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43、買い物


43、



私がロボ太とあの村にいたあの頃は母が嫌いで仕方がなかった。今思えばあれが反抗期ってやつなのかも。


母はいつもピッチリと結われたひっつめ髪で、顔がきつく見える銀縁眼鏡をかけていた。常に動きやすい格好で、健康重視の山菜や魚の地味な料理。それがあの頃は無性にダサくて腹立たしかった。


「まぁ、親には親の人生があるし」


ロボ太にそう言われるまで考えもしなかった。母にも私と同じ様に子供時代があって、母の人生があったはず。


まぁ、いかにしてあのクズ男と出会って結婚に至ったのか。そこは本当に謎過ぎて頭が痛くなりそう。


その母が選んだ家は最寄り駅近く、元々商店だった小さな一軒家だった。一階には土間のような売り場スペースがあって、そこにはまだ古い陳列棚が残ったままだった。その奥に小さな居間があり、その部屋の隅に2階へ続く階段があった。その階段を登ると2階は広い畳の部屋が2つあった。


「どうしてボロ家からボロ家へ引っ越すの?」

「あら、これでも築浅物件よ?」

「えぇ!?」


田舎に新築の物件があるはずもなく『なるべく職場に近く築浅で』と知人に話したらここを紹介されたらしい。


その異様な雰囲気に思わず「ここで人魚になれるグミでも売るつもり?」と言ったら……


「それもいいわね!一階を綺麗にして土日は駄菓子屋さんでもやろうかしら!」


豪快にスルーされた。


その日の午後は引っ越し業者に頼んで家具を運び入れてもらった。多くの家具や家電は元の家に残して来て後日少しずつ処分していくらしい。


家電は既に電器店から配置済みで、古い家に新しい家電が並ぶと何だか違和感があった。


その後少し日も傾き涼しくなってきた頃、梨華と近所を散策した。夕日が商店街への道を綺麗に照らしていた。


「あのお店ってガムテープ売ってるかな?」

「とりあえず入って聞いてみれば?」


私は一軒家の金物屋さんを見つけた。商店街といってもほとんどがシャッターが閉まっていて、店の明かりが見えるのは数件だった。


「こんにちは~」


ガラス窓の引き戸を引いて中へ入ると、洗濯かごや鍋、日曜日が所狭しと商品が置かれていた。


「誰もいないのかな?」

「まさか。聞こえなかっただけじゃないの?」


店の人がお年寄りだったら耳が遠い可能性もあるよね。


「すみませ~ん!」

「何だ?うるさいな聞こえてるよ」


店の奥から、延びきったTシャツにステテコ姿の下っ腹の出た中年のおじさんが出てきた。


「あの、ガムテープありますか?」

「え?ガムテープ?そなもんそこら辺のホームセンターで買えばいいだろ」


感じわるぅうううううーーーーー!!


その様子を見て、梨華がちょっとこっちへ来てと言って店の外へ連れ出した。


「何?何なのあれ!」

「あの鍵って今持ってる?」

「ずっと首にかけてるけど?」


そう言うと、梨華が鍵の紐を引っ張っり出して私の胸に鍵が見えるように取り出した。


「これでもう一度行くよ」


わけもわからず梨華について行くと、梨華は堂々と言った。


「ガムテープ2つ。あとあそこの鍋、ここで買いたいんだけど」

「はぁ?」


さっきのおじさんは梨華の顔を睨み付けるようにまじまじと見ると、次に私の方にも目線を移した。すると私を見や否やその目の色を変えた。


「鍋……だね!あとガムテープが2つと……」


おじさんは人が変わったようにてきぱきと商品を用意し始めた。


「あとあのフライパンとハンガーも。一緒に包んで」


おいおい梨華、どんだけ買うつもり?ガムテープ1つでいいんだけど?


