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50、おにぎり


50、



蝉の鳴き声で目が覚めたけど、目がなかなか開かなかった。チリリン……と風鈴の音が涼しげだけど、なかなかの暑さだった。


「あ、やっと起きた?」


布団の脇の方、出窓の下で梨華がスマホを見ながら言った。


「目……開かない……」

「あれだけ泣けばそりゃ腫れるでしょ」


そうか……昨夜は泣いて泣いて、布団に入ってまた泣いた。


「お昼食べようと思ってるんだけど、食べる?」


梨華の隣には小さな書斎机があって、その上におにぎりが何個も乗ったお皿が置いてあった。


「食べる……」

「喉乾いた。麦茶持ってくる」


私がのそのそとやっと布団から出た頃、梨華が2つのコップと麦茶のポットを持ってやって来た。梨華は麦茶を雑にコップに注ぐと私に差し出した。


私がその麦茶を眺めていると「早く取って」と言われた。私は冷えた麦茶を手に取って一気に飲んだ。喉がカラカラだったから麦茶が染み渡る。


「お代わり」

「早っ」


梨華は驚きつつももう一杯麦茶を注いでくれた。


なんか、前にもこんな事があった気がする。


梨華はラップを外しながらおにぎりについて説明し始めた。


「これとこれは昆布、こっちがわが鮭で、これとこれが……」


私は説明の途中で一つのおにぎりを手に取った。


「……聞いてる?まぁいいや」


そう言って梨華も一つおにぎりを手にとって口にした。おにぎりを食べていると、ある事に気がついた。


「これ……具……入ってない」

「それ、塩。塩握り」

「………………なるほど」


お米の甘味と塩味が意外とシンプルに美味しい。


「私……今、このおにぎりに具が入ってるはずって思い込んでた」

「まぁ、普通は何かしら入ってると思うけど」

「そうだよね。普通は何かしら入ってると思うよね……」


でもその普通は自分の中での普通であって、他の人からしたら普通じゃないのかもしれない。


「多分……期待しすぎたんだよね。ロボ太は私の事を大事に思ってるはずだって。どこかロボ太の中で、成海より私の方が存在が大きいと思い込んでた。別に成海にマウント取りたいわけじゃないんだけど……ロボ太は私には何か残してるはずだって自信があったんだと思う。なんか……冷静になってみたら……それって気持ち悪いよね」


考え方が一方的過ぎて完全にメンヘラじゃん!!


「まぁ、気持ち悪いね」


梨華はバッサリと切り捨てた。


「それってさ、成海よりも優位に立つ事が正解なの?あんたにだけサヨナラの言葉があれば満足なわけ?入ってるはずの中身が入って無い!だからこんなのいらない!って……駄々っ子かよ」

「そんなに核心をつかれるとぐうの音もでないわ」

「その……ロボ太?変なあだ名。そいつから新しく何かを与えられなきゃ保てないほど薄っぺらい関係なら、それってただの執着じゃない?」


確かに。もはやここまで来るとストーカーな気がしてきた。


「それに、そこまで揺るぎない自信があるなら、それなりの根拠があるって事だよね?まさか根拠も無しに期待してないよね?もしそうだったらマジで気持ち悪いからね」

「根拠は……ある。私の中にはある。少なくともロボ太に嫌われてはないと思う」


それも私の一方的な思い込みかもしれないけど……


「うわぁやっぱ気持ち悪いな私……」

「まぁ、でもなんか安心したわ。再会して気持ち悪いほど大人ぶっててなんか痛いなと思ってたんだけど……幼稚な所あるじゃん」

「ひぃいいいい!痛いとか思われてた!最悪!しかも幼稚とか……」


梨華の容赦ない悪口にさすがに凹んだ。


「幼稚な方が愛嬌があるって事。それに、あんたに死なれたらこっちが困るんだけど?何のためにここに来たと思ってんの?」

「え……何のため?」

「私、自分の子供ができた時に決めたの。子供に誇れる自分でいるって。あの子にはもう二度と会えないし何もしてあげられないけど、せめて恥ずかしい親にはなりたくない。それが、自分の進む道ってゆうか……自分の中にアイデンティティってゆうの?そうゆうのができた。その恩返しだと思ってる」


その恩返しの為にここに来てるの?よくわからないんだけど……


でも、梨華の子と違って私はロボ太にもらった言葉がたくさんある。一緒に過ごした日々は何も知らないというほど少しじゃない。ロボ太が何を思い何を考えて失踪したのはわからない。だけど、ロボ太にもらった言葉や経験は少なからず私の軸になっている。


