45、写真集
45、
そこは本当に商店なのかと思うほど他人を寄せ付け無い空気だった。建物は古く全面ガラス窓の店構えは外から中が丸見えだった。昼間でも薄暗い店内には布団屋が積み上げられ、一部分は枕やタオルやシーツが散乱していた。
どう考えても数年前ここで心機一転、商売を始めたという感じじゃない。正直、昨日の金物屋さんとは比べ物にならないほど入りづらい。
「こんにちは……」
意を決して店内に入り奥に向かって声をかけたけれど、返事は無かった。
店員がすぐに出て来ないのは同じだけど、金物屋さんとは何かが違う。金物屋さんは最低限商品が目に入る、もしくは手にとって見れる様に配置されている。それは多分、売る気があるから。だけど布団屋は、もはや売る気があるのか疑問なほど雑に布類が散乱していた。せめて畳んだりしない?
布団と布団の間の狭い通路を進んだけれど、すぐにその足を止めた。
もう諦めて帰ろう。
そう思い入り口に向かってきびすを返すと、奥で物音がした。
誰かいる!
「美織ちゃん?」
振り替えるとそこには懐かしい顔があった。ロボ太のお母さんだった。その顔は驚きを隠せない様子で、何故かオロオロしていた。
「どうしてここに?」
「この近くに母が引っ越して来たんです」
「ここに!?どうして?逃げるよう忠告したのに……」
逃げるように忠告?母に?
「あなたにも忠告するわ。あの村の事を知りすぎてはいけない…………その鍵……!!」
ロボ太のお母さんは私の首にかかっていた鍵を見た途端、急に取り乱した。
「これ以上情報を得てはいけない!ダメよ!この鍵は罠よ!」
「罠……?罠ってどうゆう事ですか?」
「この鍵は早く手放すのよ?でないと……」
その続きをロボ太のお母さんが言おうとした瞬間、お店の引き戸が開く音がした。その音に気がついたロボ太のお母さんは突然黙ってしまった。
でないと……?どうなるの?
「あれ?美織?どうしてここに?」
積み上がった布団の隙間から入口の方を見ると、そこには成海がいた。
「その鍵…………」
成海もすぐに鍵の存在に気がついた。
「まさか悠莉から取り返せたの?」
?まさか?
何気ない一言に突っかかってしまう。きっと私の悪いクセだ。
「うん、なんとかね。でもロボ太の手がかりは全然無くて……ロボ太のお母さんに直接訊きに来たの」
もしかしたら私になら本当の居場所を教えてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて訊いてみた。
「ロボ太は今どこにいるんですか?」
「諒太は……その……」
ロボ太のお母さんは成海の方を気にして『ここでは言えない』という雰囲気を出していた。
「あと、ロボ太のお母さんにお願いがあって来たんです」
「お願いって?」
私は写真集を探す為に家に入る許可をもらおうと、ロボ太のお母さんにお願いした。
「構わないけど……」
「けど?」
「………………」
成海に「けど?」と詰められてロボ太のお母さんが困っているように見えて、咄嗟に鍵を貸して欲しいとお願いした。
「ちゃんと最後は戸締まりもします!お願いします!」
ロボ太のお母さんはまた成海の方を見て、何と言っていいかわからないという空気を出した。
「美織、写真集なんか探して何するの?」
「写真集を見て確認したい事があるの」
「おばさん、鍵くらい貸してあげてよ」
まるで成海のその発言がゴーサインのように思えた。
「じゃあ……最後は戸締まりお願いね」
ロボ太のお母さんはそう言うと奥の部屋から小さな鍵を持って来た。家の鍵と言うにはやや小ぶりな鍵だけど、古い家の鍵なんてこんなもん。
その後「写真集を探すのを手伝うよ」と言ってくれた成海と一緒にロボ太の家へ行った。
帰りの最終のバスの時間は16時半。もしその時間までに見つからなければ旧実家にサバイバルお泊まりか、お母さんにお迎えを頼まなきゃいけない。こうゆう時に田舎って不便。
ダムの近くのバス停で降りた後、歩きながらリョウにメッセージを送っておいた。ダムが出来てからは電波状態もかなり改善したようで、スマホが使えるようになっていた。これはマジで有難い!
