4、本題
4、
「帰れ」と伝えたのに、ロボ太は「ここからが本題」だと言って新たに話を始めた。
ロボ太の話は「行方不明の友達を探すのを手伝って欲しい」という話だった。でもロボ太の話はどこか嘘くさい。
「行方不明の友達って?」
あの村の誰かが行方不明になってるって話なの?
「それ私も知ってる人?」
「うん……まぁ……」
私はロボ太の様子に何となくピンと来た。
「それってロボ太のお兄さんの事じゃないの?」
「いずれ詳しく話すよ」
ロボ太は何故か『行方不明の友達』については言葉を濁した。手伝うかどうかは見つける相手次第な気もする。だけどあのロボ太が私を頼ってここに来た。
「警察は?」
「取り合ってもらえなかった」
ただの女子大生に何かできる事がある?SNSとか?SNSはやってないんだけど……もしかして、大学が女子大だから?
「あ、じゃあ同じ大学の子とか?」
友達とか言いつつ恋人?私が茶化そうとすると、ロボ太はすぐに頭を横に降った。
「じゃあ誰なの?」
その問いに答える事無く、ロボ太は正座に座り直してこっちを向いた。
「この際……正直に言うよ。美織のお父さんを紹介して欲しいんだ」
「はぁ?お父さん……?」
だってさっき、白々しく「お父さん何してる人だっけ?」なんて訊いてきたのに……お父さんを紹介して欲しい?
目の前のロボ太はどこか嘘つきだ。その嘘が疑念を抱く。
「別に……そんなの自分で調べて事務所に行けば?白浜探偵事務所。離婚しても名字は変えて無いって言ったよね?だから……」
「それは知ってる。でも普通に尋ねただけじゃきっと君のお父さんは全てを話してはくれないと思う。有力な情報を得るには信用が必要なんだ」
それはまるで『娘の力を借りて聞き出したい事がある』そう言っているようだった。
「嫌だって言ったら?それで?私に何かメリットある?」
私が冷たく突き放すと、ロボ太はしばらく黙った。そして、真顔でハッキリと言った。
「僕はまだ美織を許した訳じゃない。君が僕を捨てたから僕は故郷を捨てて肉や皮膚を削って人の姿になったんだ。責任をとって……」
「別に捨てた訳じゃない!」
「捨てたんだろ?!捨てたんじゃないなら……どうして別れの言葉も連絡も無かった?」
そんな風にロボ太に責められるとは思わなかった。笑顔の無い綺麗な顔が何だか怖い。
会うつもりが無かったのは事実。でも捨てたつもりなんて無かった。ロボ太が「捨てられた」と思う可能性は予想できたけど……私があのままあの村に残る選択肢は無かった。だってあの村に高校は無いし、働く場所も無い。ロボ太には家の林業を継ぐという道しか無いけど、私にはもっと多くの『選べる道』があった。私は当然の選択をしただけ。
すると、ロボ太はすぐに優しい顔になって私を安心させた。
「でも……美織を苦しめたい訳じゃないんだ。僕は本当の事を知りたいだけなんだ」
「本当の事って……何?」
「どうして僕はこんな姿に生まれたのか」
は?そんなの役場併設の資料館に行けばいくらでもわかるんじゃないの?
「役場の資料には原因は突然変異だってある。だけど、上流の山奥に古い薬品工場跡があった。北の洞窟の奥にも防空壕や地下通路も見つけたんだ」
ロボ太の顔は真剣だった。あまりにも真剣で、茶化す事もバカにする事もできなかった。
「ロボ太は……原因は突然変異じゃないって思ってるの?」
ロボ太は大きく頷くと話を続けた。
「あの村は地図に無いんだ。甲皮族に対して配慮して地図に明記されて無いって言われてるけど……何か都合が悪い事があるから隠されているんじゃないか?ずっとそう考えていたんだ。そんな村に突然医者と看護師が来たら不自然だよ」
「いや不自然じゃないよ!普通に僻地医療だよ!」
おそらくその看護師というのは、私の母の事だ。
「それで、美織のお母さんにもそれとなく訊いたんだ。そうしたら……あの村に来る話は実はお父さんから提案されたって聞いたんだ」
「だから私の父親が何か知ってるんじゃないかって?」
「だから頼むよ!協力して欲しいんだ!」
待ってよ!父親が?そんなはずがない。だって離婚の理由は「母が前からやりたかった仕事を優先したから」父親は反対したって……あの村へ行きたがったのは母の方だって話だった。それが、元々は父親が持ってきた話?どうゆう事?
