ロボ太の呪いで一生独身が決まった。よし、成すべきは資格取得だ。


「待って?その決断はまだ早いでしょ!」


B定食を選ぼうとしていた私に静ちゃんが待ったをかけた。


「そっか、じゃやっぱりカレーかな?」

「いや、そうじゃなくて……メニューは何でもいいよ」

「そっか、じゃあ焼き魚定食にしよ~」


午前中の講義を終えると、私達はいつものように学食でランチにした。ホッケの塩焼きに期待して軽やかに食券機のBボタンを押した。出て来た食券を取ると、静ちゃんが急かすようにどんどん硬貨を食券機に入れていた。


「初恋が忘れられないぐらいで一生独身とか言い出す?メンタル豆腐なの?」

「そっか。まずは就職か!」

「だからそうゆう事じゃなくて……豆腐とかじゃないな高野豆腐か?」


静ちゃんは揚げ定食の食券を買うと大きくため息をついた。


「そんな風に決めつけないでさ、また誰かと付き合ってみたら?」


私はトレーを手に取りながら「それは無理だよ」と言って受け取りの列に並んだ。


「また先輩みたいなお付き合いとか疲れるし……」

「疲れる?疲れるほど付き合ってなくない?」


確かに後半ほぼ他人だったけど……むしろそれが疲れた。『名目上は彼女』彼女であるが故に『彼女らしさ』が発生する。『彼女らしさ』を求められても、それが先輩の基準に満たない。満たされない先輩はいつも不機嫌だった。


「今日は天気がいいからテラス席で食べよっか」

「あ、それいいね~」


今日は春の陽気が気持ちいい。テラスにでると多くの学生で賑わっていた。


「誰かの彼女ってめんどくさい。静ちゃんの彼女なら楽なのに」

「そりゃ女同士なんだから当たり前でしょ?」

「じゃあどうして男と付き合わなきゃいけないの?」


そのうち先輩の事が面倒になって距離を置いたら、あっという間に心が離れた。心が離れている恋愛はどこか心がすり減る。先輩を大切に想いたい自分と、軽蔑する自分。そして自己嫌悪に陥る自分。そうゆう気力の消耗はもうしたくない。


「なんで?そんなの決まってるでしょ?メスだから!手頃なオスとやる事やって子供産んで育てる。生命の営みとして当然の事。それが自然の摂理」

「でも、人間は動物じゃないんだよ?」

「動物だよ!気取ってんじゃ無いよ!意識高い系か?」


まさか人間である事を意識高いと言われると思わなかった。私は敢えて気取って見せた。


「食物連鎖の頂点ですが何か?」

「それで気取ってるつもり?」


私がもくもくとランチを食べていると、静ちゃんがまたため息をついてから揚げにフォークを突き刺して言った。


「前にも言ったけどさ『興味が無い』って否定よりも残酷だと思うよ?好きな相手に何も求められて無いって事は、オスとして価値無いって事じゃん?イコール生きてる価値無い……」

「それは飛躍しすぎだよ!でも……いてもいなくても同じって……それは辛いかも」


ロボ太にとって自分の価値が『いてもいなくても同じ』もしくは『どうでもいい』だったとしたら……


そんな風に思いたく無くて、ロボ太を父親に紹介する事にしたのかも。ロボ太にとって『今でも私に価値がある』その事を証明するために一緒に事務所へ行く事を承諾した。


いつの間にか静ちゃんはランチを食べ終えてスマホでゲームをしていた。


「そっか……静ちゃんも辛いよね……」

「そうそう。2次元の彼にはスマホを開くしか興味を持ってもらえないからね……ってコラ!」

「自分が一番生命の営みと逆行してるじゃん」


静ちゃんは2次元に多くの彼氏を持つ、自虐的自称『恋愛マスター』だった。


「私は3次元を卒業したの」

「何言ってんだか」

「とりあえず3Nなら誰でもいいから!何なら2次元でも全然応援するから!」


静ちゃんはそう言ってバッグに忍ばせていたペンラを持ち出して振った。ペンラで応援されると何だか複雑な気持ちになった。完全に腐った静ちゃんも高校時代は相当モテたらしい。


