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52、遺言


52、



『村の秘密を守る為、村に迷い込んだ人間はある薬を飲まされる。その薬が見た目を劇的に変える薬で、皮膚を異常に硬く醜く変形させる働きがある』


村のホームページの甲皮症の原因『突然変異』なんて大嘘だった。リョウの言っていた『製薬会社の環境汚染かもしれない』という話も大嘘……?とまではいかないけど、何も知らないという話は嘘。


リョウは私に依頼報酬は『自由』だと言ったけど……彼の言う自由って何なんだろう?私からリョウを奪いたい『誰か』に追われ無い事?


『誰か』は成海じゃないの?それならリョウは成海と鍵を共有して二人でこの村の事業をやっていけばいい。


そうならないのは何故?


ロボ太の手紙には、村の仕事についても書かれていた。村の遺体処理業務には主に『手配』と『回収』という役割があって、『手配』という報酬の回収や窓口などの事務業務や雑務を金丸が担い『回収』という実行班を藤丸が担っていた。


これを聞くとただの運送会社みたいだと思った。


藤丸諒太は架空の村民の一家の一員としての名前で、本名は…………


私に教える気は無いらしい。


今さらここがどんなにヤバい村だと聞いても驚いたりしない。今はもう村は無いし、実行犯の顔が出てこない。


村の人達はみんな間違った仕事だと思っていても親族である以上何も言えないし、反社会的勢力の報復が怖いのか表立っては触れる人もいない。触らぬ神に祟りなし。その神に私はもう祟られている気もするけど……


祟りが怖くて手を伸ばすのを躊躇していれば、一生ロボ太には届かない。


「手紙も見つけた事だし、そろそろ帰らない?」


気がつけば日も傾き始めていた。


「もうそんな時間?」

「結構な時間掘ってたからね」


私は一旦手紙を持ち帰ろうと丁寧に折り畳んでポケットにしまった。そして梨華と元実家の空き家を出ると、バス停に向かった。


すると、そこでリョウが車を停めて私達を待っていた。リョウは車の外に出て後部座席のドアを開けると私達を乗るように促した。


「乗れ。体育館へ行くぞ?」

「は?何しに?」


急な提案に戸惑っていると、私達の横を珍しく何台か車が通りすぎて行った。


それを見たリョウが言った。


「みんな体育館へ向かってる」

「体育館で何があるの?」

「栄造じいさんの遺言状開封と、生前の映像公開がある」


リョウが言うには、成海のお祖父さんは遺言状を慎吾の二十歳の誕生日に開封するように言い残していた。その開封を目的に村の裏事業に関わる人が集まるらしい。


梨華は「行くの?」と私に訊いた。


「私達関係無くない?」

「お前はもう関係無くないんだよ」


えぇ!?そんなに祟られちゃった感じ?


「お前を連れて行かないと俺が殺されるかもな」

「はぁ?何でよ!?」

「まぁ、終わったら家まで送ってやるから。友達もついでにどうぞ」


すると、梨華が「面白そう」と言って車に乗り込んだ。


「梨華!知らない人の車に乗っちゃダメだよ!」

「別に親しくは無いけど知らなく無いし。一応この人命の恩人だし」

「それは……そうなんだけど……」


だからと言って易々とついて行けるような関係でもない。


「お前の母親も行ってる」

「お母さんも!?」


お母さんはもっと関係無い!……でもリョウは『連れて行かれた』とは言わなかった。それは母自ら向かったように聞こえる。


私は警戒しつつもリョウの車で体育館へ向かった。


村の体育館は小高い山の上にあって、その少し下に駐車場がある。その駐車場に車を置き、坂を登った。


木々に囲まれた体育館は日の光があまり入らなくていつも暗い印象がある。その上利用者も減ると管理も行き届かないのか、外壁の塗装があちこち剥がれていた。木造の体育館はどこか不気味だった。


その中に入ると、異様な雰囲気に圧倒された。体育館の中はカーテンが締め切られ、薄暗く蒸し暑かった。ステージ部分には大きなスクリーンが設置されていた。


「なんとか間に合ったみたいだな」


リョウがそう言うと少しひそひそ声が聞こえ、そのの声に紛れてカチャカチャと映像を準備する音が聞こえた。


「入ってすぐこんな事言うのも何だけど……今すぐにここから出たい」


私が小声で言うと梨華も小声で言った。


「わかる。加齢臭が半端ない」


すると、スクリーンに人の映像が写し出された。着物を着た頭の禿げ上がったお祖父さんが、掛け軸のかかった床の間の前で正座していた。あの人は恐らく成海の祖父の藤丸栄造。だけどこの頃はまだ元気だったのか、この人があの病室に寝ていた人と同じだとは想像できなかった。


