41、二つ目
41、
慎吾は確実に私の首から下がっていた鍵の存在に気がついていた。
でもその鍵については触れず、離れた所にいた梨華の存在に気がついて「あいつは?」と訊いてきた。
梨華は私に言われた通り後ろを向いてスマホを見ていた。
私は思わせ振りな間を開けて「…………友達?かな?」と言った。
梨華は黒Tシャツにボーイフレンドデニム、キャップにサングラス、首にはクールタオルを巻いて遠目からみたら男か女かわからない。悔しいけど私より背も高くてスタイルがいい。
「彼氏か?」
「い、いやいや!まだそんなんじゃないですよ~!」
私は訊かれてもいないのに梨華を彼氏かのように語り始めた。
「彼、父の知り合いで母にも挨拶したいって言ってくれて、そのついでに引っ越しも手伝ってくれる事になったんです」
そのもうすぐゴールイン間近のような物言いに、慎吾は困惑して「そうか…………ま、頑張れ!」と言って軽トラにエンジンをかけ直した。
そして慎吾は梨華をじろじろと見ながら軽トラを走らせ去って行った。
梨華がリョウだと勘違いすればその『誰か』は必ず会いに来るはず。その為に鍵のレプリカをもう1つ作ってもらった。本当は本物が良かったんだけど……
静ちゃんと和解した次の日、電話で静ちゃんに父親の事務所のスケジュールを聞いた。さすがに「何をするつもりなの?」とは訊かれたけど……これは静ちゃんに言ってもいいのか迷った。だけどスケジュールを聞いておいて何の企みもないとは言えず……「鍵を盗みに入る!」と窃盗宣言をした。
「はぁ?鍵って……リョウが悠莉から取り返したあの鍵の事?」
「そう!ちょっと借りたいんだけど……」
「無断で借りるのはどうなのかな?一度相談してみたら?」
『誰か』の存在をあぶり出すにはあの鍵が絶対不可欠。本当は相談なんか悠長な事してられないんだけど……「じゃあ、リョウに連絡してみる!ありがとう!」と言って静ちゃんとの電話を切った。
リョウは私の父に私と関わらないという約束で事務所でかくまわれているらしい。でも私から連絡を取ったらリョウから関わった事にはならないから問題無し!と都合のいい理由でねじ曲げて父親の事務所へ向かった。
さて、どうしたものか……
事務所の入り口でウロウロしていると、突然そのドアが開いた。
「そこで何してんだよ」
リョウがドアを開けてそのドアの前に立っていた。
「あの……父は……?」
「白浜さんは今出てる」
「中で待つから……」
そう言って中に入ろうとすると、リョウに止められた。
「要件をここで聞く」
「こんな所で話せる話じゃない。別にリョウに会いに来たわけじゃないから。父親に訊きたい事があって来ただけ」
リョウは困った様子で頭を掻いた後、無言でドアの前から少し体をずらした。その隙間から私は中へ入る事ができた。
「それと、悠莉さんから取り返した鍵。受け取りに来たの」
「はぁ?」
「だってちゃんと成海に返さないと」
私が笑顔で手を差し出すと、リョウは少し困った顔をして「成功報酬は?」と訊いた。
「報酬の話は依頼の前に話すべきでしょ?そもそも私から依頼してないし。不当に請求したら詐欺」
ぐうの音も出ないリョウに、私は1つ質問してみた。
「じゃあ、もし何でも報酬としてもらえるなら何が欲しい?」
リョウは「もし何でも手に入るとしたら……」と言って少し考えた。そして……
「………………自由」
迷った末にそう答えた。
「誰にも追われる事の無い平穏な生活って事?」
「あぁ。そうだよ。悪いな!美織って答えられなくて」
私は首を横に振った。
そんなの別に構わない。私の望みはロボ太に再会する事だけ。
「だったら私に依頼しない?自由な生活の確保」
「おいおい、成功報酬は俺ってか?それは無理だろうな。そんなの白浜さんが許さねぇだろ」
ある意味成功報酬なんてあってないようなもの。
「悪いけど報酬はリョウって言ってあげられないんだ。成功報酬は……ロボ太についての本当の情報提供」
「…………それは出来ない。お前をこれ以上巻き込む訳にはいかない」
「それで説得されると思ってる?拒否するなら力づくで奪うからね!?」
私はソファーに座っていたリョウに襲いかかった。馬乗りになってTシャツの裾を上げて鍵を出すとその鍵に繋がったチェーンを引っ張った。
「何このチェーン!硬っ!全然切れない!」
何とかチェーンを引きちぎろうとしばらく格闘したけど結局膠着状態に陥った。
この状態にどうしようか迷っていると……
「………………美織!?」
その声に入り口の方を見ると、顔をひきつらせた父親がいた。
「お前、よくもうちの娘を!!」
「いやいや!良く見ろ!どっちが襲われてると思ってんだよ!」
父親は私の方がリョウに乗っかり服を脱がそうと服の裾を持っている事にようやく気がついた。
「何やってんだーーーーー!!」
それは怒りというよりは絶叫に近かった。
「そんな娘に育てた覚えはない!」
はぁ?
