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42、帰省


42、



母に夏休みに帰ると連絡すると、意外な反応をされた。


「やっと帰って来る気になったのね」

「え?」


私が実家に帰って来ない理由を何となく母は察していたらしく無理に帰って来いとは言わなかった。


「いい機会だから街の方に引っ越そうかしら。引っ越し、手伝ってくれる?」


お隣さんも引っ越していてここに1人で住むのは寂しいと呟いた母は、その数日後には新しく住む家を決めてきた。相変わらずの行動力!というより唐突!!


舗装された道路から雑草混じりの坂道を登るとやっとあの家に到着した。やっぱり隣のロボ太の家はひっそりとしていて、どの部屋も昼間なのにカーテンがしまっていた。


「お母さん!ただいま!」


驚くほどあちこち変わっていたけど、そこにはいつもの笑顔があった。


「おかえり」


その言葉はいつも安心する。


梨華を紹介してそれぞれ挨拶をすると、すぐに母に鍵について訊いてみた。


「ねぇ、この鍵って誰の鍵だか知らない?」

「鍵……?これ、お山の神社の鍵かしら?」


母は居間のテーブルに麦茶とゼリーを置きながら、鍵のレプリカを見て神社の鍵だと答えた。


何も知らない村人には神社の鍵に見えるんだ……


「あの山奥の?まだあるの?」


実家の坂を登った先にご先祖様の墓があって、その先に古い神社があった。あまりにボロボロだったからまだそこに存在している事が信じられなかった。


「あそこに大きな錠がついていたでしょ?」


ああ!そういえば確かに!


「確かこれは村長に近い人が持っているはずだから……どうしたの?これ」

「成海に借りたの。村長に近い人って側近とか?」

「そうじゃなくて、この前村長が亡くなったから次期村長候補が持ってるんじゃないかって話よ」


次期村長……?


「でも村は無くなったんじゃないの?」

「村は無くなったけど、村の残った施設は誰かしら管理していくんじゃないかしら?」


残った村の施設は、あの神社とその反対側にある材木置き場とその付近の体育館。体育館はまだ新しく、外部の人にも貸していてたまにスポーツをやる人が使うらしい。


「何もない所だけどリク君ゆっくりして行ってね」


母はそう梨華に声をかけると台所へ行って夕飯の支度を始めた。梨華にはここに来る前に説明したけど、母には梨華が中身が男のトランスジェンダーだと説明してある。それは『誰か』に梨華がリョウだと思わせる為。


私と梨華は母の手料理を堪能して、食後に私の部屋の片付けをした。と言っても梨華は母が整えてくれたベッドに寝転んで片付けをする私を眺めているだけだった。


要るもの要らないものを別けていると、梨華が私のアルバムを見つけ勝手に見ていた。


「昔は太ってたんだね」

「ちょっと!何勝手に!」

「いいじゃん。別に減るもんでもないし。こうゆうのって誰かの家に行ったら見るもんじゃないの?」


……確かに。実家に結婚の挨拶に来て二人仲良くアルバムを見る~なんて微笑ましい様をよくドラマとかで見る。だけど私達そんな微笑ましい関係じゃないよね?そんな関係の人を実家に連れてくる私も私だけど、ついてくる梨華もどうかしてる。


「だったら……黙って。ここ重要だからね?黙って、そーっと見て、元に戻しといて」

「それ無理でしょ!突っ込み所多過ぎて……これ誰?お母さん?母は元ヤンなの?」

「いや確かに元ヤンに見えるけども!元ヤンではないと思う。そう思いたい!」


正直、母が元ヤンかどうかの真相はわからない。あまり母の過去についてよく知らないが正しい。


「家族……仲いいんだね」

「仲いい?のかな?」


だって離婚してるし、今は三人別々に暮らしてる。


私は押し入れの中の段ボールを開けると中身を仕分け始めた。


「悠莉さんに殺されかけて、色々後悔したんだよね。その中の1つに『お母さんに親孝行してない』って思い浮かんだの。だからこれからはいい子でいようかなって……」


ふと顔を上げると、梨華の顔がどこか泣きそうに見えた。


「私はいい子でいて欲しいとは思わない。ただ生きてて欲しい。生きて幸せでいて欲しい。その為にはいい子でいる方が有利になるならいい子になればいいと思う」

「……それ、結局いい子になれって言ってんじゃん」

「でもそれって、生きて幸せでいて欲しいが前提条件なんだよ。いい子の方が『親に迷惑かからない』とか『責任を問われない』とかを前提とするハズレも一定数いるんだよ」


梨華は自分の親を『親ガチャのハズレ』だと言っていた。美人だけど買い物依存性の母親と稼ぎはいいけど浮気を繰り返す父親。二人とも悲しいくらい梨華に興味が無い。


その時ふと以前静ちゃんとの話を思い出した。私が先輩に興味が無かった頃の話。私に悪気はなかったつもり。だけど、想って欲しい相手に興味を持たれないほど辛いものは無い。梨華の話を聞いて改めて反省した。


「あのさ……海里の事……」


段ボールの箱の半分ほど片付けたところで、梨華が海里さんの事を切り出した。


珍しい?もしかして……梨華もついに謝るのかな?