私は映像が始まる前に母の姿を探した。母はパイプ椅子の並ぶ列の右側の一番右端にいた。


「あ、いた!お母さん!」

「美織。間に合ったのね」

「これ、何なの?どうしてお母さんも来てるの?」


そしてとうとう映像が動き出すと、母は言った。


「詳しくはお祖父さんのお話を聞いてから説明するから」


スクリーンに写し出されたお祖父さんは咳払いをすると、最初にこう言った。


「栄造の映像はええぞ~?」


シーーーーン……


場の空気が凍るのがわかった。


梨華が「うわっ寒……」と言って引いていた。


「掴みは完璧だな」


いや完璧だと思ってるのおじーさんだけだから!!突っ込んじゃうよ!遺族の事考えたら突っ込んじゃいけないのに思わず突っ込んじゃうよ!!


「皆も薄々気がついているとは思うが、我が村の事業について発表がある。ほれ、ドラなんとか!」


栄造さんがドラムロールを要求すると、撮影者が口でドラムロールをやった。


「ドゥルルルルル……ババン!!」

「事業は全面廃止とする!!」


すると体育館は一気にざわつき始めた。「生活はどうなるんだ?」「他に仕事がない」「今さら何を考えているんだ」


「生活には支障無い。甲皮症の薬が調整され、別の薬として正式に製品化された。その治験報酬としてしばらく暮らすには事足りるだけの額は出る」


そうなんだ……


栄造さんはガヤガヤと話し声の中説明を続けた。


「戦後貧しい炭焼きの村が始めた火葬の委託だが、今ではただの犯罪の片棒担いでいるだけ……この時代錯誤な事業は次の世代には受け継がないで欲しい。もう一度炭焼きの村に戻り、誰もが日本のどこでも表を歩けるように空で願っている」


ガリガリの指で栄造さんは上を指差した。そしてもう片方の手を出して指で#を作った。


「これからはSOSの時代らしい」

「SNSな?」

「はっすたぐをつけられるとすぐに拡散される。恐ろしい話だ」


何故にハッシュタグだけ訛った?


「次世代の後継者には、焼き場や粉砕機の入った倉庫、顧客情報の入った神社の鍵をそれぞれ持たせてある。最後にどうするかは今を生きる若者に託した」


それってつまりは丸投げじゃない?慎吾と成海に決めろって……もしどちらかが止めないって言い出したら?泥沼だよ?


「金丸はそれでいいのか!?」


誰かがそう叫んだ。すると、慎吾のお父さんらしき人が言った。


「年々稼ぐ額は減り、リスクばかりが高くなる。この村が暴かれるのも時間の問題だ。その償いに子供達を巻き込みたくはない」


自分のハッシュタグに満足したのか、栄造さんはまた話を続けた。


「金丸の息子、慎吾。そして、若くして村を出た我が愚息の娘、美織。この二人に村の未来を託した」


……は?今、なんて?今、まさか私の名前が出た?成海じゃなくて?その時ふと『栄造の映像はええぞ~』というフレーズどこかで……それに、撮影者の声がどことなくリョウに似てて……


ハッとしてリョウの方を見ると、リョウはどや顔でこっちを見ていた。


もしかして……村の事業を奪おうとしてたんじゃなくて、終わらせようとしてた?


「それでは冷たい酒で閉幕の宴でもやってくれ」


こうして栄造さんの映像は終わり、体育館が明るくなると冷たいお酒が配られていた。


私はリョウが体育館の外へ出るのが見えたからその姿を追いかけた。リョウはどことなくフラフラしているように見えた。あの暑さじゃ熱中症になるのも当然かもしれない。


「リョウ!待ってよ!どうゆう事かちゃんと説明してよ!」


外へ出ると、先に出ていた梨華と母が待っていた。


「お母さん……どうゆう事?」

「栄造さんの言っていた通り、栄造さんの息子がお父さん、美織がその娘って事」

「そんなの……今さら……」


私がその事実に戸惑っていると、駐車場に向かって歩いていたリョウの姿が突然消えた。


え?消えた?


辺りを見渡しながらリョウの姿を探すと、車の隣で倒れている事に気がついた。……もしかして熱中症?


「お母さん!リョウが倒れてる!」


とっさに母を呼ぶと、母は急いでリョウの元に駆けつけた。


「すぐに救急車を呼んで!」


私が呆然とリョウを見ていたら、梨華が電話をかけていた。


リョウをよく見たら、白いTシャツの脇腹の所が赤く染まっていた。その染みはみるみるうちに広がっていくのが恐ろしかった。




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