49、諦め
49、
オレこんな村嫌だ~オレこんな村嫌だ~東京でるだ~!
車の中では、吉育蔵の『オレこんな村嫌だ』がかかっていた。
「お前!何俺のスマホで勝手に曲かけてんだよ!」
「いや、無音はキツいかなと思って」
「しかも、オレこんな村嫌だ!ってあからさますぎだろ!」
ちょうど慎吾が後から軽トラでやって来たから、乗せてもらった。乗り心地はめちゃくちゃ悪いけど、自分の足よりも何倍も早い。それに移動中にロボ太の日記を読む事もできる。BGMが吉育造なのは少し気になるけど、私はロボ太の日記の表紙をめくった。
風でバサバサと揺れる日記帳を何枚も何枚もめくった。どんなにめくっても、そこには何も書かれてはいなかった。
これって……どうゆう意味?単にからかわれただけ?
「何見てんだ?何も書いてねーじゃん」
「……やっぱり読まれたくなかったのかな~?いや普通、自分の日記読まれたい奴なんかいないし」
「何?日記?人の日記読むとかお前悪趣味だな~」
悪趣味と言われて返す言葉は無かったから、慎吾を睨み付けた。そして窓から外に向かって叫んだ。
「ホント、デリカシー無いーーーー!」
「叫ぶな!」
そして車の中にあった外付けスピーカーを外に向けようとした。
「おいやめろ!俺の車から『オレこんな村嫌だ』が聞こえたらシャレにならん!何のアピールだ!」
「先輩の率直な気持ちを歌で代弁したんです」
「曲を撰べ!陽気な歌が悪意にしか聞こえねぇよ!」
こんな村は嫌だ『村全体が死体処理場』大喜利の答えとしては許せるけど、現実にはマジで笑えないやつ。
「東京出て牛買いたいなら奥多摩行ってください」
「うるせぇな。もういいわ」
車を走らせると、思いの外すぐに管理棟に着いた。
「ここって一般人が入ってもいい場所なの?」
「本来はダメだろうな。ただ、鍵を持つ俺達は多分許される。中に入れるか見てくる!」
継ぐ者の特権ってやつか……梨華はどこだろう?
慎吾が管理棟の入り口を確認している間に私はダムの岸まで行くと辺りを見回した。梨華や成海らしき人はいない。
「梨華ーーーー!梨華ーーーー!」
私は力いっぱい梨華を呼んだ。暗闇と静けさに、胸がバクバクくいってる。
どこ?無事でいて!!
梨華をこんな所に連れて来た事を後悔した。まさかついて来るとは思わなかったけど、今思えば嫌とは言えなかったかな……?
もう一度梨華を呼ぼうとした瞬間、バシャン!と何かが水に落ちる音がした。音の方をよく見ると、何か布団にくるまれた物が水面に落ちて少しずつ沈んでいた。
梨華!!
その瞬間頭が真っ白になった。真っ白になって、どこかダムに降りる場所がないか探した。
梯子!!
あった!!あそこなら降りれる!!
目の前の柵を乗り越え、首からかけていた鍵とサコッシュを岸辺に放り投げて小さな。気がつく梯子からダムの中に入った。泳ぎは得意じゃないけど今はそんな事は言ってられない。あのままじゃ梨華が沈んじゃう!
梨華が死ぬ!!そんなの絶対にダメ!!
「梨華!!梨華!!」
やっとの思いで布団にたどり着いた。くくりつけられた紐をほどき、何とか梨華の顔を出そうと必死だった。必死に布団を剥がすと……
中には古いマネキンが入っていた。
梨華じゃ……ない……
安堵で急に力が抜けた。力が抜けると、すぐに自分が沈み始めた。
まずい!!
まずいと思っているのに体に力が入らなかった。
怖い……!!溺れる!!
とっさにマネキンにくくりつけられていた紐だけは握りしめた。
だけど体はどんどん暗い水の底に沈んでいった。
暗い暗い水の中でロボ太の姿を見た。こんな所にロボ太とロボ太の部屋があるわけないから……きっと私の幻覚なんだろうけど、久しぶりのロボ太の姿をひっそりと静かに見守った。
ロボ太は部屋にあったあの勉強机で、ゴツゴツとした手で日記を書いていた。時々何かを考えるように頭をあげて、しばらくすると再び文字を書き始めた。
そうだ……ロボ太って字がめちゃくちゃ下手だったっけ。ロボ太の部屋にあった日記、ロボ太の字はあんなに上手くない。
じゃあ……あれは一体誰が書いたんだろう?