その気持ちを本当にロボ太に返したいと思うなら……『探さない』という選択もあるのかもしれない。


おにぎりを食べながら、ふと古い本棚が目に止まった。この本棚は元々ここにあって、前の住人のおじいちゃんの物らしい。家の中の物は自由に使っていいと言われたけど、本棚と書斎机だけは捨てるに捨てられなかったらしい。


ロボ太も本が好きだった。あのゴツゴツした手で破かないように慎重に本をめくる姿が好きだった。


『どうして本が好きなの?』


そう聞いたら『三大欲求だから』って返ってきて、検索して調べたら『食欲』『睡眠欲』『性欲』って出て来て……


読んでるのはエロ本かよ!!


とか思ったけど、ロボ太の読んでる本は宮沢賢治とか太宰治とか……どう考えたって官能小説じゃない。


だから「ロボ太は難しい本で抜ける変態なの?」と訊いた事がある。いや、マジで。真面目に。真顔で大真面目に訊いた。


その時、私の大真面目に訊いた問いに、ロボ太はフリーズして持っていた本を落としていた。


「そうゆう意味じゃなくて……僕は性欲ではなくて読欲。無性に読み物を集中して読みたくなる時があるんだ」

「あぁ、なんだ。そうゆう事か!それならそうと言ってよ!本気で心配したよ……」

「急にセクハラ発言するからこっちも驚いた。そんな誤解生むと思って無かったから」


結局『三大欲求』の意味は、単に読書がライフワークだって話だった。


「一本の木が育つのに水と光と養分が必要。それと人間も同じだと思う。特に、養分が無ければ大きく育たない。本は人の心を育てる養分だと思うんだ」


『本は養分』………………その話、すっかり忘れてた!


私は食べていたおにぎりを慌てて口に詰め込んで出かける支度を始めた。 さすがにキャミ1枚パンツ1枚では出かけられない。


「何?どうしたの?」

「おほほひはひは!」

「はぁ?口の中の物なくなってから喋りなよ」


すぐに口の中のおにぎりを飲み込んで、言い直した。


「思い出した!もしかしたら木の上じゃなくて木の下かもしれない!」

「は?」


梨華は一度首を傾げると、私が支度する姿をおにぎりをほおばりながら眺めていた。


やっぱり『探さない』という選択肢は無い。目の前にそれっぽい日記があったから、そうだ!と思い込んでたけど、あの日記が正解とは限らない。


私が家から出ようとすると、家の前にはリョウが待ち構えていた。


「どこへ行くつもりだよ?」

「あなたには関係の無い事です」

「なんでだよ!なんで命を救ったのにそんな態度になるんだよ!」


恩知らず?違うよね?恩知らずじゃなくて役立たずでしょ?このままリョウの駒になるくらいなら恩知らずの方がよっぽどマシ。


「昨晩は助けていただいてありがとうございました」


私は深々と頭を下げてリョウの脇を通りすぎた。その後を梨華がついてきて言った。


「いいの?あいつ昨日自分がロボ太だって言ってたけど?」

「いい。多分全部嘘だから」

「本当に?嘘で自分からダムの中に助けに行く?もし本当だったらどうするの?」


もしあれが本当のロボ太だったら心底落胆する。私は命を救われたいわけじゃない。


私はバス停に向かう前に一度、足を止めて梨華にお願いをした。


「あのさ、梨華にお願いがあるんだけど……」

「何?改まって!余計なお世話だって?わかってるよ」

「違う。これからも……梨華だけは正直でいて欲しい」


梨華の悪口は弱った気持ちには毒だけど、どれも裏の無い正直な言葉ではある。


「バイト先の店長が言ってたんだけどね、自分に嘘つきは他人にも嘘をつく。その嘘を正当化するために更に嘘をつく。悪気が無くても嘘は嘘。嘘つきは信用できない」

「だから恩知らずになっても信用しないって事?」


少し遠くに見えたリョウの後ろ姿を見て、私は黙って頷いた。


私の考えは間違ってるのかもしれない。だけどここからは私だけの問題じゃない。両親や友達、私の周りにまで及ぶ問題になってくる。これが本来の私の軸だ。私は私の守るべきものを優先する。ただそれだけ。


私にとっては、何の味のしないおにぎりでも大切だから。


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