「ここってあのダムが近いよね?あれができてからここって人が増えたりはしていないの?」

「あー大体の人はもっと便利な場所に引っ越してるよ」


まぁ、そりゃそうだ。どうせ引っ越すならシャッター街しかない街を選んだりしない。お母さんだってもっと市内に住めばいいのに。正直そう思っていた。


「だけど……確か斜め向かいの布団屋はあのダムで無くなった村から来た夫婦がやってるんだよ」


するとそこに奥から小太りのおばさんがやって来て、おじさんを叱りつけた。


「あんた!あの村の事を外の人間にべらべらと話すんじゃないよ!」


だけどおじさんが耳打ちすると、手のひらを返したように「ごめんなさいねぇ、外の人間だなんて」と言って謝ってきた。おじさんの奥さんらしきおばさんは狭い店内を小太りの体でひょいひょいと移動しておじさんを手伝っていた。


「よく見るとそっちのお嬢さんはスタイルがいいわねぇモデルさんみたい」

「元モデルです」

「やっぱりそうなのね~!」


そう、梨華は昔一応キッズモデルとして働いていた次期があった。中学をマトモに過ごせていたらモデルという道もあったかもしれない。内心今からモデルになるんだって遅くはないと思うくらい羨ましいスタイルだった。


「ここは空気が綺麗でいい写真が撮れそうですね」

「あら、それ誰かも言ってたわね」


おばさんはその誰かを思い出そうと頭を巡らせて何かを思い出した。


「あぁ、あのモデルさんよ!ほら、行方不明になった!もう7?8年くらい前になるのかしら?」

「お前、もうやめないか」

「あらいいじゃない。久しぶりのお客さんなんだもの。これ、ふきんおまけしといてあげるね」


おじさんが制してもおばさんのおしゃべりはそのまま止まらなかった。


「あのモデルさんも背が高くてね~同じ人間とは思えないくらいスタイルが良かったわ~」

「そのモデルさんもここに寄ったんですね」

「そうなのよ!カメラのパーツが壊れて応急措置ができる接着剤が欲しいって言ってね」


そんな話を聞きながら支払いを済ませて、家に帰る頃にはもうすっかり日が暮れていた。家では母が蕎麦を茹でて帰りを待っていてくれた。


その蕎麦を小さな居間の小さなちゃぶ台で三人で食べながら、母にさっきの出来事を話した。


「ホント、びっくりするぐらいこの鍵を見た瞬間目の色が変わったの!」


あからさま過ぎて、まるで芸人さんがやるコントかのような反応だった。


「美織の事を村を管理する人と勘違いしたのね」

「昨日私とお母さんがこの鍵が神社の鍵じゃないかって話してたの聞いてたんだね」


お母さんがそう思うならもしかしたら他の人にもそう見えるかも……と賭けに出たらしい。


梨華はなるべく無言で頷いていた。中身は男という設定のせいで喋りづらいのかもしれない。


「水戸黄門の印籠みたいだったよ!ひかえおろう!」

「やめなさい美織。大事なものなんだから引っ越しが終わったらちゃんと成海ちゃんに返して来るのよ?」

「はいはーい」


そうだ………母には成海から借りた事になっていた。返しなさいと言われてもこれはレプリカだからまだ返せない。とは言えなかった。


梨華が金物屋で大量に日用品を買ったのは、梨華なりのここでお世話になるお礼と引っ越し祝いだったらしい。


「でも梨華よく鍵の事思いついたね~!」

「田舎は誰にでも優しいイメージあるけど、知らない人が稀に来たら警戒するのは当たり前。外部の人間に警戒心が高いなら内部だと思わせればいいと思っただけ」

「さすが助さん!」

「助さん言うな」

「じゃ、角さん」


私の絡みに梨華はため息をつくと静かに蕎麦を啜った。


「お母さん、私達がここに来る前にこの辺でどっかのモデルが行方不明になったんだって。お母さん知ってた?」

「あぁ、確か撮影のために山に入って遭難しちゃったって話ね」

「その人って結局見つかったの?もしかして……」


それって……


『リョウ』って名前じゃないの?




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