40、1つ目
40、
もう自分は死ぬんだと思った瞬間、様々な後悔が襲って来た。あの日真っ暗な空を仰いだ後、自分の部屋でこれからの事を真剣に考えた。
考えて、考えて、ある結論に至った。
未来を自分の望む方向に向けたいなら、自分自身の力で進まなきゃダメだ。他人の力に頼っていれば必然的に遅れを取る。その遅れが足手まといに繋がる気がする。
そして、真実から目を背けて逃げれば逃げるほど自分の思い通りにはならない。
逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!
それどこぞのキャラが言ってたやつだなぁ。
逃げずに立ち向かおうと決めた1つ目は静ちゃんの事。
次の日、静ちゃんとちゃんと話がしたいと言って講義終わりに学食のテラス席に誘った。学食はとっくに終わっていて自動販売機のジュースしか買えなかったけど、夏の蒸し暑さに冷たい飲み物があるだけマシだった。
「話って……この前の事?」
「多分、その続きかな?」
私は思いきってはっきりと聞いてみた。
「静ちゃんは私の父親と結婚したいの?」
「………………………………」
それを静ちゃんはフリーズしていた。しばらく沈黙の間が続いた後、静ちゃんが言った言葉が予想とは違った。
「…………………………は?」
は?……は?って?
「ごめん、やっぱり昔の事覚えてたんだね……」
「最近思い出したの。最初は全然覚えて無くて……でも静ちゃんが普通の大学生じゃないって気づいたら、それは確実に父親の潜入させた調査員だって思った」
静ちゃんは私の話を聞いて両手で顔を覆った後「ごめんね……」と言った。
「ごめん、昔、私が白浜さんの事一方的に好意を寄せてたんだ。それで……あの日たまたま現場でミスして……怖い思いをして震えが止まらなっちゃったんだよね……」
その時、静ちゃんは一度だけ抱きしめて欲しいと無茶なお願いをしたらしい。
静ちゃんはその話を力なく笑って話していたけど、その時はきっと、誰かにすがりたくなるほど辛かったんだと思う。
「白浜さんにそうゆう感情はなかったと思うよ?多分自分の指示で向かわせた現場で危険な目に会わせてしまったという負い目?みたいなものがあったんだと思う。だから私の要望に答えるしか無かったんだよ……」
静ちゃんの気持ちを考えるとわからなくもない。私だってリョウに抱きしめられて安心した。
だけどあれから急に家族関係が悪化した。
「それを美織に見られてたって知った時、私は謝りたいって言ったんだけど……白浜さんはこれでいいって言って取り合ってくれなくて……」
父はその頃から家族を自分から離そうとしていたのかも。おそらく自分と関われば危険だと判断して。
以前リョウと事務所へ行った時、あの村に行かせたのは私達が人質になったからだと言っていた。
「今回私が美織につく事になったのは、私が志願したから。私なりの罪滅ぼしだと思って」
「罪滅ぼしで友達になったの?」
「そうじゃない!実際に美織に会うまではそうゆう気持ちだったって話。心構えとして直接声はかけられないけど陰ながら見守ろうって思ってただけ」
当初はここまで私に関わる計画じゃなかったらしい。
「だったらどうして私に近づいたの?」
尾行するだけなら話しかけずとも任務はこなせるはず。
「美織が私の事を全然覚えて無かったから。大学で初めて対面した時、お互い講義終わりにぼっちだったじゃない?その時美織は何の疑いも無く普通に私と話してくれた。それが何だか嬉しくなっちゃって……」
静ちゃんが話しかけられて嬉しそうだったのは、ぼっちだったからじゃない。私だったからなんだ……
「嘘に聞こえるかもしれないけど、私は本当に美織の事を友達だと思ってる。だから友達のお父さんに手を出そうなんて考えて無いよ」
「でも……好きだったんだよね?」
「昔はね。でも今はその熱も無いかな。だって……」
そう言って静ちゃんは鞄から推しのアクリルキーホルダーとペンラを出して言った。
「今は白浜さんより尊い存在がいるから!!」
「静ちゃん、それは2次元。父親は3次元。生物としての営みに逆行しないで」
「友達を悲しませるくらいならいくらでも逆行してやるわ!!」
いやいやいやいや!なんか違う!格好いい事言ってる風だけどなんか違うよ!!
