44、ハズレじゃない
44、
私はモデルの『RYO』について調べ直した。
当時あの写真集を見ていた頃には、この近くで遭難していたなんて話は聞いた事が無かった。調べればいくらでも出たはずなのに、当時の私は検索するほど興味は無くてただ写真を眺めるだけだった。
だけど他の友達……深雪と秋穂は?あの二人は検索しなかった?もしくは検索してもあのパソコンに制限がかけられていて写真集以外出なかったとか?
『RYO』は行方不明になる2年前に写真集を出していた。おそらくそれそれが中学生の頃に私達が見ていたあの写真集だと思う。表紙の画像に少し見覚えがある。
もう一度あの写真集を見れば何か思い出すかな?
そう思っていると、隣で寝ていた梨華が起きてスマホの画面を確認した。
「まだ12時……」
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
「別に。寝てなかったし」
真っ暗な部屋にスマホの青白い光だけが強く光っていた。
「寝れない?よね……」
「寝れるわけ無いでしょ?上の家よりマシだけど、この古さはアウトじゃない?」
「あっちの家は街灯の光さえ無いしね。おまけに梁の軋む音がするし、風で窓が揺れる音とか動物の鳴き声とか、さすがの私でも慣れるまで1週間はかかったよ」
梨華は「1週間で慣れるわけがない」と言っていたけど、住んでみると案外慣れるもので……
何度も寝返りを繰り返す梨華はお腹をさすりながら呟いた。
「おばさんの料理……食べ過ぎた」
確かに思いの外梨華がよく食べるから驚いた。この華奢な体のどこに入るんだろう?と不思議だった。
「そんなに食べてよく太らないね」
「普段はほとんど食べないし。おばさんの料理、地味に美味しいんだけど」
「私も久しぶり食べて美味しいと思った。昔は地味で嫌いだったんだけどね」
家を出て、ファーストフードやお弁当、学食やファミレス、母の料理以外の料理を口にして初めて母の家庭料理が美味しかった事に気がついた。
そして自分で自炊して初めて、普通に美味しい物を安定して毎日作り出すのがいかに難しい事かを深く理解した。
「きゅうりの浅漬けがヤバい」
「あれ白だしに漬けただけだよ?」
「白だしって何……?」
何?と訊かれてもちゃんと答えられるほど正しい知識は持ち合わせてなかった。だから「浅漬けの元でも美味しいよ」と見当違いの答えを返した。
「明日おばさんに教えてもらうからいいや」
私から正解を聞く事をすぐに梨華は諦めた。そしてもう一度寝ようとタオルケットを広げ直していた。
「あのさ、昨日言ってた事……」
「別に、あれ友達の話だし」
友達の話なわけないじゃん……どうゆう理屈よ?
「昨日はショックで何も言えなかったけど……」
「何?自業自得だろって?」
「梨華、ちゃんと聞いてよ!」
思わず声を荒らげてしまった事に気がついて、人差し指を口に持って行った。
「あのね、ハズレじゃないと思う。梨華も、梨華のパパとママも」
「はぁ?」
「だって、梨華はちゃんと人を思いやれる人だもん。それって親の育て方が間違って無いって事だと思うんだよね。それにそんなにスタイル良く産んでもらって、お金に困らず何不自由無く暮らせ……」
そこまで言うと、突然顔面に枕が飛んできた。
「ぶっ!!ちょっと!!」
「……完璧な人間なんていないって言いたいんでしょ?あんたってホント綺麗事ばっかり」
その悪態に枕を投げ返してやろうと思ったけど、その背中がどこか小さく見えて梨華の頭の近くにそっと枕を置いた。
「綺麗事しか言わないから聞いてよ?赤ちゃんの事も……産まれて来れなかったのは梨華のせいじゃないと思う。それに、真剣に親としての責任を感じてたからホッとしたんだと思うよ。だから梨華はハズレじゃないよ」
