53、タイミング
53、
リョウはドクターヘリで病院に運ばれて行った。表向きは熱中症で運ばれた事になっているけど……
あれは誰かに刺された傷だよね……?じゃなきゃ熱中症で出血するはずなんか無い。
それでもリョウはなるべく自分の姿を誰にも見せたがらず、母の応急手当ての後、自分の車の中で静かに救急車を待った。
「ここで大事になれば強い反対の意志を受け取る事になる。今回のチャンスを逃すわけにはいかない」
この廃止の流れが止まってしまえば、村は全てが明るみに出て罪に問われるまで犯罪組織から抜け出せない。
リョウは脂汗をかきながら痛みに耐えていた。
……お願い……死なないで!!
幸い体育館の駐車場がヘリの着陸場所として適していて、車を数台動かすだけで着陸のスペースを確保できた。
体育館の駐車場でヘリを見送ると涙が溢れた。
これが最後のお別れなんて事にならないよね……?私、リョウにまだちゃんとお礼の言葉を言ってない。まだリョウの本心と向き合ってない。
どうしてちゃんと話を聞かなかったんだろう。いつも命を救ってくれたのはリョウなのに……今さら後悔するなんて……バカ!バカ!バカ!
「まぁ、バカだろうね」
自分自身の頭を叩いていると、梨華がそう言った。
「もっとバカはあっち」
梨華が指差したのは体育館の方だった。体育館からはまだ酒を飲む人々の声が聞こえた。
あの中にリョウを刺したのに平然と酒を酌み交わす人間がいる。そう思うと急に恐ろしくなった。
ここの人達はどこか感覚がおかしい。隔離された環境がそうさせるの?それとも秘密を共有している共依存のせいとか?人々は犯罪を隠し通せるという絶対的な自負がある。
そんなの最っ低!そう思い切り叫びたくなる。
そんな最低な人達が自分の親族だと思うとゾッとする。何とも言えない怒りが湧いてきた。怒りと失望、さらにはひどい嫌悪感に襲われていると、慎吾が自分の車に乗らないかと言ってやって来た。
「美織の母さん一緒にヘリに乗ったんだろ?そうなるとお前ら帰りの足がないだろ?」
「慎吾……私……」
「わかってる!病院へ行きたいんだろ?ヘリポートのある総合病院へ行ってやるよ」
ここは慎吾の好意に甘える事にした。
「ありがとう!お願いします!」
病院まで乗せてもらう事になった慎吾の車は、軽トラじゃなくて黒い普通車で安心した。私は助手席に乗せられ、梨華は後部座席に乗った。
母に病院に向かう事を連絡すると、急に不安になった。なかなか母から折り返しの連絡が無い。私は緊張しながらスマホを握りしめて通りすぎる風景を眺めた。
すると、慎吾が「気分転換に音楽でもかけるか?」と声をかけてきた。
「いい。今は吉育三を聞く気分じゃないし……」
「おい待て?オレの車の音楽『吉育三』一択じゃねーからな?」
ホント……こんな村嫌だ。ホントに最悪。
「栄造さんの映像は……」
慎吾がそう切り出すと、梨華が「ええぞう?」と続けた。
「あれは衝撃だったよな~!しかもまさか美織が成海と従姉妹だったなんてな~……」
「………………」
慎吾と明るく話す気にもなれなくて、車内は沈黙に包まれた。
「でも、栄造さんが廃止を宣言してくれたらもう安心だよな!」
そうか……私、成海と従姉妹だったんだ……
「成海と話したかった……」
あの場に成海もいたのなら、一度ちゃんと話をすればよかった。往生際が悪いのはわかってる。だけど成海が本当に本心で私を恨んでいて、本当に死んで欲しいと思っているのか確かめたい。成海の気が晴れる方法が、本当に私が消える事なのか……
「でも……今日、成海見かけたか?来て無かったんじゃないか?」
「来て無かった?どうして?成海だって親族でしょ?」
「知らねーよ。まぁ、あいつ昔からじーさん嫌いだったからな~」
成海は栄造さんを嫌っていた。でも、私と違って内孫として一緒に暮らして来た。私にはわからない苦労もあったとは思うけど……
『母を捨て、この村を出て好きな所へ行け』
栄造さんが成海に残したその言葉は、何も知らない成海には、何も知らないままどこか遠くで幸せに暮らして欲しい。そう願っている気がした。