そう思っていたら……


「恨まないでやって欲しい」


恨まないで!?


「ってどうゆう事!?恨んでるのは梨華の方じゃないの!?」


だって海里に大事なベビーリングを取られたって言ってたし!


「私は……恨んで無いって言ったら嘘になるけど……あれでもあの子の父親だし」

「あの子の父親!?ちょっと待って?今めちゃくちゃ混乱してるんだけど!」

「部屋にあった写真、見たでしょ?あの子」


梨華の部屋に飾ってあったベビーリングをつけた赤ちゃんの写真を思い出した。


「あの古い感じの写真?あれって梨華の小さい頃のじゃないの?」

「は?そんなわけないでしょ?フツー自分の部屋に赤ちゃんの頃の写真なんて飾るやついる?」


それは……確かに!リビングや親の部屋ならわかるけど学生の部屋にそれは無い気がする。


「え?待って?じゃあ、あの子ってまさか……」


梨華は無言で頷いた。


えぇえええええええ!?まさか、あれって梨華の子!?


「え?じゃあ今は?誰に預けてるの?」


今度は梨華は無言で首を横に振った。


「……ダメだった」

「ダメって……?」


ダメだった。という意味がすぐには理解できなかった。


「9ヶ月を過ぎた頃に胎児突然死症候群だって言われた。お腹の中で死んでた。でも悲しいかと思ったら正直ホッとした。1人で育てる自信なんて無かったし」


そう言うと梨華はベッドの上で膝を抱えて顔を伏せた。


「自分の親にガチャのハズレだって言っといて、結局自分もハズレだったって話」


言葉が出て来なかった。あまりに梨華の話が衝撃的すぎて頭がついていかない。


18で妊娠出産!?もはやテレビの中の異世界の事だと思ってた。


「父親が海里さんだってわかってたって事は……海里さんに逃げられたって事?」

「最初はそう思ったんだけど……海里は自分の症状を自覚し始めた頃から少しづつ私と距離を置くようになってた。でも、私はもう一度会いたかったから……」


『子供を使ってでも引き止めたかっただけ』梨華はそう言って頬の涙を手で拭っていた。


「これは私の都合のいい解釈かもしれないけど……多分、海里の中で私を殺したい気持ちと守らなきゃって思う気持ちで揺れてたんじゃないかと思う」


確かに何度も首にかかった手の力が不規則に緩んだり強くなったりしていた。梨華のいた浴槽の蛇口もかなり絞られていたらしい。本当に殺す気があるなら眠ったまま……


…………眠ったままあの時死んでた。


私、悠莉さんに眠らされたあの日……あの日に死んでたんだ……そう思うとゾッとした。


「海里は自分の中の人格と戦ってたのに……私は自分の事しか考えて無かった。海里が自分から離れて行ったのは私達を守る為だったのに……」


それを逆に梨華が海里さんを追ってしまった事で真実が明るみに出てしまった。


「あんた、何泣いてんの?」

「え……?」


気がつくと涙が溢れて止まらなくなっていた。


「なんであんたが泣くの?」

「梨華が泣くから……」


これは……何泣きなんだろう?


もしかしたら今頃死んでた事や母の久しぶりの笑顔、父親が私達を必要だと言った事、海里さんの苦しみや梨華の涙。様々な事が一気に頭を駆け巡り、とうとう自分のキャパを越えた。


「別にあんたには関係無いでしょ?胎児の突然死だってよくある事だし」


梨華は『よくある事』だなんて他人事のように言った。だけど親の離婚も失恋も死産も、本当は耐え難いほど心が痛い事だと思う。


「よくある事?だから何?そんなの関係無いよ!悲しいって事に何ら変わりは無いよ!」


泣いて泣いて、その晩は目玉がえぐれそうなくらい泣いた。深夜になっても泣いていた私に梨華は布団の中からひっそりと言った。


「ハズレの私が言うのもなんだけど……親からもらった命を粗末に扱うなよ?」

「…………」

「何考えてるのか知らないけど、少なくともあんたの母親はあんたに生きて幸せになってもらいたいと思ってる」


そんなのわかってる。お母さんは私に人助けなんか望んでない。普通に学校行って普通に就職する。それが親孝行なのもわかってる。わかってるけど……


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