誰がどう嘘をついているの?何が真実なの?
「どうか……お願いします」
そんな事を考ええていると、ロボ太は私に深々と頭を下げた。つまりは土下座状態。
土下座ってされるとこんなにも心地悪いものだったんだ……
「あの……ちょっとそれやめてよ。頭を上げて。何をどう協力すればいいのかわからないけど……」
「協力してくれるの?」
頭を上げたロボ太の勢いに思わず頷いてしまった。
「ありがとう!やっぱり美織は優しいね!」
優しい?優しくなんかない。優しかったらロボ太にもっと配慮できたはずだよ……納得する言葉を選んでロボ太に伝えていれば「捨てられた」なんて言わせる事は無かった。
良かった~!と喜ぶロボ太を見て、漠然とこんな事を考えた。
もし硬化皮膚症の原因が製薬会社や国の責任なら、訴訟を起こす事だって可能かもしれない。製薬会社が残っていれば、賠償金なんかも出るかもしれない。
そのお金でロボ太の借金も無くなって、山の土地も取り戻せるかもしれない。そうすれば……ロボ太はおじさんやおばさんに謝って、また家族の元に帰れるかもしれない。
笑顔でまたあの村に帰れるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた。
「ありがとう!美織が一緒にお父さん会いに行ってくれればこんなにも心強い事は無いよ」
「何それ!結婚の挨拶じゃないんだから……」
「あははは!お父さん僕が甲皮族だって知ったら驚くね~絶対反対されるだろうし」
どうして?そんな事わからない……そう言いたかったけど、私には父親がどうゆう反応を見せるのか全く見当もつかない。
「早速、明日行こう!」
「明日ぁ!?」
10年近く会っていなかった父親に会うのに……明日じゃ心の準備が整いそうに無い。
「ちょっと明日は……」
「土曜日だけど、バイトとか入ってる?」
「特に無いけど……」
不安で仕方がない私に、ロボ太は大きな声で鼓舞してきた。
「こうゆうのは勢いだよ!こんな機会じゃなきゃ会わないでしょ?」
「そうだけど……」
「二人で行けば大丈夫だよ!」
正直……今のロボ太に安心感は無い。
それに何故か心がモヤモヤする。ロボ太はすべて正直に話してくれた。正直に本当の事を話してくれた。だけど……
「あのさ……ロボ太……」
「何?」
でも、それ以上の事は怖くて何も訊けなかった。
「うんん。何でもない」
もしかして……最初からずっと私の母を疑っていた?
私に近づいたのは情報を得る為?
あの2年間は全部、自分の容姿の原因を知る為だった?
ロボ太に純粋に協力してあげたいと思う自分、罪滅ぼしをした方がいいという自分。そして、目の前のロボ太があのロボ太だと信じたくない自分がまだ残っていた。
「美織、どうしたの?」
「あ……えっと……あの……そうだ!ごめん、お茶!お茶出すの忘れてた!」
複雑な気持ちを笑って誤魔化した。
そして無心で紅茶を入れる準備を始めた。こんな事ならロボ太の好きだったアールグレイの茶葉を用意しておけば良かった。
「ダージリンでもいい?」
「紅茶?僕は何でもいいよ」
「………………」
村にいた頃のロボ太だったら……アールグレイじゃないならいらないとか言うと思ってた。
その「何でもいい」はどこか「どうでもいい」に聞こえた。きっと私の事も……
「きっとどうでもいいんだよね?」
「え?何?」
できるならロボ太はずっとあのままでいて欲しかった。ロボ太だけは何があっても変わらず、いつか私があの村に戻った時に.いつものように変わらずあの場所にいて欲しかった。
そんなの自分のエゴだってわかってる。わかってるけど……このままロボ太と一緒に過ごせば、大切な思い出が壊れてゆく気がして不安になる。
時の流れには抗え無い。だけど私はまだその現実を受け入れられずにいた。