成海のお祖父さんがお父さんの親だと考えると……考え方が同じ可能性がある。わざと嫌われて自分から遠ざけて、後はお幸せに。そうゆう自分本位な所が親子だからソックリ!と思えば納得がいく。
「はぁ~~~」
思わず大きなため息が出た。祟られてるどころかガッツリ背負わされてるし……
今はとにかくリョウが無事でいてくれる事を願うしかない。
私が黙っていると、梨華も黙って外を見続けた。そのうち慎吾も少しずつ口数が減り、沈黙のまま車は病院に到着した。慎吾は入り口の前で私と梨華を降ろしてくれた。私は窓越しに慎吾にお礼を言った。
「送ってくれてありがとう。慎吾、ロボ太に意地悪だったけど意外といい人だね」
「意外とって何だよ!相変わらず失礼だな!」
慎吾の車を見送って病院に入ると、エントランスに母が待っていた。
「お母さん!リョウは!?」
「それが……助かったは助かったんだけど……」
「良かった~!」
リョウの無事を聞いてホッと胸を撫で下ろしていると、母のけど……に続く言葉に驚いた。
「妻って人が来てね……」
「妻ぁ!?あいつ既婚者だったの!?」
「それがね……成海ちゃんだったから驚いたわよ~」
は……?成海?リョウの妻が?
衝撃的な母の発言に驚愕した。
「どうゆう事?成海は?帰っちゃった?」
「さぁ?ずっとここにいたけど帰った様子はないからまだ病室にいるんじゃないかしら」
成海に会うのは少し怖いけど、ここならちゃんと話ができるかもしれない。私は一人でリョウの病室に向かった。
リョウはまだ意識が無いかもしれない。だからきっと病室は二人きり。
だけどここならすぐに殺される事も無い。もし最悪の場合でもきっと治療が間に合わない事も無い。色々考えを巡らせながら、母に教えてもらったリョウのいる病室のドアをノックした。
「どうぞ」
そう言った声は、聞き覚えのある成海のものだった。中は個室でリョウの眠る隣には成海が付き添っていた。
「成海……」
「美織……来たの……」
成海は以前と雰囲気がまるで違っていた。綺麗な黒髪が栗色に代わり、洋服も大人っぽいブラウスとスカート。見た目は自分より年上に見え、少なくとも私よりは『妻』に見える。
「崖に突き落としておいて、来たの?はないんじゃない?ダムにだって勘違いさせて……」
「あれは勝手に入ったんでしょ?それも諒太が助けなければこんな事にはならなかったのに……」
こんな事にはならなかった……?
「それって……どうゆう意味?成海はリョウが刺される事を知ってたの!?」
「仕方がないじゃない!それが諒太を美織から奪う最終手段だったんだから!」
最終……手段……?
「違う……違うでしょ?命を奪う事で自分のものにするのは違うよ。そんなの間違ってる」
今の成海に正論は通じない気がした。そもそも正論が理解できるならこうはなってない。
そう感じたけど……今まで私への妨害はまだ許せる。諒太への複雑な気持ちもわかる。だけどこれは立派な傷害事件だよ!
「まさか……成海が刺したの?」
「そんなわけないでしょ!私は何もやってない!」
「やってない?直接手を下してないからって何もやってないって言える?」
成海は思わず椅子から立ち上がると「違う!私は今日の体育館にすら行ってない!」と言った。
話が噛み合わない。行かなかったからいいわけじゃない。知ってて対策を取らなかった事が問題なわけで……
私は諦めて別の質問を投げ掛けた。
「どうして来なかったの?」
「どうせ私が行く意味なんか無い。どうせ後継者に選ばれるのは私じゃないし。それより婚姻届の方がよっぽど大事でしょ?」
「婚姻届?まさか……リョウとの?」
結婚する相手が刺されるってわかってて婚姻届を出しに行くパートナーって何なの?意味がわからない。それも相手に承諾も無く勝手に……
「黙って出したわけじゃない!今日なら出していいって言われたから……」
「え?今日限定?何それ……」
それは本当にリョウの本心なの?いつも向き合いたいタイミングでリョウの考えが理解できなくなる。だからいつまでたっても私にはリョウの本心がわからない。