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56、葬儀の後は



56、



ロボ太のお父さんはどんな仕事をしてるの?何気ない日にロボ太にそう訊いた覚えがある。


『粉砕機を使って木を砕く仕事』


そう聞いていたけど……体や靴はいつも真っ白な粉でまみれていた。木の粉がこんなに白いものだとは知らなかった。でもそれは木材じゃなくて、木炭を作る炉で焼かれ残った人の骨。それを形が残らないように砕く仕事。


その匂いは独特で、いつもお父さんがいる事が匂いでわかる。今思えばそれは『死の匂い』だったのかもしれない。


焼け落ちた体育館の映像を見て、その匂いを思い出した。そして今まで感じた事の無い恐怖と不安に襲われた。


あれから母は連日葬儀の手伝いや式の参列が続いた。1日にブッキングする事もあってスケジュールが混沌としていた。


母は独特の匂いを纏って疲れた様子で帰って来る。そんな母が心配だった。その匂いが染み付いて、家でもお通夜みたいだった。


「今日は雪穂ちゃんのお祖父様だったのよ」

「知ってる。明日は慎吾のお父さんでしょ?」

「みんな突然親族を失って辛いわね……」


放火の可能性は高くても、山奥の体育館は監視カメラも無ければ目撃者もいない。車のドライブレコーダーは駐車場が下にあるせいで体育館すら映っていない。


次の日、母と一緒に慎吾の父親の葬儀に参列した。場所は葬儀は8駅先の故人の自宅。慎吾の家は村がダムになる前に引っ越したらしい。


私は当然喪服なんか持って無くて、母のお古を借りた。サイズは合っていてもデザインが古い。なんとも言えずダサい。あまりにも似合わなすぎて、行きの車の中で母がため息混じりでこう提案した。


「今後の事も考えて今度喪服を新調した方がいいかもしれないわね」

「葬儀に備えるって……何か嫌だ……」

「気持ちはわかるけど、やるべき事をやる事と自分の気持ちは別に考えなさい」


そうなんだけど……それはわかってはいるんだけど……


底知れぬ不安。その不安とどう折り合いをつけていいかわからない。


近くに車を止め、慎吾の家まで歩いた。慎吾の家は広い庭の中にある、古いタイル張りの茶色い家だった。


初めて見たかも……慎吾の家。


多分、村がダムになったタイミングでみんな引っ越していて、村とは違った家に住んでいる。同じ県内にいない人もいる。


着なれない服、暑さ、待ち時間、これを何度も繰り返す大人って……なんて忍耐強いんだろうと感心を越えてげんなりした。


ただ……こんなにも重なる事はまず無い。と母は言っていた。さすがに今回の体育館全焼は異常事態らしい。


列に並び、お経を聞いて、順番が来ると御焼香を見よう見まねして、親族に一礼して母の待つ外に戻った。


母はこの後別の葬儀にも参列する予定で、先に移動する事になっていた。私は一人で電車で帰る事にした。幸い最寄り駅はさほど遠くはない。


知り合いがいたら車に乗せてもらえばいいと言われたけど……皆それぞれの親族の葬儀に忙しく、友達は誰もいなかった。


梨華はこの異常事態を心配して実家で留守番と家事を引き受けてくれた。そういえば、母が何度もお礼を言うといつものツンデレが発動して「料理を教わったんだから協力するのは当たり前でしょ?」と言って照れくさそうにご飯を口に詰めていた。その姿を駅までの道を歩きながら思い出して少しほっとした。


誰もいないホームに入ると、妙に蝉の鳴き声が響き渡っていた。田舎過ぎてこの沿線もいつか廃線になるんじゃないかと心配になる。それぐらい人がいない。


他に参列者がいてもいいくらいなのに……すぐ帰るのも私くらいなもんか……


私はホームのベンチに腰かけると電車を待つ間、履き慣れないヒールを脱いで足をバタつかせて疲れを取ろうとした。


誰もいないしいいよね。スマホを出して梨華に連絡しよう。


でも暑さのせいか電波のせいか、少しスマホの調子が悪い気がした。とりあえず帰る時間だけはメッセージ送っておく事にした。何分の電車に乗る事、玄関で塩を振って欲しいと送っておいた。


もうすぐ電車が来る時間になる頃、1台の車が駅の前に止まった。それは見覚えのある黒い車で、黒いスーツの男が車から降りてこちらにやって来た。


「いたいた!美織!」


スーツ姿の男は慎吾だった。


「慎吾?どうしたの?」


私はベンチからすぐにパンプスを履いて声をかけられた方へ歩いて行った。


「これから暇か?」

「特に……予定は無いけど……」

「じゃあ、どっか行こうぜ!」


……は?いやいや!今日あんたの父親の葬儀!どっか行こうとか不謹慎だから!


「あの中にいて、このまま落ち込むのも嫌なんだよ。かといって一人でいたくもないし……」


慎吾は親の死に複雑な気持ちを抱えているのかもしれない。なんとなく一人でいたくない気持ちもわかる。僅かな同情で了承した。


「いいですよ。どこでも付き合います」


そう言って私は慎吾の車に乗った。


「よし、これからどこへ行くか!」


助手席に乗るとサイドミラーに映った自分を見てある事に気がついた。


「あーーーー!」

「どうした?」


私、ダサい喪服のままだ……


「いや……どこか行くのはいいんだけど……あの……この格好……」


この格好のまま出掛けるのは少し勇気がいる。慎吾の黒スーツもどうかとは思うけど、ネクタイを外せば無くもない。


「できれば着替えたい。やっぱり絶対着替えたい!どーしても着替えたい!」

「ああ……まぁ、そうだな。確かにどこぞのオバサンかと思ったわ」

「やっぱりーーー!」


自分でわかっていても他人から言われるとかなりショックだった。


「とりあえず私の実家に向かってくれませんか?」

「実家ってどこだ?」

「ダムのある最寄り駅の近くの商店街の外れです」


慎吾は「わかった」と言って車を動かし始めた。


しばらくすると慎吾は何かにはっ!と気がついて私に言った。


「『オレこんな村嫌だ』だけはかけさせねぇぞ!?」

「別にかけようとしてませんけど?」


自分の車では私が本当に吉育三しか流さないと本気で思ってるんだろうか?


「じゃあいつもどんなの聴くんですか?」

「シャカイノオワリとかせいそうがかりとか」


なんか……流行りが微妙に古い気がする。


「シャカオワってもう終わってません?」

「終わってねーわ!終わらすな!」

「せいそうがかりって散らかり放題になったんじゃなかったですか?」

「活動休止な?いやもう再開してるわ!」


そんな話をしながら20分ほどダムに向けて車を走らせると、あっという間に実家に着いた。


すると私が車から降りようとシートベルトを外していると、慎吾が私に訊いた。


「あいつ……お前の実家にいるのか?」

「?あいつ……?」

「あの……付き合う間近の友達って奴」


ああ!慎吾には梨華をそう紹介したっけ!


「あーそうなんですよ~」

「別に男じゃない事は知ってる」

「は……?」


……なんで?どこかで会った?体育館?でもあの時は女子っぽい服を着てたし、同一人物には見えないと思うけど……


そんな事を頭で巡らせていると、慎吾が言った。


「どんなに想い合っていても同席の婚姻は今の日本の法律じゃ結婚できない」

「……知ってます」


何?なんで?どうしてそんな事言うの?私が不審に思っていると、慎吾は急に投げやりな言い方で言った。


「まぁ、俺には関係ないけど!」


じゃあなんで今言った!?何なの!?


慎吾の中身の無い話は置いといて、私はとりあえず車から出た。



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