親だって人間で完璧じゃない。間違いもするし、時に自分本意にもなる。だけど梨華をここまで育てたのは事実だし、大人の言動の全てが正解で全てが上手くいくとは限らない。
「バイト先に唐揚げ揚げるのが下手な先輩がいるんだけどね、良かれと思って自己流でやる人がいるの。もういっつも唐揚げがベチャベチャでマジでイラつくんだけど、最近やっと失敗を認めてマニュアル通りやるようになったんだよね」
「その話今必要?」
「え~と、つまりは失敗を認められる素直な気持ちがあって改善する行動力があるなら、多分ハズレじゃない!」
そう言うともう一度枕が飛んできた。でもさっきのような勢いは無くて、今度はしっかりとキャッチできた。
この世に産まれた事が奇跡だと思うけど、私がこうして綺麗事が言えるのも本当は奇跡なのかもしれない。ロボ太に出会えたのも、きっと奇跡なんだと思う。
「私も親ガチャハズレだってずっと思ってた。だけど大人ってお酒もタバコも許されるけど、責任から逃れる事はできないじゃない?子供の時に思ってたより大人って不自由なのかもって思ったら、何だかハズレだとは思えなくなったんだよね」
「でもうちの親とあんたの親とは違う。まず人として間違って無いし」
「いや間違ってたと思うよ?何も説明しない自分勝手な父親だし、突然こんなド田舎に連れて来る唐突な母だし」
甲皮族の事だって、父親が原因で巻き込まれたのは確実。おそらく父親がリョウの失踪について依頼を受けて、この村を調べ初めてから私の人生が狂い始めた。
でも、父親は素直に謝ったし母が私をここに連れて来てくれなかったらロボ太には出会えなかった。
狂った人生のあるべき場所なんてわからないけど……平穏な日常を取り戻したい。私からリョウを奪い去りたい『誰か』が誰なのか知りたい。
次の日、私はあの写真集の所在を調べる為に深雪と秋穂に連絡を取った。朝から電話に出てくれたのは深雪だった。6年ぶりに聞いた深雪の声は少しも変わっていなくて、少し緊張感が和らいだ。
二人は今県外の全寮制の高校に通っていて、お盆までは部活や勉強合宿があってすぐに会う事はできないと言われた。だからせめて所在だけでも聞ければと思ったけど……
「写真集?どうだっけ?あれ美織が持ってるんだと思ってた!」
「え?私持って無いよ?」
「あーじゃ、秋穂?ん?ちょっと待って?あれ役場かも!」
役場!?そういえば秘密裏に入手した写真集を誰も持ち帰らず、いつでも誰でも見れるように役場の本棚に隠していた。その後飽きた私達はそのまま置きっぱなしにしてしまった。
「役場ってもうダムの中だよね?」
「でも中の物はどこかに保管してるんじゃないの?」
もしかして……またこの鍵の出番か!?と思ったけど、先に朝ご飯の支度をしていた母に聞いてみた。
「お母さん、役場の物ってどこで保管してるか知ってる?」
「確か役場の物なら全て諒太君の家に保管するって回覧板が来てたわよ。置ききれなくてウチにも少し置かせて欲しいって頼まれたのよ」
それで和室の段ボールだけ置いてきたんだ……
その段ボールの中にあるかもしれない!
そう思って引っ越す前の実家を探そうと思ったけど、家にあるとは限らない。量としてはロボ太の家の方が多いはず。ロボ太の両親は今どこにいるんだろう?と思って母に訊こうと思ったら、もう仕事に出掛けていた。仕事中なのか電話に出てくれない。
さすがに他人の家に入るのに許可は必要だよね。
途方にくれていると、そこでふと昨日の金物屋のおじさんとおばさんの話を思い出した。『斜め向かいの布団屋さんがあのダムで無くなった村から来た夫婦』そう言っていた。
梨華は昨日寝られなかったせいかまだ寝ている。私1人でダメ元で布団屋さんへ行ってみる事にした。