『ロボ太のお母さんが鍵を見て、これ以上情報を得てはいけないって。罠だって言ってた。そっちは名簿が何だかわかった?』
すぐに返信があった。
『ファイルが安易に開いた時点で白浜さんと罠だろうとは話してた。こっちはかなり慎重に調べている。お前も慎重に行動しろよ』
慎重に。それは悠莉さんの事があって本当に肝に命じた。悠莉さんについても金物屋さんとロボ太のお母さんに訊いてみれば良かった。引っ越しの手伝いに忙しくてすっかり忘れてた。
正直、埋められそうな場所なんていくらでもある。ありすぎて目星がつかないし、人目にもつかない。
私がスマホをポケットにしまうと、成海が梨華について訊いて来た。
「先輩から聞いたんだけどさ、友達と一緒に来たんでしょ?その人は?」
「夜寝れなくて朝寝てたから多分そろそろ起きて来る頃かな?」
「その人も呼んで一緒に探してもらえないかな?」
私は梨華に連絡をして来られるか聞いてみた。すると、梨華がお母さんが用意してくれたお弁当を持って来てくれる事になった。
「その人、元モデルなんだって?」
「うん、一応ね」
嘘じゃない。
「彼氏なの?」
「全然!そんなんじゃないよ~」
これも別に嘘じゃない。
「そっか、美織の友達、会えるの楽しみ」
そう言って成海は先を歩いて行った。
慎重に行動。それを心がけたら、成海にさえ本当の事を言うのが怖くなった。
ロボ太の家に入ると、すぐに段ボールが目についた。
「これだけあると探すのに結構かかりそうだね」
段ボールの数は20、いや30はありそうな気がした。そのうちの何個かは封が開いていて、中には明らかにガラクタが入っていた。
「そういえば、昨日金物屋に行ったんだけど」
私は段ボールの中身を見ながら昨日あった事を成海に話した。
「ふーん。鍵にそんな使い方があるなんてね~」
「お母さんは上の方の神社の鍵じゃないかって言ってたんだけど……成海、試してみた?」
「神社が開いた所で何にもならなくない?」
まぁ、確かに。私が納得していると、成海からこんな提案があった。
「友達も来たら後で肝試しでもしてみる?」
「それまでには見つけたいなぁ~!」
「だったら手動かそう」
しばらくすると、成海が目当ての写真集を見つけた。
「あった!」
思いの外あっさりと見つかって驚いたけど、よく見たら段ボールの側面に『東側棚上段』『西側倉庫』と元あった場所が記載されていた。
「入れてた場所はなんとなく覚えてたし。これだけ資料の中で浮いてたし」
ファイルの中にポツンと写真集があれば確かに目立つかも。成海は写真集についた埃を軽くはらって私に渡してくれた。
私はすぐにその写真集を開いた。
中を見てみると懐かしい写真に、当時とは違うワクワク感があった。そしてついリョウと比較してしまう。
「やっぱり別人なのかも……」
似ているようで、どこか似ていない。
「別人って?」
「前にカフェで会ってたイケメンいたでしょ?その人かなって思ってたんだけど……」
行方不明になったモデルがもしリョウだとしたら、どうしてこの村であの姿になったんだろう?何らかの薬や環境の影響?それに、リョウは本当に甲皮族を調べたいの?命を狙われても?村を出た時点で自由になった気がするんだけど……
リョウは本当は何が知りたかったんだろう?
そういえばこの2階がロボ太の部屋だ。行ってみよう!ロボ太には私の知らない6年間がある。何かわかるかもしれない。