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39、謝罪


39、



いよいよ夏も本番という季節になってきた。田舎の夏は蝉の鳴き声やカエルの鳴き声で騒がしい。


「あーーーもう、うるっさいっての!!」


梨華はとうとう蝉にまで文句を言うようになった。


「だったら来るって言わなきゃいいのに……」


電車を乗り継ぎやっと実家近くのバス停までたどり着いた。あとはバス停から実家まで歩くしかない。


「何?人の病室でもめてたのはあんた達でしょ!?」


首から滴り落ちる汗をTシャツの襟ぐりで拭いながら梨華は胸を張って言った。


「誰も来れないって言うから私が来てあげたんじゃないの!」

「あー、まぁそれはそうなんだけど……」


何故梨華が私の実家へ行く事になったのか。それは今から1週間前の事。悠莉さんの事件があった後、梨華は数日入院する事になった。


首を絞められた私は検査も無しか?とは思ったけど、佐江子さんが止めに入った時にはまだ意識があって首から手が離れた後に気を失ったらしい。一応脈も呼吸も安定しているから大丈夫だろう。と……そんな事はどうでもよくて、私は静ちゃんとリョウと梨華のお見舞いへ行った。


悠莉さんの言っていた『返した』という相手に何か心当たりがないか聞いてみたかった。それに、梨華に危険な所へ連れて行ってしまった事を謝りたかった。


「梨華、危険な目に合わせて……ごめん」


梨華は病室のベッドの枕を背に当てて座っていた。その枕の収まりが悪いのか、その位置をちょこちょこ変えながら平然と言った。


「はぁ?バっカじゃないの?」


人が謝ってるのに何なのその態度……腹立つ!


「海里が多重人格だって事くらい私が気づかないわけないでしよ」

「え?はぁ?でも、だって……」

「最初から多重人格の人の家教えてって言ったら素直に教えた?絶対行ってなかったでしょ?」


えぇえええええ!!


確かにあんなに悠莉さんが怖いと知っていたら行ってない。


「そんな事無いよ!多重人格者が怖いみたいな偏見無いよ!」

「そうかもね。でも海里の中の誰かが女を薬で眠らせて持ち帰ってる。それがわかってても行ってた?」

「………………」


さすがに梨華の説明に言葉が出なかった。梨華は最初から危険だとわかって悠莉さんの部屋へ行った。そうなるとエレベーターの中のあの微妙な緊張感は今なら理解できる。


「だから謝る必要なんて無い。あんたの謝罪なんて反吐が出る」


いやいや!だったら謝るのは梨華の方でしよ!その悪態はおかしい!梨華は相変わらず口も性格も悪いな!


まさか私が連れて行ったんじゃなくて、連れて行かれていたなんて……


「なんか……みんな私をバカにしてんの!?私ってカモなの!?カモられてんの?」


私が腹を立てると、みんなが笑い始めた。


「そこ笑うとこ!?」

「ちょっと笑わせないでよ!」

「あはははははは!」


しばらく笑った後、静ちゃんが優しく微笑んで私に言った。


「美織はそうゆう所が可愛いよね。カモみたいにみんなに可愛がられてるって事」

「カモみたいって……それ道路渡るときめっちゃ保護されてるやつじゃん!!」


カモの親子が段ボールで囲われて道路を渡る様子をニュースで見た記憶がある。


その様子を頭に浮かべているとリョウが「その感覚に近い」と言って笑った。


ちょっと!!こっちは本気で怒ってるんだからね!?


そんな柔らかな空気の中、梨華は雰囲気を一変させる一言を言った。


「でも、私達は生きて帰れただけマシなんじゃない?他の人達はどうなったかわからないんでしょ?」


そう……他の人達の行方はまだわかっていない。今のところ行方不明扱いになっている。悠莉さんが言った通り遺体が出て来なければ事件として明るみに出ない。


でも……あの何も無い部屋に何人も暮らしているとは思えない。


「確かに悠莉さん、遺体が見つからなければ大丈夫みたいな事言ってた……」

「探しに行こうなんて絶対に思うなよ?」


リョウは私に釘を刺した。そして「今度こそおとなしくしてろ」何度も年押しして「これ以上関わるな」と言った。


関わるな。なんて言われても無理な気がする。こっちが関わりたく無くても、向こうは必ず私からリョウを奪おうとする。だからと言って私が離れてリョウを差し出した所でリョウが助かる保証もない。


私の次に梨華も念押しされていた。


その時、佐江子さんからちょうどメッセージが来ている事に気がついた。梨華が二人に無茶をしてはいけないと窘められている間、私はそっとそのメッセージを読んだ。


『悠莉の車にもGPSを仕掛けたんだけど、2週間に一度田舎の村に行ってた記録があるんだけど、そこって美織ちゃんの実家の近くじゃない?何か噂とか知らない?』


悠莉さんが……あの村に?それって遺体を隠しに行ったって事?


すぐに静ちゃんとリョウに相談しようと思ったけど、さっきの念押しぶりを考えると……これを伝えたら絶対に実家に帰る事を反対される。そう確信した。


「メッセージ誰から?」

「お母さんからだった」


私はとっさに静ちゃんに嘘をついてしまった。


「実は実家の母が引っ越しする事になって、私の荷物も片付けて欲しいって言われてるんだよね」


でもこれは事実。さすがに村も無くなって不便な場所に1人で住むのは現実的じゃなくなったらしい。母の話ではロボ太の両親も半年前に梺の駅近くに引っ越していた。今ではあの村に住んでいるのは母1人だけになっていた。


私は静ちゃんとリョウに内緒で佐江子さんのメッセージを梨華に転送した。そして、リョウに実家行きを打診してみた。


「ねぇ、私と一緒にあの村に行ってくれるって話、考えとくって言ってたけど……どう?」


リョウは少し考えて「まだ行けない」と言った。それは何となく予想通り。考えとくと言う時点で「行かない」と言っているようなもの。


「じゃ、梨華一緒に行かない?」

「え?私は?」


私の予想外の提案に静ちゃんは動揺していた。


「だって静ちゃん限定イベントやコミケで忙しいでしょ?」


夏は忙しいと静ちゃんは前からよく言っていた。


梨華は「ちょっと予定見てみる」と言ってスマホを手にすると少し驚いて私の方を見た。そして少し考えてはっきりと言った。


「まぁ、行ってあげてもいいけど?」


こうしてまさかの梨華と一緒に夏休みに実家に帰る事になった。


それは梨華なりの贖罪のつもりなのか、はたまた怖いもの見たさ、ただの興味なのか……


こんなに文句を言いながらも私についてくる真意はどこにあるのかはわからない。でも、1人で行けるほど自暴自棄にはなれないし、静ちゃんやリョウを盾に何もせず帰って来るのも意味が無い。


「あんな事があって学習しない?自分から突っ込むなんてバカじゃないの?」


梨華にはそう言われたけど……


「実家に帰省するだけだよ?何か問題ある?」


そう言って私はしらばっくれた。


「別にぃ?クレイジーは嫌いじゃないけど」


駅からバスで家の近くのバス停まで向かう途中、あまりの風景の変わりように驚いた。村の役場があった下流の一帯が水面になっていて、村が丸ごと本当にダムになっていた。ダムの周りには塗装された新しい道もできていて、そのダムの近くが実家から一番近いバス停だった。


ダムの周りのを半周ほど歩いて、坂を登れば懐かしい家が見えて来た。ロボ太と過ごしたあの場所が見えて来た。




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