桑の木にあった日記の方にも何も書いて無かったし、ロボ太はどこへ行ったのか何の手がかりもない。結局……
ロボ太は私に何も残してはくれなかった。
そりゃ私だって別にロボ太に何も残してないけど、別に失踪はしてないし音信不通って訳でもない。帰ろうと思えばいつでもここに帰って来られたし、連絡を取ろうと思えば母を介して連絡を取る事もできた。
でもよく考えたら自称ロボ太が訪ねて来るまで帰ってなかったのも事実だし、惰性で先輩と付き合ってたのも事実。今回の事がなければ二度とこの村に戻るつもりなんかなかった。
ロボ太の気持ちを聞くのが怖くてこの村から逃げだした。だから……
本当は今さらロボ太の気持ちを知りたいだなんて、きっと虫がよすぎるんだね。
日記を書くロボ太の姿を見て思った。その綴られた文字の中に私はいない。『興味が無い』ってこんなにも残酷なんだ……
もういいかな……もう、諦めた方がいいのかも。
そう思った瞬間、紐を掴んでいた手が緩んだ。
どうせ二度とロボ太に会えないなら……
せめて思い出のロボ太の側にずっといたい。
少しずつ、少しずつ自分の全身の力が抜けていくのがわかった。
何も聞こえなくなった後……
頭の中に『オレこんな村嫌だ』が聞こえて来た。
今、ここで!?ここで吉育造!?
吉育造が「ハッ!あ、よいしょ!」と言った瞬間、急に目が覚めて噎せた。
「ゴフッ!ゲホッ!ゴホッ!ゴホッ!」
「美織!!」
「大丈夫か?」
あれ?梨華……!
「吉育造……」
「誰が吉育造だよ!よく見て!」
「うわ最悪!スピーカーの電源切るの忘れてた!」
慎吾が慌てて軽トラのスピーカーを切りに向かっていた。
目の前に梨華がいて、その後ろに慎吾……隣にはずぶ濡れになってゼーハー言っているリョウがいた。
リョウ!?どうしてここに!?でも良かった……梨華は無事だったんだ!
気がつくと鼻に水が入って尋常じゃなくツーンと痛かった。
「あーたたたた!鼻に水入っちゃった。いったぁ~!誰かティッシュ持ってない?」
「バカ野郎!!ダムに飛び込むなんて……死ぬ気か!?」
「耳の中にも水入っちゃったかも。頭のなかぐゎんぐゎんいってる」
私は頭を傾けて耳の中の水を抜こうと自分の頭を何度か叩いた。
「話を聞けーーーーー!俺、今、助けたの!助けたの、俺!」
「何故にカタコト?」
「あっぶねぇ~マジでギリギリだった。週5でジム行って泳いでおいて本当に良かった~」
それを聞いて梨華が「あんたどんだけ暇よ?」と突っ込んだ。
「筋肉は裏切らないってマジホントそれ」
「何言ってんの?こいつ」
「ナイスですね~!はい!ナイスマッスル!ナイス筋肉!」
一時的にハイになったリョウは、意味不明な称賛を自分自身に浴びせていた。一人でやると悲しいほど痛々しい。
「てゆうか何で急に諦めたんだよ!見えたんだからな?ロープ離す所!」
リョウは水面の私の手をみつけて暗闇の中何とか私を引き上げてくれたらしい。2台の車のヘッドライトがダムの水面を照らしていた。
運がいいのか悪いのか、私はまたリョウに助けられた。
「……だって……いたんだもん……」
「はぁ?何がいた?シャコガイか?旨そうなズワイガニか?なつ森じゃねーんだぞ?例えコイキ◯グがいたとしても自分から入水するとかあり得ねぇからな!?」
リョウに怒られていたら、急に泣けて来た。
「……中に……記憶のロボ太がいた……このまま……ずっとこのまま……これからずっと側にいられるんだって思ったら……」
今は何故か助かって嬉しいとは思わなかった。
「もう……もういい加減にしろよ!!」
私の発言にリョウがブチギレた。キレて更に大きな声で私に怒鳴り付けた。
「そんなの昔の幻想だろ!もう諦めろ!諦めて現実を見ろ!俺がロボ太だ!俺が藤丸諒太なんだよ!」
「嫌だ!!違う!!ロボ太とは全然違う!!」
現実なんて……こんな現実なんていらない!!
ロボ太には何とも思われて無かった。友達だと思ってた成海には恨まれていた。こんな現実……
どうしたら受け入れられる?