「そんなの嬉しくない!!私のために逆行は違うでしょ!?私は静ちゃんにちゃんと幸せになって欲しい!!」
それがどんなに歪な形でも、本当に静ちゃんに父が必要なら……許せる気がする。今なら私、許せる気がする!!
「待って?幸せの形は人それぞれだから。もし白浜さんが……もしだよ?もし万が一、私を受け入れてくれたとしても推しよりも大切な存在になるとは思えないんだよね」
「マジか!!」
静ちゃんはハッキリとそう断言した。昔の好きだった人より推ししか勝たん事を堂々と宣言した!!
「なんか凄い。そこに迷いは無いの……?」
「あるよ!リアルな彼氏ほしー!っていつでも思ってるよ!」
それから静ちゃんは1人ボソボソと何かを言っていた。その声に耳を澄ますと……
「事務所には旬を過ぎたオッサンと居候クズしかいないし……」
旬を過ぎたオッサンは多分父親で、もしかして居候クズはリョウの事かな?
「そもそも私に勝てる人とかなかなかいないし。それってもはやプロとかアスリートとかしかいないじゃん。だからって格闘家の嫁になるつもり無いし……」
確かに静ちゃんのあの動きを見たらちょっと萎縮しちゃうなぁ……さらに静ちゃんは現実を見てどんどんその闇を広げていった。
「一般的にゲームキャラの追っかけとか理解してくれる男とかいるの?男同士のやつだよ?そんな心の広いやついる?存在するの?」
深い……
「もうそれが原因で断られるのが怖くて素の自分なんて曝せないよ。合コン行ったって『調査会社に勤めるOLで~す!』とか言って初っぱなから大嘘だし!」
静ちゃんの闇が果てしなく深い……
「かと言って探偵やってます~!なんてリアルに言った日には『浮気調査とかするの?ラブホ詳しい?どこがいいとかある?』なんて訊かれる始末!本気でタコ殴りにしてやりたくなるわ!!」
深すぎる!!
「その点、推しは下手な事言わないし。私に日々の生きる力をくれる!みなぎる活力!むしろ課金すれはするほど欲しい台詞はどんどんくれる!」
もう止まらねぇーーーーー!!
「わかった!わかったから!推しは尊いね~!十分わかったから!」
十分過ぎるほど静ちゃんの本心が聞けた。なんか……意を決して掘り返したら死体が埋まってた~レベルの衝撃だけど。無理やり掘り返してちょっと後悔した。
それでも今までの後悔よりは少ない方で、静ちゃんに父への気持ちが微塵も無い事がわかってスッキリした。そして、スタートはどうあれ静ちゃんは今も信頼できる友達。その事がわかって安心した。
だから今回も安心して陰ながら見守っていて欲しいと伝えた。
ダムを囲む道路は舗装された道だったけれど、ちゃんと管理されていないのか、ガードレールの周りにはたくさんの雑草が生い茂っていた。
「ちょっと!家が見えてからが長いんだけど!」
「まぁ、意外と距離あるから」
道路には人や車の気配はなく、私達のスーツケースのゴロの音だけが響いていた。しばらく歩くと向こうから軽トラックが来るのが見えて、道路の端の方に移動した。
すると軽トラックが手前で止まると、運転していた男に声をかけられた。
「美織か?」
それは懐かしい顔だった。懐かしいけど会っても嬉しく無い人だった。それは中学の先輩、ロボ太の親戚で嫌な奴。金丸慎吾だった。
私は梨華にしか聞こえない小さな声で「喋らないで後ろを向いてここにいて」と言って自分からその軽トラに近づいて行った。
「先輩!お久しぶりです」
「帰省か?」
「はい。母が引っ越しするのでついでに手伝おうと思って」
なるべく愛想良く。反吐がでそうなくらい嫌いだけど、そこは我慢して話をした。