元々第一印象は普通に可愛いと思ったけど……その過去を聞くと自分は中の下で良かったと思えて来る。女子からの妬み僻み。男からは束縛にストーカー、痴漢にナンパ。静ちゃんはモテるが故に嫌な経験しかない。それでとうとう2次元に走った。ある意味『恋愛マスター』だった。


「3Nって何?」


それについては静ちゃんがしっかりと説明してくれた。


「NO借金、NO浮気、NO暴力」


それが付き合う相手の3つの最低条件らしい。


そうは言っても、もう既にロボ太はNO借金をクリアしてない。


そんな事や雑談を静ちゃんとお喋りしていると、あっという間に時間は過ぎていった。そしてとうとう、ロボ太と父親の事務所へ向かう時間になってしまった。


私は静ちゃんと別れ、ロボ太との待ち合わせ場所へ向かった。待ち合わせ場所は、父親の事務所のある最寄り駅。事務所があるのは大学から四駅、それから乗り換えて六駅。


電車に揺られるうちにどんどん憂鬱になった。


あの事務所は嫌な記憶しかない。父親の浮気現場を目撃したり、体をあちこち触って来るセクハラオヤジの事務員がいたり……そこにあのロボ太を連れて行くなんて最悪。でも一度ロボ太を連れて行けば私は解放される。


私の気持ちとは裏腹に、こんな時に限って乗り換えがスムーズにできてしまう。このままじゃ待ち合わせ時間に予定より10分くらい早く着きそうだった。


電車が駅に着くと、電車から降りて改札へ向かう人が波のように流れていた。その流れに流されるように改札まで行った。


改札を出ると、駅に行き交う人はまばらだった。何本かある大きな柱の近くに人を待つ姿がいくつかあった。


そのうちの一人が……ロボ太だった。


もう来てたんだ……よっぽど父親から話を聞きたいんだね。


その姿を捉えた私は「ロボ太!」と声をかけようとした。その瞬間……見知らぬ女の人が私の横を通り過ぎて、ロボ太の顔を勢い良く平手打ちをした。


バチン!と見事なまでの音が辺りに響いていた。女の人は今にも泣きそうな顔で叫んだ。


「最っ低!!」


うわぁ……修羅場……


ロボ太の顔を叩いた女の人は、黒髪の美人でモデルのようにスタイルが良かった。そんな女の人が涙ながらにロボ太に手をあげた。


「この女誰よ?また違う女!?」


その問いにロボ太は黙ったままだった。


「どうして……?どうして私の事無視するの!?」


そんな女の人にロボ太は冷たい一言を言い放った。


「……別れたから」


別れた?この人、元彼女?


「ひどい……」


私はその修羅場にドン引いて、思わず足を止めた。


ダメだ。これは多分……いや確実に……


関わってはいけないやつだ!!


そう思って私はそっちの方を見ないように努めて気をつけていた。それなのに、一瞬ロボ太と目が合ってしまった。


「美織!」


しまった!!


ロボ太は目の前の女の人を押し退けて私の名前を呼んだ。私はとっさにロボ太から視線を外して、他人のふりをした。スマホの画面を見る素振りをしてみたり、辺りを見回してやり過ごそうとした。


「待ってよ!美織!」

「美織!?美織って誰よ!」


ロボ太が私の名前を呼びながらどんどんこちらに近づいて来た。けれど私は逃げるように早足でその場から移動した。


「美織、おーい!美織~!」

「待ちなさいよ!ちょっと、蓮!!」


蓮……?


ロボ太を呼び止めた女の人は、ロボ太の事を蓮と呼んだ。ロボ太の名前は諒太。蓮じゃない。


やっぱりロボ太じゃない!!


私が足を止めて二人の様子を伺っていると、女の人がロボ太の前に立ちはだかった。


「蓮、そんなに私の事が嫌い?」

「別に?嫌いじゃないよ。でもこれから予定があるから。すぐにそこを退いてくれない?」

「嫌!蓮の彼女に戻れるまでここを動かない!」


その女の人は人目も憚らずロボ太に復縁を迫っていた。そのドラマのような状況に、思わずその場から動けなかった。野次馬根性ってやつ?なのかな?


「はぁ?彼女に戻る?最初から彼女にしたつもりないんだけど?」


ロボ太がその女の人に浴びせた視線はめちゃくちゃ冷たかった。今のロボ太は冷たい。昔のロボ太に感じていた温かさはどこにも無かった。



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