「でしょうね。私はあんたに育てられた覚えなんか無いし。あんたは私達を自分から遠ざけて守ったつもりかもしれないけど、私の中では浮気して妻と子供を捨てた人としか思ってない」
「香織も美織も捨てたわけじゃない。浮気は誤解だ」
「知ってるよ!その事は静ちゃんがちゃんと話してくれた。でもあんたは何でもないって言い張って何も教えてくれなかった。そっちはたかが6年と思うかもしれないけど、こっちは6年、ずっと捨てられたと思って辛かった!」
大人の6年と子供の6年は価値が違う。48分の6
と19分の6、分母が違う分、単純に分子の影響力が違うから。
「恨むしかなかった。何も知らないんだから、あんたを憎むしかないでしょ!?」
人を恨んで生きる事は辛い事。それがわかったのは、ロボ太との日々があったから。
ロボ太の言う『悪いのは梨華じゃなくて周り』という無茶苦茶な屁理屈もきっと、誰か1人を恨むのは辛いから。まるで絡み付いた鎖をほどくように恨みの対象をぼんやりとさせて、私の気持ちを少し軽くしてくれた。それよりも穏やかで楽しい時間の方が大切なんだと教えてくれた。
だからロボ太に会う為に何としてでも鍵を返してもらわなきゃ!
「美織!とにかくそいつから降りなさい!」
私が鍵を強く引っ張ると、リョウは「痛い」と言って抵抗した。
「お前!首を切るつもりかよ!」
「だってチェーンが外れない」
「だったらやめろよ!」
今度はリョウが鍵の根元を持って抵抗するから、私は強鍵先を強く引っ張った。すると、鍵が半分に割れた。
「………………え?」
え?待って?これって壊した!?
「ギャーーーーーーー!!鍵が壊れた!!」
「いや待て!これは……」
リョウは取れた根元の部分を見て言った。
「これ、USBメモリーじゃね?」
「今時USBって……」
違う!今はそこじゃない!
「見た目アンティークなのに!?」
「これ、繋ぎ目の上からガッチリ塗装されてる。どうりで何の手がかりも見つからないわけだ……白浜さん、ウイルスに犯されてもいいパソコンある?」
「そんなもの普通ある!?」
そこは探偵事務所と言うべきか……父親は古いノートパソコンを持ってきた。
「外部とのつながりがないのはこれくらいかな」
「こんなに古くてファイル開けんのか?」
「とにかくやってみよう」
そこには入金記録や顧客名簿のようなものがあったけれど……一体何の情報なのかわからなかった。ただ1つ言えるのは、ロボ太に繋がる情報ではないという事。
「これ、成海は知ってたのかな?」
「知ってたらお前に渡してないだろ。でも成海には言うなよ?何も知らないなら巻き込む必要は無い」
「でも、お祖父さんが成海に託したって事は成海が知ってた方がいいんじゃないの?」
すると父親が少し気まずそうに言った。
「これはおそらく裏家業、もしくは裏帳簿といわれる物だ。それを託すとなると……」
「成海に跡を継がせようとしてたって事だろうな」
「でもこれって悪い事なんだよね?」
「じゃなきゃこんな風に隠したりしないだろ」
お祖父さんの遺した物だからって成海に犯罪の片棒を担がせるわけにはいかない!!何もしてないのに成海が罪を背負うなんて冗談じゃない!!
「知らなかったなら知らなかったで押し通せる。だけど下手に関与すれば成海まで関与が疑われるぞ」
「そんなの嫌!」
「相手の為に黙っておく事だってある……」
父親が急にしおらしくそう言った。
「たとえ恨まれても二人が生きていてくれるだけで幸せだと思っていた」
「あんたはそれでいいかもしれないけど私達は幸せじゃなかった。少なくとも私は知りたかった。あんたにとって私は必要なのか必要無いのか」
いるのかいらないのかハッキリして欲しい。そうすれば気に病む事も期待する事も無い。
「必要に決まっている。美織や香織がいてくれさえすればどんなに苦しい事も耐えられる」
それがきっと、私の聞きたかった答え。
「すまない……寂しい思いをさせたんだな」
これで父が許せるかはわからない。だけど……これで後悔が少し減らせた気がした。